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  • 映画『家族の肖像』 個室の中の完璧なドラマ

    映画『家族の肖像』 個室の中の完璧なドラマ

    映画『家族の肖像』 GRUPPO DI FAMIGLIA IN UN INTERNO

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    2017年2月11日(祝・土)より、岩波ホールほか全国順次ロードショー

    ルキノ・ヴィスコンティの生涯についてはこちらから

    ルキノ・ヴィスコンティ -作品と演出- はこちら

    部屋に閉じこもる老人を描くことで、人間の本質を描いた作品

    私が観た映画の中の最高傑作の一つ。
    演出の素晴らしさ、それに応えた俳優陣も素晴らしい!
    ここで出てくるアイテムとして音楽・絵画が有るが、その使い方も、それに精通しているヴィスコンティならでは。
    この作品では孤独を好む老人の前に、ある日突然、家族というものが現れる。
    そこには欲望というものを隠さず露わにする人種達であった。
    老人の心の中での葛藤とそれを受け入れたものの、また裏切られる経過を部屋というディテイルの中で描ききっている。
    テーマの深さを物の見事に表現していること、一切の無駄を省きながらも語り残したところの無い完璧なストーリー。
    そこにはヨーロッパの芸術、映画の娯楽性までもが醸し出されている。
    時代性は無いものの、人間の普遍的な部分を追求した作品。

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    映画館で観終わってやはり疲れる、難解な映画である、と同時にヴィスコンティの作品の中でも最も完成された作品だと思う。
    それは他のヴィスコンティ作品は、受け取る側(観客)の感性と言うものに、かなりの部分を委ねているのに対して、この作品では明確にヴィスコンティが描こうとするものが映し出され考えることを要求しているようにも思える。
    その理由の一つに、家の中から出ないと言った閉ざされた空間の中で物語が進行していく事に有ると言っても良い、まるで舞台劇のように話は進んで行く。
    ただヴィスコンティは、舞台劇と映画の明確な違いを意識しており、常に映像の中に奥行きを持たしている。
    この辺の演出に関しては、今更どうこう言う必要は無いだろう、素晴らしいの一言である。
    テーマは世代間ギャップで有り、古い世代の一人の人間の孤独感である。
    ただ、このギャップや孤独感は、主人公の教授の性格に依存するものであり、ある特定の階級等に所属する人々の一般的な話では無い。
    またヴィスコンティの作品の素晴らしい点として、登場人物の奥行きの深さ。
    そう言う意味で教授が妻の事、母親の事を回想するシーンなどは重要な意味を持つ。

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    この作品は『地獄に堕ちた勇者ども』と同様に、非常に政治的・思想的な意味合いも込められていた。
    ファシズムとしての右派と、共産主義的な過激派が出てくる。
    そこにはヴィスコンティ自身も経験した共産主義的左派の挫折も明確に読みとれる。
    時代から逃避した老人と、現実の中に埋没している人々の悲劇...ただ、この老人が現実には存在しえない人なのだろうか?
    人間の心の中に潜む欲望、それは複数の人々が集えば必ず争いが起きる原因となる。
    それは人の集まりの最小単位である家族であったとしても(ここでは仮想的な、もしくは擬似的な家族では有るが)。
    ならば、それを避けて生きていきたいと願う事も有るのでは。
    確かに、この作品の教授は余りにも象徴的に描かれているが、実際の人々の中に潜む孤独、それを明確に捉えている。
    そうコンラッドやブルモンティ婦人の家族は、現実の世界の人々の象徴として描かれる。
    それは欲望に満ちた人々であり、片やブルジョワ的資産階級であり、片や革命的共産主義者である。
    どちらが良い悪いでは無く、そこには自己矛盾が存在しており、醜いものが潜んでいて、常に争いを起こす。
    それはお互いを愛す事でもそうで有り、仲間の間でもそうで有り、家族の間でもそうなので有る。
    そしてそこから逃避したい...と、考えるのはある意味、人間の弱さであり本質なのかもしれない。
    こうしてヴィスコンティは、この作品で人間の内面を見事に描いて見せた。
    また映画の造形の面からも、2つの側面を描いて見せた。
    教授の部屋は、時代錯誤的なバロック調の部屋であり、コンラッドの間借りした部屋は現代的な部屋に改装されている。
    コンラッドの部屋を見て、観客は初めてこの作品が現代の物語であることに気付かされる。

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    イタリア人でありながら、一時期、アメリカに渡航した老教授をバート・ランカスターが好演。
    ヘルムート・バーガーの妖しさはここでも美しい。
    それ以上に素晴らしかったのは、派手な衣装を装いながらも、品の良さを持った上流階級の貴婦人を演じ、と同時に女性のエゴを丸出しにした演技をしたシルヴァーナ・マンガーノは秀逸である。
    登場人物を限ったことにより、一人一人の人物を深く描き、人間の本質と時代性を描いたヴィスコンティの本当の傑作である。

    映画『家族の肖像』のデータ

    映画『家族の肖像』 デジタル完全修復版【Blu-ray】 [ バート・ランカスター ]

    Conversation Piece(Gruppo di Famiglia in un Interno 121分 1974年 イタリア

    監督■ルキノ・ヴィスコンティ
    製作■ジョヴァンニ・ベルトルッチ
    脚本■ルキノ・ヴィスコンティ/エンリコ・メディオーリ/スーゾ・チェッキ・ダミーコ
    撮影■パスカリーノ・デ・サンティス
    音楽■フランコ・マンニーノ/モーツァルト『神よ、私の心を、K364』
    編集■ルッジェーロ・マストロヤンニ
    美術■マリオ・ガルブリア
    衣装■ヴェラ・マルツォ/ピエロ・トージ
    助監督■アルビーノ・コッコ
    製作会社■ルスコーニ・フィルム/ゴーモン・インターナショナル
    備考■テクニカラー、トッドAO
    日本公開■1978年
    出演■バート・ランカスター/シルヴァーナ・マンガーノ/ヘルムート・バーガー/クラウディア・マルサーニ/ステファノ・パトリッツィ/エルヴィラ・コルテーゼ/ロモロ・ヴァッリ/クラウディア・カルディナーレ/ドミニク・サンダ

    【解説】
     ローマ市内で静かに暮らす教授のもとに、奇妙な一群がやってきた。母娘とその情夫たちである。彼らは教授の屋敷の2階に住み着き、教授の平穏な生活はかき乱されてしまう。だが、母親の情夫コンラッドとの美術談義だけは、教授に不思議な安息を与えていた。そんなある日、コンラッドが過激派に襲われて負傷してしまう。やがて、その傷がきっかけとなり、コンラッドは彼らの前から姿を消すことになるが……。巨匠ヴィスコンティが、現代における家族の存在理由と定義を問い直す、静かだが力強い作品。B・ランカスターとヨーロッパ映画界を代表するスターの顔合わせも大きな魅力となっている。(映画データベース – allcinema より)

    題名の“家族の肖像”とは、18世紀イギリスで流行した家族の団欒を描いた一連の肖像画の事。
    ローマの広大な邸宅に住む老教授(バート・ランカスター)は、この“家族の肖像”のコレクションが趣味で、それらの絵画に囲まれて孤独に暮らしている。
    そこに、実業家夫人ビアンカ(シルヴァーナ・マンガーノ)が現れ、彼女の愛人コンラッド(ヘルムート・バーガー)の為に、強引に教授の住む邸宅の2階の部屋を借りたことから、教授の生活は一変する。
    孤独に暮らす教授に新しい“家族”が加わったのだ、だが教授はコンラッドを理解できないまま・・・。
    解体され変貌する家族の中の旧世代の孤独感を描いた、ヴィスコンティのレクイエム。

  • 映画『ルートヴィヒ』 バイセクシャルの不完全な美学

    映画『ルートヴィヒ』 バイセクシャルの不完全な美学

    映画『ルートヴィヒ/神々の黄昏』 LUDWIG

    ludwig

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    ヴィスコンティ作品の中で完璧ではないが最も好きな作品

    ヴィスコンティの傑作中の傑作。
    彼はこの作品に際して、老体に鞭を打ちドイツの寒い山林の中での撮影を敢行した。
    この事が彼を病に追いやった。
    それでも、この大作を完成させた執念は、もの凄いものを感じずにはいられない。

    この作品の内容と言うより、ここには総合芸術としての映画、全ての芸術・娯楽という要素を見事に融合させている。
    オペラなどのクラシック音楽はもちろん、映像的にもその室内装飾から衣装までも素晴らしく、ルードウィヒが建てたノイシュヴァンシュタイン城までもが、この映画を際ただせている。
    その構成する要素全てを完璧なまでに使いこなす。
    これだけの作品は、これ以降も生まれる可能性は少ない。

    狂王と呼ばれたルードウィヒ二世をヘルムート・バーガーが見事に演じている。
    その変わっていく様と共に、彼の置かれる環境も変わり、徐々にその耽美で倒錯的な世界が展開される。
    この作品でヴィスコンティは、芸術を愛する一人の国王が、国王という存在そのものが変わろうとした時代に、変化についていくことが出来ず、それに押しつぶされる人物像を描いている。
    こういった人物を描いた時に、ヴィスコンティの本領が発揮される。
    私がこの作品を楽しんだのは、ストーリーそのものや、その裏に有るヴィスコンティの表現したい事ではない。
    ヴィスコンティの作った世界観、それは上にも書いた音楽や映像、そして魅力有る登場人物。
    ルードウィヒやエリザベートと言った周りの人物自体も魅力的であるが、それを演じる俳優達の上手いこと・・・
    ヴィスコンティが見事にその個性を引き出し、映画の一部に取り込んでいる。
    それ全てが歪みが無く完璧に構成されていることに酔いしれることが出来る。
    そして見終わった後の心に残る強い感動を止めることは出来ない。
    感動と言っても、それは得体の知れないものであるが・・・。
    映画というもの存在が何か・・・この作品を観ていると、それすらを超越してしまっている。
    架空の世界にも関わらず、そこには完璧なまでのリアリズムと同時に余りに美しい世界が広がっている。

    ludwig

    テーマやストーリーの意図するものを追ってみたい。
    この作品のテーマは、(明らかにヴィスコンティの出生にまつわる)有る階級が、時代に取り残され崩壊していく様を描いている。
    ヴィスコンティはイタリア貴族の名門中の名門。
    主人公・ルートヴィヒは、バーヴァリア王国(ドイツ南部バイエルン地方のミュンヘンに首都を置く)の国王。
    ルートヴィヒは純粋さと王族として育った環境(教養や躾けと言ったもの)によって、芸術と言うものに強い関心を持った。
    この点はヴィスコンティと共通する点でも有る。
    ルートヴィヒの悲劇は、ヴィスコンティよりも半世紀早く生まれたことが大きく影響している。
    それは旧時代から新時代過渡期とも言える時代。
    ルートヴィヒは心の自由を求め孤独を好んだ。
    このことが彼の立場、特に彼の所属する階級には許されないことだった。
    時代が違えば許されたことであったとしても、20世紀に向かう激動の時代において、王制の存在自体が疎まれた時代おいて許されることでは無かった...特に政治家にとっては。

    ルートヴィヒは自分の理想のため、ワグナーに莫大な国費を投じたが、それは国民、国に受け入れられなかった。
    ルートヴィヒは自分の中に有る、自由を求める心、欲求が有ったが、それを手に入れているかのような女性、エリザベートに恋をする。
    しかし、それはルートヴィヒやエリザベートにおいても許される恋では無かった(この点、エリザベートは現実的)。
    彼の理想と孤独を求める欲求は、最初からこの時代に受け入れられる事は無かった。
    ルートヴィヒは、まず戦争という現実から逃避した。
    それからは常に現実とは向き合おうとはしない。
    国王としての義務、世継ぎを作ること、これ(結婚)も拒否をした。

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    ヴィスコンティは、明らかに時代に押しつぶされる、ある階級を徹底的に描いている。
    ルートヴィヒだけではない、ルートヴィヒの母親の皇太后も、弟オットーも、輝きを失っていく。
    ルートヴィヒの追い求める、芸術や孤独の裏側に有るのは、常に人への、人からの“愛情”で有った。
    これがうち破られ、彼は本当の孤独になり自らの人生に自分で幕を下ろす。
    ルートヴィヒが男色に走るシーンが描かれるが、これはカトリックの教えを彼なりに守った故。
    婚約者ソフィーとの婚約解消の際に、司教に童貞で有ることを聞かれる。
    彼は唯一愛した女性エリザベート以外に結婚の意志もなく、童貞を守り続けること誓うのがこのシーンで判る。
    また舞台女優が、ゴシップ目当てにルートヴィヒに近づいて来るシーンも、彼の純潔さを表現している。

    ルートヴィヒが政府に追いつめられた時に、エリザベートはルートヴィヒが作った城を周り、ルートヴィヒの元を訪れる。
    ルートヴィヒが建てた壮大な城を見てエリザベートは大声で笑う。
    彼女は、はっきりとルートヴィヒを理解したのだ。
    本来はルートヴィヒに会って、彼の浪費を諫めに来たはずだが、ルートヴィヒが会わないことを知ると、あっさりと帰ってしまう。
    彼女には痛いほど、ルートヴィヒの悲しみと苦悩が感じてしまう...だから、逢わずに帰ってしまう。

    しかし、この映画の本当の素晴らしさは、そのテーマ自体ではない! これを如何に表現したか?に有る。
    ヴィスコンティの演出の素晴らしさには目を見張る。
    カメラのアングルや音楽の当てはめ方...そして、その完璧性。
    鏡の使い方や色使い、ルートヴィヒが幽閉された精神病院的な城は、モノトーン的な色使いをしている。
    それまでの鮮やかな色使いから一転する。
    鮮やかと言えば、洞窟に池を作り船を浮かべて白鳥を泳がしている。
    ワグナーの音楽が鳴り響く。

    どのシーンをとっても印象的で美しい造形。
    調度品にしても全てが本物(少なくともそう見える)で、貴族出身のヴィスコンティでなくては、これだけ細部までのこだわりは出せないはず。
    幽閉された城に掛けられた絵の数々は、エリザベートに招待されて初めてソフィーに会った部屋に掛けられていたもの(確か...?)。
    そう言った一つ一つのシーンを印象づけ、しかも意味の有るものにしている。

    またヴィスコンティの最も得意とする人物描写と俳優への演出。
    ルートヴィヒを演じたヘルムート・バーガーやエリザベートを演じたロミー・シュナイダーの素晴らしさは言うまでもないが、他の人物に関しても丁寧に描かれる。
    一つの例としてルートヴィヒを捕らえに来た中心人物の大臣・ホルンシュタイン伯爵の描き方。
    あまりにも野心的で頭の切れる人物であることを明確に描ききっている。
    ルートヴィヒの母親にしても、彼女の威厳有る態度がルートヴィヒの立場を明確にし、しかもプロテスタントからカトリックへの改宗(?)のシーンでの疲れ果てた表情で、時代の流れまでも表現させている。
    ストーリーと言っても、一人の人生を描いているだけにも関わらず飽きさせないのは、人物の描き方が魅力的だからであろう。

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    ヴィスコンティ作品のどこが良い?『ルートヴィヒ』のどこが素晴らしい?と聞かれても一言で答えを出すことは出来ない。
    それは絵のルノワールやゴッホ...音楽のベートーベンやモーツァルト...のどこが良いのか?と聞かれるのと一緒。
    映画という総合芸術そして娯楽性、それを見事に表現しているのがヴィスコンティ作品であり、特にその表現力と言う点で、ヴィスコンティ作品の中でも『ルートヴィヒ』は優れた作品と言える。
    映画のなんたるか!が、この作品で味わうことが出来る、傑作中の傑作。

    イタリア語版ではルートヴィヒ役のヘルムート・バーガーの吹き替えをジャンカルロ・ジャンニーニ(後にヴィスコンティの『イノセント』に出演)を起用するなど、豪華。
    ヴィスコンティの偉大さが判る。
    また題名の日本語表記が「ルードウィヒ」から、「ルートヴィヒ」に変更されている。

    映画『ルードウィヒ』のデータ

    映画『ルートヴィヒ』 デジタル修復版 [Blu-ray]

    LUDWIG 184(240)分 1972年 イタリア=西ドイツ(現ドイツ)=フランス

    監督■ルキノ・ヴィスコンティ
    製作■ウーゴ・サンタルチーア
    製作総指揮■ロバート・ゴードン・エドワーズ
    原案・脚本■ルキノ・ヴィスコンティ/エンリコ・メディオーリ/スーゾ・チェッキ・ダミーコ
    撮影■アルマンド・ナンヌッツィ
    音楽■ロベルト・シューマン『子供の情景作品15』/リヒァルト・ワグナー『ローエングリーン第一幕への前奏曲』、『トリスタンとイゾルテ』、『タンホイザー』、『最後のピアノ曲』/ジャック・オッフェンバック『パリコール序曲』
    ピアノ独奏・演奏指揮■フランコ・マンニーノ
    演奏■サンタ・チェチリア国立音楽院管弦楽団
    編集■ルッジェーロ・マストロヤンニ
    美術■マリオ・キアーリ/マリオ・シッシ
    衣装■ヒエロ・トージ
    助監督■アルビーノ・コッコ
    製作会社■メガ・フィルム/ディーター・ガイスラー・プロドゥクツィオーン/ディフィナ・フィルム/シネテル
    備考■テクニカラー、パナビジョン
    日本公開■1980年
    出演■ヘルムート・バーガー/ロミー・シュナイダー/トレヴァー・ハワード/シルヴァーナ・マンガーノ/ゲルト・フレーベ/ヘルムート・グリーム/イザベラ・テレジンスカ/ウンベルト・オルシーニ/ジョン・モルダー・ブラウン/フォルカー・ボーネット/ハインツ・モーク/アドリアーナ・アスティ/ソニア・ペトローヴァ/マルク・ボレル/ノラ・リッチ/マーク・バーンズ

    【解説】
     狂王と呼ばれたバイエルン国王ルードウィヒ二世は、19歳で玉座につき、その美的趣味を国費でもって究めたいけない人。ワグナーのパトロンになって、言われるがままに金を出し、オペラ劇場を作るわ、自分でも三つのお城を建てて、その一つ、リンダーホフ城には地下に人工池造って白鳥のゴンドラうかべてるし……。そんな贅沢三昧そのままに、映画はそれら本物を使ったり、再現して、もう垂涎の絵巻物を繰り広げる。けど、ルードウィヒは寂しいのだ。最愛の従姉エリザベート(R・シュナイダーの白鳥に跨る姿の美しさ!)は人の妻(オーストリア皇后)。その妹ソフィと結婚するはずが、やっぱ諦め切れなくて婚約破棄。以後はただもう、そんな享楽生活に身も心も捧げて歯も腐るほど。親しい人(含む愛人の男たち)みんなに逃げられて、結局“ご乱心”とされ幽閉。暗殺だか自殺だか判らぬ死を迎える。製作会社を倒産に追い込み、自分は卒中に倒れても完成させた大作だが規模だけでなく、その精神の気高さ、深い教養、美への執着において、このような映画は二度と作られまい。これをヴィスコンティは、主演のお稚児さん、H・バーガーを役者として大成させるために作ったってぇんだから、侯爵さまのなさることはスケールが違う。彼のドイツ三部作(「地獄に堕ちた勇者ども」「ベニスに死す」)の終幕を飾る作品で、その死後、本作の回想形式をとらない完全版(220分余)がM・マストロヤンニの弟ルッジェロの編集によって作られた。(映画データベース – allcinema より)

  • 映画『ベニスに死す』 映画、映像の極致、美への探求に死す

    映画『ベニスに死す』 映画、映像の極致、美への探求に死す

    映画『ベニスに死す』 MORTE A VENEZIA

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    私が最も愛する作品、映画として映像としての極致にある

    これ程、感覚的な映画が有るだろうか?そんな問いを投げたくなるような作品。
    映像と音楽がストーリーを語っている。
    マーラーの音楽に心酔してしまう。
    映像はヴィスコンティの他の作品に比べると、色彩という点では趣が違う。
    全体的に白を基調としたもの、他の作品は赤や黒、黄金と言った色が基調。
    それだけに主人公のアッシェンバッハの醜さとタッジョの美しさが際立つ。

    この作品は“美”とは?“芸術”とは?と言う問いを投げかけ、究極の美という物をテーマに置いている。
    “美”の象徴がタッジョであり、アッシェンバッハの老醜が描かれている。
    ここで描かれる“美”は、“知性”に依って生み出される物ではなく“自然”が生み出す物...甘美な物(欲望の現れ?)として描かれる。
    それは才能が生み出す奇跡だと...

    morte-a-venezia

    タッジョを観ていると恐ろしい物を感じる。
    “美”を生み出す才能を手に入れるために悪魔と手を握る必要が有るのでは...タッジョこそが悪魔の使いなのか?そんな幻想を思い起こさせる。
    アッシェンバッハはタッジョを追い回す。
    タッジョ(悪魔の使い)の気を引くために(死に)化粧までほどこす。
    タッジョもアッシェンバッハにつけられているのを知り、振り返っては、(“美”と言う欲望の世界に)誘惑していく。
    アッシェンバッハはタッジョに向かって独り言を言う...「愛している」と、それは、悪魔に心を売っても“美”を手に入れたいという誓いの言葉なのかもしれない。
    またアッシェンバッハは、タッジョが一人で『エリーゼのために』をピアノで弾いているのを見て、娼婦との交わりを思い起こし頭の中でタッジョ肉体的に犯している...悪魔の誘い(美)に溺れるのである。
    そして海に向かってダビデ像のポーズを取るダッジョに“美”を見て(手に入れて)、引き替えに魂(命)を悪魔に奪われる。

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    余りに、美しい数々のシーン、そして言葉以上に語る音楽、この2つが美しすぎるだけに、その残酷さが際立つ。
    ラストのアッシェンバッハの死体が、運び出されるシーンのなんという怖さ!
    屍は、この美しく甘美な世界からは放り出されなければならないのか?

    ヴィスコンティは、この作品で“美”と言う物を映像と音楽で見せつけ、神(知性)と悪魔(欲望)の世界を描き挙げている。
    彼は長年暖めていたこの作品の企画を、ビヨルン・アンドレセンと言う完璧な美少年(好みは有るが)を手に入れたことにより実現にこぎ着けた。
    余りにも甘美で倒錯した美しい世界である...それだけに残酷である。

     

    映画『ベニスに死す』のデータ

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    LA MORTE A VENEZIA
    DEATH IN VENICE [米] 131分 1971年 イタリア=フランス

    監督■ルキノ・ヴィスコンティ
    製作■ルキノ・ヴィスコンティ
    製作総指揮■マリオ・ガッロ
    原作■トーマス・マン
    脚本■ルキノ・ヴィスコンティ/ニコラ・バダルッコ
    撮影■パスクァリーノ・デ・サンティス
    音楽■グスタフ・マーラー『交響曲第三番ニ短調第四楽章』、『第五番嬰八短調第四楽章』
    指揮■フランコ・マンニーノ
    演奏■サンタ・チェチリア国立音楽院管弦楽団
    編集■ルッジェーロ・マストロヤンニ
    美術■フェルディナンド・スカルフィオッティ
    衣装■ピエロ・トージ
    助監督■アルビーノ・コッコ
    製作会社■アルファ・チネマトグラフィ/ラ・プロデュクション
    備考■テクニカラー、パナヴィジョン
    日本公開■1971年
    出演■ダーク・ボガード/ビョルン・アンドレセン/シルヴァーナ・マンガーノ/ロモロ・ヴァリ/マーク・バーンズ/ノラ・リッチ/マリサ・ベレンソン/キャロル・アンドレ/レスリー・フレンチ/セルジオ・カラファノーロ/チロ・クリストフォレッティ/アントニオ・アピチェッラ/ブルーノ・ボスケッティ/フランコ・ファブリツィ/ドミニク・ダレル/マーシャ・ブレディット

    1971年カンヌ国際映画祭
    25周年記念賞授賞 ルキノ・ヴィスコンティ
    (ルキノ・ヴィスコンティ自身の功績も共に表彰された)

    【解説】
     掛け値なしに美しい映画だ。T・マンの原作ではギリシア神にも喩えられる少年タジオが現実にもいたせいだ。そのB・アンドレセンの美少年には主人公ならずとも、ヘテロの男性をも“その気”にさせる妖しさがあり、彼に出会えたことを“奇跡”と呼んだヴィスコンティの驚喜はよく分かる。彼とそして、全篇に流れる感傷的なマーラーの五番の第四楽章のお蔭で、この作品は耽美の極みに観る者を浸らせる。理想の美を少年に見出した作曲家アッセンバッハは、浜に続く回廊を少年を求めてさまよう。疫病に罹ってもなお、化粧をその顔に施させ、ヴェニスの町を徘徊し、やがて疲れた体を海辺のデッキチェアに横たえる。波光がきらめく。満足の笑みを浮かべつつ涙し、化粧は醜く落ちていく……。痛切な幕切れは同時にひたすら甘美だ。(映画データベース – allcinema より)

    この作品、最初に観た時は、他のヴィスコンティ作品よりも自分の好みではなかった。
    何度か見ているうちに、一番好きな作品の一つとなった。
    トーマス・マンの原作(原作は音楽家ではなく作家)だが、実は同じマン原作「ファウスト博士」の”悪魔との契約”と言うテーマが大きなベースとなっている。
    マンのファウストは、20世紀初頭のナチズムの台頭に合わせて書かれている。
    そして、その基になったゲーテの「ファウスト」をベースしたと思われるのが、宮﨑駿監督の最後の作品『風立ちぬ』。
    そう言う意味では『ベニスに死す』と『風立ちぬ』には大きな共通性を感じ、共にファシズムの台頭と言う時代を感じさせるものになっている。

  • 映画『地獄に堕ちた勇者ども』 リアリズムからデカダンへ、ナチズムを描く

    映画『地獄に堕ちた勇者ども』 リアリズムからデカダンへ、ナチズムを描く

    映画『地獄に堕ちた勇者ども』 LA CADUTA DEGLI DEI

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    ヴィスコンティに取っての集大成と言える

    時代がナチの時代に移行しようとする中で、滅び行く古い階級の人々のしがみつく姿が象徴的な描かれる。
    また、それを壊す象徴的な事件として、息子による母親の強姦のシーンが有る。
    旧時代の上流階級も、ナチズムも人間の中に有るもの“欲求”の一部でしかない。
    それがぶつかり合った時に、強いものが弱いものを駆逐する・・・その時の弱いものの悲劇、また、そこには強いもの達にも悲劇が有ると・・・
    この作品では、ヘルムート・バーガーの女装シーンなど1920年代のヴィスコンティのパリでの文化的影響も強く見ることが出来る作品でもある。

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    ヴィスコンティの大きな転換期を迎えた作品と言えよう。
    彼の『山猫』がリアリズモの時代から退廃と言った時代への転機としたら、この作品で見事にヴィスコンティは変わったと言える。
    この作品のテーマはナチズム(=ファシズム)で有る。
    それはヴィスコンティの中の退廃と言うものを一番表現したものかもしれない。
    ヴィスコンティは人間の欲望と言うものを、これ以降の作品の中で一貫して描いていく。
    この作品でのナチズムは人間の欲望の象徴である。
    アッシェンバッハが、マルチンに「フリードリッヒはナチズムの本質が判っていない」と言う。
    ヴィスコンティの人生において、第二次世界大戦を経験し彼は一時期、共産党の戦士としてファシズムと対峙する。
    この物語もドイツがワイマール憲章による民主国家が、ロシアの共産主義の脅威にさらされて、その反動で右傾化した事がナチズムの台頭を生んだ。
    しかしその本質として、何故、ナチズムがこれ程までにドイツの中で蔓延ったのか?それを、ヴィスコンティは鋭く映像化している。

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    それは人間の本質的なところに有るのだ!
    人間の欲望を膨らませること、そして必ずその欲望を実現すること...そのためには手段を選ばないこと。
    誰にでも存在する“欲望”、その恐ろしさこそがナチズムの恐怖そのものなのだ...
    ヴィスコンティの凄いところは、その欲望の表現手段に有る。
    見事なまでに人間個々の欲望、フリードリッヒの権力欲で有り、ソフィの独占欲で有り、アッションバッハの権力欲で有り、マルチンの倒錯的な愛欲...それら全ての欲望を飲み込んでしまう。
    そして明確な形が無いまま増殖する...
    そうナチズムは、それそのものが“欲望”なのである。

    damned

    ヴィスコンティは、一見、ナチズムを優美で甘美に描いているようにも見える。
    ナチの黒と赤の制服、美しい食卓、可愛い少女達...またナチと権力争いをしていた突撃隊の粛正...突撃隊も一方で“欲望”が生み出した怪物。
    しかしナチの怪物の前に喰われてしまう運命であったのだ...
    その欲望が余りにも美しいことがナチズムの誘惑であり、それを表現し得るのはヴィスコンティしかいない...
    恐ろしくも美しい、美しいから恐ろしい...そんな作品である。

     

    映画『地獄に堕ちた勇者ども』

    地獄に堕ちた勇者ども DVD — Amazonで見る

    The Damned
    La Caduta Dei 157分 1969年 イタリア/スイス/西ドイツ(現ドイツ)

    監督■ルキノ・ヴィスコンティ
    製作■アルフレッド・レヴィー/エヴァー・ハギャッグ
    原案・脚本■ルキノ・ヴィスコンティ/ニコラ・バダルッコ/エンリコ・メディオーリ
    撮影■アルマンド・ナンヌッツィ/パスカリーノ・デ・サンティス
    音楽■モーリス・ジャール
    編集■ルッジェーロ・マストロヤンニ
    美術■パスクァーレ・ロマーノ
    衣装■ピエロ・トージ/ヴェラ・マルツォ
    助監督■アルビーノ・コッコ/ファニー・ヴェスリンク
    製作会社■ペガソ・イタルノレッジオ/プレジタン/アイヒベルク・フィルム
    備考■テクニカラー
    日本公開■1970年
    出演■ダーク・ボガード/イングリッド・チューリン/ヘルムート・グリーム/ヘルムート・バーガー/ルノー・ヴェルレー/ウンベルト・オルシーニ/ルネ・コルデオフ/アルブレヒト・ショーンハルス/フロリンダ・ボルカン/ノラ・リッチ/シャーロット・ランプリング

    1969年アカデミー賞
    脚本賞ノミネート ルキノ・ヴィスコンティ/ニコラ・バダルッコ/エンリコ・メディオーリ

    【解説】
     ヴィスコンティのドイツ三部作の巻頭を飾るのは、第三帝国の隆盛と共に崩壊に向かっていく鉄鋼王国一家の悲劇をオペラ的に描く頽廃の叙事詩である。ドイツの工業中心地帯、ルール地方に権勢を誇る製鉄王、男爵エッセンベック老の誕生日に一族郎党が集まる開幕からして実に怪しい雰囲気で、老男爵の財産を皆が虎視眈々と狙っているのが一目にして分かる。ナチス躍進の33年2月のことだ。おりしもベルリンで国会議事堂焼き討ちの報が入り、不気味さは増す。やがて男爵は、従弟のアッシェンバッハ(グリーム)の差し金で邸内に乱入した親衛隊の騒動の中、娘ソフィ(チューリン)とは愛人関係にある総支配人フリードリヒ(ボガード)の手で射殺され、大コンツェルンの実権は彼らに握られる。アッシェンバッハは更に、目障りな親族たちを片端から始末し、男爵の甥の息子ギュンター(ヴェルレー)はナチに引き入れ、ソフィの息子マーティン(バーガー)の偏執的な性格を利用し、母とその愛人を毒殺させる。が、自分のしでかしたことの重みに耐えかねマーティンも自殺し、遂にナチ以外の一族郎党は消え失せ、エッセンベック邸の広間には巨大ハーケンクロイツの旗が飾られる。凄惨美というのか、ここに描かれるナチズムの恐怖は、作者の意図に反して、浪漫的なものと受け止められてしまっている節もあるが、実に堂々たる滅びの美学の中に潜む諧謔を見逃してはならない。にしても、バーガーが絶望的享楽に耽るシーンの妖しいこと……。(映画データベース – allcinema より)
    第二次世界大戦中『郵便配達は二度ベルを鳴らす』によって、ネオ・レアリスモの口火を切った、ヴィスコンティ監督が、大戦前のドイツを舞台にナチズムによって富と権力を奪われていく、鉄鋼一族の悲劇を描きながら、歴史そのものまで語り尽くした集大成とも言える作品。
    監督自身“今の若い人々に戦争の恐ろしさを知って貰うために、この映画はもっと早く作られるべきであった”と語っている。
    ナチスが台頭し始めた1933年の冬、ルール地方に勢力を持つ鉄鋼王、エッセンベック家の集いの夜、当主が何者かの陰謀によって暗殺される。
    この事件を契機に起こる、一族の跡目相続の骨肉の争いと、それによって漁夫の利を得ようとする陰険なナチス親衛隊の存在を描き出す。
    『ベニスに死す』へ続くドイツ三部作(’72年の『ルードウィヒ/神々の黄昏』で完結)の最初に位置するこの作品で、ヴィスコンティは人間の愛憎と相剋をデカダンスの極致とも言える映像美で浮き彫りにする。

  • One Day - Giveの5乗が人をつなぐ

    One Day - Giveの5乗が人をつなぐ

    ギブ・アンド・テイクとは?

    私はワールド・ビジョン・ジャパンと言うNGO団体を通じて子供の支援をしています。

    それは既に書いたことなので、「子供を救うわけ」を読んでください。

    その団体の中で、事業を成功させ、その収益の一部で最貧国で学校を建ててる人たちに出会いました。

    ジースプレッド

    その一人がジースプレッドの代表を務める若尾さん。

    5月24日まで大丸東京店の1階でイベント販売をされていました。
    そこにはボランティアで、お手伝いに来ている人々もいました。
    私も、山形の友人が、若尾さんと話がしたい!と言う想いだけで新幹線日帰りで来ました。

    世界中で同じような取り組みをされている人たちがいる、と言う話を沢山聞くことができました。
    私のやっている一人の子供を支援する、と言う小さな一歩の積み重ねが、世界から少しでも貧富の差を失くして、子供が幸せな世界を夢見ることができればと思っています。
    若尾さんとの話で印象的だったのは、日本の子供たちよりはるかに貧しい子供たちが学校で勉強ができることで生き生きとしている!と言う話。
    幸せって、お金だけでは計れないものがある・・・

    なら、先進国で幸せを享受している自分たちが少しでもギブすることは、いずれその国や人々からテイクが有るのかもしれない。

    自分が得る利益よりも多くを人に与える人をギバーと呼び、
    自分が与えた量よりも多くの利益を得ようとする人をテイカーと呼び、
    自分と相手の利益を同じにバランス良くしようとするものをマッチャー

    と呼ぶらしい、ホント?
    でも、これは呼び方は別として、成功と失敗が多いのはギバーで有ると言う点。
    当たり前ですが、マッチャーは大きな成功もないが失敗もしないタイプ。
    テイカーは、最初は成功するが、常にWin-Loseの人間関係を作ってしまうため、長く続くか?と言うところがポイント。

    ではギバーが成功するためには、逆に言うと失敗しないためには?
    失敗するギバーは、得るものより与え過ぎてしまうため「人に騙されやすい」「人が良い」人になってしまうこと。
    それを避けるには、自分の目的(ゴール)を明確にして、成長を意識しつつ自分の軸を作りながら進むことができる人。

    7つの習慣

    スティーブン・R・コヴィー著の「7つの習慣」と言う名著がある。
    ギバーが成功するためには・・・この本を読んで、と言うことで省略。

    完訳 7つの習慣 人格主義の回復 — Amazonで見る

    とは不親切なので、これだけは書いておきます。

    ◆インサイド・アウト
    優れた人格を持つこと、それには・・・

    ◆私的成功
    第一の習慣:主体性を発揮する
    第二の習慣:目的を持って始める
    第三の習慣:重要事項を優先する

    ◆公的成功
    第四の習慣:Win-Winを考える
    第五の習慣:理解してから理解される
    第六の習慣:相乗効果を発揮する

    ◆再新再生
    第七の習慣:刃を砥ぐ

    Giveの5乗

    これは経済評論家 勝間和代さんがよく話される言葉です。

    そう言えば、最近ドラマになったマンガ「重版出来」の中でも”運を貯める”ために、毎日少しずつ良いことをする、と言う話がありました。

    重版出来!(1) (ビッグコミックス) — Amazonで見る

    少しずつ運を貯めることで、本を重版出来ができる!と言うもの。
    成功のために、運をためていく、そのためには日々少しずつ良いことをする!

    話がジースプレッドさんに戻ります。
    若尾さんが、アメリカで凄い人がいて、その人が作った映像があると教えてくれました。

    orly wahba オルリー・ワバ

    ライフベスト・インサイドというニューヨークの小さな非営利団体の代表 オルリー・ワバ(orly wahba)さん。その映像がこちら。

    実はGiveの10乗?

    「7つの習慣」から

    人格は繰り返す行動の総計である。
    それゆえに優秀さは単発的な行動にあらず、習慣である。

    私にはたくさんの夢があります

    40歳を過ぎるまでは、お金を稼ぐことが夢でした、お金があれば何でも叶うと。
    でも実際、そこまでお金は稼げませんでした、これは資本主義なので仕方がありません、何万分の1の幸運を掴んで金銭的な成功をつかむか、親から引き継いだ資産を増やしてより大きなお金を得るか?
    です。

    今はお金は大切ですが・・・自分が死んだ時に周りにどう思われたいか?
    死んだ後のことなんて!と思う人は、死の淵の床についた時、やり残したことはなにか?その時後悔しない生き方とは?

    40代になってから映画をプロデュースしました。
    それまでIT業界と言う全く違う業界から、突如、映画を作りました!
    運に恵まれて3つの商業映画を公開することができて、その他の自主映画にも関わることもできました。

    でも、自分の企画で映画を作ったことはありません、たくさんアイディアがあります。
    その一つは、最貧国を支援するNGO団体で働くカップルの物語です。

    物語、エッセイ、体験談を探しています!

    最貧国を支援するNGO団体や自ら最貧国で学校建設や子供たちの支援に関わっている人たちとたくさんお話しをしたいです。

    私は映画に希望を持っています!「作られたもの」ですが、ドキュメンタリーにはできないこともあります。
    物語として、映画として、最貧国の現状とそれを助ける人々の姿を描くのが夢です!

    映画は独りではできません、物語を一緒に作って行ける仲間を探しています。

    今回、「やさしさ」をいただいたジースプレッドさんのホームページを是非

    最後に、コンセプトムービー。
    若尾さんが私と同世代だからなのか、ベッド・ミドラーの主演映画で彼女の名曲「The Rose」が使われます。
    私も大好きな映画で曲です、愛にあふれています。

  • 映画『リンカーン』 リーダーの孤独と資質を描いたスピルバーグの最高傑作!

    映画『リンカーン』 リーダーの孤独と資質を描いたスピルバーグの最高傑作!

    映画『リンカーン』

    LINCOLN 150分 アメリカ 2012年

    リンカーン

    世界を変えた英雄の<28日間>の物語―

    2013年に映画館で観た映画の中で圧倒的なNo.1でした

    監督はスティーヴン・スピルバーグです、私が周りの人に勧めたら、早速見に行ってくれた人がいましたが、その人の感想は「退屈」でした、確かにスピルバーグ監督作品なのに戦闘シーンもほとんどなく、議会での会話のやり取りばかりです。

    スピルバーグ監督と言えば、今も『JAWS/ジョーズ』を一番の作品に挙げる人もいますし、もちろん大ヒット作『E.T.』も有りますし、その他にも好きな作品がたくさんあります。
    いずれ、監督としてここで取り上げたいと思います。

    スピルバーグ監督の最新作『 ブリッジ・オブ・スパイ』が公開中(2016年1月9日から)です。

    スピルバーグ監督からのアメリカへのメッセージ

    スピルバーグがリンカーン大統領を描くと言えば「人類の平等を訴えた博愛主義的な作品」と思いきや良い意味で予想を裏切ってくれた。
    それは今のアメリカへのスピルバーグ監督からのメッセージだったと思う。

    アメリカには、三権分立の上に成り立つ民主主義が存在する国家、それを成り立たせているのは、国民から選ばれた議員の信条と誠実さの上に成り立っている。
    大統領は行政の長であり、議会に立つことは出来ない、だからこそ大統領としての発する言葉に魂が有る。
    リンカーンが喩え話が好きな人物とは初めて知ったが、政治家の資質である言葉を大切にする事を丁寧に描いている、時にはそれが冗長に感じるのだが。

    人類における正義とは何か!それを成り立たせる仕組みがアメリカには有る、それがアメリカの尊厳で有ると訴えかけてくる。
    史実がそうだったのか?スピルバーグの演出なのかは、私の知識では知るよしも無いのだけど、奴隷解放の議決は、一人ずつ名前を呼ばれて賛否を回答する。
    これはアメリカだけでは無く日本の政治家にも心して欲しいが、後世に政治家が成したことは名前とともに残る。

    当時の政治家は、黒人の男性に参政権を与えると、ゆくゆくは女性にも参政権を与えることになる、そんな事は有り得ないとまで言う。
    今、アメリカでは民主主義の根幹が試されている。
    国民の多数が望んでいる、国民皆保険や銃規制が、党利党略・企業のロビィ活動によって否決されている。
    民主主義の崩壊こそが、アメリカの崩壊なのだから。
    そんな切実なメッセージがスピルバーグから届いたような気がした。

    ダニエル・デイ=ルイスの静かな佇まいと共に、力強さがリンカーンの信念の強さを見事に表現していた。
    ここに政治家に必要な資質を映し出しているようなだった。
    そしてその「言葉」=演説の一つ一つが心に焼き付いた・・・

    面白かったのは、意外と当時は大統領の警護と言うのがほとんど無い。
    リンカーンも気軽に人の家を訪問したりしている。
    まぁ~リンカーンが暗殺されたから、その後は警護ともしっかりするようになったのかもしれない。

    何に感動したのか?聞かれたので、こう答えた。
    政治の世界で、高い目標を達成するために汚いことでも率先して行う姿、だからこその理想の神々しさが有ると。
    そして、その高みに上がるためには孤独がつきまとう、大統領というトップに立つものの孤独の姿をダニエル・デイ=ルイスが見事に演じていた。
    これは、大統領だけではなくても、会社のトップや映画製作のトップに立つ者、何にでもその孤独と日々の積み重ね、それを達成するための高い目標と理想、これが必要だと気づかせてくれる作品。

    リンカーン

    私的『リンカーン』

    テーマが有るか?共感できるか?

    日本ではなかなか理解されづらい部分はあるが、民主主義とは何か?と言う大きなテーマ。
    そしてリーダーの資質とは何か?そこにある孤独に立ち向かうリンカーンを描くことは、真リーダー像が見えてきて心が震える。

    作り手の強い意思を感じるか?

    スピルバーグ監督は、あきらかにオバマ政権への応援歌としてリンカーンを描いた節がある。
    そこには民主主義への危機感があったんだと僕は感じました。
    スピルバーグ監督はメッセージ性の強い作品が意外と多い監督だと判る。

    俳優の意思や演技力が伝わるか?

    ダニエル・デイ=ルイスの演技が圧巻!リーダー像を見事に演じきっていた。
    もちろんリンカーンの実像を知る訳ではないが、魂を感じる演技だった。

    映画らしい楽しさが備わっているか?

    議会の駆け引きが中心の人間ドラマ、それでもリアリティにこだわった映像、強いメッセージ性を感じる作品。

    エンターテイメント性

    個人的には地味とは思わない、人と人との駆け引きが面白い。
    そしてアメリカの民主主義がこれほど解りやすい形で描かれた作品は無かった。

    演出が素晴らしいか?

    スピルバーグ監督はどの作品でもその演出に隙はない。
    このあたりは、クリント・イーストウッド監督など、ベテランの域の仕事だと思う。
    なんと言っても俳優たちの素晴らしい演技を引き出している。

    脚本が素晴らしいか?

    雄弁さと背中から感じさせる部分、脚本と演出の素晴らしさが光る。
    リンカーンの有名な演説「人民の人民による・・・」は出て来ない、それでもリンカーンの話す言葉にメッセージを感じる。

    何度も見たくなるか?

    感動的な物語、リーダーとしての志・姿勢を確認する意味でも、時折に観たい作品。

    映画『リンカーン』のデータ

    リンカーン

    監督■スティーヴン・スピルバーグ
    製作■スティーヴン・スピルバーグ/キャスリーン・ケネディ
    製作総指揮■ダニエル・ルピ/ジェフ・スコール/ジョナサン・キング
    原作■ドリス・カーンズ・グッドウィン 『リンカーン』(中央公論新社刊)
    脚本■トニー・クシュナー
    撮影■ヤヌス・カミンスキー
    プロダクションデザイン■リック・カーター
    衣装デザイン■ジョアンナ・ジョンストン
    編集■マイケル・カーン
    音楽■ジョン・ウィリアムズ
    出演■ダニエル・デイ=ルイス/サリー・フィールド/デヴィッド・ストラザーン/ジョセフ・ゴードン=レヴィット―/ジェームズ・スペイダー/ハル・ホルブルック/トミー・リー・ジョーンズ

    ■アカデミー賞 2012年
    主演男優賞 ダニエル・デイ=ルイス
    美術賞 リック・カーター
    ■全米批評家協会賞 2012年
    主演男優賞 ダニエル・デイ=ルイス
    脚本賞 トニー・クシュナー
    ■NY批評家協会賞 2012年
    男優賞 ダニエル・デイ=ルイス
    助演女優賞 サリー・フィールド
    脚本賞 トニー・クシュナー
    ■ゴールデン・グローブ 2012年
    男優賞(ドラマ) ダニエル・デイ=ルイス
    ■英国アカデミー賞 2012年
    主演男優賞 ダニエル・デイ=ルイス
    ■放送映画批評家協会賞 2012年
    主演男優賞 ダニエル・デイ=ルイス
    脚色賞 トニー・クシュナー
    音楽賞 ジョン・ウィリアムズ

    映画『リンカーン』 ダニエル・デイ=ルイス,スティーヴン・スピルバーグ(監督、製作)

    映画「リンカーン」オフィシャルサイト

    【解説】
     「シンドラーのリスト」「プライベート・ライアン」の巨匠スティーヴン・スピルバーグ監督が、“アメリカ史上最も愛された大統領”エイブラハム・リンカーンの偉大な足跡を映画化した感動の伝記ドラマ。
    国が大きく分断された過酷な状況において、リンカーンはいかにして奴隷解放という大いなる目的を達成するに至ったのか、その知られざる政治の舞台裏を、理想のリーダー像という視点から丁寧に描き出していく。
    主演は本作の演技で「マイ・レフトフット」「ゼア・ウィル・ビー・ブラッド」に続いて、みごと3度目のアカデミー主演男優賞に輝いた名優ダニエル・デイ=ルイス。
    共演はサリー・フィールド、ジョセフ・ゴードン=レヴィット、トミー・リー・ジョーンズ。
     南北戦争末期。国を二分した激しい戦いは既に4年目に入り、戦況は北軍に傾きつつあったが、いまだ多くの若者の血が流れ続けていた。
    再選を果たし、任期2期目を迎えた大統領エイブラハム・リンカーンは、奴隷制度の撤廃を定めた合衆国憲法修正第13条の成立に向け、いよいよ本格的な多数派工作に乗り出す。
    しかし修正案の成立にこだわれば、戦争の終結は先延ばししなければならなくなってしまう。
    一方家庭でも、子どもの死などで心に傷を抱える妻メアリーとの口論は絶えず、正義感あふれる長男ロバートの北軍入隊を、自らの願いとは裏腹に黙って見届けることしかできない歯がゆさにも苦悩を深めていく。そんな中、あらゆる手を尽くして反対派議員の切り崩しに奔走するリンカーンだったが…。(映画データベース –allcinema より)

  • 「2015年を振り返って」 スティーブ・ジョブズの言葉

    「2015年を振り返って」 スティーブ・ジョブズの言葉

    試練の一年

    2015年、今年一年で言えることは試練の一年でした。
    一年と言う表現は間違っているかもしれません。
    この10年間のいろんなツケがこの一年間に集約されたようでした。

    その中で改めて自分の中に残った言葉が
    「毎日、これが人生最後の日と思って生きてみなさい。そうすればいつかそれが正しいとわかる日がくるだろう。」と言う内容を本で読んだスティーブ・ジョブズが

    「もし今日が自分の人生最後の日だとしたら、今日やる予定のことを私は本当にやりたいことだろうか?」
    それに対する答えが“NO”の日が何日も続くと、何かを変える必要があるなと気が付くわけです。

    と言っていた事でした。
    これは自分には衝撃的でした、50年近く生きてきて、こんな覚悟を持って生きていなかった自分・・・

    10年間の紆余曲折

    10年前にベンチャー企業で、10人弱の直属の部下と会社全体の事業を任される事業部長との兼務で仕事をしていました。
    その会社が突然、オーナー(ファウンダー)の意向で売却されてしまったのです。
    そこでその会社を辞めて、知り合いの会社社長と起業をする準備を始めました。
    準備段階として、とりあえず知り合いの社長の会社に入社しました。
    10年前の時点で、既に5年以上の付き合いもあり、数年前にその社長さんの会社が潰れかかっている時に顧客を紹介して、復活のキッカケとするなど、良好な関係でした。

    しかし、その会社に入ってみると、2億円の負債、紹介した大手企業の孫請け(紹介した時は、もちろん直契約でした)になっていると言う始末。
    その後、その会社を再び再起させるために、孫請けから直請けにして・・・と様々な努力をしました。
    それでも、この会社では2つの社会人人生初の体験をしました。

    ・給与の引き下げ
    ・クビの宣告

    です、それまでキャリアパスをステップアップしてきた自分としては、驚きでした。
    当時の会社を傾けた原因となったのが、とある役員の奔放な行動でした、20人弱の売上2億位の会社でその役員独りで、社用車3台(その他に社長もベンツを社用車として乗り回してました)を持ち、意味のない旅行の領収書、なんでも有りでした。
    その問題の役員と一緒に1年間仕事をしましたが、毎回、客先への待ち合わせに30分から1時間以上遅れてくる、一度約束したことを反故にする、などなど、様々な問題を起こしました。
    それに対して、社長にクレームを言ったところ、上記の2つを言われました。

    クビは免れましたが、その時、自己防衛のために自分で会社を作りました。
    この会社は社員がいる訳ではありませんが、独りで映画の勉強をして映画のプロデュースを始めました。

    はじめの一歩を踏み出そう―成功する人たちの起業術 — Amazonで見る

    さて、話を戻すと、「クビを免れた」会社で5年前にこれでは行けないと、小さな反乱を起こしました。
    その当時の社内の心あるメンバーと別会社を作ったのです。
    もちろん、その資金をどうするか?等々課題は有りましたが、私の過去の経験や人脈を使って資金の捻出してどうにか、会社設立まで持って行きました。
    ただ、一点、今から考えると失敗だったのは、自分で代表にならずに人に任せてしまったことでした。

    それから2年後、所属していた会社は傾いて、私と開発メンバー数名で新しい会社の方に完全に移籍しました。
    元の会社は既にバラバラになって、当時の社長と私の人間関係もそれで終わりました、その社長は銀行から借金が有るので、直ぐに会社を潰すことも自己破産することも出来ないのでしょう、会社名だけは残っているようです。

    3年前心機一転、事務所を借りて会社を再スタート、以前の顧客を引き継いでいたので、自己資金もあるし顧客も有る状態からの絶好のスタートを切れました。
    それから3年目の今年・・・
    会社の売上は伸びず(横這い)、社員も入っては辞めて・・・と言う状況で、私の立場が少しずつなくなっていき、代表との対立・・・その後のことはここでは、この位にしておきます。

    むしろ自分に合わないビジネスを、自分と合わない人たちとやり始めてしまった事で、成果も出ずに、更には自分を追い詰めていく結果となりました。
    5年前には「一緒に起業した仲間」でしたが、何故かこの数年間は「単なる部下の一人」と言う立場になっていて、目指しているものが自分と会社との間に乖離が有ったのでしょう。

    「もし今日が自分の人生最後の日だとしたら、今日やる予定のことを私は本当にやりたいことだろうか?」

    ジョブズ氏スピーチ全訳、米スタンフォード大卒業式(2005年6月)にて(日本経済新聞より)

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    スティーブ・ジョブズの人生を(伝記で間接的に)知ってる人も多いとも思うけど、普通の経営者の真逆を行く人物。
    成功には正解はない、と言うことかもしれない。

    でも、これは堀江貴文さん(ホリエモン)も言ってることだけど、過去・未来に縛られるのではなく「今」を見つめる必要があるということ。

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    「今」最善を尽くすことは何か?
    それを考えて行動を取ることが大切に思う。

    スティーブ・ジョブズは、このスタンフォード大学での名スピーチを残して、数年後に亡くなっている。Steve Jobs 1955-2011
    56歳と言う若さである。

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    2016年を控えて

    おそらくこれだけソーシャル・ネットワークが普及してきた時代、ただ商売をして物を売り買いしているだけでは生き残ることは難しいのかもしれない。
    なにか、感動を与えられるもの、それは何か・・・来年、少しずつそれを実行していければと思っている。

    改めて、自分の座右の銘「一期一会」を大切にしながら・・・
    「感動」をできる「Can do」一年にしていきたいと思う、そのためには捨てるものを捨てる・・・

    海外で共感の嵐!今すぐやらないと後悔する「21のコト」

    捨てることも大切。今年はそれを知った年でした。
    皆さん、本当にありがとうございました。来年もよろしくお願いします。