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  • 映画『恋におちたシェイクスピア』 エンターテインメントとしての面白さ!

    映画『恋におちたシェイクスピア』 エンターテインメントとしての面白さ!

    映画『恋におちたシェイクスピア』 SHAKESPEARE IN LOVE

    恋におちたシェイクスピア

    作品がシェイクスピアの劇中劇と融合する

    丹念に錬られた脚本が、この作品を見事なものにした。

    16世紀のイギリス、エリザベス朝を再現してみせる。
    シェイクスピア自身が実在の人物か?とも、言われた時期も有る。
    登場人物も、実在の人物、そして史実に残る行動も描かれている。
    と、同時に大いにその創造の羽を伸ばして、人間関係や出来事を作っていく。
    その真実と虚構を融合させている物語の見事さに目を見張る。

    劇中劇である「ロミオとジュリエット」は、元々、イタリアの説教くさい話がベースになっているとも。
    それを思い切って、シェイクスピア自身の恋と結びつけたアイディアの良さ!シェイクスピアの作った物語を知り尽くしたスタッフが、その世界を見事に(私のようなそれ程、詳しくない人間にも)分かり易 く作品の中に取り入れている、これこそ脚本の上手さ!

    この作品の最も素晴らしい点がここに有る。
    そうシェイクスピアとその恋人ヴァイオラの話すセリフの素晴らしさ!!
    シェイクスピア劇そのままの独特な言い回し、そして劇の中のセリフのような会話。

    「ロミオとジュリエット」のセリフと映画のセリフが見事に融合する。
    セリフが見事に言霊になる。
    そうロミオのセリフが、ジュリエットのセリフが、シェイクスピアとヴァイオラの恋の会話になる。
    劇中劇の「ロミオとジュリエット」がどうやって出来たか?その言葉一つ一つに込められたシェイクスピアの思い、それが伝わってくる。
    映画そのもの以上に、劇中劇『ロミオとジュリエット』に感動する、涙する。

    かつて映画『アマデウス』が、ウォルフガング・アマデウス・モーツァルトの作品(音楽)を見事に魅せた作品になっていた。
    と同様に、この作品ではシェイクスピアの劇(ここでは「ロミオとジュリエット」)を見事に魅せてくれる、いや見方を教えてくれる。

    グウィネス・パルトロウが、アカデミー賞主演女優賞を見事に授賞したが、クィーンズ・イングリッシュを駆使して、表情豊かにヴァイオラを演じているのを見ると相応しいのが判る。
    脇役陣はもう素晴らしいとしか言えない。
    ジュディ・デンチは見事としか言いようがない存在感!ジェフリー・ラッシュの道化ぶりも楽しい。
    ラストのヴァイオラが「十二夜」にひも付くところは、ツボを押さえている!

    蛇足:この作品は公開最終週に劇場に行ったけど、観客が1割もいなかった(泣)お陰で一番観やすいところでゆったり静かに観れたけど。

    Reviewed in 07.1999

    恋におちたシェイクスピア
    Miramax/Photofest/ゲッティイメージズ

    「ロミオとジュリエット」から「十二夜」へ

    ワイド・テレビとDVDプレイヤーを購入したので、再度、DVDビデオでこの作品を再見。

    また観ると新しい発見が!
    それにしてもこの作品、本当に脚本が良くできている、つくづく感心させられる。

    そして脚本だけではなく、演出も素晴らしい。
    脚本の出来に良く応えて、見事な画面構成を見せてくれる。
    映画を娯楽と言うなら、この恋愛劇は見事な映画と言えるだろう。

    「ロミオとジュリエット」の物語が出来るまでを、“ウィル”・シェイクスピアとヴァイオラの恋と絡めて進行させていくところは見事。
    と同時に、映画の後半では徐々に「十二夜」の物語もタブって来る。
    このあたりは、う~ん、と感心させられる。※ ちなみにシェイクスピアは好きで本はかなり読んでいる

    それと(おそらく)「ロミオとジュリエット」の物語を知らなくても、何となくその全体像が見えてくる。
    と言うのは、劇中劇の「ロミオとジュリエット」は、シーンをトピックス的に取り上げているに過ぎないのだが、それまでの映画のストーリーとだぶっているので、その悲劇的な物語が伝わってくる。

    面白いのが、この脚本家たちがメイキングで語っているが、物語を書く仕事をする人間の共通の悩みを、天才シェイクスピアにも投影していること。
    シェイクスピアも、一つの物語を生むために悩み苦しみ、そして自らの体験で綴っていく。

    もう一つ、これは劇の舞台裏も描いている。
    劇の俳優達の姿、飲み屋で飲んだくれたり、台詞の練習をしたり、その苦労する姿も楽しめる。

    この入り乱れるような物語を、映像で絡めて一本のストーリーに見せるあたりは、監督ジョン・マッデンの力量がうかがえる。

    このDVDビデオには、映画からカット編集されたシーンが特典映像として付いている。
    その中で重要なのが、もう一つのラスト。
    ここでヴァイオラの乗った船が難波して、漂流した先が“アメリカ”だと台詞で語られる。
    それと、その前のシェイクスピアとヴァイオラが別れるシーンでは、このカットされた方は、別れを惜しみながら悲しみの中に別れていく。
    もちろんオリジナルはご存じのように、シェイクスピアとヴァイオラの会話がそのまま、「十二夜」の物語へと続いていく。
    実はこれ、オリジナルの方が数段優れているのだけど、ここにもこの映画の良さが伝わってくる。

    シェイクスピアの作った物語が、実は彼の人生の一部であることが判るからだ。
    改めてみると確かに面白いし、グウィネスの男優役も結構面白い。
    お勧めできる一本である。

    Reviewed in 05.2000

    2017年から1999年の公開時を振り返ると

    この作品はこの年のアカデミー賞で、実に13部門にノミネートされ、作品賞・主演女優賞(グウィネス・パルトロウ)を含む7部門で受賞した。
    この年は大激戦だったと思う、他に『エリザベス』『ライフ・イズ・ビューティフル』『プライベート・ライアン』『シン・レッド・ライン』と話題作がノミネートされている。

    今振り返ると『プライベート・ライアン』の評価が一番高いように思うし、私個人的にも、どの作品も好きだが、特に『プライベート・ライアン』が後世に残る名作と言えるかも。

    一方でも、映画のエンターテインメント性とアカデミー賞というお祭り、映画をたくさんの人にもらったことによる功労賞的な意味合いで考えると『恋におちたシェイクスピア』の作品賞受賞も個人的には納得の結果ではある。

    映画『恋におちたシェイクスピア』のデータ

    映画『恋におちたシェイクスピア』

    SHAKESPEARE IN LOVE 123分 1998年 アメリカ

    監督■ジョン・マッデン
    製作■デヴィッド・パーフィット/ドナ・ジグリオッティ/ハーヴェイ・ウェインスタイン/エドワード・ズウィック/マーク・ノーマン
    製作総指揮■ボブ・ウェインスタイン/ジュリー・ゴールドスタイン
    脚本■マーク・ノーマン/トム・ストッパード
    撮影■リチャード・グレートレックス
    美術■マーティン・チャイルズ/ジル・クォーティアー
    衣裳■サンディ・パウエル
    ヘア&メイク■リサ・ウェストコット
    編集■デヴィッド・ギャンブル
    音楽■スティーヴン・ウォーベック
    出演■グウィネス・パルトロウ/ジョセフ・ファインズ/ジェフリー・ラッシュ/コリン・ファース/ルパート・エヴェレット/ベン・アフレック/ジュディ・デンチ/トム・ウィルキンソン/サイモン・カロウ/ジム・カーター/マーチン・クラネス/イメルダ・スタントン

    アカデミー賞 1998年
    作品賞授賞
    主演女優賞授賞 グウィネス・パルトロウ
    助演男優賞ノミネート ジェフリー・ラッシュ
    助演女優賞授賞 ジュディ・デンチ
    監督賞ノミネート ジョン・マッデン
    脚本賞授賞 トム・ストッパード/マーク・ノーマン
    撮影賞ノミネート リチャード・グレートレックス 音楽賞(オリジナル・ミュージカル/コメディ)授賞 スティーヴン・ウォーベック
    美術賞授賞 マーティン・チャイルズ/ジル・クォーティアー
    衣裳デザイン賞授賞 サンディ・パウエル
    メイクアップ賞ノミネート ヴェロニカ・ブレブナー/リサ・ウェストコット
    音響賞ノミネート ドミニク・レスター/ロビン・オドノヒュー/ピーター・グロサップ
    編集賞ノミネート デヴィッド・ギャンブル

    ベルリン国際映画祭 1999年
    功労賞授賞 トム・ストッパード/マーク・ノーマン

    NY批評家協会賞 1998年
    脚本賞授賞 マーク・ノーマン/トム・ストッパード

    ゴールデン・グローブ 1998年
    作品賞(コメディ/ミュージカル)授賞
    女優賞(コメディ/ミュージカル) 授賞グウィネス・パルトロウ
    脚本賞授賞 トム・ストッパード/マーク・ノーマン

    <DATA>

     芝居熱が過熱する16世紀終わりのロンドンで、新進気鋭の劇作家シェイクスピア(ジョセフ・ファインズ)が恋におちた。
     一人の女性ヴァイオラ(グウィネス・パルトロウ)を愛して、愛して、愛して・・・その狂おしさから、あの華麗なる悲劇“ロミオとジュリエット”は生まれた。
     不朽のラブストーリー誕生の陰に存在した本物の恋。

     天才劇作家シェイクスピアが、今、歴史の壁をくぐり抜け、ひとりの“恋する男”になる。
     若き日のシェイクスピアに扮しているのは、「魅せられて」のジョセス・ファインズ。
     射すくめるような瞳で、シェイクスピアの才気と情熱を強烈に演じている。
     一方、運命の女性ヴァイオラには、「エマ」、「スライディング・ドア」で魅力全開のグウィネス・パルトロウ。

  • 映画『CUBE』 好奇心と恐怖心、そして絶望、現代社会の縮図を描く傑作スリラー

    映画『CUBE』 好奇心と恐怖心、そして絶望、現代社会の縮図を描く傑作スリラー

    映画『CUBE』 CUBE

    CUBEキューブ

    世界を犯す、騒がしい絶望。
    カナダの恐るべき新鋭がおくる、20世紀の言葉では語れないオーヴァー・ジャンル・ゲーム・ムーヴィー。

    キューブ (字幕版) — Amazonで見る

    既に20年前の作品、VFXがもたらした新しいジャンルのスリラー

    この作品、“オーヴァージャンル・ゲームムービー”と言うらしい。
    そうスリラー、SF、サスペンス、犯罪、脱獄、そしてスプラッタの要素が入り組んでいる。

    まずは、相当怖いスリラー&スプラッタ作品であることが判る。
    いきなり視覚的に、キューブの内部に罠が仕掛けられていることを見せる。
    従って、一つの扉の向こうに何が有るか?観ているものを恐怖に陥れる。

    この作品、映画館で観たら、よっぽど怖かったに違いない、到底、私には怖くて挑戦する気にはなれないけど(汗)

    キューブ内部のデザインは、幾何学的な模様が描かれ、四角い部屋の閉塞感、そして部屋毎に違う過激な色調で、観ているものの感情を不安定にさせる。
    それは内部にいる人間においては尚更だろう。

    この映画の素晴らしい点は、以下の2つの点で楽しめることだろう。
    一つはサスペンス的な要素と言うか、キューブからの脱出劇であろう。
    数学を駆使したトリックは、なかなかユニークで面白い。

    ネタバレになるが(これから観る人は読まないで!)、キューブが移動していること、実は一部屋だけ、26×26×26の部屋の外に一つだけ部屋が余計に有ること...そしてスタートの部屋がゴールで有ること...この意外性、決して新しくはないが、よく考えられている。

    実際、数学的な素数や因数の計算は、知り合いの大学院生が、色々解いているところをみると、発想としてもよく考えられていて面白い。
    この謎解きの面白さ、しかもそれがいつ死ぬか判らないぎりぎりの緊迫感の中で行われている点も、より一層、観るものを楽しませる。
    結果として、キューブの罠に掛かり死ぬのは、冒頭の2人だけ。
    この2人の死が、最後まで恐怖感を煽り続けるのは、その扇情的なキューブ内部の造形に有るのだろう。

    そこでは、無機質さがキーになる。
    この無機質さこそが、2つ目のポイントなる。
    もう一つの楽しみは、人間内部の感情とそれに関わる社会を、この数人の登場人物と限られた空間の中だけで、描いている点である。
    キューブ自体の存在を言及する際、目的が有って作られたものではないこと。
    作った人間は、その一部しか、その存在を知ることがないこと。
    そして、誰が作らせたのか?自分たちが何故、その内部に居るのか?それ自体、何も意味がなく、社会と同じく既にそこに存在し、その中で生きていかなければならないこと(ここでは無事脱出する事)。

    出口が見つかった際に、一人の男が出ることを拒む。
    それは実社会に戻る意味がないと。
    そうキューブ自体が社会を切り取っている、それも見事なまで無機質な部分だけを。

    全員の服装は作業着のみとされ、指輪も外されている。
    ただ(キューブ内での)生活に必要な眼鏡だけが残されていた。
    究極な無機質な状態に人が追い込まれることによって、実社会では隠されていた人間の本質(あるいは本性)が如実に現れてくる。
    模範的な人間だと思われていた男が、殺人鬼に変貌していく。
    それは人間が社会の歯車でしかないと知った時に、自分自身を見つめ直し、そこに残った本質が行動となって現れているようだ。

    ラストの光の中に脱出していく様は、脱出の喜びやある種の希望よりも、むしろ、これからの実社会という新たな迷路への恐ろしい前兆を感じさせる。
    単なる“オーヴァージャンル・ゲームムービー”と言うだけではなく、見事に人間性までも描いた作品と言え『ガタカ』等と並ぶ新しい感覚の近未来SF作品である。

    監督はカナダ人のヴィンチェンゾ・ナタリと言う人で、今までは短編映画でその才能を発揮し、SF映画『JM』で絵コンテを担当した人らしい。
    今回、キューブ内のデザインの一部も彼が行ったらしい。
    セットのキューブは、1つ半が作られ、キャストは7名、残りはCGを駆使、製作費も日本円にして約5,000万円という超低制作費。

    短編『エレヴェイテッド』

    Elevated 1997年 カナダ
    監督■Vincenzo Natali Genre
    出演■Vicki Papavs….Ellen/Bruce McFee….Ben/David Hewlett….Hank Country

    付録として?ビデオには、ナタリ監督のデビュー前の短編作品が収められていました。
    エレベータと言う限られた空間内で、見知らぬ人たちが、お互いを疑う『CUBE』にも見られた、人間の本質をここでも描こうとしているのが見える。

    但し、短編と言うことや試行錯誤の部分が見られるので『CUBE』程の完成度は見られない。
    サスペンス映画を試行した作品としては面白い。
    『ゾンビ』を思い出してしまう展開は、やはりメジャー・デビューをする監督としては、通り道的な作品。
    デビッド・ヒューレットは、この後『CUBE』にも出演。

    Reviewed in 06.1999

    映画『CUBE』のデータ

    CUBEキューブ Blu-ray — Amazonで見る

    CUBE 91分 1997年 カナダ

    監督■ヴィンチェンゾ・ナタリ
    製作■メーラ・メー/ベティ・オアー
    製作総指揮■コリン・ブラントン
    脚本■ヴィンチェンゾ・ナタリ/アンドレ・ビジェリク/グレーム・マンソン
    撮影■デレク・ロジャース/スコット・スミス
    音楽■マーク・コーヴェン
    編集■ジョン・サンダース
    美術■ダイアナ・マグナス
    SFX監督■ボブ・マンロー/ジョン・マリエラ
    特殊メイク■カリガリ・スタジオ
    SFX■C.O.R.E.デジタル・ピクチャーズ
    出演■モーリス・ディーン・ウィン/ニコール・デボア/デヴィッド・ヒューレット/ニッキー・ガーダグニー/アンドリュー・ミラー/ウェイン・ロブソン/ジュリアン・リッチングス

    <DATA>

     奇抜なストーリー、斬新なビジュアル・センスで話題となったカナダ産異色サスペンス。
     謎の立方体(=CUBE)に閉じこめられた男女6人の脱出劇を、緊迫感漲る演出で描く。
     ゲーム感覚の謎めいた物語やシュールな美術・SFX等を駆使し、人間の闇部を抉った秀作。

     ある日突然、密室に閉じこめられた6人の男女。
     それは正方形の巨大な立方体だった。
     いったい何のために作られたものなのか、なぜ自分たちが閉じこめられたのかは誰も知らない。
     脱出方法は6つあるハッチのいずれかを選び、同じ立方体でつながっている隣に移動しながら出口を探す以外ないが、いくつかの部屋には殺人トラップが仕掛けられていた。
     そんな中、やがて彼らは安全な部屋を示す“暗号”に気づくが・・・。 <allcinema>

     目が覚めると、四角い部屋の中。
     そこは一辺が約5メートルで、6つの壁面にはそれぞれ隣の部屋に通じるハッチがある。
     そんなキューブの中で偶然に出会った6人、刑事のクエンティン(モーリス・ディーン・ウィント)、数学が得意な女学生レブン (ニコール・デボアー)、女医のハロウェイ(ニッキー・ガーダグニー)、謎の男ワース(デビット・ヒューレット)、精神病者のカザ ン(アンドリュー・ミラー)、脱獄囚のレン(ウェイン・ロブソン)、ここは一体どこなのか、いつから何のためにここにいるのか、外に出ることは出来ないのか、密室に閉じこめられた彼らは葛藤の中で、体力と知力を振り絞りキューブからの脱出を試みるが・・・。

  • 映画『奇跡の海』 キリスト教とセックスの関係についての妄想的考察

    映画『奇跡の海』 キリスト教とセックスの関係についての妄想的考察

    映画『奇跡の海』 BREAKING THE WAVES

    奇跡の海

    宗教を無垢に信じる恐怖

    なんて怖い映画なのだろう~、それが第一印象。
    信仰の描き方がベルイマン的である。

    観ていてまず気付くのが、ハンディのキャメラで撮った映像。
    常に上下に揺れていたり、画面がピンボケしたりする。
    編集も面白い、主人公ベスから他の登場人物にキャメラが移動する時は、そのまま映像を繋ぐが、他の人からベスにキャメラが移動する時は、途中でカットしてスパッと切り替わる。

    全体として映像が寒々として冷たい印象がする。
    それは、そこに写されるスコットランドの風景なのかもしれない(個人的には、デビッド・リーンの『ライアンの娘』のアイルランドを想像した)。
    ベルイマンのスウェーデン等の北欧のそれに近い雰囲気が感じられる(監督さんがデンマークの人ですね...)。
    そう言ったインパクトの有る映像と共に、出だしは俗物的なドラマが展開されるかのように始まる。

    しかし、この作品のテーマは、ラストのシーンが示すように“神の啓示”に有る。
    そのテーマにぐいぐい引き込まれていく。

    怖いというのは、大きく2つの点に関して。
    プロテスタントの非常に厳格な宗派(実際の宗派は私には判らないが)の中で、その人間の取る行動の恐ろしさ。
    主人公のベスは、その中で純粋培養された人間。
    この町に住む人々の宗教観には神の不在を感じずにはいられない。
    そこには形骸化した、伝統しか感じられない。
    神は主人公ベスに啓示を与えるが、それはラストまで、狂気なのか啓示なのか、判らない。
    しかしあれが啓示だとすれば、彼女を生んだこの街の、この戒律や宗教観の肯定になるような気がしてならない。

    確かに主人公のベスは、その純粋さの上、教会の戒律に背き、破門され“(神を愛することは出来ても、神の)言葉(だけ)を愛することは出来ない!”と叫ぶが。
    ベスが娼婦になり、教会から破門になり精神病院に送られそうになるが、脱走して自分の街、自分の実家に戻るシーンが有る。
    しかし街の子供達は、ベスに石を投げつける。
    追いかけては来ては投げつける。
    キリストの教えに、隣人を愛せって有るのに...。

    この街の人々の宗教観が生み出した、伝統や習慣(のようなもの)には恐ろしいものを感じるが、これが絵空事ではないのは、(日本の)オウム(真理教)等を見れば判ること。
    宗教とはある種の洗脳も有るのだから...

    もう一点のこの映画の恐ろしさ...主人公ベス。
    彼女を純真な女性と感じるか?それても知能の低い人間と捉えるか?は有るが、彼女はこの街の宗教観の中で純粋培養されてきた女性。
    結婚によって、男性との初めての行為におよび、その喜びを知る。
    しかし、その後の行動と言ったら、私の目からは常軌を逸しているとしか言えないもの。
    キリスト教って人に与えることでしょ?と言いたくなるような場面が続く。
    愛するものから何でも奪い取ろうとする。
    また純粋上の事なのか?神の言葉を自分で作り上げて語り出す。
    愛をせがむ表情や自分の望みが受け入れられず叫び泣く姿は、私にはどうしても怖く写る。
    彼女の笑いの表情には、何かに取り憑かれたものを感じるのは私だけだろうか?

    主人公ベスの夫は、下半身不随になる怪我をするが、ベスの死と共に歩けるようになっている。
    しかもなんの前触れもなく、突然に!そして鐘が鳴る。
    全て神の“啓示”なのだろうか? セックスレスになった男性のセックスを感じたいがために、妻に他の男との関係を求める、極限の愛の形と言うより、神との関わりを描いた作品として考えさせる。

    でもベスと言う女性像には、嫌悪を感じずにはいられない。
    決して好きな作品ではないが、凄い作品では有る!

    Reviewed in 03.1999

    2017年のラース・フォン・トリアー

    この作品が私とラース・フォン・トリアー監督の出会い、と言っても初めて見た作品という話だけですが。
    ラース・フォン・トリアー監督の初期の傑作で、実はこれが一番判りやすい作品かもしれない。

    この作品はモチーフがイングマール・ベルイマン監督の『処女の泉』に近いが、主人公が死んだ後に聖人(神に祝福される)となるか、異教徒?に葬られるか、の違いがある。
    このあたりが、その後のラース・フォン・トリアー監督の独特な世界観へと突き進む予感だったのかもしれないが。

    ベルイマンが神と人間の関係を日常の中に描いたのに対して、ラース・フォン・トリアーは自由な発想で映像化することにチャレンジしている。
    「天国」「煉獄」「地獄」を描いた『アンチクライスト』や性に縛られる女性を描いた『ニンフォマニアック』など。

    カンヌ国際映画祭で色々な賞を受賞・ノミネートされていることを考えると、ヨーロッパ文化とキリスト教やその他の宗教との関係については複雑な関係で、人々の生活に影響を与えていることが判る。
    宗教観とベルイマン、ラース・フォン・トリアーを考察するのは楽しそうだが、キリスト教ではない私がキリスト教について知っている知識が少なすぎるかもしれない。

    主演のエミリー・ワトソンはこの作品で最高の演技をして見せて、逆にイメージがついてしまったところがある。
    現在も名脇役として活躍しているイギリスの名女優。

    そう言えば、主人公の夫役はステラン・スカルスガルドだったなぁ~
    スウェーデン出身のスカルスガルドはそれまでも脇役として少しずつハリウッド作品にも出ていたが、この作品で一気に有名になり、その後もラース・フォン・トリアー作品に出続けている。
    もちろん、ハリウッドの大作にも出続ける名脇役。

    映画『奇跡の海』のデータ

    奇跡の海【無修正 HDニューマスター版】(Blu-ray) — Amazonで見る

    BREAKING THE WAVES 158分 1996年 デンマーク
    監督■ラース・フォン・トリアー
    製作■ヴィベク・ウィンドレフ/ピーター・オルベク・イェンセン
    脚本■ラース・フォン・トリアー
    撮影■ロビー・ミューラー
    美術■カール・ユリウスン
    音楽■レイ・ウィリアムズ/マーク・ウォーリック
    編集■アナス・レフン
    衣装■マノン・ラスムッセン
    製作総指揮■ラース・ヨーンソン
    出演■エミリー・ワトソン/ステラン・スカースガード/カトリン・カートリッジ/ジャン=マルク・バール/ジョナサン・ハケット/エイドリアン・ローリンズ/ジョナサン・ハケット/サンドラ・ヴォー/ウド・キアー/ミケル・ゴープ/ローフ・ラガス/フィル・マッコール/サラ・グジョン

    1996年アカデミー賞
    主演女優賞ノミネート エミリー・ワトソン

    1996年カンヌ国際映画祭
    審査員特別賞授賞 ラース・フォン・トリアー

    1996年N.Y.批評家協会賞
    女優賞授賞 エミリー・ワトソン
    監督賞授賞 ラース・フォン・トリアー
    撮影賞授賞 ロビー・ミューラー

    1996年L.A.批評家協会賞
    ニュー・ジェネレーション賞授賞 エミリー・ワトソン

    <DATA>

     プロテスタント信仰が強い、70年代のスコットランドの村が舞台。
     ベスは、油田工場で働くヤンと結婚した。
     彼女は、仕事のために家に戻れない彼を愛するあまり、早く帰ってくるよう神に祈る。
     するとヤンは工場で事故にあい、願い通りに早く戻ってきた。
     だが回復しても寝たきりの上に、不能になっていた・・・。
     やがてヤンは、妻を愛する気持ちから他の男と寝るよう勧め、ベスもまた、夫を愛するがゆえに男たちを誘惑してゆく。

     映像派ラース・フォン・トリアー監督は、1996年カンヌ国際映画祭で大絶賛されグランプリを受賞、この作品がデビュー作となる、主人公ベスを演じたイギリス人女優、エミリー・ワトソンは、アカデミー賞主演女優賞にノミネート。
     全8章、2時間38分からなる、濃密な愛の物語。 <allcinema>

  • 映画『汚名』 イングリッド・バーグマンの美しさが罪

    映画『汚名』 イングリッド・バーグマンの美しさが罪

    映画『汚名』 NOTORIOUS

    汚名

    イングリッド・バーグマンの美しさに酔う

    ヒッチコック作品か?それともイングリッド・バーグマンの作品か?それ程、この作品のバーグマンは美しい。
    とは言え、そのバーグマンの美しさを引き出したのは、間違いなくヒッチコックである。

    サスペンスとしての見せ方は、やはり一級。
    作品の細かい背景を全て省き、シンプルな構成に、しかしその中に複雑に張り巡らさせた伏線が、観客をいつの間にか、登場人物に同化させる作用となっている。

    アリシア(イングリッド・バーグマン)とデブリン(ケイリー・グランド)、二人の愛情が、セバスチャン(クロード・レインズ)の嫉妬を生み、それが物語のあらゆる伏線に。
    ブラジルでのセバスチャンと仲間たちの会話で、仲間の一人のミスを責め、暗殺する相談をする。
    この事がセバスチャン自身のミスの隠蔽へとつながる。
    セバスチャンと仲間達の強い絆と共に、そこにある真実は相互不信に他ならない。
    またアリシアが、アメリカでアル中であったことが、毒を飲まされた彼女を見たデブリンに誤解を生ませる。

    相変わらずカット割りの上手さで、見せ方が良い。
    それ以上にバーグマンの美しさが光る、酔いしれる。
    バーグマンは背が高いが、彼女の一番美しいアングルは、上向き加減に目を閉じてキスをする表情。
    これを背の高いケイリー・グラントと組み合わせて、存分に魅せてくれる。

    逆に背の低いセバスチャン役のクロード・レインズの立場が強調されてくる。
    そう彼のコンプレックス、一つは背が低いこと。
    もう一つはマザコンで有ること、この事が大きな伏線になる。
    彼はアリシアのような美しく、大きな女性にモテるはずが無い、受け入れられるはずが無いと考えてい た。
    だからこそ、アリシアが近づいてきた時に、それを有頂天になって何の疑いもなく受け入れてしまっている。
    これは、ヒッチコック自身の、母親に対する愛情の深さと、自分の体型に対するコンプレックスの裏返しだろう。

    また重要なのは、アリシアの中の二つの観念。
    一つは愛国心という道徳観と、もう一つは愛情というもの。
    愛国心のため、またデブリンに対する愛情のために、アリシアは敵のスパイであるセバスチャンと結婚までしてしまう。
    この板挟み、同時にそれはデブリンにも言えること(好きな女性を、他人の妻に送り込む)で、この事が、観客の心情に迷 いを生じさせ同情を生む。
    完璧なまでに作り込まれた脚本(ベン・ヘクト)と、ヒッチコックの見事な演出、そしてバーグマン、グラント、レインズの見事な演技が醸し出す、サスペンスとラブ・ロマンス。

    ヒッチコック作品の中でも秀逸な一本で有る。

    Reviewed in 09.1999 

    映画『汚名』のデータ

    汚名 DVD FRT-036 — Amazonで見る

    NOTORIOUS 101分 1946年 アメリカ

    監督■アルフレッド・ヒッチコック
    製作■アルフレッド・ヒッチコック
    共同製作■バーバラ・ケオン
    助監督■ウィリアム・ドーフマン
    原案■アルフレッド・ヒッチコック
    脚本■ベン・ヘクト
    撮影■テッド・テツラフ
    特殊効果■ヴァーレン・L・ウォーカー/ポール・イーグラー
    美術■アルバート・S・ダゴスティーノ/キャロル・クラーク/ダレル・シルヴェラ/クロード・カーペンター
    音楽■ロイ・ウェッブ
    衣装■イディス・ヘツド
    録音■ジョン・トリビー/クレム・ポートマン
    編集■テロン・ウォース
    製作会社■RKO
    備考■白黒
    日本公開■1948年、1968年、1983年
    出演■ケイリー・グラント/イングリッド・バーグマン/クロード・レインズ/ルイス・カルハーン/レオポルディン・コンスタンティン/ラインホルト・シュンツェル/マローニ・オルセン/イヴァン・トリーソルト/アレクシス・ミノティス/エバーハルト・クルンシュミット/フェイ・ベイカー

    アカデミー賞 1946年
    助演男優賞ノミネート クロード・レインズ
    脚本賞ノミネート ベン・ヘクト

    <DATA>

     父親にドイツのスパイ容疑がかけられ、売国奴の娘と呼ばれたアリシア(イングリッド・バーグマン)にFBIの捜査官デブリン(ケイリー・グラント)が接近してきた。
     ナチの残党と思しき人物セバスチャン(クロード・レインズ)が父の友人であったことから、アリシアにその内情を探って欲しいという依頼だった。
     舞台は、マイアミからリオ・デ・ジャネイロに移り、アリシアはそこでセバスチャンの求婚に応じるが、デブリンとの連絡も引き続き行われていた。
     やがて、彼女は屋敷の酒蔵で組織の秘密を突き止めるが、その事に気づいたセバスチャンは・・・。

     ヒッチコック作品の中では、スリラーの要素よりもメロドラマの色を濃くした作品で、バーグマンとグラントが見せた熱烈なラブ・シーンは公開当時かなりの話題となった。
     登場人物の設定と行動について、いささか説明不足の感もあり、ドラマの中にすんなり入って行けるとは言い難いが、さすが、個々のサスペンス醸造は見事。 <allcinema>

  • 映画『海の上のピアニスト』 モリコーネの音楽が人生の素晴らしさを奏でる

    映画『海の上のピアニスト』 モリコーネの音楽が人生の素晴らしさを奏でる

    映画『海の上のピアニスト』 THE LEGEND OF 1900

    海の上のピアニスト

    人生、捨てたもんじゃない

    なんて美しい映画なのだろう。
    監督はあの『ニュー・シネマ・パラダイス』のジュゼッペ・トルナトーレ監督である。
    再び、この映画でも観客の心をつかんで離さない。

    生まれながらにして天才ピアニストの主人公ナインティーン・ハンドレッドが奏でる音楽も美しく聞き応えもたっぷり。
    この物語自体、トランペッターのマックスの作り話か?果たして本当の話か?判らない。
    だからこそ、神秘的で美しい語り口が許されるのだ。

    これは元々、戯曲として書かれた原作が有る物語だからしょうがないのかもしれないが、非常に映画的な語り口が、ラスト4分の1くらいから、説明的になってくる。
    そう現代(1946年)に豪華客船ヴァージニアン号が爆破される訳だけど、ここで現れるナインティーン・ハンドレッドとマックスの会話・・・大切な会話だけど、それまでが映像によって語られてきたのに、ここにあるのは言葉のみ。
    そして映像としてあるのは、絶対に存在し得ないで有ろうシチュエーションに現れたナインティーン・ハンドレッドなのだ。
    それまでが、存在するのか?しないのか?という狭間に存在していた人物に、いきなりリアリティが与えられてしまう。

    個人的にはこのラスト、夢のままの映像的な展開をして欲しかった。
    ここまで余りに素晴らしい作品だっただけに残念で仕方がない、人それぞれの感じ方だと思うけど。

    と言っても、この映画は素晴らしい。
    トルナトーレ監督は、映画というものを非常にロマンティックな語り口で、いつも私達に映し出してくれる。
    映画によって伝えられるもの、それはリアリティとかと言ったものではなく、作り話(=ファンタジー)であったとしても、その中に心が込められている事が重要なのであると。
    そしてその表現は非常に映像的なのである。

    この作品でも数々の美しいシーンが連続する。
    冒頭の沢山の移民を乗せた船の前に自由の女神が現れ「アメリカ!」と人々が叫ぶシーンと言い、生まれたばかりのナインティーン・ハンドレッドが蒸気機関に揺られながらじょうろでミルクを飲むシーン、大きくなったナインティーン・ハンドレッドが一等船客のダンス・ホールに初めて足を踏み入れるシーンなど。
    船の上に降り積もる雪、そしてナインティーン・ハンドレッドとトランペットの男マックスが出会う嵐の夜シーン。
    時化(しけ)で大揺れの船の一等船客では、靴磨きのために廊下に出された靴が揺れに併せて左右に滑っている。
    マックスはとてもじゃないけどまっすぐ歩けず、船酔いで花瓶に吐いていると、そこに何事も無いように真っ直ぐに立ったナインティーン・ハンドレッドが現れ、ピアノを弾くという。
    床に固定させるストッパーを外させて、まるでピアノ自身がワルツを踊るようにダンス・ホールを動き出す。なんて、素晴らしいシーンなんだろう!
    またジャズの創始者ジェリー・ロール・モートンが音楽での決闘を挑んでくるが、このシーンも見応えが有る。

    更に好きなシーンが、ナインティーン・ハンドレッドは、その人を見て思い浮かんだ音楽を奏でると言う才能を持っているが、ある日、船室の窓の外に見える少女を見て、ピアノによる演奏をするシーン。
    彼女の魅力と共に奏でられる音楽とナインティーン・ハンドレッドの表情。
    映画とは映像を見るもの、そう数々の素晴らしいシーンの積み重ねが、素晴らしい映画を作る。

    そして少女との出逢いと、少女の父親の言った言葉「陸から海を眺めていたら、海が語りかけてきた」で、海が自分の人生の方向性を決めてくれるなら、船を下りてみたいと。
    ただ、結局、自ら下りることは無かった、そう自分には陸地に広がる無限を受け入れることは出来ないと。

    映画では、一つの答えを出していると思う。
    それは友情であり、恋であり、人と人の結び付きが有れば、陸地でも人が生きていくことが出来ると、ただナインティーン・ハンドレッドには、その結び付きが無かっただけなのだと。
    ナインティーン・ハンドレッドの前をいくつもの人生が通り過ぎていく。
    しかし、それは通り過ぎていくだけで、彼の人生とは別のものだった。

    そこには『ニュー・シネマ・パラダイス』と同様に、映画を観る人々に対して、映画も人生の素晴らしさを教えてくれるが、実際の生活にこそ人生の素晴らしさが有るのだと!
    そうトルナトーレ監督は語りかけてくるかのようだ。

    ナインティーン・ハンドレッド役のティム・ロスは、今までの彼の役柄とは違い、普通の人(他の映画ではちょっと危ない役が多い)を演じて見せた。
    その中に人の孤独や優しさを見事に表現していたと思う。
    マックス役のプルート・テイラー・ヴィンスは一世一代の演技だった。

    この映像的な素晴らしい映画、物語の語り口も見事、そして更に素晴らしかったのがエンニオ・モリコーネのスコア=音楽。
    船で出会った人々の人生から音楽を作る、それを見事に旋律に換えていった彼の素晴らしさ。
    この音楽の素晴らしさ、これ無くしては、この映画は生まれなかったであろう。

    「いい物語があって、それを語る人がいるかぎり、人生、捨てたもんじゃない」

    Reviewed in 12.1999

    映画『海の上のピアニスト』のデータ

    THE LEGEND OF 1900 125分 1999年 アメリカ=イタリア

    監督■ジュゼッペ・トルナトーレ
    製作■フランチェスコ・トルナトーレ
    製作総指揮■ローラ・ファットーリ
    脚本■ジュゼッペ・トルナトーレ
    原作■アレッサンドロ・バリッコ
    撮影■ラヨシュ・コルタイ
    音楽■エンニオ・モリコーネ
    プロダクション・デザイン■マウリツィオ・ミレノッティ
    アート・ディレクター■ドメニコ・シーカ
    編集■マッシモ・カグリア
    キャスティング■ファブリツィオ・セルジェンティ・カステラーニ/ヴァレリー・マッキャフリィ/ジェレミー・ジマーマン
    特殊効果スーパーヴァイザー■デイヴィッド・ブッシュ
    出演■ティム・ロス/プルート・テイラー・ヴィンス/メラニー・ティエリー/クラレンス・ウィリアムズ三世/ビル・ナン/ピーター・ヴォーン/ナイオール・オブライアン/ガブリエレ・ラヴィア/アルベルト・ヴァスケス/ハリー・ディッスン/イーストン・ゲイジ/コリー・バック

    映画『海の上のピアニスト』
    ワーナーホームビデオ

    <DATA>

     1946年、トランペッターのマックス(ブルート・テイラー・ヴィンス)は中古楽器屋で甘美なピアノ曲が収録されている1枚の古びたレコードを発見する。
     そ してマックスはこの曲を演奏した「この世に存在しない伝説のピアニスト」の 物語を語り始めた。
     大西洋を果てしなく往復する豪華客船ヴァージニアン号に置き去りにされた小さな命。
     彼の名はナイ ンティーン・ハンドレッド=1900(大人になってからはティム・ロス)。
     時が世紀の変わり目を告げる1900年に、この船で拾われた彼はこ う名付けられた。
     船を下りることなく成長するナインティーン・ハンドレッドは、やがて88のピアノの鍵盤の上で信じが たい才能を発揮する。
     自らの研ぎ澄まされた感性でのみ奏でられるメロディ。
     楽譜は一切読まず、旋律は乗客達の表情や仕草に合わせて紡ぎ出されていく。
     優しく、しかも力強い。
     かつて聞いたこともないその素晴らしい音色は、あらゆる人を感動の渦に巻き込んでいった。
     そしてその噂は海を渡り陸地にまで広がっていくのだった。
     即興の音楽を通し、様々な人々と出会う中、ナインティーン・ハンドレッドはふと「陸地から見る海はどうなのだろう」と思いを巡らす。
     そんな時、舷窓越しに美しい少女を見る。
     その瞬間、彼はやさしいメ ロディを弾き、かつてないほど感動的な音楽を奏でた。
     その少女の姿を船中探し回り、やっと三等船室で見つけるが、ごった返す群衆の渦に引き離され、彼女は消えていってしまう。
     しかし想いを断ち 切れないナインティーン・ハンドレッドは、これまで一度も下りる事のなかった船のタラップに、その足を 掛けるのだった...。

  • 映画『メッセージ』 見終わった後に語り合いたくなる作品(ネタバレあり感想)

    映画『メッセージ』 見終わった後に語り合いたくなる作品(ネタバレあり感想)

    映画『メッセージ』 Arrival

    メッセージ

    ある日突然、巨大飛行体が地球に。
    その目的は不明--

    2017年5月19日(金)全国公開予定

    静かで深淵なSF映画、派手さはない

    突如世界各地に現れた物体、それは宇宙船だったが、彼らの発するメッセージを解読することに時間がかかっていた。
    そこにエイミー・アダムス演じる主人公ルイーズが指名されて、宇宙人とコンタクトをとることになるという物語。

    俗にいうファーストコンタクトもので、『2001年宇宙の旅』やスピルバーグ監督の『未知との遭遇』『E.T.』などもこのジャンルに入る。
    『インデペンデンス・デイ』のような宇宙人と地球人の戦いを描いたものも、コンタクトものの一つの形であり、『宇宙戦争』などこちらもたくさん生まれてきた。

    この作品は、どちらかというと『2001年宇宙の旅』や天文学者カール・セーガンのベストセラーを映画化した『コンタクト』に近く、作品の物語の進め方は『2001年宇宙の旅』に近い。

    この作品を見終わった時にいろんなことを考えさせられる、またいろんな解釈もできる作品となっている。
    作品的には低予算だからという訳ではないだろうが、派手な演出がなく、90%以上にエイミー・アダムスが登場する人間ドラマになっている。

    宇宙人が一体何を伝えたいのか?むしろそれを地球の人々はどう解釈をしたいのか?という点でサスペンス・タッチで話が進み、ラストは思ってもいなかった事実が明かされて行く。

    映画を見た後に議論をしたくなる映画だが、この解釈の自由さを好むかどうかは賛否が分かれるところ。
    ちなみに私は、この手の作品が大好きだから、いろんな人に大きなスクリーンで見て欲しい作品と思っている。

    SFなのに見た人の人生観を問いかける作品

    監督は『プリズナーズ』や『ボーダーライン』で手堅い演出をし、次回作では『ブレードランナー2049』を監督するドゥニ・ヴィルヌーヴ。
    現在、注目の監督で『ブレードランナー』の続編の後には『砂の惑星デューン』の続編(リメイク?)も待っている。

    今年のアカデミー賞では、作品賞、監督賞、脚色賞など8部門にノミネートされ、音響編集賞を受賞している。
    意外なのは、ゴールデン・グローブ賞、他でノミネートされている主演女優のエイミー・アダムスがアカデミー賞ではノミネートされなかったこと。
    個人的には『ラ・ラ・ランド』のエマ・ストーンは努力賞も含めて受賞に相応しいとは思うけど、この作品のエイミー・アダムスは勝るとも劣らないくらい素晴らしい演技をしている点も見どころ。

    この作品は中国人のテッド・チャンの原作があるので、物語の構成は原作そのものだとは思うが、ラストでアッと驚かされるのは、編集の上手さがあると思う。

    SF映画であり、巨大宇宙船は出て来るが、決して派手なVFXもなく、むしろ静かで印象的な音楽をベースに人間ドラマが展開されていき、見ている人の人生観や死生観といったものが試される映画でもある気がする。

    2017年のベストの中の1本と言える。

    メッセージ

    私的『メッセージ』 ここからはネタバレがあります(鑑賞後にどうぞ)

    テーマが有るか?共感できるか?

    この作品は見終わった時点で、テーマは何か?それ以前に宇宙人はなぜ地球に来たのか?など、そこから語らないといけない作品。

    この作品の中では運命が明示されているにもかかわらず、自分で運命を選択することを繰り返している。
    運命は存在すが、運命を選択していくのはあなた自身だ!冒頭に「これはあなたの人生の物語です」というセリフから始まるが、これがラストへの作品のメッセージとなっている。

    作り手の強い意思を感じるか?

    原作者の意図を、ヴィルヌーヴ監督が汲み取って丁寧に演出している。
    上映後にヴィルヌーヴ監督の話を直接聞くことができて、感じることができた。

    タコのような七本脚の宇宙人ヘプタポッドが出て来るが、これは原作に出てくるもので、この宇宙人が表す文字が非常に重要な意味を持っている。
    このあたりを忠実に映像化している点も重要。

    輪のような文字は、中国語や日本語の漢字のような表意文字であり、文章でもある。
    一つの円の中に、形から読み取れる文章がある、しかも円なので始まりも終わりもない文章。

    カナダ人(英語・フランス語圏)の監督にとっては、表意文字は新鮮であり興味深いところだと思う。

    俳優の意思や演技力が伝わるか?

    主人公ルイーズは宇宙人と対峙するが、時折、娘のハンナとの日常のやり取りが脳裏に浮かぶ、その映像に写る娘ハンナは、年齢がバラバラでルイーズが宇宙人とコンタクトしている今現在には存在しないらしい、ということが判る。

    作品を見終わった時に判ることだが、ルイーズを演じたエイミー・アダムスはハンナを演じた子役とどういう立ち位置で向き合ったら良いか、非常に繊細な演技を求められていたと思う。

    映画を見続けていくと、ルイーズの行動に違和感や一貫性のなさを感じたりする、そこをエイミー・アダムスが演じ分けをしている点で秀逸だった。

    映画らしい楽しさが備わっているか?

    明確なテーマと観客への投げかけを持っている作品は、映画でしかできないと私は思っている。
    TVシリーズで冗長的に投げかけることはできないし、基が小説ではあるが時間軸の構成に関しては、やはり映像による表現力の高さは素晴らしいと思う。

    時間の概念に関しては『インターステラー』よりも優れていると思う。
    これは映像化というより物語の持つ力と編集の上手さによるものだと思う。

    エンターテインメント性

    人間ドラマとSFとの融合のしかたが面白い。
    宇宙人が来襲して、地球ではパニックが起きながら、宇宙船の周りでは整然と作業が行われている。

    映像の美しさや宇宙船の内部構造の巧みさはなかなか面白い。
    基本的にはモノリスと同じで、物体そのものが何なのか?は判明しないが、そこがまたサスペンス要素を盛り上げている。

    そして宇宙船という密室の中で、濃密なエイミー・アダムスの演技が行われている点も面白い。

    演出が素晴らしいか?

    今回は観客をどこまで騙しきるか!が重要で、その点に関しては見事だった。
    作品が投げかけてくる疑問点は観客にボールが投げられているが、ストーリーとしての流れとしては、見終わった時に「なるほど!」と唸ってしまう。

    脚本が素晴らしいか?

    原作の持つ過去・現在・未来といった時間軸を持たない生物とのコンタクト、それがサスペンスのようにラストで解き明かされて、何となく感じていた矛盾が一気に一つの線になるところは、脚本の素晴らしさに尽きる。

    何度も見たくなるか?

    主人公のルイーズは宇宙人とコンタクトをしてるうちに、自分の体験していることに時間の前後ないことに気付いていく。
    そして、それでも彼女は未来に不幸なことが待っていたとしても、それを選択する決断をする。

    再度、この時間軸の部分を意識しながら見てみたいという点もあるが、その時点でのルイーズの決断が、その時の彼女の心理的な心の表れであり、そのベースにあるのが善意や愛であることには間違いないと思うが、心の機微を確認したいところ。

    これも私の想像だけど、例えばルイーズは子供を育てる母親の無償の愛を選択することになるが、その後に待ち受ける悲劇も受け入れることになる。
    地球を救うことになる彼女の行動も、人と人との善意があって成り立つことでもあった。

    この作品を見て最大の疑問であり結論が出ないのは、中国のシャン将軍の妻が何を言ったのか?だ。

    「非ゼロ和」についての解釈(2017年5月30日追記)

    私にとっては聞きなれない言葉だったけど、英語に直すと non zero sum なるほどとなる。
    英語を見れば判るように、普段は逆の言葉の zero sum game とかよく使うが、ゼロサム=ゼロ和は一人が得をすると必ず誰かが損をするという考え方、全員の利得の総和がゼロになると言う考え方。

    ゼロサムはサイコパスが得意な分野で、最近は脳科学者の中野信子さんも書籍で書かれているが、サイコパスは会社社長や弁護士など社会的成功者に多いと言われている。
    それは資本主義が、冷静に人から奪う能力が高いほど成功することと一致している。

    「非ゼロ和」とはその逆であり、資源の蓄積していく過程で、誰かが利益を得たとしても他の誰も損失にはならないことである。
    時間がサークルすること共に、宇宙から来たと思われる生物(もしくは未来の人間)には非ゼロ和の考え方が、そのサークル文字から感じられる。
    人の生死にも時間軸がないから、+-ではなく存在している時間と存在していない時間があるだけと考えられる。

    宇宙人はルイーズに助けを求めるが、このサークル文字を解析することが彼らを助けることになる。
    ルイーズがシャン将軍を説得して世界を救ったのと同じ意味を持っている。

    非ゼロ和という言葉を一番近い英語にすると、Win-Win である。
    人類はゼロサムゲームから脱却しないと滅びるというメッセージだったのかもしれない。

    映画『メッセージ』のデータ

    メッセージ

    監督■ドゥニ・ヴィルヌーヴ
    脚本■リック・ハイセラー
    原作■テッド・チャン(「あなたの人生の物語」ハヤカワ文庫刊)
    撮影監督■ブラッドフォード・ヤング
    プロダクション・デザイン■パトリス・ヴァーメット
    音楽■ヨハン・ヨハンソン
    製作■2016年アメリカ映画/スコープ・サイズ/116分
    配給■ソニー・ピクチャーズエンタテインメント
    出演■エイミー・アダムス(ルイーズ・バンクス)/ジェレミー・レナー(イアン・ドネリー)/フォレスト・ウィテカー(ウェバー大佐)/マイケル・スタールバーグ(ハルペーン)

    © 2016 SONY PICTURES DIGITAL PRODUCTIONS INC. ALL RIGHTS RESERVED.
    © 2016 XENOLINGUISTICS, LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

    公式サイトはこちら

    【イントロダクション】

    突如出現した未知なる飛行体―。
    “彼ら”は人類に<何>を伝えようとしているのか?
    『ブレードランナー』続編の監督ドゥニ・ヴィルヌーヴが贈るすべての人の胸を打つ感動のSFドラマ。

    【ストーリー】

    突如地上に降り立った、巨大な球体型宇宙船。謎の知的生命体と意志の疎通をはかるために軍に雇われた言語学者のルイーズ(エイミー・アダムス)は、“彼ら”が人類に<何>を伝えようとしているのかを探っていく。
    その謎を知ったルイーズを待ち受ける、美しくそして残酷な切なさを秘めた人類へのラストメッセージとは―。

  • 映画『アイズ ワイド シャット』 夫婦の形とセックスについての考察

    映画『アイズ ワイド シャット』 夫婦の形とセックスについての考察

    映画『アイズ ワイド シャット』 EYES WIDE SHUT

    アイズ ワイド シャット

    見てはいけない、愛

    偉大な哲学者・スタンリー・キューブリック監督の遺作

    この作品を見終わった時、或る種の脱力に襲われる。

    シーン、シーンの素晴らしさには目を見張るものの...この作品から何かを受け取ることが出来なかった。
    もっと言うなら、意味不明...理解不能。
    キューブリックは何を描きたかったの?過去のキューブリック作品では、色々な疑問難問は提示されるものの、作品自体からは溢れるばかりのオーラ...と言うか、観ていて面白い!と言うものを感じることが出来た。
    この作品で初めて、それ自体も“?”が付いてしまった。

    先に書いてしまうと、この作品に対して賛否両論の批評感想が有る。
    私が感じたこの作品に対する不満は、(いろいろなHPも見たけど、)この作品を批判する評の中にも書かれていない。
    この作品に満足したという批評や感想...それにも納得するものが現れていない。

    オープニングのトム・クルーズとニコール・キッドマンの夫婦が出かける何気ないシーン、そこには、この夫婦の倦怠期の関係がさりげなく描かれている。
    出かけて行ったパーティー会場の部屋の調度品等のエロチックな点...そしてニコールとハンガリー人の男性の絡 み...
    夫婦共に、意識する・しないに関わらず、異性と近づく。
    その反動でパーティーから戻り、夫婦の営み(Sex)のシーンに画面が切れ代わる。
    それはこの夫婦の欲求不満の表れ、なかなか刺激的なカット。

    更に刺激を求め、ドラックを楽しみながらのSex、そこから出た会話に夫婦の真実が語られるシーン。
    妻の語った言葉に衝撃を受け、ニューヨークの町中を彷徨い歩く夫。
    また怪しいパーティー会場に足を運びそこで目にするもの。

    夫婦の心の変化や、表層に現れる言動。
    その描き方の上手さ、いや完璧なまでの演出。
    トム・クルーズ演じる夫の動揺の仕方が、余りにも純粋すぎる人物として描かれている。

    また怪しいパーティーのシーンが、今の時代では古すぎる。
    このこと自体を非難するのは、当てはまらない。

    “性”、“Sex”と言うものを描いているものの、その描写自体は時代遅れなのかもしれない。
    それは単にストーリーとしての設定にしか過ぎない。
    一つ一つの描写は完璧なのだ!

    多少、冗長な感じを受けるのは、本当にキューブリックが最後まで編集を手掛けたのか?それとも私がただ単に途中で、理解不能・感覚麻痺状態だったから?

    根本的に、この作品を理解不能にさせたのは、キューブリックがこの作品で描いた、“愛”の形や、“夫婦”関係、“Sex”、 “家族”の関係が、私の考えているものと余りに違いが有るからだろう。(もちろん私の妻がニコール・キッドマンのようにセクシーとか、主人公の医師のように高い収入が有るとかじゃなくてね)

    ド ラッグをやりながら夫婦の会話で語られる内容は真実では有るが、それに対する妻の妄想の告白、夫の動揺。
    そんなに夫婦関係は単純なの?(作品の中で、ちょっ見には、複雑な夫婦の関係にように見えるけど...)
    逆に、夫婦を結びつける真実は語られていない。
    “Sex”だけじゃないでしょ(ここには書かないけど、もっと重要なものが 有ると、私は思っている)。

    仮面を通して人間の二面性を描きつつも、主人公である“夫”の二面性が余りにも無視されている。
    いや主人公の男性としての“性”が抜け落ちている。
    男性は、本当は妻の「あなたも他の女と寝たいと思っているのね?」の言葉の答えを、確信的に持っていると私は思う。
    でもそれは相手には言わないけど、それが夫婦だからごまかすものでしょ?
    その前提が崩れてしまうから、私はその後、脳が麻痺してスクリーンの前でオロオロしてしまう。

    完璧な演出と、それを支えたニコールの魅力的な演技、肢体の美しさ(彼女が眼鏡を掛けて、夜、夫を待つ姿などは素晴らしい!)、トム・クルーズの野暮ったい演技や彼の持つ雰囲気は、意外と合っているのかもしれない、嫌らしさを感じさせない。

    この作品を褒める言葉をいおうと思えばいくらでも。
    演出の素晴らしさと音楽の調和、夫婦の微妙な関係とそれに関わ る人々、それを表現する映像の力、流石、キューブリック!
    ただ、その持つテーマから発する“何か?”が感じられない、もちろん私だけかもしれないが。

    “Sex”と“愛”自体をテーマにする事は、決して間違っていないと思う。
    何度か観ることによって、キューブリックが問い掛けているもの、訴えているものが判るかもしれない。 しかしそれは、私にとって“感じる”と言う行為ではなく、既に“考える”と言う行為になっている。
    “考える”と言うことも、また楽しいのだけど。

    この作品の完成度と言う点では申し分ない、お薦めの作品である、でも私は何も受け止めることが出来なかった。
    もちろん人によっては、受け取るものが大きい場合も有るだろうけど。

    アイズ ワイド シャット

    『アイド ワイド シャット』に見る愛の形

    キューブリックの遺作『アイズ ワイド シャット』を観に行く。
    13年ぶりの新作と言うことも有るし、キューブリック作品が好きな私には、やはり期待度は大きい。

    はたして3時間近くになるこの大作、見終わった時、私はいろいろな事を考えはじめる。
    そう、面白いとか感動したとか、逆につまんなかった、納得できないとか、そう言った感情が起きてこない。
    この作品を観て、私の感性には何も訴えてくるものが存在しなかった。

    この作品で一番の疑問点は、やはりトム・クルーズ演じる主人公だろう。
    確かに彼は、今時、絶対に存在し得ない純粋な男性と言えるのかもしれない。
    金と地位と女性に恵まれ、しかもニューヨークという大都会に住んでいるのである。
    彼のような人物が存在するかしないかは別にして、この夫婦の会話が突然、私には信じられないものに聞こえてくる。
    その事によって、この作品からのメッセージが、私の耳には届かなくなってしまった、と。
    作品は、非常に微妙な夫婦関係を丁寧にとらえている。
    しかし主人公の医師は、あまりに男性としての“性”とかけ離れている。

    妻の「他の女性と寝ない理由…」を問い質されても、答えも「君を愛しているから…」。
    嘘でしょ!違うでしょ!夫婦の間には、“愛情”以外の“信頼”と言うものが有るでしょ!私が言いたいのは、愛という保証の上に立つ“信用”ではなく、長い時間をかけて、築き上げてきたもの。
    本当は、他に妻より愛することの出来る女性が現れれば、その女性とSexしたいというのは男の本能だと思う。
    それを押さえるのは、二人で築き上げたものの重さによるのだと!

    もちろん若い夫婦の離婚はアメリカでは当たり前のように起こり、日本でもその傾向が強まっている。
    それは二人の築き上げたものが、余りに軽いからではないか?
    人生を長い間一緒に暮らしてきた夫婦が離婚する場合も有る、築き上げたものが幻想だったから。

    妻が、他の男性に抱かれる妄想を抱いたと、告白する。
    妄想を抱いたことが裏切りではなく、告白したことが裏切りだと思う。
    夫婦の間で、全ての真実を語り合うことが必要なの?全てを語り合える関係が有ることが幸せなの?と。

    ある特定の人に、それが妻・夫で有ったり、親友で有ったり、恋人であったとしても、何もかも自分の内に秘めた真実を語ることは出来るのだろうか?

    人が生きていくためには様々な障害が存在する。
    それは夫婦で乗り越えなくてはいけない障害の場合も有るし、個人が乗り越えなければいけない障害の場合も有る。
    その中には、それぞれの個人に隠された問題が存在し、必要に応じてそれを相手に隠すことも信頼の証だと思うのだが...。

    この作品の中で、仮面舞踏会風の乱交パーティが開かれるシーンが有る。
    ここで象徴されていることは、“Sex”と“愛”の関係。
    この作品を通じて、ニューヨークの街中で主人公が経験する出来事も、“Sex”と“愛”の関係である。
    愛がなくてもSexは出来ると言うことを映し出す。
    逆にラストの危機を乗り越えた夫婦が、今必要なこととして「ファック!」と妻が言うのは、愛情を継続させるには“Sex”が必要で有ることを明示しているが、夫婦の関係を続ける事に必要なのは、“Sex”のような一瞬の喜びではないはず。

    この作品を観てラストを幸せと感じ、「良い作品だったなぁ~」と感じる人は、人生においても幸せなんだと思う。
    この作品を観て「つまんない」と感じた人は不幸な人なんだと思う。
    不幸という言葉の意味には2つあって、この映画を全く理解できずにけなすしか感性を持てない人。
    もう1つは、この作品の主人公以上に複雑な人生を歩んでいる人。
    不幸すぎて(私は人生こそが苦難の道と思っているけど)理解することが出来ないと思う。

    だからキューブリックの描いた愛のこの作品、今、幸せに溢れている人は、この作品をキューブリックの愛の贈り物と感じ、今、障害に立ち向かっている人には、自分で愛を探しに行くに違いない...

    Reviewed in 08.1999 

    映画『アイド ワイド シャット』のデータ

    映画『アイズ ワイド シャット』 [ トム・クルーズ /ニコール・キッドマン]

    EYES WIDE SHUT 159分 1999年 アメリカ

    監督■スタンリー・キューブリック
    製作■スタンリー・キューブリック
    製作総指揮■ヤン・ハーラン
    原作■アルトゥール・シュニッツラー
    脚本■スタンリー・キューブリック/ フレデリック・ラファエル
    撮影■ラリー・スミス
    出演■トム・クルーズ/ニコール・キッドマン/シドニー・ポラック/トッド・フィールド/マリー・リチャードソン/アラン・カミング/マディソン・エジントン/トーマス・ギブソン/レイド・セルベッジア/リーリー・ソビエスキー/ヴィネッサ・ショウ

    <DATA>

    スタンリー・キューブリックが「フルメタル・ジャケット」以来、12年ぶりに手がけた最新作にして遺作。全て が極秘の内に製作され、マスコミにもほとんどの情報が流されず、わずかにトム・クルーズとニコール・キッ ドマンが実生活同様に夫婦を演じ、愛とセックスがテーマらしい事だけが知らされていた。その話題作が遂 にベールを脱いだ。

     ニューヨークの瀟洒なアパートメントに暮らす内科医ビル・ハーフォード(トム・クルーズ)には美しい妻アリス(ニコール・キッドマン)と6歳になる娘がいた。
     だが、幸福に包まれたかのように見えたビルの人生は、ある夜、パーティから帰宅した妻の口 から出た台詞で闇の中に放り込まれてしまう。
     かつてアリスは、一度視線を交わしただけの男に抱かれる事を夢想した事があると言うのだ。
     敬虔な妻であり、娘の母であったはずのアリスからのこの意外な告白に、妻へ絶対の信頼を寄せていたビルの心は大きく動く。
     そして夜の街をさまよう内に、ビルは郊外の屋敷で開かれている秘密のパーティに潜り込むのだった・・・。

     今をときめくハリウッドの夫婦スターを起用し、セックスをテーマとしたキューブリックの最新作は、それだけでも話題性が充分だったのに、フィルムの完成直後にキューブリックが急逝したため、噂には拍車がかかった。
     いつものごとく秘密主義と完璧主義を貫いて作り上げたキューブリックの遺言状。
     そこにこめられ たものは果たして何だったのか...

  • 映画『アンダーグラウンド』 国を失う悲劇をコミカルに描いたファンタジー

    映画『アンダーグラウンド』 国を失う悲劇をコミカルに描いたファンタジー

    映画『アンダーグラウンド』UNDERGROUND

    アンダーグラウンド

    昔、ある所に国があった。

    地上と地下、それは支配するものとされるものを描いていた

    久々の怪作を観た。
    ユーゴスラビアの近代史を紐解く作品とも言える。

    冒頭から騒々しい音楽と共にユーゴスラビアに生きる人々が、生き生きと映し出される。
    と、同時に第二次世界大戦に突入。
    東欧の映画らしい、洗練はされていないが、人間味有る独特の雰囲気に溢れる。

    映画としては少し冗長なとこも確かにあるが、それ以上に素晴らしいテーマを持つ、一つ一つのシーンが美しい。

    前半はひたすら人々の暮らしや人間の愛憎が描かれる。
    マルコとクロと女優のナタリアの三角関係が軸になる。
    戦争の激化、ゲリラ化に伴い、人々は地下に潜る。
    マルコとナタリアだけが地上で生活をし、地下の人々に生活物資を送る。
    地下の人々はその中で、希望を失うこと無しに自分たちの生活を続ける。

    画面には滑稽な風景が映し出される。
    しかしそこにはユーゴスラビアの人々の生きる事への力強さ、国を取り戻す事への強い意志が現れている。

    地上では戦争が終わり、共産党のチトーが政権を執る。
    映画の中盤から、実写も織り込みながら歴史を語り始める。
    と同時にマルコとナタリアの苦悩が描かれる、地下の人々を裏切り続ける事、騙し続ける事への...

    地下の人々は、地上の戦争が終わったことを知らない。
    マルコのとった行動は、地下の人々を殺すことだった。
    クロとその息子は地上に脱出する。
    クロの息子が初めて見る太陽のシーンは感動的ですらある。
    映画史上の最も美しい1シーンと言える。

    それから20年が過ぎ、ユーゴスラビアは内戦に突入する。
    そこには民族の対立、ユーゴスラビアの崩壊が有った。

    結局、クロは自分を裏切ったマルコとナタリーを間接的に殺すことに...。
    そして自らも命を落とす。

    生き生きとした人々、その生活を描きながら、その人々が住む故郷・ユーゴスラビアと言う国が存在しない事への底知れぬ、悲しみ、怒りが描かれている。

    ラストのイヴァン(マルコの弟で、チンパンジーを連れた動物園の元飼育係)の言葉に心が痛む。
    それでも人々は生き続ける、踊り続ける!そこに自分の土地が無くても。
    映画のテーマに、底知れぬ痛みと感動を憶える、大作であり、傑作である。

    Reviewed in 03.1999 

    映画『アンダーグラウンド』のデータ

    アンダーグラウンド Blu-ray — Amazonで見る

    UNDERGROUND 171分 1995年 フランス=ドイツ=ハンガリー
    監督■エミール・クストリッツァ
    製作総指揮■ピエール・スペングラー
    製作■カール・ボームガートナー
    原作■デュシャン・コバチェヴィチ
    脚本■デュシャン・コバチェヴィチ/エミール・クストリッツァ
    撮影■ヴィルコ・フィラチ
    音楽■ゴラン・ブレゴヴィク
    編集■ブランカ・ツェペラチ
    衣装■ネボイシャ・リバノヴィチ
    美術■ミリェン・クリャコヴィチ“クレガ”
    出演■ミキ・マノイロヴィッチ/ミリャナ・ヤコヴィッチ/ラザル・リストフスキー/スラヴコ・スティマ

    1995年カンヌ国際映画祭
    パルム・ドール授賞 エミール・クストリッツァ

    <DATA>

     1941年から始まった旧ユーゴスラヴィアの戦いと動乱の歴史を、マルコとクロという二人の男を通して描いた作品。

    1941年、ユーゴ王国はナチス・ドイツに侵略された。
    クロを誘ってパルチザンに参加したマルコは、自分の祖父の地下室に弟やクロの妻などをかくまう。
    やがて重傷を負ったクロも地下室に運び込まれる。
    終わりなき戦争を信じる彼らが、地上に戻った時、既に戦争が終わり20年が過ぎていた。

    クストリッツァ監督は、デビュー作「パパは出張中」でも、’85年カンヌ国際映画祭でグランプリ、「ジプシーのとき」で、’89年カンヌ国際映画祭監督賞を授賞している。
    世界でも最も独創的な映画作家の一人である。 <allcinema>

  • 映画『奇蹟がくれた数式』 『グッド・ウィル・ハンティング』の基になった物語

    映画『奇蹟がくれた数式』 『グッド・ウィル・ハンティング』の基になった物語

    映画『奇蹟がくれた数式』 The Man Who Knew Infinity

    私には二つの偉大な“発見”がある-
    彼の才能と、彼との友情

    奇蹟がくれた数式(字幕版) — Amazonで見る

    人種、人間性、世代、それを乗り越えた友情の物語

    あなたが誰にもない優れた才能を持っていたとしたら、しかも天才と言われるほどの才能、でもそれを活かすことができないところで生まれたとしたら、どうしますか?
    1997年製作のハリウッド映画『グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち』の中に、主人公ウィルが「ラマヌジャン以上」の天才だ!と言う下りがある。
    ウィル自身も、アメリカの貧しい白人層の中で育ち、その才能を生かすことができないところから物語が始まる。(映画『グッド・ウィル・ハンティング / 旅立ち』 人生の選択をする時 の記事はこちら)

    インドで生まれた天才数学者が、運命も味方してイギリスのケンブリッジ大学に留学できることになる。
    しかしそこに待っていたのは、無関心と差別だった。

    主人公のインド人青年・ラマヌジャン(デヴ・パテル)の才能を認めたケンブリッジ大学のG.H.ハーディ教授(ジェレミー・アイアンズ)は彼をイギリスに呼び寄せ、研究を進めるように師事する。
    しかし、ハーディ教授は、ラマヌジャンの研究には興味を示したが、ラマヌジャン本人には興味がなかった。
    ラマヌジャンは研究に没頭するのと同時に、色々な差別を受けながら、研究をし続けるうちに少しずつ病魔に蝕まれていく。

    20世紀初頭のイギリスを舞台に描かれる物語。
    イギリスが7つの海を支配した時代、インドを植民地としていた時代の話、ちょうど第一次世界大戦の頃。
    イギリス人は植民地にしていた人々を差別していた、白人優位主義とでも言うのかな。
    アメリカでの黒人に対する差別は有名だけど、当然のようにイギリス人の有色人種への差別も強い。
    昔、聞いた話では、ヨーロッパでは差別ではなく区別とも言うと、人間ではなくペットと同様に扱うのが有色人種だとも言われいる、そんな時代の話。

    考えてみると、日本人も20世紀初頭は、アメリカやイギリスの帝国主義に向こうを張って、アジアに対して大東亜共栄圏と称して、植民地化を進めていた。
    当然の事ながら、朝鮮や台湾、そして中国、東南アジアの人々を下に見る傾向がある。
    それは、今でもとても感じることである。

    インド人に無関心だったイギリスの教授が、その才能だけではなく、少しずつその人間性にも興味を持ち、そしてその才能はどこから来るのか?と興味を持ち始める。
    そしてそこに友情が芽生え人種間、年代を越えて判り合っていく。

    奇蹟がくれた数式

    私的『奇蹟がくれた数式』

    ① テーマが有るか?共感できるか?

    天才が持つ才能とは何がもたらすのだろうか?神からもらうもの?
    例え天才であったとしても、それを認めてくれる人がいなければ、人は幸福になれない。

    誰にでも自分の才能が何かある、それを見つけて努力して、それを認められるところで発揮することで人は幸せになる。
    主人公・ラマヌジャンは、果たして幸せだったのだろうか?観客は彼の人生に涙する。

    ② 作り手の強い意思を感じるか?

    数学という難しいテーマを、人にスポットを当てて判りやすく見せてくれる。
    天才でありながら、生まれた場所だけで差別されて無視された半生、そして認められた後半生に自分の認められるべき場所の重要性を感じる。

    ③ 俳優の意思や演技力が伝わるか?

    イギリスの紳士を演じたジェレミー・アイアンズは流石、彼もまた天才学者であるが故に対人関係に関しては不器用、そんな繊細な人間性を見事に表現。
    また、デヴ・パテルは『スラムドッグ$ミリオネア』で映画メジャーデビューしたインド人俳優、彼でなければ難しかった役どころ、そして神と接する気持ちが伝わってくる。

    ④ 映画らしい楽しさが備わっているか?

    インドとイギリスと言う全く異なる国民性や文化の国を繋ぐことができるのは映像の素晴らしさ。

    ケンブリッジ大学の最高峰トリニティ・カレッジでの撮影が実現、ニュートンの書物が展示されたレン図書館、ニュートンが重力を発見したリンゴの木のある中庭などを映像化、これは映画ならでは。

    奇蹟がくれた数式

    ⑤ エンターテイメント性

    原作が「数学の知識がなくても楽しめる」と絶賛された、それを見事に映像化し、飽きることがない。
    決して派手な作品ではないが、アメリカやイギリスでも、ミニシアターからヒットを記録した作品。

    好奇心とそして感動・最後に涙する、そんな楽しみを与えてくれる。

    ⑥ 演出が素晴らしいか?

    ジェレミー・アイアンズらイギリス人のベテラン俳優陣と、デヴ・パテルの若手の演技を見事に引き出している。
    また、イギリスとインドの文化の違い、そして差別の構図を、細かい所作で表現している。

    ⑦ 脚本が素晴らしいか?

    脚本なのか原作なのか、実は主人公の親子関係、そしてインドの習慣が夫婦の間に微妙な影を落とす。
    これが、インド人としてのアイデンティティがもたらす微妙な人間性を見事に描いている。

    ⑧何度も見たくなるか?

    インド人の若者とイギリス人の老教授との友情、インド人の親子関係・夫婦関係を絶妙に描いている、人が生きるには色々な愛が必要だと感じさせる。
    そして、人生において自分の才能をどう発揮するかで幸せを得ることができる、そんなことをふと考えたい時にまた見たい、人間ドラマとして素晴らしい。

    映画『奇蹟がくれた数式』のデータ

    監督・脚本■マシュー・ブラウン 
    原作■ロバート・カニーゲル著「夭逝の数学者・ラマヌジャン無限の天才」(工作舎)
    出演■デヴ・パテル/ジェレミー・アイアンズ/デヴィカ・ビセ/トビー・ジョーンズ/スティーヴ
    ン・フライ
    2016年/イギリス/英語/カラー/スコープ/5.1ch/108分/字幕翻訳:松浦美奈
    公開情報■10/22(土)角川シネマ有楽町、Bunkamuraル・シネマ、角川シネマ新宿他全国ロードショー

    奇蹟がくれた数式 Blu-ray — Amazonで見る

    公式サイトはこちら

    【作品紹介】
    イギリス、アメリカ、世界がふたりの友情に涙した──
    国籍も身分も違う、正反対の天才が証明した「奇蹟」と「友情」
    歴史的数式証明の知られざる実話を描いた感動作。

    1914年、英国ケンブリッジ大学G.H.ハーディ教授のもとに、遠くインドから一通の手紙が届く。差出人はマドラス港の事務員ラマヌジャン。手紙には驚くべき“発見”が記されていた。生まれも境遇も全く違う二人の天才が出会い、世界を変える<奇蹟の数式>を証明した実話が映画化。独学で数学を学び、“アインシュタイン並みの天才”と称えられたラマヌジャンと、ケンブリッジの最高峰トリニティ・カレッジで共同研究に人生を懸けた、もうひとりの天才が発見した、人生で最も素晴らしいものとは?その答えが待つ胸を揺さぶる感動のラストに涙と喝采が止まらない──。
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  • 映画『イノセント』 ヴィスコンティ最後のエロティシズム

    映画『イノセント』 ヴィスコンティ最後のエロティシズム

    映画『イノセント』 L’INNOCENTE

    linnocente

    ルキノ・ヴィスコンティの生涯についてはこちらから

    ルキノ・ヴィスコンティ -作品と演出- はこちら

    ヴィスコンティの遺作でありながら、優美の映像が展開する

    ヴィスコンティの他の作品と同様、俳優陣の素晴らしさが光る。
    ヴィスコンティ以外の映画では平凡な役者に終始していても、彼の演出の元では光り輝くようだ。
    ヴィスコンティ最後の作品は、個人のレベルでその苦悩と挫折を描いて魅せた。
    前作の『家族の肖像』よりも『ルードヴィヒ/神々の黄昏』に近いテーマを描いている。
    テーマの深さ、それを掘り下げる一切の破綻のない演出の完璧さは、どの作品を見ても感心させられる。

    この作品では、理想的な男性像(あくまで男性から見てなのかもしれないが・・・)の夫が、不倫を繰り返す。
    それに耐えかねた妻が、自ら不倫の末、妊娠をする。
    他の男性の子供を産むことにより、夫の精神的な崩壊を招く。
    そこには男性の欲望とその悲劇的な結末が描き抜かれている。
    ラストのシーンは原作と違い、夫の自殺のシーンで終わる。
    この作品はこれまでのヴィスコンティの作品以上に、エロチシズムに富み、抽象的な映像が散りばめられている。
    その絢爛豪華さにはヴィスコンティの衰えを知らない創作意欲を感じずにはいられない。
    所詮、男性は女性・特に母親の前には屈服するしかないのか?

    linnocente

    ヴィスコンティの遺作であり、この作品のダビング中に亡くなった。
    一般的にこの作品が、これまでのヴィスコンティの作品に比べると力が落ちたと言う人も多くいるが、私は逆にこの作品を観てヴィスコンティは最後まで、情熱をもって完璧な作品を作り続けたと感じることが出来た。
    この作品は、これまでのヴィスコンティの作品からは少し趣が違っている。
    これまでの作品は、(特に彼の後半の作品群)同性愛的嗜好が作品の中に横たわっていること、ある時代の崩壊(王侯貴族であったり、財閥であったりする)を描いている。
    耽美的という点ではこの作品も含まれるが...

    改めてこの作品を観て、やはり、映像の美しさに惹かれる。
    これまでの作品以上に鮮やかな彩りを持っている。
    室内装飾や衣装と言った点においても、黒や赤、そして金色と言った色彩と、草木の緑と言った色を鮮やかに使いこなしている。
    このバランスと美しさも、この作品の見所と言えそう。

    そして、この作品はヴィスコンティの作品の中でも、現代的なテーマを取り上げている点で非常に分かり易いストーリーとも言える。
    男女の恋愛、日本で言うところの失楽園的な恋愛をディテイルにしている。
    そこの描かれているのは単純な不倫と言うものではなく、夫婦の内面であり、男女の愛の内面、そこに潜む狂気と男性に取っての人生観までを描いている。

    linnocente

    またヴィスコンティ作品には珍しくエロティックな表現も有り、その使い方が大胆で効果的であったし美しく艶めかしくもあった。
    この作品を観ると、ヴィスコンティは映画の中で主題そのものを描くと言うことよりも、自分の好きなテーマを表現するのに合った題材の脚本(や原作)から、実はそこに棲息する登場人物達の人間性(欲望であったりその地位であったり)を描くことのみに、その表現を用いているのでは?と考えさせられる。
    この作品では、不倫と嬰児殺しと言う点がテーマになるが、その裏には男性の恋愛に対する考え方と、(二人の)女性の考え方、そして恋愛と結婚というものに対する考え方を描いて見せている。
    愛人(ジェニファー・オニール)の自由奔放な生き方と、妻(ラウラ・アントネッリ)の貞淑な生き様、その中に描かれた女性の魔性...理想の男性像のプレイ・ボーイでありながら、結局、女性を理解することが出来なかった主人公(ジャンカルロ・ジャンニーニ)。
    全てを失った(と言っても女性からの愛だけだが)彼には存在する理由が無かった...

    それは、現代に於いても、日常的な恋愛の裏側に潜む人間関係や人の欲望で有り、自分の周りでも常時起こっている普遍的なものとも言える。
    この作品では非常に俳優の目の動きが印象的だった、特にジャンニーニの鋭い眼光は魅力的だった。

    linnocente

     

    映画『イノセント』のデータ

    映画『イノセント』(Blu−ray Disc) /ジャンカルロ・ジャンニーニ,ラウラ・アントネッリ,ジェニファー・オニール,ルキノ・ヴィスコンティ(監督)

    L’innocente 125分 1975年 イタリア

    監督■ルキノ・ヴィスコンティ
    製作■ジョヴァンニ・ベルトルッチ
    原作■ガブリエレ・ダヌンツィオ
    脚本■ルキノ・ヴィスコンティ/エンリコ・メディオーリ/スーゾ・チェッキ・ダミーコ
    撮影■パスカリーノ・デ・サンティス
    音楽■フランコ・マンニーノ/ショパン『ワルツ69・70・64』、『子守歌』/モーツァルト『ピアノ・ソナタK331』/リスト『エステ荘の噴水』/グルック『エウリディケを失って』
    編集■ルッジェーロ・マストロヤンニ
    美術■マリオ・ガルブリア
    衣装■ヴェラ・マルツォ/ピエロ・トージ
    助監督■アルビーノ・コッコ/ジョルジオ・トレーヴェ
    製作会社■リッツォリ・フィルム
    備考■テクニカラー、コスモヴィジョン
    日本公開■1979年
    出演■ジャンカルロ・ジャンニーニ/ラウラ・アントネッリ/ジェニファー・オニール/ディディエ・オードバン/リーナ・モレッリ/マッシモ・ジロッティ/マルク・ポレル/マリー・ジュポワ/カルロス・デ・カルヴァーロ/クロード・マン

    【解説】
     ダヌンツィオの原作を仰ぎ、ヴィスコンティが幼少期に映画的洗礼を授かった、イタリア・サイレント期のロマン主義的傾向の恋愛劇へのオマージュとしての、典雅にして不気味な貴族の愛憎物語。未亡人の愛人(美しすぎて怖いJ・オニール)にうつつを抜かし、盲目的な愛国主義に溺れる、嫉妬深い男(ジャンニーニのキャリアの頂点!)。失われゆく19世紀の栄華、そして新しい世紀への不安は彼を、その不実に悩み苦しみ抜いたL・アントネッリが密通し出来た赤児を殺す–という狂気へ駆り立てる。ラスト近い、その場面の恐ろしさ、純粋さ(開けた窓から雪が舞い込み、その冷気によって窓際に寝かせた幼子を殺そうというのである)……。巨匠入魂の、そして残念ながら最後の、自らの階級への痛切なる挽歌。(映画データベース – allcinema より)

    イタリアの耽美派作家ダヌンツィオの原作を基にしたヴィスコンティの遺作。
    愛人を持つ男が、妻が別の男の子供を産んだことで苦悩する。
    物語は、悲劇的結末に向かって進み、ヴィスコンティならではの優美な映像が展開する。
    ヴィスコンティは当初、アラン・ドロンとロミー・シュナイダーの出演を望んだ。
    当時、ドロンは5本の出演作品を抱え、シュナイダーは妊娠中だったことで実現しなかった。
    ヴィスコンティ自身の別の発言では、アラン・ドロンとシャーロット・ランプリングともなっている。