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  • 映画『何者』  ウザいな、二階堂ふみ!就職戦線はゾンビだらけのホラー映画?

    映画『何者』 ウザいな、二階堂ふみ!就職戦線はゾンビだらけのホラー映画?

    映画『何者』

    何者

    恋愛、友情、就活、裏切り。
    これが僕たちのリアル。

    イントロダクション

    原作は映画『桐島、部活やめるってよ』で大ヒットを飛ばし、平成生まれの作家として初めて直木賞を受賞した朝井リョウのベストセラー「何者」(新潮社)。
    就活活動を通して自分が「何者か?」を模索する5人の大学生たちの青春物語。

    お互いを励まし合いながらも、SNSで表と裏の顔を使い分ける今時の彼ら、“痛いほど圧倒的な現代のリアル”が詰まった問題作を映画化。
    監督・脚本は、演劇界の若き鬼才・三浦大輔。
    演劇ユニット「ポツドール」主宰者として数々の話題作を上演している、映画では『愛の渦』が近年話題になっている。

    主人公・拓人を演じるのは人気絶頂の実力派の若手・佐藤健。
    競演にも、今、旬の若手俳優達、有村架純、二階堂ふみ、菅田将暉、岡田将生、山田孝之といった実力派が並ぶ。

    これから就活を始める人、就職で苦労した人、必見の就活青春エンターテイメント!

    何者

    今の就職戦線とSNSは切り離せない

    2chとかを普通に使っている自分にとっては「なりすまし」や「ネカマ」とか「裏アカウント」とかは普通なので、結構“あるある”感の方が大きくって、2chでの潰し合いを知ってるから、Twitterでの裏の顔も楽しく見れた。

    それにしても、カッコイイよなぁ~映画自体が、作りが洗練されている。。
    これから就職を控える大学生・若者は絶対見ておいた方が面白いし、就職活動を終えたばかりの新人サラリーマンとかは、やっぱり「あるある」だと思う。
    実際、オジサン(私)の周りを埋め尽くした若者からは上映後「ああいう奴、いるよなぁ~」「ウザいな、二階堂ふみ」とか声が聞こえてきた。

    そして、中田ヤスタカ×米津玄師の音楽が最高な訳だし。

    そしてここで語られるのが、SNSの怖さ、就職によって自分が「何者」かを試される、そしてふるいにかけられていく残酷な体験をする。
    本音と建前、お前らゾンビだろ~と言うくらいSNSにはびこっている、こんなヤツらいるよなぁ~意識高い系からそれを裏で悪口を書きまくるヤツと、どんどん怖くなってくる。

    若者にとっては「こんなヤツ周りにいたよ」とか、就職ってこんなもんなんだ~疑似体験できる楽しさ?怖さがある。
    通り過ぎてきた、オジサンを含めた上の世代は、自分の子供たちがこういうところに突っ込んで行く、という大変さが本当に判る、本音を言わない建前のSNS社会でどうやって上手く生きていくか。
    まっ、facebookも、気持ち悪いくらいポジティブなことしか書かないのってどうなの?あっ!(笑)

    就職活動で苦労した人間には”共感ハンパねぇ~”楽しいエンターテイメント。

    私的『何者』ネタバレあり

    ① テーマが有るか?共感できるか?

    当たり前だけど、大人になる人のほとんどの人が就職活動をする。
    そこで否応なく自分が「何者」かを相手に伝える必要がある、それは本音が伝わる場合もあれば、建前で乗り切れるヤツもいる。
    就職って意外と運だったりするし、甘い青春の終わりの始まりだったりと。

    ② 作り手の強い意思を感じるか?

    原作者の朝井リョウがその世代そのものと言うのもあるんだろうけど、『桐島、部活やめるってよ』同様になんかイタイところがそこかしこに出てくる。
    「学生時代にはこんなことに打ち込んでいました!」「友達が沢山いて人脈作りをしてきました!」「慈善活動でこんなに充実してました!」と言ったアピール。

    もう就活から社会の仕組みの競争という歯車に組み込まれていく姿が見事に表現されている。

    ③ 俳優の意思や演技力が伝わるか?

    佐藤健演じる主人公の冷静に分析しながら裏の顔を・・・と言うのは怖い反面、なんか一番あるなぁ~と。
    それにしても、みんながハマっていて。
    一番好きなことやって、就職に無関心なヤツ=菅田将暉演じるバンドマンが一番最初に内定もらったりと。

    女性二人が対照的で面白い、二階堂ふみは真面目て意識高い系だけど、チラッと胸元を見せながらも、彼氏を紹介してしまう嫌な女・・・

    ④ 映画らしい楽しさが備わっているか?

    顔が出てこない演劇に熱中している主人公の親友が出てくる、あらゆるところで舞台のシーンが出て来る。
    後半の物語の進行と、舞台が混じり合うところが面白いし「まさか!?」と思わせるところがある。

    それと、就職を「横並び」で表現するところが度々出てきて、そうそう学生時代まではなんでも横並びになったなぁ~と思ったりして。

    何者

    ⑤ エンターテインメント性

    ネタバレ!

    で、書くと、この映画は実は映画の予告が「騙し絵」になっている。
    ほぼ、重要なシーンが予告に流れてるのに、予告を見ると絶対見た人は誤解する。

    でも、それとは違う方向性に走っていく面白さは有った、それと上手に伏線が張っていて最後一気にまきとっているところが鮮やか。

    ⑥ 演出が素晴らしいか?

    ラストのどんでん返しに向かって、結構、演出の罠がある、まぁ~フィクションだから許して、と言う感じで。
    なんとなく、就職活動経験者(30年前だけど)には「あれ?」と感じさせる。
    そのくらい上手く仕込んでいるので、これは見て騙されるか、何となく気付くか、楽しめる。

    ⑦ 脚本が素晴らしいか?

    原作は主人公の一人称らしいけど、それが今回はそれぞれの視点で語られていくから、その点で人の表と裏がジワーっと出てきて面白い。
    それと、舞台との融合がちょっと面白い雰囲気がある。

    でも・・・ネタバレ・その2

    どんでん返しが、てっきり「この物語は全部舞台で、舞台に熱中しているイタイやつ」と主人公・拓人が同一人物、くらいの意外性を期待していた~
    人生って就職だけじゃないだろ~くらいの原作にないどんでん返しを入れても良かったのでは?と。

    何者

    ⑧何度も見たくなるか?

    テンポが良くて、音楽と俳優の競演と言う感じでセンスが抜群、ノリの良さで見れる作品。
    一方で、朝井リョウ原作と言うこともあり、今の若者、現代と言うものを意外な切り口で見せてくれる。

    私の世代は、金子修介監督、織田裕二主演の『就職戦線異状なし』(1991年)が懐かしい。

    映画『何者』のデータ

    何者

    原作■朝井リョウ(『何者』新潮文庫刊)
    監督・脚本■三浦大輔
    音楽■中田ヤスタカ
    主題歌■「NANIMONO(feat.米津玄師)」中田ヤスタカ(ワーナーミュージック・ジャパン)
    企画・プロデュース■川村元気
    出演■佐藤健/有村架純/二階堂ふみ/菅田将暉/岡田将生/山田孝之
    公開日■2016年10月15日
    公開情報■全国東宝系にてロードショー

    映画『何者』

    【ストーリー】
    就職活動の情報交換のために集まった、5人の22歳。

    企業に入れば特別な「何者」かになれるのか、そして自分は「何者」になりたいのか。
    それぞれが疑問を抱えながら、就活に立ち向かっていた。

    かつて演劇サークルで脚本を書いていた、人を分析するのが得意な拓人(佐藤健)。
    天真爛漫で何も考えていないようで、着実に内定に近づいていく光太郎(菅田将暉)。
    光太郎の元カノで、拓人が思いを寄せ続ける、実直な性格の瑞月(有村架純)。
    「意識高い系」でありながら、結果が出ず不安を募らせていく理香(二階堂ふみ)。
    社会の決めたルールには乗らないと宣言しながらも、焦りを隠せない隆良(岡田将生)。
    そんな5人を先輩として見守る、大学院生のサワ先輩(山田孝之)。

    力を合わせて就活を進める中、5人はそれぞれの思いや悩みをツイートするが、それはあくまで表の顔。内定が決まらない中、お互いの就活へのスタンスや取り組み方の違いに嫌悪感を抱き、人間関係に歪みが生じ始める。やがて「内定者」が現れたとき、そこで見えてきたのは、これまで隠されてきた裏の顔だった――。
    (C)2016映画「何者」製作委員会 
    (C)2012 朝井リョウ/新潮社

  • 映画『奇蹟がくれた数式』 『グッド・ウィル・ハンティング』の基になった物語

    映画『奇蹟がくれた数式』 『グッド・ウィル・ハンティング』の基になった物語

    映画『奇蹟がくれた数式』 The Man Who Knew Infinity

    私には二つの偉大な“発見”がある-
    彼の才能と、彼との友情

    奇蹟がくれた数式(字幕版) — Amazonで見る

    人種、人間性、世代、それを乗り越えた友情の物語

    あなたが誰にもない優れた才能を持っていたとしたら、しかも天才と言われるほどの才能、でもそれを活かすことができないところで生まれたとしたら、どうしますか?
    1997年製作のハリウッド映画『グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち』の中に、主人公ウィルが「ラマヌジャン以上」の天才だ!と言う下りがある。
    ウィル自身も、アメリカの貧しい白人層の中で育ち、その才能を生かすことができないところから物語が始まる。(映画『グッド・ウィル・ハンティング / 旅立ち』 人生の選択をする時 の記事はこちら)

    インドで生まれた天才数学者が、運命も味方してイギリスのケンブリッジ大学に留学できることになる。
    しかしそこに待っていたのは、無関心と差別だった。

    主人公のインド人青年・ラマヌジャン(デヴ・パテル)の才能を認めたケンブリッジ大学のG.H.ハーディ教授(ジェレミー・アイアンズ)は彼をイギリスに呼び寄せ、研究を進めるように師事する。
    しかし、ハーディ教授は、ラマヌジャンの研究には興味を示したが、ラマヌジャン本人には興味がなかった。
    ラマヌジャンは研究に没頭するのと同時に、色々な差別を受けながら、研究をし続けるうちに少しずつ病魔に蝕まれていく。

    20世紀初頭のイギリスを舞台に描かれる物語。
    イギリスが7つの海を支配した時代、インドを植民地としていた時代の話、ちょうど第一次世界大戦の頃。
    イギリス人は植民地にしていた人々を差別していた、白人優位主義とでも言うのかな。
    アメリカでの黒人に対する差別は有名だけど、当然のようにイギリス人の有色人種への差別も強い。
    昔、聞いた話では、ヨーロッパでは差別ではなく区別とも言うと、人間ではなくペットと同様に扱うのが有色人種だとも言われいる、そんな時代の話。

    考えてみると、日本人も20世紀初頭は、アメリカやイギリスの帝国主義に向こうを張って、アジアに対して大東亜共栄圏と称して、植民地化を進めていた。
    当然の事ながら、朝鮮や台湾、そして中国、東南アジアの人々を下に見る傾向がある。
    それは、今でもとても感じることである。

    インド人に無関心だったイギリスの教授が、その才能だけではなく、少しずつその人間性にも興味を持ち、そしてその才能はどこから来るのか?と興味を持ち始める。
    そしてそこに友情が芽生え人種間、年代を越えて判り合っていく。

    奇蹟がくれた数式

    私的『奇蹟がくれた数式』

    ① テーマが有るか?共感できるか?

    天才が持つ才能とは何がもたらすのだろうか?神からもらうもの?
    例え天才であったとしても、それを認めてくれる人がいなければ、人は幸福になれない。

    誰にでも自分の才能が何かある、それを見つけて努力して、それを認められるところで発揮することで人は幸せになる。
    主人公・ラマヌジャンは、果たして幸せだったのだろうか?観客は彼の人生に涙する。

    ② 作り手の強い意思を感じるか?

    数学という難しいテーマを、人にスポットを当てて判りやすく見せてくれる。
    天才でありながら、生まれた場所だけで差別されて無視された半生、そして認められた後半生に自分の認められるべき場所の重要性を感じる。

    ③ 俳優の意思や演技力が伝わるか?

    イギリスの紳士を演じたジェレミー・アイアンズは流石、彼もまた天才学者であるが故に対人関係に関しては不器用、そんな繊細な人間性を見事に表現。
    また、デヴ・パテルは『スラムドッグ$ミリオネア』で映画メジャーデビューしたインド人俳優、彼でなければ難しかった役どころ、そして神と接する気持ちが伝わってくる。

    ④ 映画らしい楽しさが備わっているか?

    インドとイギリスと言う全く異なる国民性や文化の国を繋ぐことができるのは映像の素晴らしさ。

    ケンブリッジ大学の最高峰トリニティ・カレッジでの撮影が実現、ニュートンの書物が展示されたレン図書館、ニュートンが重力を発見したリンゴの木のある中庭などを映像化、これは映画ならでは。

    奇蹟がくれた数式

    ⑤ エンターテイメント性

    原作が「数学の知識がなくても楽しめる」と絶賛された、それを見事に映像化し、飽きることがない。
    決して派手な作品ではないが、アメリカやイギリスでも、ミニシアターからヒットを記録した作品。

    好奇心とそして感動・最後に涙する、そんな楽しみを与えてくれる。

    ⑥ 演出が素晴らしいか?

    ジェレミー・アイアンズらイギリス人のベテラン俳優陣と、デヴ・パテルの若手の演技を見事に引き出している。
    また、イギリスとインドの文化の違い、そして差別の構図を、細かい所作で表現している。

    ⑦ 脚本が素晴らしいか?

    脚本なのか原作なのか、実は主人公の親子関係、そしてインドの習慣が夫婦の間に微妙な影を落とす。
    これが、インド人としてのアイデンティティがもたらす微妙な人間性を見事に描いている。

    ⑧何度も見たくなるか?

    インド人の若者とイギリス人の老教授との友情、インド人の親子関係・夫婦関係を絶妙に描いている、人が生きるには色々な愛が必要だと感じさせる。
    そして、人生において自分の才能をどう発揮するかで幸せを得ることができる、そんなことをふと考えたい時にまた見たい、人間ドラマとして素晴らしい。

    映画『奇蹟がくれた数式』のデータ

    監督・脚本■マシュー・ブラウン 
    原作■ロバート・カニーゲル著「夭逝の数学者・ラマヌジャン無限の天才」(工作舎)
    出演■デヴ・パテル/ジェレミー・アイアンズ/デヴィカ・ビセ/トビー・ジョーンズ/スティーヴ
    ン・フライ
    2016年/イギリス/英語/カラー/スコープ/5.1ch/108分/字幕翻訳:松浦美奈
    公開情報■10/22(土)角川シネマ有楽町、Bunkamuraル・シネマ、角川シネマ新宿他全国ロードショー

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    公式サイトはこちら

    【作品紹介】
    イギリス、アメリカ、世界がふたりの友情に涙した──
    国籍も身分も違う、正反対の天才が証明した「奇蹟」と「友情」
    歴史的数式証明の知られざる実話を描いた感動作。

    1914年、英国ケンブリッジ大学G.H.ハーディ教授のもとに、遠くインドから一通の手紙が届く。差出人はマドラス港の事務員ラマヌジャン。手紙には驚くべき“発見”が記されていた。生まれも境遇も全く違う二人の天才が出会い、世界を変える<奇蹟の数式>を証明した実話が映画化。独学で数学を学び、“アインシュタイン並みの天才”と称えられたラマヌジャンと、ケンブリッジの最高峰トリニティ・カレッジで共同研究に人生を懸けた、もうひとりの天才が発見した、人生で最も素晴らしいものとは?その答えが待つ胸を揺さぶる感動のラストに涙と喝采が止まらない──。
    2015 INFINITY COMMISSIONING AND DISTRIBUTION, LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

  • 映画『SCOOP!』  福山雅治がスケベ、二階堂ふみがセクシーにつきる?

    映画『SCOOP!』 福山雅治がスケベ、二階堂ふみがセクシーにつきる?

    映画『SCOOP!』

    SCOOP!

    落ちぶれパパラッチ&ド新人記者
    狙え、超特大スクープ!

    スケベオヤジの妄想をふくらませるイイ女たちのエロ競演

    とにかく福山雅治演じる主人公のカメラマンがエロい。
    福山雅治が完璧な二枚目(見た目もカッコよいし歌もうまいし、ライターとしても良い)の上に、ファンは知ってるように、ちゃんとスケベオヤジでもある、このあたりが男女に人気の所以。

    冒頭のセックスシーンから、期待感が膨らむ。
    二階堂ふみ演じる新人ライターと元スターカメラマン(福山雅治)との年齢差・男女のバディーもの。
    大根仁監督が、徹底的にエンターテインメントに徹しながらも、40過ぎの男の悲哀も描いていて、エロ×笑いとのバランスが絶妙!!

    吉田羊と二階堂ふみのセクシーぶりと、滝藤賢一の熱演、リリー・フランキーの怪演も見もの。

    SCOOP!

    イントロダクション

    『モテキ』『バクマン。』の大根仁監督が、’85年に原田眞人監督・脚本作品『盗写1/250秒』をリメイク!主演には結婚後、映画初主演の福山雅治。

    日本一フライデー(笑)されない男・福山雅治がオッサン・パパラッチと言うゲス男役を熱演!
    バディー役には新人記者役の二階堂ふみ、そして吉田羊、滝藤賢一、リリー・フランキーら超豪華キャストが共演。
    主題歌では、”TOKYO NO.1 SOUL SET feat.福山雅治on guitar”。

    『バクマン。』に続いて今度は、写真週刊誌の編集部を舞台に描く、エロくて笑えてハラハラ・ドキドキ、そしてちょっと切ない・圧倒的なエンターテイメント作品!

    これ以下はネタバレになるかもしれないので、映画を観てからお読みください~

    SCOOP!

    私的『SCOOP!』

    ① テーマが有るか?共感できるか?

    この作品のテーマは、エロいオヤジはモテる!って、大根仁監督が『モテキ』から描き続けてる中年男の妄想だよね~そこが面白い。

    50近くになっても“夢”って一体何だったのか?カメラしかないから、今もカメラマンをやっているだけの男、そんな男がモテるのは妄想以外ない。

    逆に、主人公=男を踏み台にした女たちがエロくて素敵。
    結局、主人公が体を張って撮ったスクープで、記者として編者者としてのし上がっていく、吉田羊と二階堂ふみが素敵過ぎる!

    ② 作り手の強い意思を感じるか?

    大根仁監督は一貫してエンターテインメント性の高い作品を作り続け、そこには常に「エロい」ことが前提になっていて、カッコよい=エロい男と素敵な=セクシー女が出てくるのが、監督の趣味というか、意志を感じさせる。

    ③ 俳優の意思や演技力が伝わるか?

    福山雅治が、映画ならここまでやってくれる!と言うところまでやってるのが楽しい。
    『ガリレオ』シリーズとは真逆のやり過ぎ感もありつつ、得意なカメラを持って走り回る姿が何気にカッコよい、まぁ~本当は人生の行き詰まり感たっぷりの役どころだけど。

    ヒロイン役の二階堂ふみは、前半のオドオドしたところから成長していく過程を見事に演じていて、後半のセックス・シーンの本気度(肢体も見どころ!)とそれが有るから、あの写真が撮れると言う納得の体当たり演技。
    一方で、吉田羊が男勝りの編集者役ながら、服装と表情一つでガラッと変わるセクシーさは良かった。
    女はのし上がるためなら職場の男も利用する?その逞しさを感じるし、それはしっかりと二階堂ふみにも引き継がれていく。

    滝藤賢一は「半沢直樹」以来、活躍が続いているが、ここでもライバルであり良き理解者でもあり、そして一番笑わせてくれる、と言う難しい役どころを演じている。
    で、なんと言ってもリリー・フランキー。
    『そして父になる』での福山雅治とのコンビとなるが、本当に仲良く演じてる感じ。
    しかもあの怪演ぶりは、『モテキ』の上司や『凶悪』の顔役とも共通するところがある。

    ④ 映画らしい楽しさが備わっているか?

    このエロさの思いっきりさ、もう写真週刊誌が以前ほど売れなくなったり、逆に報道する側と撮られる側の裏事情等々あるとは思うけど、そのあたりのタブー無視で行けるのは映画ならでは。

    今回は政治家のスキャンダルや社会事件までありで、カーチェイスまでやってしまってる。
    都内のど真ん中で、どうやって撮影したのか?そのあたりもちょっと興味が湧く。

    SCOOP!

    ⑤ エンターテインメント性

    業界あるあるや芸能界の裏とかを笑いも含めて、笑いあり、アクションあり、セクシー・シーンあり、そして切なさも有るといった、考えさせられる映画ではないが、楽しませてくれる作品。

    結局は、男と女しかいないってことなんだろうけど、イイ男・イイ女の映画である。

    ⑥ 演出が素晴らしいか?

    なんと言ってもテンポが良い、キッチリ映像で表現するところは映像で、という感じで無駄なセリフに頼らない、少ないシーンで話をまとめる、このあたりは大根仁監督の過去の作品に共通する。

    見ていて判りやすく、無駄なシーンがない、という感じ。
    まぁ~エンドクロールに関しては、毎回色々とやる監督さんでは有るけど、賛否が出るね。

    ⑦ 脚本が素晴らしいか?

    リメイクということも有って上手くまとまった感じの脚本になっているし、福山雅治と吉田羊の関係(立ち呑み屋のシーンとか)が上手く描かれていた。

    後半の山場は一気にテンポが落ちてしまうのは、ちょっと惜しいかも。
    脚本なのか、演出なのか、微妙なところだけど。

    ⑧何度も見たくなるか?

    この手のエンターテインメントに徹した作品は、気軽に見れるので何度でも、という気もするし、あえて能動的に何度も見たいか?と言うと微妙な感じだけど。

    二階堂ふみや色んな女優さんのサービス・ショットが多数あるのでそこは確認してみたい(笑)
    どちらしにても今年(2016年)トップクラスのエンターテインメント作品で間違い無し!

    映画『SCOOP!』のデータ

    SCOOP!

    監督・脚本■大根 仁
    原作映画■「盗写 1/250秒」(監督・脚本:原田眞人)
    撮影■小林元
    音楽■川辺ヒロシ
    主題歌■「無情の海に」TOKYO No.1 SOUL SET feat.福山雅治 on guitar (ユニバーサルJ)
    出演■福山雅治/二階堂ふみ/吉田羊/滝藤賢一/リリー・フランキー
    公開日■2016年10月1日
    公開情報■全国東宝系にてロードショー

    映画『SCOOP!』 [福山雅治]

    【作品紹介】
    落ちぶれパパラッチ&ド新人記者
    狙え、超特大スクープ!
    1枚の写真【スキャンダル】に日本社会が騒然!?
    ますます過熱する写真週刊誌のスクープ合戦に挑むのは、落ちぶれパパラッチ&ド新人記者のまったく噛み合わない凸凹コンビ!?
    かつて数々の伝説的スクープをモノにしてきた凄腕カメラマン・都城静(福山雅治)。
    しかし、その輝かしい業績も、いま現役の雑誌編集者たちにはほとんど知られてない。
    過去のある出来事をきっかけに報道写真への情熱を失ってしまった静は、芸能スキャンダル専門のパパラッチに転身。
    それから何年もの間、自堕落な日々を過ごしてきたのだ。
    そんな彼に、再び転機が訪れる。
    ひょんなことから写真週刊誌「SCOOP!」に配属されたばかりのド新人記者・行川野火(二階堂ふみ)とコンビを組まされる羽目になってしまったのである。
    案の定まったく噛み合わずケンカばかりの静と野火。
    この凸凹コンビが、まさかまさかの大活躍で独占スクープを連発!そしてついに、日本中が注目する重大事件が発生する…。
    (C)2016映画「SCOOP!」製作委員会

  • 映画『聲の形』 ストレートに伝わらない心の声

    映画『聲の形』 ストレートに伝わらない心の声

    映画『聲の形』

    聲の形

    伝えたい“こえ”がある。聞きたい“こえ”がある。

    (36人のお亡くなりになった夢を持った人々のご冥福をお祈りします、私は京都アニメーションを応援しています。)

    声=言葉ほど伝わらないものはない

    加害者、被害者、傍観者、第三者、そして親友、友達ってなんだろう?どこからが友達でどこからが知り合い、他人?
    この夏、同じアニメ、青春映画、ハッピー・エンドと共通項があるのに、『君の名は。』が”陽”の作品だとすると、こちらは”陰”の作品。
    『君の名は。』の圧倒的な映像と音楽と共に怒涛のような展開があるが、こちらは静かだけど人の強さ・弱さ・繋がりが複雑に絡み合い流れていく。

    原作は「このマンガがすごい!2015」オトコ編第1位、第19回「手塚治虫文化賞」新生賞受賞!を受賞した大今良時の漫画「聲の形」、少年少女時代のいじめを描きつつ青春の1ページを綴って共感と感動を呼んだ作品。

    このベストセラーコミックを、『映画 けいおん!』(’11年)など、多くの作品を輩出している京都アニメーションにるアニメーション映画化!
    監督はTVアニメ「けいおん!」で監督を務めた京都アニメーションに所属する山田尚子。
    また、脚本も「けいおん!」でも山田監督とコンビを組んだ吉田玲子。
    主題歌には本作に共感したaikoの新曲「恋をしたのは」、個人的には雰囲気とは合ってなかったと思う。

    聲の形

    小学生の頃に、身障者の人を見ると異物を見たと思い自己防衛本能が働くのは子どもの素直な反応だと思う。
    そして、周りに煽られて調子に乗ってしまうのも、そんなクラスの仲間からハシゴを外されて仲間外れにされることも日常だと思う。
    そんな時に「自殺」なんていう心の闇を抱えることもあると思う。
    でもどこかで、自分の心の中に抱えている想いを伝えないと伝わらない。

    それは「聲」なのか?声に形ってあるのだろうか?
    いじめられるのが聴覚障害者ということで、何か特別なこと?と言う誤解を招きそうだけど、誰にでも少しは経験がある苦い青春の一部だと思う。

    今、この作品の登場人物と同性代の人も、かつて通過してきた青春時代(よりちょっと前)を思いを馳せる人も、色々な思いがこみ上げてくる作品。
    私は、後半は涙があふれて止まらなかった・・・

    聲の形

    私的『聲の形』

    ① テーマが有るか?共感できるか?

    子供の頃に「自分の異物」を排除する行為として”いじめ”と言う表現をとることが多いけど、それが引き金になって、クラスの中に波紋が広がっていく。
    どの子供も、私の中では「あるある」なので、主人公のクラスメートの女の子・植野は一番本音に近い部分にいて、面倒見の良い姉御的な立ち位置だけど、そこの距離感を間違えるといじめを主導する悪役になってしまう。
    でもどちらもあるし、第三者的に良い子でいようとする川井みきみたいな女の子も一番いるタイプな気がする。

    子供だって、大人だって、どこかで一歩を踏み出して本音を言える、そんなことが無い限り相手には通じない。
    それが、どんなに大変なことなのか?だから青春ってほろ苦く、人生って辛い長い道のり。

    見ていて涙が止まらなくなる、喪失感から自殺、そこで立ち止まる、留まる、そして再生していく姿に感動する。

    ② 作り手の強い意思を感じるか?

    いじめってなんだろう、自殺ってなんだろう、根本的なに今も40年前(私の子供時代)も何も変わってない。
    昭和の後半も、この映画と同じような感じだった。

    この作品では主人公が一歩踏み出すことで、周りも少しずつ前に進んでいく。
    結局人生は、自分の意志と力で一歩ずつ進むしかない。

    ③ 俳優の意思や演技力が伝わるか?

    この作品はヒロインの女の子が聴覚障害者でしかも可愛い、と言う特殊な状況だから起きるあり得ない話、という意見もネットとかで見かける。
    そこは、原作マンガそしてアニメーションと言う(しかも「けいおん!」の京都アニメーション)ことを考えると、そこは符号として女の子は可愛いのは当たり前、と言う前提が必要だろうと。
    そこに変なリアリティを持ってこなくても良いのでは?と。

    逆にこれを実写でリアルにやったらどうなるのか?とかも考えてしまうけど。
    やっぱり、このくらい重いテーマの青春映画はアニメでやるのも、少し距離を置くことができて見れるのではないのかな?と思う。

    ④ 映画らしい楽しさが備わっているか?

    この時期だから、どうしても『君の名は。』と比べたくなってしまう。
    こちらの映像もとっても良くて、日本のアニメーションの質の高さは改めて凄いと思う。

    映画はリアリティでも有ると同時に、虚像でもあるので、アニメと言うところで判りやすく虚像に入り込んで行ける、映画でありアニメでしか表現できないギリギリのところだと思う。
    だから成立しているところかな・・・ヒロインの妹の撮る写真が実写だとちょっとキツイね。

    聲の形

    ⑤ エンターテインメント性

    共感できる、逆に全く共感できない、でも誰でも通過してきた・している真っ最中の物語。
    美しい映像で表現しているところで成功していると思う。

    あっ、全然関係ないけど、大垣市が舞台なんだよね、なんとなく都会と田舎が混在していて、現在とちょっと昔のような雰囲気も有って、『君の名は。』とは違う良さが有った。

    ⑥ 演出が素晴らしいか?

    アニメはトリックが使いやすい、男女の性別とかね。
    それと「人の顔を見ることが出来ない」表現をアニメなら簡単にできる。
    (今回の顔に×マークって、何かのアニメで見た記憶があるんだよなぁ~)

    映像としても演出としても、水の表現が素晴らしかった・・・それは涙で有ったり、川で有ったり。

    ⑦ 脚本が素晴らしいか?

    自分が身障者じゃないので、身障者側の気持ちが判らない。
    でも、人間って身体だけではなく、能力や心の部分にも傷があったりするから、結局、そこを突かれると痛いんじゃないかな?
    聴覚障害者というのも、アニメでヒロインが可愛いと言うのも、一つの符号としてとらえている。
    それ以外の部分に関しては、とっても本音の部分だと思う。

    あえて言うと、親子の仲が良すぎること、ここが一番気持ちが伝わりづらい部分だからね。
    子供が自殺未遂をしたら、こういう反応になるのかな?
    でも、キャラクターの心が近づいたり離れたり、原作が有るから・・・だけど、展開の面白さを感じたし、色んなことを思い起こさせてくれた。

    ⑧何度も見たくなるか?

    重いテーマだけど、ラストはハッピー・エンドで、色んなことを考えさせてくれる。
    作品のどこかに何か答えが有るのか?少し勇気をもらいたい時に見たい映画。

    映画『聲の形』のデータ

    聲の形

    原作■「聲の形」大今良時(講談社コミックス刊)
    監督■山田尚子
    脚本■吉田玲子
    キャラクターデザイン■西屋太志
    美術監督■篠原睦雄
    色彩設計■石田奈央美
    設定■秋竹斉一
    撮影監督■高尾一也
    音響監督■鶴岡陽太
    音楽■牛尾憲輔
    音楽制作■ポニーキャニオン
    アニメーション制作■京都アニメーション 
    製作■映画聲の形製作委員会
    配給■松竹
    声の出演■
    石田将也役:入野自由/西宮硝子役:早見沙織/西宮結絃役:悠木碧/永束友宏役:小野賢章/植野直花役:金子有希/佐原みよこ役:石川由依/川井みき役:潘めぐみ/真柴智役:豊永利行/石田将也(小学生)役:松岡茉優
    公開日■2016年9月17日

    公式サイトはこちら

    映画『聲の形』

    ガキ大将だった小学6年生の石田将也は、転校生の少女、西宮硝子へ無邪気な好奇心を持つ。
    「いい奴ぶってんじゃねーよ。」自分の想いを伝えられないふたりはすれ違い、分かり合えないまま、ある日硝子は転校してしまう。
    やがて五年の時を経て、別々の場所で高校生へと成長したふたり。
    あの日以来、伝えたい想いを内に抱えていた将也は硝子のもとを訪れる。
    「俺と西宮、友達になれるかな?」再会したふたりは、今まで距離を置いていた同級生たちに会いに行く。
    止まっていた時間が少しずつ動きだし、ふたりの世界は変わっていったように見えたが――。
    (c)大今良時・講談社/映画聲の形製作委員会

  • 映画『怒り』  レイプとゲイのラブ・シーンだけではない!

    映画『怒り』 レイプとゲイのラブ・シーンだけではない!

    映画『怒り』  怒りのない怒りとは

    怒り

    あなたは殺人犯ですか?

    映画『怒り』 Blu-ray豪華版 [渡辺謙]

    とにかく俳優たちの演技がイイ!

    大人のための大人の映画。
    今年は『シン・ゴジラ』が大人のための童心に帰る映画、『君の名は。』は全ての世代に送る青春映画なら、この作品は大人がじっくりと見れる作品。

    ただとっても暗い作品だから、これだけの俳優陣じゃないと単なる地味な作品になっちゃったかも。
    個人的には、女優陣全員が素晴らしかった!と思う。

    この作品は、完全な謎解き映画では無いんですが、一応、サスペンスなのでネタバレになるかもしれないので、後半は映画を観てから読んで下さいm(__)m

    怒り

    イントロダクション

    『悪人』(’10)の李相日監督×吉田修一原作のコンピが再びタッグを組んだ作品。
    『悪人』で日本アカデミー賞をはじめ、国内の映画賞を総ナメにしてから6年、音楽に坂本龍一を迎え、原作者・吉田修一が「物語の登場人物には、映画『オーシャンズ11』のようなオールスターキャストを配してほしい。」と言う希望にそって、日本を代表する7人の豪華俳優陣が集結!

    この配役も絶妙、もちろんその迫真の演技が素晴らしい。
    「愛した人は、殺人犯なのか?」
    “人を信じる”と言う人間の本質を問いかける感動作、予備知識はこのへんにして是非見て欲しい作品。

    これ以下はネタバレになるかもしれないので、映画を観てからお読みください~

    怒り

    私的『怒り』

    ① テーマが有るか?共感できるか?

    タイトルの「怒り」は何だったのか?を考える作品。
    犯人の怒りは見事なまでに意味がなく、殺人の動機すら存在しない。
    テーマとしては「人を信じる」ことを問われる、人を信じると裏切られ、人を疑うと亀裂が生まれ、人間は純粋に人を信じることはできないのだろうか?と。
    今の世の中は複雑になり過ぎて、人を簡単に信じることが出来ない世の中なのかもしれない、それに対する大いなる「怒り」がある。

    社会が複雑になり「根拠のない怒り」が人間不信を呼び、改めて人を信じることを思い出すことに、ラストの大きな感動が有った。

    ② 作り手の強い意思を感じるか?

    『悪人』では一つの犯罪を、それぞれの立場の視点から見た場合に、その真実とはどこにあるのか?と言う物語だった。
    今の世の中に 「人を簡単に信じてしまうこと」の怖さ、「人を信じることができなかったこと」の不幸を問いかける、李相日監督と吉田修一原作に込められた強い時代性を感じる。

    ③ 俳優の意思や演技力が伝わるか?

    とにかく全ての俳優たちが素晴らしかった。
    特に女優陣、ヒロインの宮崎あおい、広瀬すずが迫真の演技、ここまでするか?!と言う体当たりの演技。
    また出演時間は短いが、高畑充希、池脇千鶴の存在感も良かった。
    それにしても広瀬すず、彼女の天才性は監督によって磨かれる、もちろん他の主演作品での可愛らしい(だけの)役柄も良いけど、『海街Diary』とは別に意味で素晴らしい演技をしていた。
    今回は体当たりで、米兵にレイプされるシーンを演じている、もちろん広瀬すずの表情だけで表現している訳だが、それでも生々しいのは、彼女の処女性の裏返しを上手く利用している。
    そして宮崎あおい、彼女はあるゾーンに入ると物凄い演技をする、今回はで出しからラスト近くの一点を見つめるシーンまで狂気すら感じる演技だった。
    冒頭の風俗嬢の姿で、ノーメイク(用のメイク)でボーッとしているところから、この作品に対する入れ込みようが感じられる。

    最後に妻夫木聡、『悪人』で李相日監督にその才能を開花させられた俳優だが、この作品でも見事なツボを押さえていてゲイ役を見事に演じてみせていた(相手役の綾野剛のカメレオン俳優ぶりも良いけど)。
    妻夫木聡もエリートサラリーマンでゲイらしい嫌らしさを感じさせてくれたし、受けのゲイぶりの綾野剛も良かった。

    怒り

    ④ 映画らしい楽しさが備わっているか?

    百聞は一見にしかず、と言うのは映画には重要な点だと思う。
    最後(近く)まで犯人の顔を映さずに(3人の顔を合成したものだと思うけど)公開写真だけが見せられる。
    映像から想像をふくらませる。

    そして3ヶ所の場所ごとの映像が美しく、俳優たちの演技を映えさせている。

    ⑤ エンターテインメント性

    大人のためのエンターテインメントであり、決して明るい話ではない。
    理不尽な怒りによる慟哭が描かれる。

    一方でそれを見事に演じた俳優たちと背景となる舞台の映像の美しさのコントラストが見事で、これは映画ならではエンターテインメント性と言える。
    久々に好きな絵(映像)の作品でもあった。

    にしても、前半の新宿?のゲイの世界を丹念に見せるところも生々しい、特に白い肌の綾野剛(これも隠れて逃げ回る犯人を予感される)に対して、黒光りしている妻夫木聡の肌がコントラストを醸し出してイヤラシイ、それも楽しいと取るか?個人的には苦手なんだけど。

    ⑥ 演出が素晴らしいか?

    142分と言う長尺な作品でありながら、その長さを感じさせない。
    編集を最初から頭に入れた演出がなされている点、そしてあまりに役にハマった役者を選んでいるが、実は少しずつ今までの演技と外している。

    渡辺謙の抑えた演技、少女的な宮崎あおいにはスッピンでの演技、可愛らしさだけではなく悲しみ演じた広瀬すず、いつもの泣きの演技だけではなく見事なゲイを演じきった妻夫木聡。

    そして3ヶ所を同時進行で話を進める上で、安易に性風俗に走る女性、ゲイの実態描写、米軍基地と米兵による暴行問題などをバランス良く配置している。

    ⑦ 脚本が素晴らしいか?

    3つの同時進行の話を、場面(場所)が変わる時に似たようなアイテムを挿入して違和感なく繋いで見せる、と言った手法も入れている。
    3つの場所で進行する物語の繋ぎが上手く、しかもテンポが良くなっている。
    それがこの尺でも、ダレることなく緊迫感もありつつ見続けることができる。

    ⑧何度も見たくなるか?

    重く辛いテーマの作品、流石に繰り返し見たいか?と言われると。
    でも犯人の「怒り」は何だったのか?それは時代で変わるものかも?また観て確認してみたい。
    そして、なんと言っても演技を見るだけでも価値がある、それは何度でも。

    原作者としての吉田修一は、犯人は3人のうちの誰か?と言うサスペンスを求めていた。
    しかし映画の観客としては、ホクロの話から素性まで、実は3人が同一人物で映画のトリックで別の時間を同時進行として見せられているのかな?とも思わせる。
    いや、逆に一連の怒りと考えると、犯人の怒りの意味もひも解けるのかも?

    映画『怒り』のデータ

    怒り

    監督・脚本■李 相日
    原作■吉田修一(「怒り」中央公論新社刊)
    企画・プロデュース■川村元気
    撮影■笠松則通
    音楽■坂本龍一
    出演■渡辺謙/森山未來/松山ケンイチ/綾野剛/広瀬すず/宮崎あおい/妻夫木聡
    公開情報■2016年9月17日 全国東宝系にてロードショー

    映画『怒り』 [ 渡辺謙 ]

    【作品紹介】
    ある夏の暑い日に八王子で夫婦殺人事件が起こった。
    窓は閉め切られ、蒸し風呂状態の現場には、『怒』の血文字が残されていた。

    犯人は顔を整形し、全国に逃亡を続ける。その行方はいまだ知れず。
    事件から一年後。千葉と東京と沖縄に、素性の知れない3人の男が現れた。

    いったい誰が犯人なのか?
    あなたを信じたい。
    そう願う私に信じたくない結末が突きつけられる―――。
    (C)2016映画「怒り」製作委員会

  • 映画『世界から猫が消えたなら』 猫が死ぬ話ではありません、僕が死にます

    映画『世界から猫が消えたなら』 猫が死ぬ話ではありません、僕が死にます

    映画『世界から猫が消えたなら』

    世界から猫が消えたなら

    世界は愛であふれてた。
    ラブストーリーが終わる。

    世界から猫が消えたなら — Amazonで見る

    暗い話が嫌いな人は見ないほうが良いです、生きる理由が知りたければ是非!

    猫が死んで悲しいお話とか、佐藤健くんと宮崎あおいちゃんのラヴ・ストーリーではありません。
    原作が100万部を突破したベストセラー「せか猫」ですが内容を知らずに見ました。

    でも良い意味で裏切られて好きな作品でした、でもきっとこんな暗い話、嫌いな人は見ないほうが良いとも思います、なぜなら主人公=僕が死ぬ話だからです。

    予告や宣伝は「泣けるラヴ・ストーリー」です、それを期待すると少し外すかも。
    でも違う意味で泣けた映画でした、今年一番泣いたかも(まだ半年も経っていないけど)。

    今年、1,2くらいに好きな作品でした、見終わった後に「自分が生きていることに意味がある」と思えるから。

    世界から猫が消えたなら

    詳細情報はこちら・・・
    東宝で映画『悪人』、『告白』をプロデュースした若手天才プロデューサー・川村元気さんの原作小説を映画化。
    2013年に本屋大賞にノミネートされ、その後、文庫化・コミックス化、そして中国・韓国・台湾で出版もされて累計100万部を突破。

    「僕」と「悪魔」の二役に挑むのは、佐藤健。そのかつての恋人に宮崎あおい。
    映画マニアの親友を濱田岳、疎遠になった父を奥田瑛二、死別した母を原田美枝子。
    監督は数々のCMで広告賞を受賞し、映画デビュー作『ジャッジ!』が予想外(笑)に面白かった永井聡監督、今回はテイストが真逆でビックリ!
    撮影に中島哲也監督作品で手腕をふるう阿藤正一。
    脚本はベテランの岡田惠和に、音楽は小林武史と鉄板です、東宝最強トライアングル?(笑)

    私的『世界から猫が消えたなら』 ここからはぶっちゃけ・ネタバレ!

    ① テーマが有るか?共感できるか?

    二人の僕が出てくる、それはファウストに代表される悪魔との契約で希望を叶える、と言うものをモチーフにしている、大切なモノを渡せば1日の生命を与えると。
    物語はその流れで進むが、実は主人公の数日の妄想なのでは?と見終わった後に感じた。
    自分が死を覚悟するまでの心の葛藤が、「僕」と「悪魔」と言う形で表現されている。
    そして、自分の所有する大切なモノを失うことで、実は自分がこの世の中でどれだけ必要とされていたかを知る。

    自分の大切なモノを振り返ることで、自分の人生がどれたけ意味のあるものだったかを納得することで、自分の死を受け入れる。

    自分が死んでも、友人や元恋人、そして親も自分のことを忘れることはないと・・・

    世界から猫が消えたなら

    ② 作り手の強い意思を感じるか?

    原作者であり、東宝の映画プロデューサーでもある川村元気さんが書いた小説、話が綺麗過ぎる、映像を意識した描写とかも、そしてなんと言ってもタイトル自体が「ウケ狙い」を感じる。

    でも川村元気さんが他の著作でも書いていたが「躁鬱状態の鬱の時に良い物語を思いつく」と言うように明らかに鬱状態のお話。
    死ぬって遠い話だけど、一旦、目の前に死が迫った時に人は何を思うのか?そんな暗い話を真剣に物語にしている、そして追及している点が面白い。

    ③ 俳優の意思や演技力が伝わるか?

    佐藤健くんが淡々と演じてる気がして、本当は死を宣告された時に逃げるために、もう一人の自分を妄想して死から現実逃避している。

    この作品、佐藤健くんが主演じゃなかったら誰も見ないだろうなぁ~と正直なところ、それくらい地味な物語だし、本もタイトルが違ったら100万部も売れなかったと思う。
    宮崎あおいちゃんがイグアスの滝の前で叫ぶシーンがあるが、絶対、二人の熱愛映画に思えてしまう、そこが宣伝の狙いかもしれないけど。
    友人役の濱田岳、両親役の奥田瑛二・原田美枝子が良い味を出している。

    ④ 映画らしい楽しさが備わっているか?

    小説の段階から映像化を前提に書かれてる、と言う気がする。
    予告にある自転車が宙返りするシーンとかが原作に有るのかは知らないけど、一瞬にしてモノが消えていくシーンとか、地味な物語になるところを工夫しているところ見受けられる。
    なので、映像的にも楽しいのだけど、一方で計算づくと言う感じもする。

    ⑤ エンターテイメント性

    万人向けではないと思う。
    でも、佐藤健と言う超?イケメン俳優と、エンターテイメント系に強い永井聡監督を起用して演出させている。
    函館の街の見せ方とかは良かったと思う、映画祭に行ってたみいなぁ~

    ⑥ 演出が素晴らしいか?

    難しい演出だったと思う、地味で暗い話を抑えた美しい映像で描きながら、抑揚を感じさせてくれた。
    永井聡監督のファンタジー的な演出が、作品に希望を感じさせてくれる隠し味になっていた。

    世界から猫が消えたなら

    ⑦ 脚本が素晴らしいか?

    個人的には、グッと来るシーンが沢山あって、泣けるシーンがいくつか有った。
    それは原作の良さなのか、脚本としての妙味なのか、ちょっと判らないけど。
    元気に生きている観客側が、余命短い主人公に少しずつ共感していけるのは、自分の大切なものを失った時の主人公の悲しみが小物で伝わってくる、これは奥田惠和さんの脚本の上手さ。

    ⑧何度も見たくなるか?

    人によっては宝物のような作品、万人には薦めないけど、人生に迷った時に見たい作品。

    大切なモノを捨てていくことによって、本当に大切なモノは自分自身だと気づかせてくれる。
    そして、何よりも自分がこの世の中で必要なものだと気づかせてくれる、自分は愛させていると感じることができることは大切だから。
    だから、時々見たい・・・そんな作品。

    映画『世界から猫が消えたなら』のデータ

    【キャスト・スタッフ】
    佐藤健 ※宮崎あおい 濱田岳 奥野瑛太 石井杏奈 奥田瑛二 原田美枝子

    ※宮崎あおいさんの「崎」は正しい文字が環境により表示できないため、「崎」を代用文字としています。

    原作:川村元気「世界から猫が消えたなら」
    監督:永井 聡
    脚本:岡田惠和
    音楽:小林武史

    公開日■2016年5月14日
    公開情報■全国東宝系にてロードショー

    世界から猫が消えたなら Blu-ray 通常版 — Amazonで見る

    公式サイトはこちらから

    【ストーリー】
    これは、余命わずかな僕に起きた、やさしい「愛」の物語。

    余命わずかの30歳郵便配達員の前に、自分と同じ姿をした悪魔が現れた。
    世界から電話、映画、時計、そして、猫が消える…?
    もしも、大切なものを一つ消すこととひきかえに、一日の命をもらえるとしたら。

    もし僕が「余命わずか」と宣告されたなら・・・
    僕は30歳の郵便配達員。愛猫・キャベツと一緒にふたりぐらし。ある日の午後。あまりにひどい頭痛がするので病院にいってみたら、脳に腫瘍ができて、余命わずかと宣告されてしまった。l

    そんな僕の目の前に「悪魔」が現れたなら・・・
    僕が、もうすぐ死ぬ?そんなこと簡単に受け入れられるはずがない。ショックで呆然とする僕の前に、ひとりの男が現れた。その男は、なんと僕だった。いや、違う。僕と同じ姿形をした(僕より指がちょっとだけ長い)悪魔だ。うろたえる僕に悪魔がささやいた。「世界からものを一つ消せば、一日の命をあげる」。ただし消すものは、僕にとって大切なものじゃなきゃダメらしい・・・
    (C)2016 映画『世界から猫が消えたなら』製作委員会

  • 映画『イノセント』 ヴィスコンティ最後のエロティシズム

    映画『イノセント』 ヴィスコンティ最後のエロティシズム

    映画『イノセント』 L’INNOCENTE

    linnocente

    ルキノ・ヴィスコンティの生涯についてはこちらから

    ルキノ・ヴィスコンティ -作品と演出- はこちら

    ヴィスコンティの遺作でありながら、優美の映像が展開する

    ヴィスコンティの他の作品と同様、俳優陣の素晴らしさが光る。
    ヴィスコンティ以外の映画では平凡な役者に終始していても、彼の演出の元では光り輝くようだ。
    ヴィスコンティ最後の作品は、個人のレベルでその苦悩と挫折を描いて魅せた。
    前作の『家族の肖像』よりも『ルードヴィヒ/神々の黄昏』に近いテーマを描いている。
    テーマの深さ、それを掘り下げる一切の破綻のない演出の完璧さは、どの作品を見ても感心させられる。

    この作品では、理想的な男性像(あくまで男性から見てなのかもしれないが・・・)の夫が、不倫を繰り返す。
    それに耐えかねた妻が、自ら不倫の末、妊娠をする。
    他の男性の子供を産むことにより、夫の精神的な崩壊を招く。
    そこには男性の欲望とその悲劇的な結末が描き抜かれている。
    ラストのシーンは原作と違い、夫の自殺のシーンで終わる。
    この作品はこれまでのヴィスコンティの作品以上に、エロチシズムに富み、抽象的な映像が散りばめられている。
    その絢爛豪華さにはヴィスコンティの衰えを知らない創作意欲を感じずにはいられない。
    所詮、男性は女性・特に母親の前には屈服するしかないのか?

    linnocente

    ヴィスコンティの遺作であり、この作品のダビング中に亡くなった。
    一般的にこの作品が、これまでのヴィスコンティの作品に比べると力が落ちたと言う人も多くいるが、私は逆にこの作品を観てヴィスコンティは最後まで、情熱をもって完璧な作品を作り続けたと感じることが出来た。
    この作品は、これまでのヴィスコンティの作品からは少し趣が違っている。
    これまでの作品は、(特に彼の後半の作品群)同性愛的嗜好が作品の中に横たわっていること、ある時代の崩壊(王侯貴族であったり、財閥であったりする)を描いている。
    耽美的という点ではこの作品も含まれるが...

    改めてこの作品を観て、やはり、映像の美しさに惹かれる。
    これまでの作品以上に鮮やかな彩りを持っている。
    室内装飾や衣装と言った点においても、黒や赤、そして金色と言った色彩と、草木の緑と言った色を鮮やかに使いこなしている。
    このバランスと美しさも、この作品の見所と言えそう。

    そして、この作品はヴィスコンティの作品の中でも、現代的なテーマを取り上げている点で非常に分かり易いストーリーとも言える。
    男女の恋愛、日本で言うところの失楽園的な恋愛をディテイルにしている。
    そこの描かれているのは単純な不倫と言うものではなく、夫婦の内面であり、男女の愛の内面、そこに潜む狂気と男性に取っての人生観までを描いている。

    linnocente

    またヴィスコンティ作品には珍しくエロティックな表現も有り、その使い方が大胆で効果的であったし美しく艶めかしくもあった。
    この作品を観ると、ヴィスコンティは映画の中で主題そのものを描くと言うことよりも、自分の好きなテーマを表現するのに合った題材の脚本(や原作)から、実はそこに棲息する登場人物達の人間性(欲望であったりその地位であったり)を描くことのみに、その表現を用いているのでは?と考えさせられる。
    この作品では、不倫と嬰児殺しと言う点がテーマになるが、その裏には男性の恋愛に対する考え方と、(二人の)女性の考え方、そして恋愛と結婚というものに対する考え方を描いて見せている。
    愛人(ジェニファー・オニール)の自由奔放な生き方と、妻(ラウラ・アントネッリ)の貞淑な生き様、その中に描かれた女性の魔性...理想の男性像のプレイ・ボーイでありながら、結局、女性を理解することが出来なかった主人公(ジャンカルロ・ジャンニーニ)。
    全てを失った(と言っても女性からの愛だけだが)彼には存在する理由が無かった...

    それは、現代に於いても、日常的な恋愛の裏側に潜む人間関係や人の欲望で有り、自分の周りでも常時起こっている普遍的なものとも言える。
    この作品では非常に俳優の目の動きが印象的だった、特にジャンニーニの鋭い眼光は魅力的だった。

    linnocente

     

    映画『イノセント』のデータ

    映画『イノセント』(Blu−ray Disc) /ジャンカルロ・ジャンニーニ,ラウラ・アントネッリ,ジェニファー・オニール,ルキノ・ヴィスコンティ(監督)

    L’innocente 125分 1975年 イタリア

    監督■ルキノ・ヴィスコンティ
    製作■ジョヴァンニ・ベルトルッチ
    原作■ガブリエレ・ダヌンツィオ
    脚本■ルキノ・ヴィスコンティ/エンリコ・メディオーリ/スーゾ・チェッキ・ダミーコ
    撮影■パスカリーノ・デ・サンティス
    音楽■フランコ・マンニーノ/ショパン『ワルツ69・70・64』、『子守歌』/モーツァルト『ピアノ・ソナタK331』/リスト『エステ荘の噴水』/グルック『エウリディケを失って』
    編集■ルッジェーロ・マストロヤンニ
    美術■マリオ・ガルブリア
    衣装■ヴェラ・マルツォ/ピエロ・トージ
    助監督■アルビーノ・コッコ/ジョルジオ・トレーヴェ
    製作会社■リッツォリ・フィルム
    備考■テクニカラー、コスモヴィジョン
    日本公開■1979年
    出演■ジャンカルロ・ジャンニーニ/ラウラ・アントネッリ/ジェニファー・オニール/ディディエ・オードバン/リーナ・モレッリ/マッシモ・ジロッティ/マルク・ポレル/マリー・ジュポワ/カルロス・デ・カルヴァーロ/クロード・マン

    【解説】
     ダヌンツィオの原作を仰ぎ、ヴィスコンティが幼少期に映画的洗礼を授かった、イタリア・サイレント期のロマン主義的傾向の恋愛劇へのオマージュとしての、典雅にして不気味な貴族の愛憎物語。未亡人の愛人(美しすぎて怖いJ・オニール)にうつつを抜かし、盲目的な愛国主義に溺れる、嫉妬深い男(ジャンニーニのキャリアの頂点!)。失われゆく19世紀の栄華、そして新しい世紀への不安は彼を、その不実に悩み苦しみ抜いたL・アントネッリが密通し出来た赤児を殺す–という狂気へ駆り立てる。ラスト近い、その場面の恐ろしさ、純粋さ(開けた窓から雪が舞い込み、その冷気によって窓際に寝かせた幼子を殺そうというのである)……。巨匠入魂の、そして残念ながら最後の、自らの階級への痛切なる挽歌。(映画データベース – allcinema より)

    イタリアの耽美派作家ダヌンツィオの原作を基にしたヴィスコンティの遺作。
    愛人を持つ男が、妻が別の男の子供を産んだことで苦悩する。
    物語は、悲劇的結末に向かって進み、ヴィスコンティならではの優美な映像が展開する。
    ヴィスコンティは当初、アラン・ドロンとロミー・シュナイダーの出演を望んだ。
    当時、ドロンは5本の出演作品を抱え、シュナイダーは妊娠中だったことで実現しなかった。
    ヴィスコンティ自身の別の発言では、アラン・ドロンとシャーロット・ランプリングともなっている。

  • 映画『家族の肖像』 個室の中の完璧なドラマ

    映画『家族の肖像』 個室の中の完璧なドラマ

    映画『家族の肖像』 GRUPPO DI FAMIGLIA IN UN INTERNO

    gruppo-di-famiglia-in-un-interno

    2017年2月11日(祝・土)より、岩波ホールほか全国順次ロードショー

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    部屋に閉じこもる老人を描くことで、人間の本質を描いた作品

    私が観た映画の中の最高傑作の一つ。
    演出の素晴らしさ、それに応えた俳優陣も素晴らしい!
    ここで出てくるアイテムとして音楽・絵画が有るが、その使い方も、それに精通しているヴィスコンティならでは。
    この作品では孤独を好む老人の前に、ある日突然、家族というものが現れる。
    そこには欲望というものを隠さず露わにする人種達であった。
    老人の心の中での葛藤とそれを受け入れたものの、また裏切られる経過を部屋というディテイルの中で描ききっている。
    テーマの深さを物の見事に表現していること、一切の無駄を省きながらも語り残したところの無い完璧なストーリー。
    そこにはヨーロッパの芸術、映画の娯楽性までもが醸し出されている。
    時代性は無いものの、人間の普遍的な部分を追求した作品。

    gruppo-di-famiglia-in-un-interno

    映画館で観終わってやはり疲れる、難解な映画である、と同時にヴィスコンティの作品の中でも最も完成された作品だと思う。
    それは他のヴィスコンティ作品は、受け取る側(観客)の感性と言うものに、かなりの部分を委ねているのに対して、この作品では明確にヴィスコンティが描こうとするものが映し出され考えることを要求しているようにも思える。
    その理由の一つに、家の中から出ないと言った閉ざされた空間の中で物語が進行していく事に有ると言っても良い、まるで舞台劇のように話は進んで行く。
    ただヴィスコンティは、舞台劇と映画の明確な違いを意識しており、常に映像の中に奥行きを持たしている。
    この辺の演出に関しては、今更どうこう言う必要は無いだろう、素晴らしいの一言である。
    テーマは世代間ギャップで有り、古い世代の一人の人間の孤独感である。
    ただ、このギャップや孤独感は、主人公の教授の性格に依存するものであり、ある特定の階級等に所属する人々の一般的な話では無い。
    またヴィスコンティの作品の素晴らしい点として、登場人物の奥行きの深さ。
    そう言う意味で教授が妻の事、母親の事を回想するシーンなどは重要な意味を持つ。

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    この作品は『地獄に堕ちた勇者ども』と同様に、非常に政治的・思想的な意味合いも込められていた。
    ファシズムとしての右派と、共産主義的な過激派が出てくる。
    そこにはヴィスコンティ自身も経験した共産主義的左派の挫折も明確に読みとれる。
    時代から逃避した老人と、現実の中に埋没している人々の悲劇...ただ、この老人が現実には存在しえない人なのだろうか?
    人間の心の中に潜む欲望、それは複数の人々が集えば必ず争いが起きる原因となる。
    それは人の集まりの最小単位である家族であったとしても(ここでは仮想的な、もしくは擬似的な家族では有るが)。
    ならば、それを避けて生きていきたいと願う事も有るのでは。
    確かに、この作品の教授は余りにも象徴的に描かれているが、実際の人々の中に潜む孤独、それを明確に捉えている。
    そうコンラッドやブルモンティ婦人の家族は、現実の世界の人々の象徴として描かれる。
    それは欲望に満ちた人々であり、片やブルジョワ的資産階級であり、片や革命的共産主義者である。
    どちらが良い悪いでは無く、そこには自己矛盾が存在しており、醜いものが潜んでいて、常に争いを起こす。
    それはお互いを愛す事でもそうで有り、仲間の間でもそうで有り、家族の間でもそうなので有る。
    そしてそこから逃避したい...と、考えるのはある意味、人間の弱さであり本質なのかもしれない。
    こうしてヴィスコンティは、この作品で人間の内面を見事に描いて見せた。
    また映画の造形の面からも、2つの側面を描いて見せた。
    教授の部屋は、時代錯誤的なバロック調の部屋であり、コンラッドの間借りした部屋は現代的な部屋に改装されている。
    コンラッドの部屋を見て、観客は初めてこの作品が現代の物語であることに気付かされる。

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    イタリア人でありながら、一時期、アメリカに渡航した老教授をバート・ランカスターが好演。
    ヘルムート・バーガーの妖しさはここでも美しい。
    それ以上に素晴らしかったのは、派手な衣装を装いながらも、品の良さを持った上流階級の貴婦人を演じ、と同時に女性のエゴを丸出しにした演技をしたシルヴァーナ・マンガーノは秀逸である。
    登場人物を限ったことにより、一人一人の人物を深く描き、人間の本質と時代性を描いたヴィスコンティの本当の傑作である。

    映画『家族の肖像』のデータ

    映画『家族の肖像』 デジタル完全修復版【Blu-ray】 [ バート・ランカスター ]

    Conversation Piece(Gruppo di Famiglia in un Interno 121分 1974年 イタリア

    監督■ルキノ・ヴィスコンティ
    製作■ジョヴァンニ・ベルトルッチ
    脚本■ルキノ・ヴィスコンティ/エンリコ・メディオーリ/スーゾ・チェッキ・ダミーコ
    撮影■パスカリーノ・デ・サンティス
    音楽■フランコ・マンニーノ/モーツァルト『神よ、私の心を、K364』
    編集■ルッジェーロ・マストロヤンニ
    美術■マリオ・ガルブリア
    衣装■ヴェラ・マルツォ/ピエロ・トージ
    助監督■アルビーノ・コッコ
    製作会社■ルスコーニ・フィルム/ゴーモン・インターナショナル
    備考■テクニカラー、トッドAO
    日本公開■1978年
    出演■バート・ランカスター/シルヴァーナ・マンガーノ/ヘルムート・バーガー/クラウディア・マルサーニ/ステファノ・パトリッツィ/エルヴィラ・コルテーゼ/ロモロ・ヴァッリ/クラウディア・カルディナーレ/ドミニク・サンダ

    【解説】
     ローマ市内で静かに暮らす教授のもとに、奇妙な一群がやってきた。母娘とその情夫たちである。彼らは教授の屋敷の2階に住み着き、教授の平穏な生活はかき乱されてしまう。だが、母親の情夫コンラッドとの美術談義だけは、教授に不思議な安息を与えていた。そんなある日、コンラッドが過激派に襲われて負傷してしまう。やがて、その傷がきっかけとなり、コンラッドは彼らの前から姿を消すことになるが……。巨匠ヴィスコンティが、現代における家族の存在理由と定義を問い直す、静かだが力強い作品。B・ランカスターとヨーロッパ映画界を代表するスターの顔合わせも大きな魅力となっている。(映画データベース – allcinema より)

    題名の“家族の肖像”とは、18世紀イギリスで流行した家族の団欒を描いた一連の肖像画の事。
    ローマの広大な邸宅に住む老教授(バート・ランカスター)は、この“家族の肖像”のコレクションが趣味で、それらの絵画に囲まれて孤独に暮らしている。
    そこに、実業家夫人ビアンカ(シルヴァーナ・マンガーノ)が現れ、彼女の愛人コンラッド(ヘルムート・バーガー)の為に、強引に教授の住む邸宅の2階の部屋を借りたことから、教授の生活は一変する。
    孤独に暮らす教授に新しい“家族”が加わったのだ、だが教授はコンラッドを理解できないまま・・・。
    解体され変貌する家族の中の旧世代の孤独感を描いた、ヴィスコンティのレクイエム。

  • 映画『ルートヴィヒ』 バイセクシャルの不完全な美学

    映画『ルートヴィヒ』 バイセクシャルの不完全な美学

    映画『ルートヴィヒ/神々の黄昏』 LUDWIG

    ludwig

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    ルキノ・ヴィスコンティ -作品と演出- はこちら

    ヴィスコンティ作品の中で完璧ではないが最も好きな作品

    ヴィスコンティの傑作中の傑作。
    彼はこの作品に際して、老体に鞭を打ちドイツの寒い山林の中での撮影を敢行した。
    この事が彼を病に追いやった。
    それでも、この大作を完成させた執念は、もの凄いものを感じずにはいられない。

    この作品の内容と言うより、ここには総合芸術としての映画、全ての芸術・娯楽という要素を見事に融合させている。
    オペラなどのクラシック音楽はもちろん、映像的にもその室内装飾から衣装までも素晴らしく、ルードウィヒが建てたノイシュヴァンシュタイン城までもが、この映画を際ただせている。
    その構成する要素全てを完璧なまでに使いこなす。
    これだけの作品は、これ以降も生まれる可能性は少ない。

    狂王と呼ばれたルードウィヒ二世をヘルムート・バーガーが見事に演じている。
    その変わっていく様と共に、彼の置かれる環境も変わり、徐々にその耽美で倒錯的な世界が展開される。
    この作品でヴィスコンティは、芸術を愛する一人の国王が、国王という存在そのものが変わろうとした時代に、変化についていくことが出来ず、それに押しつぶされる人物像を描いている。
    こういった人物を描いた時に、ヴィスコンティの本領が発揮される。
    私がこの作品を楽しんだのは、ストーリーそのものや、その裏に有るヴィスコンティの表現したい事ではない。
    ヴィスコンティの作った世界観、それは上にも書いた音楽や映像、そして魅力有る登場人物。
    ルードウィヒやエリザベートと言った周りの人物自体も魅力的であるが、それを演じる俳優達の上手いこと・・・
    ヴィスコンティが見事にその個性を引き出し、映画の一部に取り込んでいる。
    それ全てが歪みが無く完璧に構成されていることに酔いしれることが出来る。
    そして見終わった後の心に残る強い感動を止めることは出来ない。
    感動と言っても、それは得体の知れないものであるが・・・。
    映画というもの存在が何か・・・この作品を観ていると、それすらを超越してしまっている。
    架空の世界にも関わらず、そこには完璧なまでのリアリズムと同時に余りに美しい世界が広がっている。

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    テーマやストーリーの意図するものを追ってみたい。
    この作品のテーマは、(明らかにヴィスコンティの出生にまつわる)有る階級が、時代に取り残され崩壊していく様を描いている。
    ヴィスコンティはイタリア貴族の名門中の名門。
    主人公・ルートヴィヒは、バーヴァリア王国(ドイツ南部バイエルン地方のミュンヘンに首都を置く)の国王。
    ルートヴィヒは純粋さと王族として育った環境(教養や躾けと言ったもの)によって、芸術と言うものに強い関心を持った。
    この点はヴィスコンティと共通する点でも有る。
    ルートヴィヒの悲劇は、ヴィスコンティよりも半世紀早く生まれたことが大きく影響している。
    それは旧時代から新時代過渡期とも言える時代。
    ルートヴィヒは心の自由を求め孤独を好んだ。
    このことが彼の立場、特に彼の所属する階級には許されないことだった。
    時代が違えば許されたことであったとしても、20世紀に向かう激動の時代において、王制の存在自体が疎まれた時代おいて許されることでは無かった...特に政治家にとっては。

    ルートヴィヒは自分の理想のため、ワグナーに莫大な国費を投じたが、それは国民、国に受け入れられなかった。
    ルートヴィヒは自分の中に有る、自由を求める心、欲求が有ったが、それを手に入れているかのような女性、エリザベートに恋をする。
    しかし、それはルートヴィヒやエリザベートにおいても許される恋では無かった(この点、エリザベートは現実的)。
    彼の理想と孤独を求める欲求は、最初からこの時代に受け入れられる事は無かった。
    ルートヴィヒは、まず戦争という現実から逃避した。
    それからは常に現実とは向き合おうとはしない。
    国王としての義務、世継ぎを作ること、これ(結婚)も拒否をした。

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    ヴィスコンティは、明らかに時代に押しつぶされる、ある階級を徹底的に描いている。
    ルートヴィヒだけではない、ルートヴィヒの母親の皇太后も、弟オットーも、輝きを失っていく。
    ルートヴィヒの追い求める、芸術や孤独の裏側に有るのは、常に人への、人からの“愛情”で有った。
    これがうち破られ、彼は本当の孤独になり自らの人生に自分で幕を下ろす。
    ルートヴィヒが男色に走るシーンが描かれるが、これはカトリックの教えを彼なりに守った故。
    婚約者ソフィーとの婚約解消の際に、司教に童貞で有ることを聞かれる。
    彼は唯一愛した女性エリザベート以外に結婚の意志もなく、童貞を守り続けること誓うのがこのシーンで判る。
    また舞台女優が、ゴシップ目当てにルートヴィヒに近づいて来るシーンも、彼の純潔さを表現している。

    ルートヴィヒが政府に追いつめられた時に、エリザベートはルートヴィヒが作った城を周り、ルートヴィヒの元を訪れる。
    ルートヴィヒが建てた壮大な城を見てエリザベートは大声で笑う。
    彼女は、はっきりとルートヴィヒを理解したのだ。
    本来はルートヴィヒに会って、彼の浪費を諫めに来たはずだが、ルートヴィヒが会わないことを知ると、あっさりと帰ってしまう。
    彼女には痛いほど、ルートヴィヒの悲しみと苦悩が感じてしまう...だから、逢わずに帰ってしまう。

    しかし、この映画の本当の素晴らしさは、そのテーマ自体ではない! これを如何に表現したか?に有る。
    ヴィスコンティの演出の素晴らしさには目を見張る。
    カメラのアングルや音楽の当てはめ方...そして、その完璧性。
    鏡の使い方や色使い、ルートヴィヒが幽閉された精神病院的な城は、モノトーン的な色使いをしている。
    それまでの鮮やかな色使いから一転する。
    鮮やかと言えば、洞窟に池を作り船を浮かべて白鳥を泳がしている。
    ワグナーの音楽が鳴り響く。

    どのシーンをとっても印象的で美しい造形。
    調度品にしても全てが本物(少なくともそう見える)で、貴族出身のヴィスコンティでなくては、これだけ細部までのこだわりは出せないはず。
    幽閉された城に掛けられた絵の数々は、エリザベートに招待されて初めてソフィーに会った部屋に掛けられていたもの(確か...?)。
    そう言った一つ一つのシーンを印象づけ、しかも意味の有るものにしている。

    またヴィスコンティの最も得意とする人物描写と俳優への演出。
    ルートヴィヒを演じたヘルムート・バーガーやエリザベートを演じたロミー・シュナイダーの素晴らしさは言うまでもないが、他の人物に関しても丁寧に描かれる。
    一つの例としてルートヴィヒを捕らえに来た中心人物の大臣・ホルンシュタイン伯爵の描き方。
    あまりにも野心的で頭の切れる人物であることを明確に描ききっている。
    ルートヴィヒの母親にしても、彼女の威厳有る態度がルートヴィヒの立場を明確にし、しかもプロテスタントからカトリックへの改宗(?)のシーンでの疲れ果てた表情で、時代の流れまでも表現させている。
    ストーリーと言っても、一人の人生を描いているだけにも関わらず飽きさせないのは、人物の描き方が魅力的だからであろう。

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    ヴィスコンティ作品のどこが良い?『ルートヴィヒ』のどこが素晴らしい?と聞かれても一言で答えを出すことは出来ない。
    それは絵のルノワールやゴッホ...音楽のベートーベンやモーツァルト...のどこが良いのか?と聞かれるのと一緒。
    映画という総合芸術そして娯楽性、それを見事に表現しているのがヴィスコンティ作品であり、特にその表現力と言う点で、ヴィスコンティ作品の中でも『ルートヴィヒ』は優れた作品と言える。
    映画のなんたるか!が、この作品で味わうことが出来る、傑作中の傑作。

    イタリア語版ではルートヴィヒ役のヘルムート・バーガーの吹き替えをジャンカルロ・ジャンニーニ(後にヴィスコンティの『イノセント』に出演)を起用するなど、豪華。
    ヴィスコンティの偉大さが判る。
    また題名の日本語表記が「ルードウィヒ」から、「ルートヴィヒ」に変更されている。

    映画『ルードウィヒ』のデータ

    映画『ルートヴィヒ』 デジタル修復版 [Blu-ray]

    LUDWIG 184(240)分 1972年 イタリア=西ドイツ(現ドイツ)=フランス

    監督■ルキノ・ヴィスコンティ
    製作■ウーゴ・サンタルチーア
    製作総指揮■ロバート・ゴードン・エドワーズ
    原案・脚本■ルキノ・ヴィスコンティ/エンリコ・メディオーリ/スーゾ・チェッキ・ダミーコ
    撮影■アルマンド・ナンヌッツィ
    音楽■ロベルト・シューマン『子供の情景作品15』/リヒァルト・ワグナー『ローエングリーン第一幕への前奏曲』、『トリスタンとイゾルテ』、『タンホイザー』、『最後のピアノ曲』/ジャック・オッフェンバック『パリコール序曲』
    ピアノ独奏・演奏指揮■フランコ・マンニーノ
    演奏■サンタ・チェチリア国立音楽院管弦楽団
    編集■ルッジェーロ・マストロヤンニ
    美術■マリオ・キアーリ/マリオ・シッシ
    衣装■ヒエロ・トージ
    助監督■アルビーノ・コッコ
    製作会社■メガ・フィルム/ディーター・ガイスラー・プロドゥクツィオーン/ディフィナ・フィルム/シネテル
    備考■テクニカラー、パナビジョン
    日本公開■1980年
    出演■ヘルムート・バーガー/ロミー・シュナイダー/トレヴァー・ハワード/シルヴァーナ・マンガーノ/ゲルト・フレーベ/ヘルムート・グリーム/イザベラ・テレジンスカ/ウンベルト・オルシーニ/ジョン・モルダー・ブラウン/フォルカー・ボーネット/ハインツ・モーク/アドリアーナ・アスティ/ソニア・ペトローヴァ/マルク・ボレル/ノラ・リッチ/マーク・バーンズ

    【解説】
     狂王と呼ばれたバイエルン国王ルードウィヒ二世は、19歳で玉座につき、その美的趣味を国費でもって究めたいけない人。ワグナーのパトロンになって、言われるがままに金を出し、オペラ劇場を作るわ、自分でも三つのお城を建てて、その一つ、リンダーホフ城には地下に人工池造って白鳥のゴンドラうかべてるし……。そんな贅沢三昧そのままに、映画はそれら本物を使ったり、再現して、もう垂涎の絵巻物を繰り広げる。けど、ルードウィヒは寂しいのだ。最愛の従姉エリザベート(R・シュナイダーの白鳥に跨る姿の美しさ!)は人の妻(オーストリア皇后)。その妹ソフィと結婚するはずが、やっぱ諦め切れなくて婚約破棄。以後はただもう、そんな享楽生活に身も心も捧げて歯も腐るほど。親しい人(含む愛人の男たち)みんなに逃げられて、結局“ご乱心”とされ幽閉。暗殺だか自殺だか判らぬ死を迎える。製作会社を倒産に追い込み、自分は卒中に倒れても完成させた大作だが規模だけでなく、その精神の気高さ、深い教養、美への執着において、このような映画は二度と作られまい。これをヴィスコンティは、主演のお稚児さん、H・バーガーを役者として大成させるために作ったってぇんだから、侯爵さまのなさることはスケールが違う。彼のドイツ三部作(「地獄に堕ちた勇者ども」「ベニスに死す」)の終幕を飾る作品で、その死後、本作の回想形式をとらない完全版(220分余)がM・マストロヤンニの弟ルッジェロの編集によって作られた。(映画データベース – allcinema より)

  • 映画『ベニスに死す』 映画、映像の極致、美への探求に死す

    映画『ベニスに死す』 映画、映像の極致、美への探求に死す

    映画『ベニスに死す』 MORTE A VENEZIA

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    私が最も愛する作品、映画として映像としての極致にある

    これ程、感覚的な映画が有るだろうか?そんな問いを投げたくなるような作品。
    映像と音楽がストーリーを語っている。
    マーラーの音楽に心酔してしまう。
    映像はヴィスコンティの他の作品に比べると、色彩という点では趣が違う。
    全体的に白を基調としたもの、他の作品は赤や黒、黄金と言った色が基調。
    それだけに主人公のアッシェンバッハの醜さとタッジョの美しさが際立つ。

    この作品は“美”とは?“芸術”とは?と言う問いを投げかけ、究極の美という物をテーマに置いている。
    “美”の象徴がタッジョであり、アッシェンバッハの老醜が描かれている。
    ここで描かれる“美”は、“知性”に依って生み出される物ではなく“自然”が生み出す物...甘美な物(欲望の現れ?)として描かれる。
    それは才能が生み出す奇跡だと...

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    タッジョを観ていると恐ろしい物を感じる。
    “美”を生み出す才能を手に入れるために悪魔と手を握る必要が有るのでは...タッジョこそが悪魔の使いなのか?そんな幻想を思い起こさせる。
    アッシェンバッハはタッジョを追い回す。
    タッジョ(悪魔の使い)の気を引くために(死に)化粧までほどこす。
    タッジョもアッシェンバッハにつけられているのを知り、振り返っては、(“美”と言う欲望の世界に)誘惑していく。
    アッシェンバッハはタッジョに向かって独り言を言う...「愛している」と、それは、悪魔に心を売っても“美”を手に入れたいという誓いの言葉なのかもしれない。
    またアッシェンバッハは、タッジョが一人で『エリーゼのために』をピアノで弾いているのを見て、娼婦との交わりを思い起こし頭の中でタッジョ肉体的に犯している...悪魔の誘い(美)に溺れるのである。
    そして海に向かってダビデ像のポーズを取るダッジョに“美”を見て(手に入れて)、引き替えに魂(命)を悪魔に奪われる。

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    余りに、美しい数々のシーン、そして言葉以上に語る音楽、この2つが美しすぎるだけに、その残酷さが際立つ。
    ラストのアッシェンバッハの死体が、運び出されるシーンのなんという怖さ!
    屍は、この美しく甘美な世界からは放り出されなければならないのか?

    ヴィスコンティは、この作品で“美”と言う物を映像と音楽で見せつけ、神(知性)と悪魔(欲望)の世界を描き挙げている。
    彼は長年暖めていたこの作品の企画を、ビヨルン・アンドレセンと言う完璧な美少年(好みは有るが)を手に入れたことにより実現にこぎ着けた。
    余りにも甘美で倒錯した美しい世界である...それだけに残酷である。

     

    映画『ベニスに死す』のデータ

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    LA MORTE A VENEZIA
    DEATH IN VENICE [米] 131分 1971年 イタリア=フランス

    監督■ルキノ・ヴィスコンティ
    製作■ルキノ・ヴィスコンティ
    製作総指揮■マリオ・ガッロ
    原作■トーマス・マン
    脚本■ルキノ・ヴィスコンティ/ニコラ・バダルッコ
    撮影■パスクァリーノ・デ・サンティス
    音楽■グスタフ・マーラー『交響曲第三番ニ短調第四楽章』、『第五番嬰八短調第四楽章』
    指揮■フランコ・マンニーノ
    演奏■サンタ・チェチリア国立音楽院管弦楽団
    編集■ルッジェーロ・マストロヤンニ
    美術■フェルディナンド・スカルフィオッティ
    衣装■ピエロ・トージ
    助監督■アルビーノ・コッコ
    製作会社■アルファ・チネマトグラフィ/ラ・プロデュクション
    備考■テクニカラー、パナヴィジョン
    日本公開■1971年
    出演■ダーク・ボガード/ビョルン・アンドレセン/シルヴァーナ・マンガーノ/ロモロ・ヴァリ/マーク・バーンズ/ノラ・リッチ/マリサ・ベレンソン/キャロル・アンドレ/レスリー・フレンチ/セルジオ・カラファノーロ/チロ・クリストフォレッティ/アントニオ・アピチェッラ/ブルーノ・ボスケッティ/フランコ・ファブリツィ/ドミニク・ダレル/マーシャ・ブレディット

    1971年カンヌ国際映画祭
    25周年記念賞授賞 ルキノ・ヴィスコンティ
    (ルキノ・ヴィスコンティ自身の功績も共に表彰された)

    【解説】
     掛け値なしに美しい映画だ。T・マンの原作ではギリシア神にも喩えられる少年タジオが現実にもいたせいだ。そのB・アンドレセンの美少年には主人公ならずとも、ヘテロの男性をも“その気”にさせる妖しさがあり、彼に出会えたことを“奇跡”と呼んだヴィスコンティの驚喜はよく分かる。彼とそして、全篇に流れる感傷的なマーラーの五番の第四楽章のお蔭で、この作品は耽美の極みに観る者を浸らせる。理想の美を少年に見出した作曲家アッセンバッハは、浜に続く回廊を少年を求めてさまよう。疫病に罹ってもなお、化粧をその顔に施させ、ヴェニスの町を徘徊し、やがて疲れた体を海辺のデッキチェアに横たえる。波光がきらめく。満足の笑みを浮かべつつ涙し、化粧は醜く落ちていく……。痛切な幕切れは同時にひたすら甘美だ。(映画データベース – allcinema より)

    この作品、最初に観た時は、他のヴィスコンティ作品よりも自分の好みではなかった。
    何度か見ているうちに、一番好きな作品の一つとなった。
    トーマス・マンの原作(原作は音楽家ではなく作家)だが、実は同じマン原作「ファウスト博士」の”悪魔との契約”と言うテーマが大きなベースとなっている。
    マンのファウストは、20世紀初頭のナチズムの台頭に合わせて書かれている。
    そして、その基になったゲーテの「ファウスト」をベースしたと思われるのが、宮﨑駿監督の最後の作品『風立ちぬ』。
    そう言う意味では『ベニスに死す』と『風立ちぬ』には大きな共通性を感じ、共にファシズムの台頭と言う時代を感じさせるものになっている。