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  • 映画『夏の嵐』 ヴィスコンティの耽美趣味が見え始める

    映画『夏の嵐』 ヴィスコンティの耽美趣味が見え始める

    映画『夏の嵐』 SENSO


    senso

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    ルキノ・ヴィスコンティ -作品と演出- はこちら

    ヴィスコンティの見事なまでなメロドラマ

    1999年に渋谷BUNKAMURAル・シネマで観ることが出来た、この時はフランス語版。
    観終わって、なんて幸せなんだろう!と思わずにはいられなかった。
    物語は決して幸福な話ではない、むしろ悲劇的な最後に終わる。
    それでも、心の中はある種の幸せで満たされてしまう作品なのだ。

    この作品に対して、ヴィスコンティは2つのテーマを持って取り組んだらしい。
    一つはイタリアの解放戦争を舞台にした政治的なドラマ。
    もう一つは、男女の情愛を描いたメロドラマ。
    ヴィスコンティの意志は、もっと政治的なドラマに作りたかったらしいが、ラスト・シーンを含め、検閲等の問題で思い通りには撮れなかったらしい。
    その点を踏まえても、この作品は素晴らしいの一言に尽きる。

    映画が始まって、延々とオペラのシーンが映し出されるが、そのオペラ自体も素晴らしいのだが、それを背景としてドラマを進めていく凄さ。
    オペラはイタリアのある種、文化の象徴であり、その劇場で独立派がビラを巻くシーン、それはイタリア独立の雄叫びのようでもある、と併行にアリダ・ヴァリ演じる伯爵夫人リヴィアの立場と、そしてファーリー・グレンジャー演じるオーストラリア将校マーラー中尉との出会いが描かれる。
    やはり、ヴィスコンティの作品は、人物なのである。
    オペラやその劇場のセット、後のイタリアの田園風景、ヴェネチアの街並み、それらが素晴らしいにも関わらず、全てを背景に収め、人間ドラマとしての物語を描く上手さはヴィスコンティならではで有る。

    senso

    次第に、ヴァリとグレンジャーの不倫の愛が燃え上がる。
    ヴァリは無垢な愛を感じさせ、グレンジャーの愛には、どこか打算を感じさせる。
    しかし、ヴァリにしてもグレンジャーにしても、無垢なようで激しく、打算的なようで溺れていく、そんな愛の両面を描いていく。
    そう、愛とは不倫であろうがなかろうが、決して単純なものではないのだ。
    ヴァリ演じる伯爵夫人リヴィアは、イタリア解放への理想が愛の前で崩れ去り、自ら持つ誇りを失っていく。
    まるでイタリアが不遇の時代から、独立へと希望に満ちあふれていくのとは正反対のように。

    グレンジャー演じるマーラー中尉も、イタリアを支配する側のオーストリアのエリート将校でありながら、愛に溺れ、また打算に溺れ、彼もまた自分の誇りを失っていく。
    愛のためには全てを犠牲にした二人、その事によって二人は破滅へと向かっていく。

    ラストのグレンジャーがヴァリを罵倒するシーンの醜さ、自分の愛を見失い、全てを失い怒り狂って愛人(グレンジャー)を死に追いやるヴァリの恐ろしさ、愛の深さと繊細さが伝わってくる。
    ヴァリは無垢な女性から、徐々に情念的な女性へと、そして最後は恐ろしい女に変貌していく様を見事なまでに演じきる。
    この演技は、ヴァリの一世一代の演技と思わせる。
    グレンジャーの優男ぶりと繊細さも光る。

    ヴィスコンティは、この見事なまでのメロドラマ、人間のドラマを、奥行きのある深い映像と音楽で包みながら、あくまで人を魅せる事に集中している。
    人間、愛の脆さ、危うさを描きながらも、それを観る私の心は満たされていく...

    senso

     

    映画『夏の嵐』のデータ

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    SENSO/LIVIA WANTON CONTESSA 126分 1954年 イタリア

    監督■ルキノ・ヴィスコンティ
    製作■ドメニコ・フォルジェス・ダヴァンツァーティ
    原作■カミッロ・ボイト 『官能』
    脚本■スーゾ・チェッキ・ダミーコ/ルキノ・ヴィスコンティ
    脚本協力■カルロ・アリアネッロ/ジョルジョ・バッサーニ/ジョルジョ・プロスペーリ
    英語台詞■テネシー・ウィリアムズ/ポール・ボウルズ
    撮影■G・R・アルド/ロバート・クラスカー
    音楽■アントン・ブルックナー 『交響曲七番』/ジュゼッペ・ヴェルディ 『イル・トロヴァトーレ』
    音楽指揮■フランコ・フェルラーラ
    音楽演奏■RAI・TVオーケストラ
    編集■マリオ・セランドレイ
    美術■オッタヴィオ・スコッティ/ジーノ・ブロージョ
    衣装■マルチェル・エスコフィエール/ピエロ・トージ
    助監督■フランチェスコ・ロージ/フランコ・ゼッフィレッリ
    製作会社■ルックス・フィルム
    備考■テクニカラー
    日本公開■1955年
    出演■アリダ・ヴァリ/ファーリー・グレンジャー/マッシモ・ジロッティ/ハインツ・ムーク/リナ・モレッリ/クリスチャン・マルカン/マルチェッラ・マリアーニ/トーニオ・セルヴァルト/セルジョ・ファントーニ

    【解説】
     だって原題が「官能」(19世紀末のカミッロ・ボイトの短編小説が原作)だもの、もう、その通り。オペラ座の舞台から始まる、この絢爛たる恋の絵巻は、後期のヴィスコンティの耽美趣味が既に顔をだしながらも、やはりネオ・レオリズモで鍛えた直截な描写力が活きていて、全くヴァイタルなメロドラマになっている。
     1866年、オーストリア軍占領下のヴェネツィアで観劇中の軍の将校と抗戦運動の指導者の侯爵との間に決闘騒ぎが起り、それを諌めに入った伯爵夫人は、従弟である侯爵を流刑にされながらも、その美貌の将校に狂おしく恋をする。再び戦争が勃発し、密入国した侯爵は従姉のもとを訪ね軍資金の保管を依頼するが、夫人はその金を、将校に軍籍離脱の賄賂のためにと渡してしまう。祖国は敗れ、ヴェロナにいる彼の元に馬車を急がせた夫人の見たものは……。
     薄汚れた姿で恋人を探して兵舎を訪ね回る夫人=A・ヴァリの激情は、トリュフォーの「アデルの恋の物語」のI・アジャーニの比ではない。G・R・アルドと彼の死で途中交代したR・クラスカーのキャメラのゴージャスさ、全篇に響き渡るブルックナーの第七番。これぞイタリア映画というボリュームで観る者を圧倒する、ヴィスコンティの最高傑作。(映画データベース – allcinema より)

     

  • 映画『揺れる大地 (海の挿話)』 ネオレアリズモの代表作

    映画『揺れる大地 (海の挿話)』 ネオレアリズモの代表作

    映画『揺れる大地 (海の挿話)』LA TERRA TREMA (EPISODIO DEL MARE)

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    2017年1月上映 デジタル2Kリマスター版について

    今回上映されたものは、2016年3月に修復が完成したリマスター版、尺に関しては今回は160分となっている。
    過去の今作品においては165分の記載があったり、紀伊國屋書店から出ているDVDでは158分となっているので、イタリアの古い映画に関しては多数のバージョンが存在すると思ったほうが良い。

    DVDと比較してみてもかなり綺麗にリマスター化されている、紀伊國屋書店のDVDに関しても元のフィルムに良いものを使用しているが、DVDにあった白い点がなくなっているのと、画面の端の歪みが消えていた。

    『無防備都市』『戦火のかなた』『自転車泥棒』などに並ぶ、ネオレアリズモの傑作、27年ぶり(?)の正式上映なので、この機会に映画館で是非見てもらいたい作品。

    -イタリア・ネオレアリズモの軌跡- 公式サイトはこちら

    『若者のすべて デジタル完全修復版』
    『郵便配達は二度ベルを鳴らす デジタル修復版』 2017年1月7日~
    『揺れる大地 デジタル修復版』 2017年1月21日~

    2016年12月24日(土)より新宿武蔵野館ほか全国順次公開

    ヴィスコンティ初期のネオレアリズモの傑作

    第二次世界大戦後イタリアの苦難の状態を、貴族出身のヴィスコンティが映像化したことに興味が有る。
    また、この作品では、プロの俳優を一切使わずにロケ地アチ・トレッツァの人々を起用している点も大きな意味が有る。
    ヴィスコンティがこの作品を撮影した時は既に40歳代に入っている。
    デビュー作『郵便配達は二度ベルを鳴らす』に続く長編第2作目。

    この作品を観ていると、白黒映像にも関わらず、海の碧さが感じられ、しかもそれが非常に塩の香りと魚臭さが感じられる。
    後のヴィスコンティ作品に観られるような華麗な映像や流麗な音楽は存在しない。
    ここにあるのは、リアルな映像と冷たいまでのナレーションだけと言っても過言ではない。
    話は至極単純なもので、仲買人に搾取される漁師達の一人が自立して事業を起こすが、それも挫折していく姿を描いている。
    しかし、この映画に映し出されるのは漁師達の本当の貧しさ、それは私が想像するより遙かに苦しいもの。
    そこに住む人々は、その事自体に何の疑問を持たず、慣習を重んじ、それを破る者を除け者にしようとする。
    ここに浮き彫りにされているのは、労働者<プロレタリア>と搾取者<ブルジョア>の関係である。
    搾取する人々は、自分達が居てはじめて、労働をするための秩序が存在していると心から信じている。
    労働者は、そう言った彼らと共存することによってのみ存在し得ると考えている。
    一人の理想に燃える若者アントニオも、結局、一人(一家族)の力では何もできない...無力であることを知るのみだっ た。
    冷徹なまでのナレーションがラストに語る...何が足りなかったか?それは“団結”だと。
    一人の無力さに涙を流すこの若者、本当の貧しさや、疎外感が彼に涙を流させる。
    そして、屈辱のうちに、また、元の虐げられる労働者に戻っていく。

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    実際の漁師を俳優に起用することで、その背景となるものまでが、全てリアルに目の前に提示される。
    日々の暮らしの苦しさ、そして裕福になった事への妬み、そして家を失い、家族が崩壊していく中で誇りも捨てて最低の暮らしの中に戻っていく姿。
    この深い悲しみを正面から冷徹に捉えることで、観る者に悲しみをかき立てる。
    そして、それが次への反動となる。
    これだけ人々の心情を映し出しながら突き放したところがある、この映像の凄さ!それだけに、悲しいのである。

    ヴィスコンティは、第二次世界大戦を通してファシズムに共産党の立場として対峙した。
    また、この作品の資金を提供したのも共産党であった。
    ヴィスコンティは、この頃は未だ共産主義の理念に燃えていた時期と思える節がある。
    そして裕福なイタリアの北部(ヴィスコンティの出身も北部ミラノ)に対して、南部は貧しい事も有る。
    彼は自分の貴族出身という立場を脱却しようと、この作品の中で、真の貧しさとその苦しみとその原因を描いてみせた。
    そして、貧しさを脱却するには、人々の“団結”が必要であると訴えかける。

    la_terra_trema

    この作品は、彼のこれまでの半生の集大成かもしれない。
    いや彼の半生がもたらした、次へのステップへの理想への道程と言うべきかもしれない。
    ヴィスコンティ自身も、この作品の後、共産主義の理念が、スターリン主義と共に地に堕ちる事によって挫折を味わう。
    そこには人間社会の中にうごめく伝統や習慣、慣習と言うものが欲望に支えられ、理想というものの前に立ちはだかる。
    彼の作品は、この作品の後、急激に人間の欲望が生み出す破滅と言うものを描き始める...。
    イタリアのネオレアリズモの枠を超えて、真実を描きながらプロパカンダとしてのメッセージ性を持った作品でも有る。

     

    映画『揺れる大地 (海の挿話)』のデータ

    揺れる大地 海の挿話 DVD — Amazonで見る

    LA TERRA TREMA (EPISODIO DEL MARE) 165分 1948年 イタリア

    監督■ルキノ・ヴィスコンティ
    助監督■フランチェスコ・ロージ/フランコ・ゼフィレッリ
    製作■サンヴォ・ダンジェロ
    原案■ルキノ・ヴィスコンティ(ジョヴァンニ・ヴェルガの『マラヴォリア家の人々』による)
    脚本■ルキノ・ヴィスコンティ
    ナレーター■アントニオ・ピエトランジェリ
    ナレーション台本■マリオ・ピーズ
    撮影■G・R・アルド
    音楽選曲■ルキノ・ヴィスコンティ/ウィリ・フェルレーロ
    編集■マリオ・セランドレイ
    製作会社■ウニヴェルサリア
    備考■白黒
    日本公開■日本未公開
    1990年1月19日
    2017年1月21日日本公開時:160分

    出演■アントニオ・アルチディアコノ/ジュゼッペ・アルチディアコノ/アントニーノ・ミカーレ ※アチ・トレッツアの漁師と住民が演じた。

    ヴェネチア国際映画祭 1948年
    国際賞 ルキノ・ヴィスコンティ

    【解説】
     ヴィスコンティ版「怒りの葡萄」。ネオ・レアリズモ仕様・漁師篇。なんて書くとやたら軽薄な感じだが、事実その通りの内容で、ここで若き巨匠は、ヴィットリオ・デ・シーカ監督に倣ってプロの俳優を一切使わず、シチリア島アーチ=トレッツアの漁師を起用し、作品の現実味を増させることに成功している。網元の搾取に苦しむ漁師たちに組合結成を呼びかける青年アントニオは、網元と結託する警察に捕まる。釈放後、非協力的な村民をしり目に独力で漁に出、これを事業として軌道に乗せるが、ある日、大時化に襲われ、全てを失う。素朴な島の民俗が盛り込まれ、権力と自然に拮坑する労働者の有り様と、一人の若者の闘いと挫折を、力強く描く、ヴィスコンティ初期の意義深い名作。(映画データベース – allcinema より)

     元々、監督のヴィスコンティは、漁民たちの状態、農地問題、鉱山の失業というシチリア経済の三つの問題を三部作として描こうとした、この作品はその『海の挿話』の部分。
    残念ながら、残りの2話は資金源でも有った共産党から資金が調達できず、製作することが出来なかった。

  • 映画『郵便配達は二度ベルを鳴らす』 ヴィスコンティの処女作

    映画『郵便配達は二度ベルを鳴らす』 ヴィスコンティの処女作

    映画『郵便配達は二度ベルを鳴らす』 OSSESSIONE

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    2017年1月上映 2Kデジタル修正版について

    今回上映されたものは、最近発見されたフィルムと現存するフィルムの中で状態の良いものを2Kデジタル化したものを上映。
    残念ながら制作当初に有った140分版ではフィルムの状態が良いものがなく、今回は126分版での公開になったとのこと。

    久々に改めて見ると、現代のドラマ(映画やテレビなど)の愛憎劇の要素が全て含まれているような物語構成が面白かった、因果応報あり、愛情のすれ違いからの憎しみへ。
    一方では、ネオレアリズモとして時代性=イタリアの戦後の貧困も描かれている。

    デジタル修復された映像に関しては、確かに大部分が綺麗に修復されているが、126分版でも全体の映像が汚い部分が散見されるのは残念、戦後のイタリア映画のフィルムの保管状態の悪さは、何となく伝え聞いているがこればかりはデジタル処理でもどうにもならない部分なのか、残念。
    それでも、久々のスクリーンでの鑑賞の機会なので、現状で是非!

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    『若者のすべて デジタル完全修復版』
    『郵便配達は二度ベルを鳴らす デジタル修復版』 2017年1月7日~
    『揺れる大地 デジタル修復版』 2017年1月21日~

    2016年12月24日(土)より新宿武蔵野館ほか全国順次公開

    ヴィコンティの映画監督デビュー作で完璧な作品

    ヴィスコンティの映画監督デビュー作である。
    それでいて、この完璧さは何だろう!この作品を機に、イタリア映画はリアリズムの道を歩む。
    ヴィスコンティは、原作の持つ犯罪小説と言う趣よりも、男女の欲望を全面に描いている。
    ここにあるのは、その後のヴィスコンティ作品にも現れる、人間の欲望とその行き着く先である。
    妖艶な人妻の誘いに乗り、夫殺しをする男。
    しかしそこには金銭的な二次的な欲望ではなく、愛欲という欲望にどっぷり浸かった男女が、自分たちの生のために、その手段に行き着く姿を美しく、醜く描ききる。
    この映画には途中、男を浄化してくれる踊り子の女性が現れるが、結局、男にとってそれも欲望の対象でしか終わらない。

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    ヴィスコンティの目は、常に人間の真実、その奥底に有る欲望を描写する事に焦点が合っている。
    二人が愛を深めれば深めるほど、その欲望の罠にはまっていく。
    それが良いとか、悪いとか、と言う倫理観ではなく、そこにはそれしか存在していかない。
    愛した女性がたまたま、夫のいる女性であったに過ぎないのだ。
    それは定まった仕事を持てない男の貧しさが生む悲劇とも言えるし、また安定した生活を求めたために結婚を選んだ女の貧しさの悲劇とも言える。
    そう、金銭面の貧しさが、心の貧しさとも結びついている。

    マッシモ・ジロッティ(主人公ジーノ役)の鍛えられた筋肉質の身体と、細く美しいクララ・カラマイ(主人公で人妻ジョヴァンナ役)の身体。
    この二つの肉体を選ぶところから、ヴィスコンティの演出は始まっている。
    そう、お互いを誘惑する二つの要素を見事に表している。
    それは力強さと優美さ。
    この世の尊いものが、互いに共鳴し有ったときに、欲望が渦巻き、悲劇への道をたどる。

    この映画では、白黒の陰影とラストの立ちこめる霧の描写が、美しいまでに焼き付く。
    ヴィスコンティは、デビュー作から既に完成しているのである。

     

    映画『郵便配達は二度ベルを鳴らす』 のデータ

    郵便配達は二度ベルを鳴らす DVD — Amazonで見る

    製作年度:1942 年
    製作国:伊
    上映時間:143分(140分とも)

    監督■ルキノ・ヴィスコンティ
    製作■リベーロ・ソラローリ
    原作■ジェームズ・M・ケイン
    脚本■ルキノ・ヴィスコンティ/マリオ・アリカータ/ジュゼッペ・デ・サンティス/ジャンニ・プッチーニ
    撮影■アルド・トンティ/ドメニコ・スカラ
    音楽■ジュゼッペ・ロザーティ
    指揮■フェルナンド・プレヴィターリ
    編集■マリオ・セランドレイ
    美術■ジーノ・フランツィ
    衣装■マリア・デ・マッティス
    助監督■ジュゼッペ・デ・サンティス/アントニオ・ピエトランジェリ
    製作会社■ICIローマ
    備考■白黒
    日本初公開■1979年
    1979年5月26日日本公開時:133分
    2017年1月7日日本公開時:126分

    出演■マッシモ・ジロッティ/クララ・カラマイ/ジュアン・デ・ランダ/ディーア・クリスティアーニ/エリオ・マルクッツォ/ヴィットリオ・ドゥーゼ/ミケーレ・リッカルディーニ

    【解説】
     戦中の、しかもイタリアでのジェームズ・M・ケインのインモラルな犯罪小説の映画化は、より濃密な男女の欲望の彷徨を描いている。
    ネオレアリスモの先駆と言うよりも、その後のアントニオーニやベルトリッチの到来を予感させるような、ヴィスコンティの驚くべき処女作である。
    舞台はカリフォルニアから北イタリアのポー河沿いということになり、登場人物の名もそれぞれイタリア風に改められているが、物語の骨子は原作や後のハリウッドでの映画化作品とも変わらない。
    ただ、もっとむせ返るような官能に包まれて、不倫カップルの、夫殺しのサスペンスより、ただそうせねば愛を貫けない息詰まる情愛を丹念につづっている。
    陰影の強い黒白画面に呑まれそうだ。(映画データベース – allcinema より)

    製作から37年を経て日本で初公開された、ヴィスコンティの処女作。
    映画の原題は『妄執』 。
    ジェームズ・M・ケインのこの原作は、 本作品を含めて4回の映画をされている。
    ’39年ピエール・シュナール監督でフェルナン・グラペ&コリ ンヌ・リュシエールの仏作品、
    米で’46年にテイ・ガーネット監督がジ ョン・ガーフィールド&ラナ・ターナー、
    ’81年にはボブ・ラファエル ソン監督がジャック・ニコルソン&ジェシカ・ラングで。

  • イタリアの巨匠  ルキノ・ヴィスコンティの生涯、バイセクシャルが描く表裏の世界

    イタリアの巨匠 ルキノ・ヴィスコンティの生涯、バイセクシャルが描く表裏の世界

    イタリアの映画界の至宝

    ルキノ・ヴィスコンティ

    彼はイタリアの映画界の至宝で有ると同時に、ヨーロッパ文化の至宝でも有った...
    彼は、自分の出生でもある貴族階級と、新しい時代の狭間にあり、その苦悩と、そして官能を、映像の中に描き続けた。

    ヴィスコンティ自身がバイセクシャルであり、フランコ・ゼフィレッリやマルチェロ・マストロヤンニ、アラン・ドロン、そしてヘルムート・バーガーを愛した。
    本人は若い頃からの美男子で、彼を見出したのはパリ社交界の花・ココ・シャネルであるから、女性からも相当モテたことも想像できる。
    また貴族の出自で、イタリアのリゾート地コモ湖畔にも城を持つほどでありながら、一時期は共産主義に傾倒していく経歴を持つ。

    ヴィスコンティ自身は、男と女、富と貧しさ、そして美と醜さの両面を見つめ、そして映画に昇華させた監督であった。
    貴族としての血と共産主義者として独裁政治と戦う情熱と言う、真逆とも言える行動が、男女を超えた美への執着なのかもしれない。

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    そして・・・

    ヴィスコンティ生誕110年 没後40年メモリアル、第二弾!

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    2016年12月24日(土)より新宿武蔵野館ほか全国順次公開

    私にとってのルキノ・ヴィスコンティ

    Luchino Visconti
    彼の作品は、何かを訴えかけてくる。
    まず、その映像に圧倒される。内容は判るが、彼が何をこの映画で語ろうとしているのかが、その場ですぐは判らない。
    でも、観た後の何とも言えない、身体の中をえぐられるような感覚は、彼の作品ならではのものでもある。
    ここでは、少しでも、彼の作品で何を伝えたかったのか?を解明したいと思う・・・

    ルキノ・ヴィスコンティ 基本情報

    ルキノ・ヴィスコンティ Luchino Visconti

    1906年11月2日イタリア ミラノ生まれ-1976年3月17日イタリア ローマ没 享年69歳

    イタリアの映画監督、脚本家、舞台演出家、貴族(伯爵)

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    ルキノ・ヴィスコンティの生涯

    ルキノ・ヴィスコンティの経歴

    彼の祖先は、イタリア国王家以上に古く、イタリア・ルネッサンスの歴史にも深く関わっている。
    八世紀から始まり、十二世紀になると、ヴィスコンティ一族の名が、ミラノを中心とした地域に散見されるようになる。
    ヴィスコンテとは、イタリア語で子爵で有り、複数形のヴィスコンティがそのまま家名となった。
    1800年代に侯爵の称号を譲られ、更に、オーストラリア行程に承認され、今日までに至っている。
    ルキノの母方の祖父ルイジは、大作曲家ヴェルディの親友であり、本人もまた、優れた音楽家でもあった。
    ルキノの父ジュゼッペは、コモ湖にある別荘で、ルキノの母、カルラと出会い、1900年に結構する。
    カルラは、ミラノ社交界随一の美女であり、類い希な知性の持ち主でも有った。
    その中で彼、ルキノは誕生する。1906年11月2日のことである。

    Luchino Visconti

    当然の如く、彼への教育は、典型的な貴族のそのものであった。 20歳になる頃は、乗馬に熱を上げ、騎兵教育を受けている。
    同時期に父侯爵がミラノ芸術演劇座を興している。ルキノと演劇との関わりが、ここから始まる。
    そして、彼にとって一つの転機が訪れる。
    それは、イギリスを旅行し、パリに訪れたときである。
    パリで、上流社交界に顔を出したルキノは、劇作家アンリ・ベルンスタイン、詩人ジャン・コクトー、舞踏家セルジュ・リファール、作曲家クルト・ヴァイルなどの文化人と知り合うが、もっと重要なことは、彼を後に、映画界に導くことになる、ココ・シャネルと知り合ったことだった。

    彼は、パリの映画に魅せられた・・・
    エーリッヒ・フォン・シュトロハイムの『結婚行進曲』、ジョゼフ・フォン・スタンバーグの『嘆きの天使』、レゴーシンの『孤帆は白む』などに強い感銘を受けた。
    彼は、早速、撮影機を買って映画作りをはじめた。
    その話を聞いて、ココ・シャネルが、自分の友人でも有る、ジャン・ルノワールを紹介した・・・’36年の夏のこと。
    ルキノは、ルノワールの『ピクニック』の助手を手始めに、『どん底』、『大いなる幻影』の準備も手伝った。
    また、ルノワールとその仲間達は、フランス共産党員であり、ルキノの政治的な開眼にも大きな影響を与えた。
    後に“赤い貴族”と言われる所以である。

    ルノワールがローマでサルドゥーの『トスカ』を映画化しようとした時、ローマのロケ・ハンは、ルキノが案内していたものの、第二次世界大戦で、ルノワールは、フランスに戻る。
    この後を引き継いだものの映画化にはたどり着けなかった。
    この頃、いくつかの脚本を執筆しているが、映画化されていない。
    また、ミラノからローマに移住するが、死ぬまで、故郷のミラノの地に戻ることはなかった。

    映画批評誌“チネマ”誌上で、初めての論文“死体”を発表、旧態依然のイタリア映画界を攻撃し、新しい方向、“リアリズム”の方向性を明確にした。
    この論文は、ルキノ・ヴィスコンティの名前を反体制の若者達の間で、一躍有名にした。
    かねて、ルノワールに薦められていたジェイムス・ケインの『郵便配達は二度ベルを鳴らす』(日本語題名)を脚本化、後に『妄執』(イタリア語原題)と変えられ、映画化された。
    1942年、検閲、カットを強いられる中、完成、公開までたどり着いた・・・これが、彼のデビュー作となる。
    その頃、ムッソリーニが失脚、ドイツ軍がイタリア占領、ルキノの反ファシストとしての闘争が始まる。

    戦後、彼は、演劇の世界に身を置く。
    彼は、数多くのオペラ・演劇の演出を手掛ける。
    もちろん、これらの舞台手法が、彼の映画作品にも、影響を与えていることは、言うまでもない。
    ’54年には、マリア・カラスを主演にしたオペラ「ラ・ヴェスターレ」を演出し、オペラ界への進出も果たした。
    カラスとの友好もここから始まった。
    その後の映画界での活躍は、次に紹介する。
    その中で、彼は、「ルートヴィヒ 神々の黄昏」の撮影が終わり、編集に入る直前の’72年7月27日の夜、ローマのホテルで、心臓血栓の発作に倒れる・・・
    半年の闘病生活の後、編集を終わらせ、公開にこぎ次ぐ。
    彼は、車椅子での生活が始まり、それを気遣った周りの人々が、全てセットで、「家族の肖像」を完成させる。続く、「イノセント」を完成させ、ダビングの最中の1976年3月17日に自分の部屋で、亡くなった・・・

    ルキノ・ヴィスコンティ

    ルキノ・ヴィスコンティ・・・・・
    英知の人、その偉大な仕事によって祖国の、ヨーロッパの、世界の芸術の、映画の、演劇の歴史を30年以上ものあいだ背負った人
    われわれは忘れない
    彼が、レジスタンスでの戦闘的な反ファシストであったことを
    そして、労働階級とその闘争に
    つねに心からの連帯と忠誠を表明し続けたことを・・・・・

    ヴィスコンティの死に際して、ローマ市中の移籍の壁に張り出されたポスター

  • 「2015年を振り返って」 スティーブ・ジョブズの言葉

    「2015年を振り返って」 スティーブ・ジョブズの言葉

    試練の一年

    2015年、今年一年で言えることは試練の一年でした。
    一年と言う表現は間違っているかもしれません。
    この10年間のいろんなツケがこの一年間に集約されたようでした。

    その中で改めて自分の中に残った言葉が
    「毎日、これが人生最後の日と思って生きてみなさい。そうすればいつかそれが正しいとわかる日がくるだろう。」と言う内容を本で読んだスティーブ・ジョブズが

    「もし今日が自分の人生最後の日だとしたら、今日やる予定のことを私は本当にやりたいことだろうか?」
    それに対する答えが“NO”の日が何日も続くと、何かを変える必要があるなと気が付くわけです。

    と言っていた事でした。
    これは自分には衝撃的でした、50年近く生きてきて、こんな覚悟を持って生きていなかった自分・・・

    10年間の紆余曲折

    10年前にベンチャー企業で、10人弱の直属の部下と会社全体の事業を任される事業部長との兼務で仕事をしていました。
    その会社が突然、オーナー(ファウンダー)の意向で売却されてしまったのです。
    そこでその会社を辞めて、知り合いの会社社長と起業をする準備を始めました。
    準備段階として、とりあえず知り合いの社長の会社に入社しました。
    10年前の時点で、既に5年以上の付き合いもあり、数年前にその社長さんの会社が潰れかかっている時に顧客を紹介して、復活のキッカケとするなど、良好な関係でした。

    しかし、その会社に入ってみると、2億円の負債、紹介した大手企業の孫請け(紹介した時は、もちろん直契約でした)になっていると言う始末。
    その後、その会社を再び再起させるために、孫請けから直請けにして・・・と様々な努力をしました。
    それでも、この会社では2つの社会人人生初の体験をしました。

    ・給与の引き下げ
    ・クビの宣告

    です、それまでキャリアパスをステップアップしてきた自分としては、驚きでした。
    当時の会社を傾けた原因となったのが、とある役員の奔放な行動でした、20人弱の売上2億位の会社でその役員独りで、社用車3台(その他に社長もベンツを社用車として乗り回してました)を持ち、意味のない旅行の領収書、なんでも有りでした。
    その問題の役員と一緒に1年間仕事をしましたが、毎回、客先への待ち合わせに30分から1時間以上遅れてくる、一度約束したことを反故にする、などなど、様々な問題を起こしました。
    それに対して、社長にクレームを言ったところ、上記の2つを言われました。

    クビは免れましたが、その時、自己防衛のために自分で会社を作りました。
    この会社は社員がいる訳ではありませんが、独りで映画の勉強をして映画のプロデュースを始めました。

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    さて、話を戻すと、「クビを免れた」会社で5年前にこれでは行けないと、小さな反乱を起こしました。
    その当時の社内の心あるメンバーと別会社を作ったのです。
    もちろん、その資金をどうするか?等々課題は有りましたが、私の過去の経験や人脈を使って資金の捻出してどうにか、会社設立まで持って行きました。
    ただ、一点、今から考えると失敗だったのは、自分で代表にならずに人に任せてしまったことでした。

    それから2年後、所属していた会社は傾いて、私と開発メンバー数名で新しい会社の方に完全に移籍しました。
    元の会社は既にバラバラになって、当時の社長と私の人間関係もそれで終わりました、その社長は銀行から借金が有るので、直ぐに会社を潰すことも自己破産することも出来ないのでしょう、会社名だけは残っているようです。

    3年前心機一転、事務所を借りて会社を再スタート、以前の顧客を引き継いでいたので、自己資金もあるし顧客も有る状態からの絶好のスタートを切れました。
    それから3年目の今年・・・
    会社の売上は伸びず(横這い)、社員も入っては辞めて・・・と言う状況で、私の立場が少しずつなくなっていき、代表との対立・・・その後のことはここでは、この位にしておきます。

    むしろ自分に合わないビジネスを、自分と合わない人たちとやり始めてしまった事で、成果も出ずに、更には自分を追い詰めていく結果となりました。
    5年前には「一緒に起業した仲間」でしたが、何故かこの数年間は「単なる部下の一人」と言う立場になっていて、目指しているものが自分と会社との間に乖離が有ったのでしょう。

    「もし今日が自分の人生最後の日だとしたら、今日やる予定のことを私は本当にやりたいことだろうか?」

    ジョブズ氏スピーチ全訳、米スタンフォード大卒業式(2005年6月)にて(日本経済新聞より)

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    スティーブ・ジョブズの人生を(伝記で間接的に)知ってる人も多いとも思うけど、普通の経営者の真逆を行く人物。
    成功には正解はない、と言うことかもしれない。

    でも、これは堀江貴文さん(ホリエモン)も言ってることだけど、過去・未来に縛られるのではなく「今」を見つめる必要があるということ。

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    「今」最善を尽くすことは何か?
    それを考えて行動を取ることが大切に思う。

    スティーブ・ジョブズは、このスタンフォード大学での名スピーチを残して、数年後に亡くなっている。Steve Jobs 1955-2011
    56歳と言う若さである。

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    2016年を控えて

    おそらくこれだけソーシャル・ネットワークが普及してきた時代、ただ商売をして物を売り買いしているだけでは生き残ることは難しいのかもしれない。
    なにか、感動を与えられるもの、それは何か・・・来年、少しずつそれを実行していければと思っている。

    改めて、自分の座右の銘「一期一会」を大切にしながら・・・
    「感動」をできる「Can do」一年にしていきたいと思う、そのためには捨てるものを捨てる・・・

    海外で共感の嵐!今すぐやらないと後悔する「21のコト」

    捨てることも大切。今年はそれを知った年でした。
    皆さん、本当にありがとうございました。来年もよろしくお願いします。