カテゴリー: 映画特集

  • 宇宙人だった?! スピルバーグ監督作品 ベスト+【王様のブランチ】トップ10

    宇宙人だった?! スピルバーグ監督作品 ベスト+【王様のブランチ】トップ10

    スピルバーグ映画は好きですか?

    スピルバーグ

    世界中で、日本でも、スピルバーグ監督の作品は大ヒットします!
    でも意外とスピルバーグ監督作品を、観客に媚びた作品として「つまらない」と言う人もいるみたいです。
    ちなみに・・・

    私はスピルバーグ監督作品が大好きです!

    十代にハリウッド映画にハマったのは、チャップリンと美男美女俳優と、ルーカス×スピルバーグでした。
    『スター・ウォーズ』や『インディー・ジョーンズ』は青春の1ページです。

    ルーカスが想像したスペース・ファンタジー『スター・ウォーズ』の特撮はそれまで無かったものでワクワクさせられた。
    そして、スピルバーグの作品はワクワクだけでなく、泣いたり・笑ったり・感動できたりした!と言う意味で「映画の全てがあった」と言う思いです。

    宇宙人?だったスピルバーグ

    1946年12月18日にアメリカのオハイオ州シンシナティでウクライナ系ユダヤ人の家庭に生まれ、アリゾナ州に育ったそうです。

    スピルバーグ自身が宇宙人と言う訳ではなく、宇宙人を描くことがアメリカ人としての使命だったと言えます。
    『未知との遭遇』はアメリカ人の憧れなのです。
    “?”と思ったでしょう~アメリカは200年ちょっとの歴史しかない国で、伝説や伝統がない国です。
    ヨーロッパならギリシャ神話からアーサー伝説とか色んな伝説が有り、日本にも天照大神から綿々と伝説が数多く有ります。
    そんなアメリカには、先住民族の伝説は有ってもヨーロッパから移住してきた人々には何の伝説も有りません、だからこそ、宇宙人に選ばれた民族としてのアメリカ人と言う物語が必要なのです!

    だから宇宙人は必ずアメリカに舞い降ります、スーパーマンも落ちたところはアメリカです!(笑)
    エリア51を聖地にする必要があり、世界中にエンターテイメントとして広めたのがスピルバーグその人でした。

    高校くらいの頃には、早川書房から数々のSF小説が日本に紹介されました。
    ロバート・A・ハインラインやフィリップ・K・ディック、アイザック・アシモフ(ソ連生まれのアメリカ育ち)、アーサー・C・クラーク(イギリス人)と言った作家たち。
    それぞれが映画化された原作を数多く書いているSF界の重鎮たち。

    文字の中の世界をスピルバーグが明確に、宇宙人・宇宙船の映像化を果たし、世界のスタンダードにしてしまった。
    今、スピルバーグ監督作品について語ること、それは彼はSFだけではなく、パニック映画やヒーロー物、ヒューマンドラマからシリアスなものまで、自分の作りたい作品を自由に作っている、アメリカの現代の映画史そのものと言える。

    スピルバーグ

    みんなが選んだスピルバーグ・ベスト10

    ローリングストーン誌が選んだベスト10はこちら~

    10位 『キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン』 237百万ドル:13位

    9位 『1941』 109百万ドル:19位

    8位 『ジュラシック・パーク』 796百万ドル:3位

    7位 『プライベート・ライアン』 369百万ドル:9位

    6位 『レイダース/失われたアーク《聖櫃》』 766百万ドル:4位

    5位 『激突!』 

    4位 『未知との遭遇』 481百万ドル:5位

    3位 『E.T.』 1,228百万ドル:1位

    2位 『シンドラーのリスト』 199百万ドル:15位

    1位 『JAWS/ジョーズ』 1,109百万ドル:2位

    ※ 現在の価値に換算した場合 Boxofficeより、順位はスピルバーグ監督作品内

    人気投票で、ダントツの1位が『JAWS/ジョーズ』だそうで、2位に倍の投票が有ったらしく、映画の専門家(評論家とか関係者)の間でも評価は高いので納得。

    その他、米VULTUREが選んだ全作品のランキングでは、トップは『レイダース/失われたアーク《聖櫃》』でした。

    スピルバーグ&是枝裕和監督

    【王様のブランチ】好きなスピルバーグ監督作品TOP10

    2020年5月23日の【王様のブランチ】では、スピルバーグ監督作品の視聴者が選んだトップ10が放送されました。

    10位 『宇宙戦争』 (’95年公開)

    9位 『激突』 (’73年公開)

    8位 『レディ・プレイヤー1』 (’18年公開)

    7位 『シンドラーのリスト』 (’94年公開)

    6位 『A.I.』 (’01年公開)

    5位 『未知との遭遇』 (’78年公開)

    4位 『ジョーズ』 (’75年公開)

    3位 『E.T.』 (’82年公開)

    2位 『インディー・ジョーンズ』シリーズ (’81年公開~)

    1位 『ジュラシックパーク』 (’93年公開)

    ちなみに『ジュラシックパーク』は『インディー・ジョーンズ』と同様にシリーズ化されていて、第2作まで監督として演出を手がけています。

    『ジュラシック・パーク』 (1993) 監督
    『ロスト・ワールド/ジュラシック・パーク』 (1997) 監督
    『ジュラシック・パーク III』 (2001) 製作総指揮
    『ジュラシック・ワールド』 (2015) 製作総指揮
    『ジュラシック・ワールド/炎の王国』 (2018) 製作総指揮

  • 心に残る野球映画 - 祝・イチロー選手3000本安打

    心に残る野球映画 - 祝・イチロー選手3000本安打

    達成感って感じてしまうと前に進めないんですか?

    イチロー選手がメジャー3,000本安打を達成!
    日本人選手が、こんな大記録を達成する日が来るなんて、40年前にメジャーリーグを見始めた頃には思いもしなかった。

    そしてその後のイチロー選手のインタビューが、いつも以上に感動的でした。
    自分の感情を必要以上に抑えていたイチロー選手、それが自分から告白してくれました。
    イチロー選手も人だったんだ、と。

     

    達成感って感じてしまうと前に進めないんですか?

    イチロー選手は
    「達成感や満足感というのは、味わえば味わうほど前に進める、
    小さなことでも 満足することは、すごく大事なことだと思う」
    と続ける。
    小さな成功体験が、大きな成功へと続いていく。

    メジャーリーグ史上30人目の3,000本安打となる(一部、大リーグと記載している記事もあるがマイナーリーグも含むので間違い)。
    イチローとアレックス・ロドリゲス、デレク・ジーターはまだ殿堂入りしていない(引退後5年経過しないと資格が無い、故に3人共資格を持っていない)が、3,000本安打達成者はほぼ全員殿堂入りしていることから、イチローの殿堂入りも確実視されている。
    (ピート・ローズは賭博問題とラファエル・パルメイロは薬物問題で殿堂入りしていない)

    で、どれだけ3,000本安打が凄いか?!と言うと、ベーブ・ルース(2873安打)、ルー・ゲーリッグ(2721安打)、バリー・ボンズ(2935安打)の3人のレジェンドは達成していない。

    実は野球がオリピック競技から外される理由でもあるけど、野球は世界的なスポーツではない。
    北米のメジャーリーグとメジャーリーグで一攫千金を狙う中米の国々、そして日本を中心とした東アジア(韓国と台湾くらい)にしか普及していない。
    アメリカは歴史がない国なので、自国で生まれたスポーツに関しては非常に大切にしている。
    アメリカン・フットボールやバスケットボール、そして野球・・・もちろん一番古い起源なのは野球であるけど。

    イチロー選手メジャー3,000本安打達成!
    イチロー選手メジャー3,000本安打達成!

     

    映画でももちろんハリウッド映画が中心となる、と言うことでアメリカ映画のオススメの10本のご紹介!

    オススメする野球映画10本(と+4本)

    映画の製作年代順に並べてみました。
    もちろん、古い映画は古い時代になりますが・・・
    1869年にアメリカでプロ野球が始まり、今のワールドシリーズをアメリカンリーグとナショナルリーグで争うようになったのは1903年から、これがメジャーリーグベースボール(=MLB)の始まり。

    やはり最初の大スターはホームラン王にもなったベーブ・ルース。
    その後、ジョージ・シスラーやタイ・カップと言うレジェンドが現れる。

    映画『打撃王』 (1942年) THE PRIDE OF THE YANKEES

    打撃王

    ベーブ・ルースがニューヨーク・ヤンキースで活躍していたころ、遅れて現れたのがルー・ゲーリッグであり、彼はメジャーリーグ14年間で2130試合連続出場を果たす、と言う鉄人ぶりを発揮するが、筋萎縮性側索硬化症の発症で’39年に引退、’41年に37歳の若さで亡くなる。
    「ヤンキースの誇り」「アイアン・フォース」「静かなる英雄」とも呼ばれ、明るいベーブ・ルースとは好対照に物静かな男だった。
    もちろん連続出場だけでなく、3,000本に近い安打と共に3冠王も達成しているレジェンドでもある。

    それを当時のハリウッドの大スター、ゲイリー・クーパーがゲーリックを演じ、愛妻役をテレサ・ライトが演じている。
    ハリウッド黄金期の美男美女が出てくる典型的な感動物語である。

    ラストの球場を去るシーンは、本物のルー・ゲーリッグの映像も残るくらいの名シーン。
    ルー・ゲーリッグ自身はそこまで聖人君子ではなかったらしいが、ラストは涙なくして見ることはできない。

    打撃王 DVD FRT-195 — Amazonで見る

    監督■ サム・ウッド
    原作■ポール・ギャリコ
    脚本■ ジョー・スワーリング/ハーマン・J・マンキウィッツ
    撮影■ルドルフ・マテ
    音楽■リー・ハーライン
    出演■ゲイリー・クーパー /テレサ・ライト/ベイブ・ルース
    上映時間■127分
    製作国■アメリカ

    映画『がんばれ!ベアーズ』 (1976年) THE BAD NEWS BEARS

    がんばれ!ベアーズ

    元マイナーリーグ(メジャーリーグの下部組織)のダメ親父が、少年野球チーム「ベアーズ」の監督になって、ダメダメチームが連戦連勝していく活躍を描く。
    ハリウッドお得意のアメリカン・ドリーム映画だが、子どもで描いたことが当時新鮮だった。

    マッソーの好演と共に、天才子役のテイタム・オニール(女の子で野球が上手い)が可愛らしい。
    子供たちの爽やかな成長ぶりと感動を呼んで、世界中で大ヒット、続編が2本も続きTVシリーズまでできた。

    がんばれ!ベアーズ DVD — Amazonで見る

    監督■マイケル・リッチー
    製作■スタンリー・R・ジャッフェ
    脚本■ビル・ランカスター
    撮影■ジョン・A・アロンゾ
    音楽■ジェリー・フィールディング
    出演■ウォルター・マッソー/テイタム・オニール/ヴィク・モロー/ジャッキー・アール・ヘイリー
    上映時間■103分
    製作国■アメリカ

    映画『ナチュラル』 (1984年) THE NATURAL

    ナチュラル

    若い頃に天才としてメジャーリーグにスカウトされるも、事件に巻き込まれ球界を去って、35歳にして“奇跡のルーキー”として活躍する男の半生を描く。
    野球の活躍と同時に、何故、35歳までデビューしなかったのか?事件の謎が明かされて行く。

    古き良き’40年代から’50年代のハリウッドのようなロマンチックな作品に仕上がっている。
    やはり主人公ロイ役には、正統派二枚目のロバート・レッドフォードが演じる、このアメリカンヒーローを演じられるのは彼しかいないだろう。

    監督には’80年代から’90年代に『グッドモーニング、ベトナム』や『レインマン』『バグジー』などの名匠バリー・レヴィンソン。

    ナチュラル Blu-ray — Amazonで見る

    監督■バリー・レヴィンソン
    原作■バーナード・マラマッド
    撮影■キャレブ・デシャネル
    音楽■ランディ・ニューマン
    出演■ロバート・レッドフォード/グレン・クローズ/ロバート・デュヴァル/キム・ベイシンガー
    上映時間■138分
    製作国■アメリカ

    映画『メジャーリーグ』 (1989年) MAJOR LEAGUE

    メジャーリーグ

    34年間も優勝から遠ざかっていた当時の弱小チーム、クリーブランド・インディアンスと言う実在するメジャーリーグのチームを使って作った快作で怪作。
    スポーツ・コメディであり、楽しさは満点だがこれがメジャーリーグのレベルと言われる・・・である、まぁ~普段、ちゃんとしたメジャーリーグを見てるから、この手のコメディもウケるんだろうけど。
    それも有って、しっかりシリーズは3まで出来て、“とんねるず”の石橋貴明が出演したりもした。

    主人公がベテランのキャッチャーで三流選手で構成されたチームを引っ張りながら、また昔の恋人とのやり取りがあったり・・・するけど、やっぱりヤング・スターとしてブレイクしていたチャーリー・シーンの破天荒なピッチャー役と登場テーマ曲が印象的だった作品。

    メジャーリーグ ワーナー・スペシャル・パック(3枚組)初回限定生産 DVD — Amazonで見る

    監督・脚本■デヴィッド・S・ウォード
    撮影■レイナルド・ヴィラロボス
    音楽■ジェームズ・ニュートン・ハワード
    出演■トム・ベレンジャー/チャーリー・シーン
    上映時間■107分
    製作国■アメリカ

    映画『フィールド・オブ・ドリームス』 (1989年) FIELD OF DREAMS

    フィールド・オブ・ドリームス

    アイオワ州の田舎で農家をする普通の家族、主人公はある日、謎の声(”If you build it, he will come.” = 「それを造れば、彼が来る」)を耳にし、彼は家族の指示のもと、世間の人々にあざ笑われながらも、生活の糧であるトウモロコシ畑を野球場にしてしまう。
    そして、そこに現れたのがメジャーリーグ初期1919年に起きた八百長事件のブラックソックス事件で球界を永久追放され、失意のうちに生涯を終えた“シューレス”ジョー・ジャクソンだった。

    この作品の主題は親子・家族の絆、それを象徴するものとしてアメリカ人の最も愛するもの「ベースボール」が描かれる。
    過去の野球選手たちに最後のプレーをさせるスタジアムを用意することで、彼らの思いを遂げさせることで、主人公自身の心の後悔の想いも晴れていく。

    キャッチボールの持つ意味、アメリカや日本で大ヒットした作品。
    裏テーマとしては、戦後のアメリカの親子関係を描いた作品としても有名。

    フィールド・オブ・ドリームス Blu-ray — Amazonで見る

    監督■フィル・アルデン・ロビンソン
    原作■W・P・キンセラ「シューレス・ジョー」
    脚本■フィル・アルデン・ロビンソン
    撮影■ジョン・リンドレー
    音楽■ジェームズ・ホーナー
    出演■ケヴィン・コスナー/エイミー・マディガン/ギャビー・ホフマン/レイ・リオッタ/ジェームズ・アール・ジョーンズ/バート・ランカスター
    上映時間 107分
    製作国 アメリカ

    映画『プリティ・リーグ』 (1992年) A LEAGUE OF THEIR OWN

    プリティー・リーグ

    第二次世界大戦中に男性が戦争に行ってしまい、代わりに行われた女性プロ野球リーグを題材にした物語。
    女性が軽視された時代でもあり、その中で女性が活躍する姿が気持ち良い。

    トム・ハンクスの安定した演技も良かったが、この頃はジーナ・デイヴィスは美しくカッコ良かった、でもバカでかいけど。

    プリティ・リーグ Blu-ray — Amazonで見る

    監督■ペニー・マーシャル
    原作■キム・ウィルソン/ケリー・キャンディール
    脚本■ローウェル・ガンツ/ババルー・マンデル
    撮影■ミロスラフ・オンドリチェク
    音楽■ハンス・ジマー
    出演■トム・ハンクス/ジーナ・デイヴィス/マドンナ
    上映時間■125分
    製作国■アメリカ

    映画『オールド・ルーキー』 (2002年) THE ROOKIE

    オールド・ルーキー

    実在のメジャリーガー、ジム・モリスの波乱と奇跡の人生を描いた物語。
    マイナーリーグで肩を壊して一度は夢を捨てたが、35歳でメジャーデビューを果たし全米で喝采を浴びた史上最年長ルーキーの話。

    人は夢をあきらめず、家族や周りの人々の力を得ながら夢を実現する感動の物語。
    アメリカン・ドリームがメジャーリーグにはある、と言う典型的な話。
    ここにあるのは、“夢”を叶えるのは独りではなく、みんなの力で得るものだと。

    オールド・ルーキー Blu-ray — Amazonで見る

    監督■ジョン・リー・ハンコック
    脚本■マイク・リッチ
    撮影■ジョン・シュワルツマン
    音楽■カーター・バーウェル
    出演■デニス・クエイド/レイチェル・グリフィス
    上映時間■128分
    製作国■アメリカ

    映画『マネーボール』 (2011年) MONEYBALL

    マネーボール

    これも実在のプレイヤーだけではなく、リーグ全体を描いた作品。
    貧乏で最弱チームのオークランド・アスレチックスを「マネーボール理論」で常勝チームにしたGMのビリー・ビーン(ブラピ)とその理論を考えたアナリストとの話。

    ’70年代からメジャーリーグを見てると、21世紀に入ってから野球のやり方がガラッと変わったのが判ってるだけに興味深い話。
    1.打率より出塁率を重視すべし
    2.被安打は投手の責任ではない
    3.盗塁・犠打は無駄な戦略である
    この辺の指標が色々とあって、メジャーリーグでは長打率とかも重視される(2.の被安打の裏返しなんだけど)。

    プラピが新しい時代を切り開く苦しみを見事に演じてくれる、これも一種のアメリカン・ドリームなんだけど、メジャーリーグ(と言うかプロスポーツ)の裏側が生々しく描かれていてその点で面白い。

    この頃からデータ重視の野球分析が主流となる。
    ちなみにここまで極端じゃないけど、今も主流の理論。

    マネーボール Blu-ray — Amazonで見る

    監督■ベネット・ミラー
    原作■マイケル・ルイス
    原案■スタン・チャーヴィン
    脚本■スティーヴン・ザイリアン/アーロン・ソーキン
    撮影■ウォーリー・フィスター
    音楽■マイケル・ダナ
    出演■ブラッド・ピット/ジョナ・ヒル/フィリップ・シーモア・ホフマン/ロビン・ライト
    上映時間■133分
    製作国■アメリカ

    映画『人生の特等席』 (2012年) TROUBLE WITH THE CURVE

    人生の特等席

    クリント・イーストウッドが“俳優”として関わった作品、長年、彼の作品の助監督として関わってきたロバート・ロレンツの長編映画デビュー作と言うことで『グラン・トリノ』以来の出演。
    エイミー・アダムスが娘役を演じるが、ちょっと年齢が離れすぎてるかな?

    前年(上でも紹介している)の『マネーボール』でもあるように、野球をコンピュータでデータ解析して選手を取得するのが主流になっている時代に、伝説のスカウト役をイーストウッドが演じている。
    もちろん時代遅れだし、視力が衰えて契約更新も望み薄、娘との関係も微妙で、これからスカウトとしてどうしたものか・・・

    親子のドラマが中心になるが、野球のスカウトと言う側面を描いていて面白い。
    なんと言っても脚本が素晴らしく、ラストがカッコイイので見終わった時の爽やかさが残る。

    人生の特等席(初回生産限定スペシャル・パッケージ) Blu-ray — Amazonで見る

    監督■ロバート・ロレンツ
    脚本■ランディ・ブラウン
    撮影■トム・スターン
    音楽■マルコ・ベルトラミ
    出演■クリント・イーストウッド/エイミー・アダムス/ジャスティン・ティンバーレイク
    上映時間■111分
    製作国■アメリカ

    映画『42 〜世界を変えた男〜』 (2013年) 42

    42

    メジャーリーグでは、背番号42には特別な意味がある、現在は永久欠番となっている。
    その背番号42を背負った独りのメジャーリーガーの物語。

    それまで、白人と黒人は別のリーグで、メジャーリーグに黒人がプレーすることはなかった。
    そこに史上初の黒人メジャーリーガーとして差別を乗り越え、アメリカの歴史に新たな1ページを切り開いた伝説のプレーヤー、ジャッキー・ロビンソンの感動の真実のドラマ。

    黒人選手の実力を認め人種差別と戦うことを決心して、ジャッキー・ロビンソンを起用することを決めたのは、ブルックリン・ドジャースのやり手GMブランチ・リッキー、演じるのはハリソン・フォード。
    「どんなに嫌がらせを受けたとしても、何にも屈せず、やり返さない勇気を持つ」ことをジャッキー・ロビンソンはリッキーに約束してメジャーリーガーになる。
    もちろん当時は、観客だけではなく、同じプレーヤーの中でも普通に差別が起きた時代。
    差別と最初に戦った男の一人、その苦悩と共に野球と言うスポーツを通じた清々しさ、感動に震える映画になっている。

    彼の活躍も有って、今は黒人プレーヤーも沢山いるが、彼のメジャーデビュー50年目にあたる1997年4月15日は“ジャッキー・ロビンソン・デー”となり、全選手が背番号42を背負ってプレーする。

    ichiro42

    そして映画から話はそれるが、1997年に永久欠番になった42番は、その時既に付けている選手だけは引退まで付けることを許されたが、最後の一人はニューヨーク・ヤンキースの守護神でレジェンドのマリアノ・リベラで2013年の現役引退も印象的だった。
    パナマ出身の黒人選手で、ヤンキース一筋でクローザーとして数々の記録を作ったのも、42番を背負った選手として何かを感じさせる。

    rivera42

    42~世界を変えた男~ Blu-ray — Amazonで見る

    監督・脚本■ブライアン・ヘルゲランド
    撮影■ドン・バージェス
    音楽■マーク・アイシャム
    出演■チャドウィック・ボーズマン/ハリソン・フォード
    上映時間■128分
    製作国■アメリカ

     

    プラスの4本は日本人が出てくる野球映画

    映画『ミスター・ベースボール』 (1992年) MR. BASEBALL

    ミスター・ベースボール

    日本のプロ野球が対象になった野球映画は結局ハリウッド製作で実現。
    うーん、それまでも見たことがないので、とりあえず選ぶとしたらこの作品くらいしか思い当たらない。

    少し落ち目になってきた大リーガーが日本にやってきて活躍するが・・・研究されて徐々に不振になっていく、と言う実際によくあるパターンの助っ人外国人選手の話。
    で、その外国人選手が日本人女性と恋に落ちるが、なんとその女性が自分のチームの監督の娘というオチ。

    主役の大リーガーには『スリーメン&ベビー』で人気のトム・セレック。
    なんと言っても、中日ドラゴンズ全面協力の中、どうみても星野監督にしか見えない役を、高倉健さんが演じて、ベースボールと野球のギャップも有ってなかなか楽しめるコメディタッチの作品。

    日本側も高倉健さんが出てるので、野球の面白さもあるが、文化の違いを超えた二人の友情がメインになっている。
    異文化日本野球を描いてるので、野球映画らしい爽快感が今ひとつ。

    ミスター・ベースボール DVD — Amazonで見る

    監督■フレッド・スケピシ
    原案■セオ・ベレティァ/ジョン・ジュンカーマン
    脚本■ゲイリー・ロス/ケヴィン・ウェイト/モンテ・メリック
    撮影■イアン・ベイカー
    音楽■ジェリー・ゴールドスミス
    出演■トム・セレック/高倉健
    上映時間■110分
    製作国■アメリカ

    映画『バッテリー』 (2007年)

    バッテリー

    人気作家あさのあつこの同名ベストセラー小説の映画化(他にもアニメがある)。
    主役はオーディションで選ばれた林遣都くん、この後順調にスター階段を登っていく彼のデビュー作。

    舞台は高校、天才野球少年がその才能ゆえに孤独になって悩み、仲間に助けられて監督の管理野球に対しても自分を貫いていく。
    天才ピッチャー故に、そのボールを取れるキャッチャーがいないと言う設定からありがち、な話を爽やかな青春映画に仕立て上げてるのは、滝田洋二郎監督の手腕だと思う。

    どうも日本はプロ野球より高校野球を舞台にした作品の方が多いような気がする。
    プロ野球が親(冠)企業があるので、なかなか某巨人軍がからむとTV局も持ってるから難しいのかもと。

    バッテリー 特別編 (初回生産限定版) (あさのあつこ書き下ろし小説付) DVD — Amazonで見る

    監督■滝田洋二郎
    原作■あさのあつこ 「バッテリー」(角川文庫刊・教育画劇刊)
    脚本■森下直
    撮影■北信康
    音楽■吉俣良
    上映時間■118分
    製作国■日本
    出演■林遣都/蓮佛美沙子/天海祐希/岸谷五朗/萩原聖人/岸部一徳/菅原文太

    映画『ひゃくはち』 (2008年)

    108

    甲子園を目指す名門校の補欠選手たちの青春物語。
    『桐島、部活やめるってよ』にもあるように高校では体格差やスポーツ能力の差によってヒエラルキーが存在する。
    そんな野球部の中では、底辺にいる補欠部員たちのガンバリを描いている。

    森義隆監督は、これが長編デビュー作、自らの高校野球部の経験を活かした「高校野球部あるある」がなかなか面白い、自分は部室が隣のサッカー部だったけど、体育会系にはよくある話が散りばめられている。
    また森監督の話として、野球をやっているシーンは、画面に写っているシーンだけをプレイさせるのではなく、延々と本当に練習をさせてその一部をシーンとしてカットして使っているとのこと。
    野球部あるあると共に、この辺のリアリティが面白い野球青春映画になっている。

    今活躍している若手俳優たちも多数出演してるので、そこに注目して見るのも面白い。

    ひゃくはち プレミアム・エディション DVD — Amazonで見る

    監督・脚本■森義隆
    原作■早見和真
    撮影■上野彰吾
    主題歌■湘南乃風 「晴伝説」
    出演■斎藤嘉樹/中村蒼/市川由衣/高良健吾/桐谷健太/太賀/竹内力
    上映時間■126分
    製作国■日本

    映画『KANO 1931海の向こうの甲子園』 (2014年) KANO

    kano

    第二次世界大戦前の日本統治下の台湾で甲子園への出場を果たし、決勝まで勝ち進んだ実在の野球チーム“嘉義農林学校野球部”、通称“KANO”の奇跡の実話を映画化した“台湾”映画である。
    製作・脚本は『セデック・バレ』のウェイ・ダーション監督、『セデック・バレ』では台湾の先住民族を描いている、今回は日本人、蛮人(先住民族)、漢人の混成チームが甲子園で活躍する話になっている。

    物語は日本にとても好意的に描かれていて、日本人監督・近藤兵太郎が混成チームを率いて、人種差別を跳ねのけて甲子園で活躍している、また台湾発展のための八田與一による灌漑事業も描かれる。

    純粋に野球をすることに喜びを感じる高校生たちの青春を描いていて清々しい。
    この作品も野球のシーンを丁寧に描いている作品で「努力すれば報われる」感動を感じられる作品。

    KANO~1931 海の向こうの甲子園~ DVD — Amazonで見る

    監督■マー・ジーシアン
    脚本■ウェイ・ダーション/チェン・チャウェイ
    撮影■チン・ディンチャン
    音楽■佐藤直紀
    出演■永瀬正敏/坂井真紀/ツァオ・ヨウニン/大沢たかお
    上映時間■185分
    製作国■台湾

     

    アメリカのスポーツに対する精神

    敵のチームの選手にも尊敬の念を持ってスタンディングオベーションする、そんな情景を何度も見ている、もちろん野球だけではなく。
    でもメジャーリーグではよく見かける情景でもある。

    マリアノ・リベラ引退
    マリアノ・リベラ引退

     

    お互いにリスペクトし合う二人、そしてレジェンド

    イチローとジーター
    イチローとジーター

  • 映画『日本のいちばん長い日』 終戦記念日に思うこと

    映画『日本のいちばん長い日』 終戦記念日に思うこと

    映画『日本のいちばん長い日』 THE EMPEROR IN AUGUST

    the-emperor-in-august01

    永遠の戦後のために

    2016年8月8日に天皇陛下が「象徴としてのお務めについての天皇陛下お言葉」を発せられました。(映像とお言葉があります)
    そして71回目の終戦記念日を迎えました。

    昨年は戦後70年と言うことで今作品が公開されたり、NHKザ・プレミアム戦後70年ドキュメンタリー・ドラマ「玉音放送を作った男たち」が放送されました。
    日本の玉音放送に関しては、NHKの戦時録音資料として「昭和天皇、終戦の玉音放送」として聞けます。(お言葉があります)

    何故、冒頭に生前退位のことを書いたか・・・
    今の日本は無宗教と言う人がほとんどで、正月にはお宮参り(神道)をして葬式にはお坊さんを呼ぶ(仏教)と言うことが日常にある。
    おそらく日本にとっては天皇の存在こそが宗教だったのでは?と考えている。
    もちろん大東亜戦争が終わるまでは天皇は“神”だったわけなので。
    昭和天皇は、終戦直後、マッカーサー元帥と十数回に渡って会談をして、その後の日本の方向を決めたと言う事実を知ると、戦後70年が経って改めて昭和天皇について知ることは重要なこと、天皇制について考える必要性を思う。
    人としての天皇、象徴としての天皇なら、退位と言うことも当然考えるべきとは思う。

    the-emperor-in-august02

    昭和と平成

    戦後20年が経って描かれた岡本喜八監督版は作り手は戦中派である、この作品に対して矜持を持って挑んだと思う。
    それは俳優の演技からも伝わってくる、岡本喜八監督が過度なまでに求めたものだと思う。
    あの戦争は何だったのか?そして止めることが何を意味したのか、神としての天皇を知る世代が国体とは何だったのか?それを描くことに昭和40年代には必然が有った。

    一方、戦後70年経って描かれた原田眞人監督版は監督を含め作りては戦後派である、見ている私も戦争を体験したことのない世代。
    だからこそ、岡本喜八監督版のような戦争を生きた人々の群像劇ではなく、昭和天皇、阿南陸軍大臣と鈴木貫太郎首相の三人を中心に物語を進めている。
    おそらく国体維持と言う実感の有る世代とない世代の違いではないかと思う。

    2006年にはロシアのアレクサンドル・ソクーロフ監督が『太陽』で、2012年にはアメリカのピーター・ウェーバー監督が『終戦のエンペラー』で昭和天皇を描いている。
    そして岡本喜八監督版では後ろ姿とお言葉だけでしか描かれなかった昭和天皇が、原田眞人監督版では、本木雅弘演じる昭和天皇が積極的に終戦へ向けて意志を示している。
    実際の皇室の研究をしている訳ではないので、本当のところは知らないが、戦後のマッカーサー元帥との会談の多さから考えて、終戦に対して昭和天皇がハッキリとした意志を示されたことは想像に難くない。

    the-emperor-in-august03

    日本は敗戦から目を逸らしてはいけない、それは70年以上経った今でも、決して自虐的歴史観とは思わない。
    戦争に負けると言うことは20世紀以前においては、敗者は虐殺か自殺で終わるもの。
    天皇を殺させないためにポツダム宣言受諾した訳で、東京裁判もあった訳で、それを否定したら天皇制の存続も否定することになるのではないのかな?と思うのだが。
    昭和天皇も、今上天皇も、この点はちゃんとした歴史認識を持たれていて、靖国参拝などということは行わない。
    それは『永遠の0』にも書いた「重たいジレンマ」が有り、日本国民全体が背負っていくものだと思う。
    岡本喜八監督版では、反戦映画として体験としての終戦を描いた点で優れたものを感じ、一方で原田眞人監督版では玉音放送と共に生き残った日本人が重い十字架を背負っていくことの覚悟を感じることができた点で、平成にこの作品を作ったことの意味を感じた。

    そして今上天皇の生前退位へのお言葉は、象徴天皇としての戦後、昭和天皇から引き続いて背負い続けているものの重さを感じずにはいられない。
    365日24時間、天皇でいることを求められる、日本で最も有名な?公人でいることを求められる大変さを考えると、その荷を早く引き継ぐことも必要なのではないか?と思うのは変だろうか。

    the-emperor-in-august04

    2016年5月27日午後6時6分、アメリカ・オバマ大統領が広島でスピーチをしました。

    オバマ大統領が広島で演説

    2016hiroshima

    広島は「謝罪を求めない」ことで実現したアメリカの大統領の被爆地・広島訪問。
    戦争に負けた日本が戦勝国に謝罪を求めること自体が、自分たちの背負う責任を放棄することになる訳で、その一線を超えなかったことで、今回の歴史的訪問が実現した。
    今年は、戦後の一つの区切りになるのかもしれない、現在の日本国憲法がどちらの方に向かっていくのか、日本はどこに向かうのか?
    『シン・ゴジラ』にも有った既に機能しない日本の政治と官僚制度、それと共に沈んでいく国・日本、果たして日本がゴジラと言う国難に対して一致団結して叡智を尽くして乗り切ったように、日本は未来に向って新たに向かっていくのだろうか?

    改めて終戦に向けて、この日に何が有ったのか?それを知ることは今の日本を理解する上で必要なことだと思う。

    映画『日本のいちばん長い日』のデータ

    1967年版

    日本のいちばん長い日 東宝DVD名作セレクション — Amazonで見る

    上映時間■157分
    製作国■日本
    公開情報■劇場公開(東宝)
    初公開年月■1967/08/03
    監督■岡本喜八
    原作■大宅壮一「日本のいちばん長い日」
    脚本■橋本忍
    ナレーション■仲代達矢
    出演■宮口精二(東郷外相)/戸浦六宏(松本外務次官)/笠智衆(鈴木総理)/山村聡 (米内海相)/三船敏郎(阿南陸相)/志村喬(下村情報局総裁)/黒沢年男(畑中少佐)/松本幸四郎(今上天皇)

    2015年版

    日本のいちばん長い日 豪華版(3枚組) Blu-ray — Amazonで見る

    降伏か、本土決戦か――。
    その決断に、
    すべての希望は託された

    上映時間■136分
    製作国■日本
    公開情報■劇場公開(松竹=アスミック・エース)
    初公開年月■2015/08/08
    監督■原田眞人
    原作■半藤一利「日本のいちばん長い日 決定版」(文春文庫刊)
    脚本■原田眞人
    出演■役所広司(阿南惟幾)/本木雅弘(昭和天皇)/松坂桃李(畑中健二)/堤真一(迫水久常)/山崎努(鈴木貫太郎)

    オフィシャルサイトはこちら

  • ルキノ・ヴィスコンティ -作品と演出-

    ルキノ・ヴィスコンティ -作品と演出-

    ルキノ・ヴィスコンティ作品総評

    ルキノ・ヴィスコンティの生涯についてはこちらから

    visconti05

    私の好きな作品を挙げるとしたら、やはり最後の5作品。
    特に『ルートヴィヒ 神々の黄昏』と『家族の肖像』に関しては、文句の付けようが無い。
    世間では『ベニスに死す』の評価が一番高いと言われていて、私も異存はない。
    滅びの美学とそのディテイルの重要性からすると、様式美の有る『ルートヴィヒ 神々の黄昏』と『家族の肖像』を選びたい。
    では、この2作品では、どちらが好きなのか?これは難しい問題。
    完成度の点では、ヴィスコンティ作品中一番なのが『家族の肖像』であることは間違いない。
    但し、この作品には、どうしても部屋の中のみで撮影された事と、その完成度故に私は閉塞感を感じてしまう。
    その点、冗長な点も在るものの、作品の中に雄大さやロマンも秘めた『ルートヴィヒ 神々の黄昏』の方が好きとも言える。

    ヴィスコンティの作品のどれか?選ぶ事自体、愚かしいことなのかも...
    最近では『ベニスに死す』に対して再評価しているけど。

    彼の作品は『山猫』を境に、2つの時代に分かれる。
    デビュー作『郵便配達は二度ベルを鳴らす』から『若者のすべて』(『ボッカチオ』は、オムニバスのため、この対象にはならないと思う)までは、ネオ・リアリズムの旗手としてリアリズムを追求した映像に賛美が集められた。
    確かに『若者のすべて』のロッコは印象的であり、そこで起きることはそれまでの劇画的な娯楽としての映画とは、一線を画した作品となっていた。
    それは『郵便配達は二度ベルを鳴らす』、『揺れる大地』から一貫した作風とも言えた。
    それが『山猫』を境にして、リアリズムにメロドラマ的な要素がふんだんに盛り込まれることになる。

    当時のイタリアや世界の映画評論家の間では、その変貌に戸惑い、ヴィスコンティの映画作家としての末期に来ていることを口を揃えて言っていた。
    当然、私自身、その当時のことは知らないが。

    映画『山猫』 4K修復版【Blu-ray】 [ バート・ランカスター ]

    私が、ヴィスコンティに深い畏敬と尊敬の念を抱いたのは、やはり後期の作品を見てからである。逆に後期の作品を観て、そのルーツの前期の作品を観たというのが正解だろう。

    果たして、ヴィスコンティの作品は、難解である・・・具体的に、何が面白いのか?と、聞かれても応えることは難しいと今でも思う。
    最初に観たときの印象は、非常に重苦しく難解なのだが、なぜか心の中に残るものが有り、頭の中でストーリーを再度、トレースしてしまう・・・そんな感じだった。
    何が、そうさせるのか?ヴィスコンティ本人自らも、言うように・・・「滅び行くもの達を描く方が、楽しくしかも難しい・・・だから、敢えて描く対象にしているのだと・・・」
    ある人は、ヴィスコンティの作品の中に“腐敗”を観ている・・・私は何を観ているか?、そう、そこに有るものは、人間の“欲望”だと思っている。
    これは『家族の肖像』を観ている時に強く感じたことだった。
    確かに、ヴィスコンティの作品の中には、自らの出生(と言うか地位)から来る、旧時代の滅びの美学というものも色濃く感じられる。
    また、その芸術性として背景に有るものが主題を飲み込む・・・とも言う。
    例えば『家族の肖像』の部屋自体が物語の中心であり、ディテイルが俳優達を超越して自己表現しているとも言えよう。
    もちろん『ルートヴィヒ 神々の黄昏』の城の内装も同様に・・・
    しかし、それは、あくまで映画の一部。
    “腐敗”と“欲望”は、同義語かもしれない・・・。それは、“若くありたい・・・”、“今の栄華を継続したい・・・”と思う気持ちと、新しい欲求とのぶつかり合い・・・その中で古いものが切り捨てられていく。
    ヴィスコンティの作品の中では、常にこれが描かれている。
    ディテイルを細部に至るまで、丹念に再現される・・・そこには、前期の作品以上に色濃く出ている。ではメロドラマ的要素とは・・・それは単なる表現手法の一つでしかない!または、ヴィスコンティの内なる’20年代への回帰が、そう見せるのかもしれない。
    『地獄に墜ちた勇者ども』でのナチスも人間の内なる欲望の一部であり『ルートヴィヒ 神々の黄昏』での美しい城達やワグナーの音楽も欲望がもたらした、怪物なのである。
    もちろん『イノセント』の男の欲望もしかり『家族の肖像』の家族の団欒もしかりである。

    ヴィスコンティの作品を観ると言うことは、自分の内なる欲望をスクリーン上で見せ付けられ、しかもそれが破滅へと向かっている様を魅せつけられるのである。
    ヴィスコンティのリアリティ、それはスクリーン上に見事に総てを出し尽くし、その中で内なるものも吐き出してしまう(フェリーニは、架空の世界にリアリティを再現させているところが、ヴィスコンティと大きく違う、お互いに犬猿の仲でもある)。visconti06

    ヴィスコンティの中には、ファシズムとの闘争、コミュニティへの傾倒・・・そして挫折。
    そこに見たものは、人間の内なるものだったのでは・・・
    芸術も、思想も、人間の内なるものなのである。

    彼の長い生涯のうち、残した作品は、わずか20本足らず、しかし晩年までその情熱と才能が、尽きることはなかった。

    ルキノ・ヴィスコンティ演出術

    優秀な監督は、常に俳優を際立たせる術を持っている・・・ヴィスコンティもその一人。
    彼の作品に出た俳優は、常に最高の演技を魅せてくれる。
    他の作品とは別人のようでもある。
    彼の映画作りの最も重要な要素の一つとして、撮影前のリハーサルが有る。
    主役クラスの俳優を集めて行われるが、この期間が他の監督とは比べようもなく長い時間を掛けて行われる。
    ここで彼らの演技の殆どが決まっていると言っても過言ではない。
    撮影に入る時には、既に俳優が役を作り上げているのである。

    ヴィスコンティの一番のお気に入りは、やはりアラン・ドロンと言えよう。
    彼は映画『太陽にいっぱい』で、素晴らしい演技を魅せてくれた。
    しかし『若者のすべて』や『山猫』では、それ以上のものが有った。
    『若者のすべて』のロッコは、ドロンにとって最高の役柄であり演技であったと思える。
    またヴィスコンティは『異邦人』や『イノセント』に於いても、アラン・ドロンを主演にしたかったようだが、これはドロンが人気スターになっていたことも有り実現しなかった。

    初期の頃、ヴィスコンティが好んで使った俳優にマルチェロ・マストロヤンニがいる。
    彼はセミ・プロの舞台に立っていた頃に、ヴィスコンティに認められてローマの舞台に立った経緯が有る。
    ヴィスコンティの作品では『白夜』、『異邦人』に主演している。
    が、彼にとってはヴィスコンティの作品では、今一つの出来であった。
    マストロヤンニ自体は、二枚目からコメディの三枚目までこなす、幅広い演技の持ち主であったが、彼本来の持つ素養が“明るすぎる”ため、ヴィスコンティの映画のディテイルと相反してしまっていたのだろう。(一方で、フェリーニ作品では光り輝いていた)
    『異邦人』の後に「プッチーニ伝」に出演する話も有ったが、こちらの作品は企画が流れて実現することはなかった。visconti07

    ヴィスコンティは、彼の映画を見事に表現する俳優に出会う。
    その俳優の名前はヘルムート・バーガー。
    彼は、ヴィスコンティのババリア三部作のうち『地獄に堕ちた勇者ども』、『ルートヴィヒ 神々の黄昏』の二作品に主演し、続いて『家族の肖像』にも重要な役として出ている。
    彼は、その美しさ以上に妖艶という言葉、狂気と薄気味悪さを醸し出している。
    バーガーの資質もヴィスコンティに引き出され、上記の作品の中に息づいた。
    それ以外の彼は、過去の栄光にしがみつくだけと言えよう。

    映画『ルートヴィヒ』 デジタル修復版 [Blu-ray]

    『家族の肖像』では、アメリカ人で既にハリウッドでも成功を収めたバート・ランカスターを主演に据えた。
    これは彼の俳優としての能力(既に『山猫』でも実証済み)を認めた、ヴィスコンティの要望でも有る。
    この作品では、主役の教授にヨーロッパからアメリカに渡った、学者や芸術家の特徴を出したかった意図が有るように思われる。
    その時にランカスターの知的な雰囲気と、そしてアメリカとヨーロッパの雰囲気を併せ持つ彼を必要としたのだろう。

    ヴィスコンティの映画の中の女性像は、彼の母親の姿が色濃く反映される。
    それは強く自立した、そして美しい女性像でも有る。
    当然、貴婦人としての資質が求められる。
    『夏の嵐』で、期待以上の演技を魅せたアリーダ・ヴァッリや『地獄に堕ちた勇者ども』のイングリット・チューリン、『ベニスに死す』と『家族の肖像』のシルヴァーナ・マンガーノらは、ヴィスコンティの母、ドンナ・カルラを思わせ、そこには威厳に満ちた美しさを感じさせた。
    それにしてもヴィスコンティの配役は妙である。
    単に演じる配役に相応しいキャラクターを世界中から集めてくる。
    キャリアや国籍は、そこには存在しない・・・。
    シルヴァーナ・マンガーノにしても映画『にがい米』での野性的グラマー女優として世界を一世風靡した。
    ドイツ・ポルノのヒロインだったラウラ・アントネッリを貴婦人に仕立てた。
    マリア・シェルやロミー・シュナイダーにしても、既に地位を持っていたにも関わらず、それまでの作品の役柄とは全く異なった役で一段と輝いてみせた。
    ヴィスコンティの描く女性の中で、貴婦人と対象をなす庶民の女性も見事に描ききっている。
    代表的な例が『山猫』、『熊座の淡き星影』のクラウディア・カルディナーレである。
    未だ大女優と呼べない彼女をこの2作品で見事に開花させてみせた。
    元々彼女に有る、庶民的な親しみ易さの他に、重みの有るそして獣的な美しさを引き出して見せてくれた。

    ヴィスコンティは『夏の嵐』では、イングリット・バーグマンとマーロン・ブランドで行く予定で有った。
    バーグマンに関しては、夫のロッセリーニの反対により、ブランドは既にハリウッドでの地位が有り映画会社などの反対により実現しなかった。
    ただバーグマンの代役のヴァッリの熱演のお陰で救われた部分も有るが・・・。
    ヴィスコンティは言う「私は俳優の個性をそのまま生かしながら登場人物を描き、掘り下げて行く」と・・・。

    ドイツ三部作「地獄へ堕ちた勇者ども」から
    遺作「イノセント」まで

    新宿シネマ・カリテ(2016年7月改装中の新宿武蔵野館)にて、ヴィスコンティ特集が開催された(1999年4月)。
    上映されたのは『ルートヴィヒ(復元完全版)』、『イノセント』、『ベニスに死す』、『家族の肖像』、『地獄に堕ちた勇者ども』 の5作品(上映順)で有る。
    この作品は、ヴィスコンティの最後の5作品で、製作順に並べると『地獄に堕ちた勇者ども』→『ベニスに死す』→『ルートヴィヒ(復元完全版)』→『家族の肖像』→『イノセント』となる。
    『地獄に堕ちた勇者ども』から『ルートヴィヒ(復元完全版)』の3作品はゲルマニア三部作(もしくはドイツ三部作)と呼ばれるもので、『イノセント』は言うまでもなくヴィスコンティ最後の作品、遺作である。

    ヴィスコンティは『郵便配達は二度ベルを鳴らす』(’42)で映画監督としてデビューするが、当時の評価としては、イタリアのネオ・リアリズモの旗手として注目されている。
    その次の作品『揺れる大地』で決定的となる。
    が、『夏の嵐』では、オペラの表現手段を大胆に映画に取り入れること、そしてイタリア統一戦争を背景とした政治的意図を挿入すると言った、後の作品への移行が見られる。

    ヴィスコンティの作品には、ある種の頽廃が常に描かれている。
    その頽廃と政治的意図の結合が初めてなされたのが、ゲルマニア三部作の第一作『地獄に堕ちた勇者ども』で有る。
    製作年度の時系列で見ると『地獄に堕ちた勇者ども』から『家族の肖像』までの作品は、明らかに政治的なものが強く作品の中に見ることが出来る。
    当然、検閲に依って変更を余儀なくされた『夏の嵐』やイタリア統一戦争を描いた『山猫』に於いても政治的な描き込みもされているが、それよりもむしろ、ある階級の世代的な衰退を描いてるに過ぎない。
    これらの作品は、後のヴィスコンティ作品の序章に過ぎないとも言える。visconti08

    上記に書いた(『地獄に堕ちた勇者ども』から『家族の肖像』)4作品は、以前観た時の印象よりも政治的な意味合いを作品の中に見ることが出来た。
    これは以前観たときよりも、観る側(私)の中で政治への関心や知識が増えた事によるものと思われる。
    ヴィスコンティは、言うまでもなくイタリアの貴族階級出身の人物である。
    後にファシストに対するレジスタンス活動などから“赤い貴族”と呼ばれることになる。
    しかしイタリア貴族と言いながらも彼の出身は北部であり、彼の家系の歴史の大半はオーストリア帝国に支配されていた時代のものである。
    その事は、彼にドイツへの関心を駆り立たせる要因であることは間違いないだろう。

    『地獄に堕ちた勇者ども』は1969年の作品である。
    ヴィスコンティは、もっと早く作られるべき作品と言っている。
    何故、この作品がこれ程までに遅く出来上がったか...
    これは個人的な推測でしかないが、ゲルマニア三部作の根底にあるのは、ゲーテから始まるロマン主義、それはトーマス・マン、ニーチェ、ワグナーへと繋がるロマン主義と民族主義の統合、その結実した姿のナチズム、この経緯をヴィスコンティの中で、確固たる思想体系にする事に時間を要したのではないだろうか?
    『地獄に堕ちた勇者ども』では、ナチズムそのものを描こうとしている。
    そのナチズムとは何か?『地獄に堕ちた勇者ども』では、これを見事に描いてみせた。visconti10


    『地獄に堕ちた勇者ども』
    から時代は遡って、『ベニスに死す』が、この後、製作される。
    ドイツの精神的な表現者だったトーマス・マンの小説の映画化である。
    作品そのもののテーマは“美”そのものである。
    しかし、そこにあるものは間違いなく“美”が持つ悪魔的なものを描き、それが第一次世界大戦前夜の時代性を内在させている。
    この事自体を映画そのものから読み取る事は、私や(ヨーロッパの専門的な知識を持たない)日本人には不可能かもしれないが...。
    『ベニスに死す』はトーマス・マンの小説であるが映画『ベニスに死す』は、トーマス・マン自身やマーラー、そしてワグナー等のロマン主義派の自在する人物を、戯画化して映画に投影させている。
    それはドイツの精神的な変遷を描いているとも言える。visconti09

    そして、更に時代は遡り『ルートヴィヒ(復元完全版)』が製作される。ルートヴィヒが社会に否定され、プロイセン(後のドイツ帝国)に吸収される事は、それまでのドイツ文化の崩壊を示す。
    そこに描かれる政治的な意味合いは、ある階級が時代から取り残され、崩壊していくこと以上に、ルートヴィヒが愛した文化的なものが、時代によって、もちろんそれはドイツと言う枠の中で否定されていく課程が描かれる。
    ルートヴィヒのバイエルン王国の首都はミュンヘンである。
    バイエルン王国の崩壊は、後に民族主義の温床となり、更に伝統的なロマン主義との結合が容易い地となり、ナチスの発祥の地となる。
    そのきっかけがルートヴィヒの死であり、バイエルン王国のドイツ帝国への統合であった。

    ヴィスコンティがゲルマニア三部作で退廃的とも言える、芸術とそれに溺れ行く人々を描いたのは、それ自体が時代性であったとも言える。
    ヴィスコンティが描く、美しい世界が魅力であれば有るほど、そしてそれに魅了されることは、悪魔との契約とも言える。
    ヴィスコンティは『ルートヴィヒ(復元完全版)』の撮影終了後、過労のため倒れる。
    性も根も尽き果てた、彼が映画と言う枠を超えて描きたかった世界を描ききった、その終焉を示すように...visconti11

    『家族の肖像』は、映画自体が製作された1974年に近い時代の事を描いているように思われる。
    この作品でも、政治的な意図が散りばめられる。
    共産主義とブルジョワ的資本主義で有る。
    主人公の教授は人間関係からの逃避、と同時に人間関係が生む、思想的な対立からの逃避がそこには見受けられる。
    ただヴィスコンティが、この作品で政治的意図をどこまで盛り込んだかは少し疑問が残る。
    ここでは以前のヴィスコンティ作品のような、人間の内面的な描写“欲望”と言うものを描いている。


    『イノセント』
    に於いては、ヴィスコンティの遺作であるこの作品で、今までの彼の作品以上に瑞々しく美しい作品となった。
    描かれているのは、嬰児殺しで有り“愛”と“独占欲”と言う“欲望”で有る。
    そこには政治的な意図は薄く、むしろ人間そのものを、美しい映像と甘美な音楽で描いている。
    ヴィスコンティ自身も死が近づき、政治的なものから解放され、もっと身近なものに固執したのではないだろうか?visconti12

    ヴィスコンティの作品を語るとき、ヴィスコンティ自身を含め、ホモセクシャル的な表現が随所に見ることが出来る。
    が、以前観たときよりも、その印象は確実に薄らいでいる。
    それは私の居る現代が、性的な事においてより解放されているからかもしれない。
    それは10年前と比べても進歩?している。
    個々の作品で見た場合、『地獄に堕ちた勇者ども』の突撃隊暗殺の“長いナイフの夜”事件(突撃隊の歌「われらは長きナイフを磨かん」からとった、1934年6月30日のヒトラーの親衛隊による突撃隊粛正の事件を言う)で、ヴィスコンティはその物語とは違うも話として、挿入しているような錯覚に陥らせる作りをしている。
    ここでは突撃隊のメンバーが男色に走り、そこを襲撃されて破滅していく。
    この男色の表現は、決してヴィスコンティの趣味だけで描かれたものではない。
    この時代に男色は肯定されていたものであり、美徳として容認されていたからだ。
    事実、突撃隊では男性の同性愛的要素によって団結の絆を強めていた。
    ナチズム運動の中にも、同性愛的要素が見受けられた。
    これはドイツの民族主義、ロマン主義の恥部であり、ヒトラーはそれを自ら取り除くことで、突撃隊を否定する口実とした。
    また『ベニスに死す』で、音楽家アッシェンバッハが美少年を追い回す事が、ホモセクシャル的ニュアンスを含むとしているが、これに於いても少年自体に対する性的欲求と言うよりも、“美”の象徴として描かれている、と私は解釈している。
    ただ娼婦のシーンの回想と重ね合わせる時、美の追求と堕落として、その先に存在するものが性的なもので有る、これも決して間違いではない。そう、この美少年こそが悪魔なのである。
    『ルートヴィヒ(復元完全版)』に於ける男色のシーンは、ルートヴィヒ自体が男色で有ることが、歴史的な事実として有る以上、作品の中には性的なもの以上のものを、ヴィスコンティは描こうとしている。
    『家族の肖像』においては、教授とコンラッドの関係において男色的な意図を読み取るのは、少し無理が有るように思われる。
    むしろ親子の愛情に近いものを感じる。
    『イノセント』に於いて、主人公が妻の不倫相手の裸を見つめるシーンを持って男色的な意図とするのも、同様に無理が有る。
    これは男女の関係に於ける性的能力を比較したいと言う、男性の屈折した心情の現れだろう。
    19世紀から20世紀初頭にかけて、同性愛はある種の美徳を持っていた(いや、それ以前からかも?いや今でも?)。
    芸術に於いて、文化に於いて、女性は男性を誘惑しその活動する能力を奪う存在で有る、乱暴だろうか?...そう言った考え方が有ったとしてもおかしくはないのではないか?

    イタリア映画界の巨匠と言えば、ヴィスコンティと並び称されるフェデリコ・フェリーニの存在が有る。
    もちろん、ビットリオ・デ・シーカやロベルト・ロッセリーニと言った存在も有るが...。
    フェリーニは市民の出で有り、そこに描かれる世界は市民の生活の場で有る。
    一方、ヴィスコンティのは貴族出身であり、そこに描かれるのは(初期の作品は別にして)有る一定階級の人々である。
    貴族的なもの、それは描かれている背景そのものより、描く際の視点がフェリーニやその他の監督達と違うのである。
    そこにはヴィスコンティ自身が貴族であることの奢りは見ることは出来ない。
    映画を観てヴィスコンティが貴族であることが判るのは、その調度品、大道具、小道具の使い方の手慣れた部分だけである。

    ヴィスコンティの最後の5作品の最大の特徴は、甘美であり、退廃的である。
    その両方が常に存在している。
    そこに有るものが政治的なものであったとしても、人間の内在するものであったとしても、ヴィスコンティの描く世界が、魅力的であればあるほど、そこには(悪魔的)堕落があると言える。

    改めて、映画館の大画面(当時のシネマ・カリテの画面は、実際それ程大きくないが)と大音響の中で、酔いしれてしまうのは、ヴィスコンティの世界の深さと広さに有る。

    ルキノ・ヴィスコンティの生涯についてはこちらから

  • イタリアの巨匠  ルキノ・ヴィスコンティの生涯、バイセクシャルが描く表裏の世界

    イタリアの巨匠 ルキノ・ヴィスコンティの生涯、バイセクシャルが描く表裏の世界

    イタリアの映画界の至宝

    ルキノ・ヴィスコンティ

    彼はイタリアの映画界の至宝で有ると同時に、ヨーロッパ文化の至宝でも有った...
    彼は、自分の出生でもある貴族階級と、新しい時代の狭間にあり、その苦悩と、そして官能を、映像の中に描き続けた。

    ヴィスコンティ自身がバイセクシャルであり、フランコ・ゼフィレッリやマルチェロ・マストロヤンニ、アラン・ドロン、そしてヘルムート・バーガーを愛した。
    本人は若い頃からの美男子で、彼を見出したのはパリ社交界の花・ココ・シャネルであるから、女性からも相当モテたことも想像できる。
    また貴族の出自で、イタリアのリゾート地コモ湖畔にも城を持つほどでありながら、一時期は共産主義に傾倒していく経歴を持つ。

    ヴィスコンティ自身は、男と女、富と貧しさ、そして美と醜さの両面を見つめ、そして映画に昇華させた監督であった。
    貴族としての血と共産主義者として独裁政治と戦う情熱と言う、真逆とも言える行動が、男女を超えた美への執着なのかもしれない。

    ルキノ・ヴィスコンティ -作品と演出- はこちら

    そして・・・

    ヴィスコンティ生誕110年 没後40年メモリアル、第二弾!

    -イタリア・ネオレアリズモの軌跡- 公式サイトはこちら

    『若者のすべて デジタル完全修復版』 上映中 ← 上映終了
    『郵便配達は二度ベルを鳴らす デジタル修復版』 2017年1月7日~ ← 上映終了
    『揺れる大地 デジタル修復版』 2017年1月21日~ ← 上映終了

    2016年12月24日(土)より新宿武蔵野館ほか全国順次公開

    私にとってのルキノ・ヴィスコンティ

    Luchino Visconti
    彼の作品は、何かを訴えかけてくる。
    まず、その映像に圧倒される。内容は判るが、彼が何をこの映画で語ろうとしているのかが、その場ですぐは判らない。
    でも、観た後の何とも言えない、身体の中をえぐられるような感覚は、彼の作品ならではのものでもある。
    ここでは、少しでも、彼の作品で何を伝えたかったのか?を解明したいと思う・・・

    ルキノ・ヴィスコンティ 基本情報

    ルキノ・ヴィスコンティ Luchino Visconti

    1906年11月2日イタリア ミラノ生まれ-1976年3月17日イタリア ローマ没 享年69歳

    イタリアの映画監督、脚本家、舞台演出家、貴族(伯爵)

    日本国内で販売された関連ビデオグラム

    日本国内で販売された関連書籍(作成中)

    日本国内で発売された雑誌(作成中)

    ルキノ・ヴィスコンティの生涯

    ルキノ・ヴィスコンティの経歴

    彼の祖先は、イタリア国王家以上に古く、イタリア・ルネッサンスの歴史にも深く関わっている。
    八世紀から始まり、十二世紀になると、ヴィスコンティ一族の名が、ミラノを中心とした地域に散見されるようになる。
    ヴィスコンテとは、イタリア語で子爵で有り、複数形のヴィスコンティがそのまま家名となった。
    1800年代に侯爵の称号を譲られ、更に、オーストラリア行程に承認され、今日までに至っている。
    ルキノの母方の祖父ルイジは、大作曲家ヴェルディの親友であり、本人もまた、優れた音楽家でもあった。
    ルキノの父ジュゼッペは、コモ湖にある別荘で、ルキノの母、カルラと出会い、1900年に結構する。
    カルラは、ミラノ社交界随一の美女であり、類い希な知性の持ち主でも有った。
    その中で彼、ルキノは誕生する。1906年11月2日のことである。

    Luchino Visconti

    当然の如く、彼への教育は、典型的な貴族のそのものであった。 20歳になる頃は、乗馬に熱を上げ、騎兵教育を受けている。
    同時期に父侯爵がミラノ芸術演劇座を興している。ルキノと演劇との関わりが、ここから始まる。
    そして、彼にとって一つの転機が訪れる。
    それは、イギリスを旅行し、パリに訪れたときである。
    パリで、上流社交界に顔を出したルキノは、劇作家アンリ・ベルンスタイン、詩人ジャン・コクトー、舞踏家セルジュ・リファール、作曲家クルト・ヴァイルなどの文化人と知り合うが、もっと重要なことは、彼を後に、映画界に導くことになる、ココ・シャネルと知り合ったことだった。

    彼は、パリの映画に魅せられた・・・
    エーリッヒ・フォン・シュトロハイムの『結婚行進曲』、ジョゼフ・フォン・スタンバーグの『嘆きの天使』、レゴーシンの『孤帆は白む』などに強い感銘を受けた。
    彼は、早速、撮影機を買って映画作りをはじめた。
    その話を聞いて、ココ・シャネルが、自分の友人でも有る、ジャン・ルノワールを紹介した・・・’36年の夏のこと。
    ルキノは、ルノワールの『ピクニック』の助手を手始めに、『どん底』、『大いなる幻影』の準備も手伝った。
    また、ルノワールとその仲間達は、フランス共産党員であり、ルキノの政治的な開眼にも大きな影響を与えた。
    後に“赤い貴族”と言われる所以である。

    ルノワールがローマでサルドゥーの『トスカ』を映画化しようとした時、ローマのロケ・ハンは、ルキノが案内していたものの、第二次世界大戦で、ルノワールは、フランスに戻る。
    この後を引き継いだものの映画化にはたどり着けなかった。
    この頃、いくつかの脚本を執筆しているが、映画化されていない。
    また、ミラノからローマに移住するが、死ぬまで、故郷のミラノの地に戻ることはなかった。

    映画批評誌“チネマ”誌上で、初めての論文“死体”を発表、旧態依然のイタリア映画界を攻撃し、新しい方向、“リアリズム”の方向性を明確にした。
    この論文は、ルキノ・ヴィスコンティの名前を反体制の若者達の間で、一躍有名にした。
    かねて、ルノワールに薦められていたジェイムス・ケインの『郵便配達は二度ベルを鳴らす』(日本語題名)を脚本化、後に『妄執』(イタリア語原題)と変えられ、映画化された。
    1942年、検閲、カットを強いられる中、完成、公開までたどり着いた・・・これが、彼のデビュー作となる。
    その頃、ムッソリーニが失脚、ドイツ軍がイタリア占領、ルキノの反ファシストとしての闘争が始まる。

    戦後、彼は、演劇の世界に身を置く。
    彼は、数多くのオペラ・演劇の演出を手掛ける。
    もちろん、これらの舞台手法が、彼の映画作品にも、影響を与えていることは、言うまでもない。
    ’54年には、マリア・カラスを主演にしたオペラ「ラ・ヴェスターレ」を演出し、オペラ界への進出も果たした。
    カラスとの友好もここから始まった。
    その後の映画界での活躍は、次に紹介する。
    その中で、彼は、「ルートヴィヒ 神々の黄昏」の撮影が終わり、編集に入る直前の’72年7月27日の夜、ローマのホテルで、心臓血栓の発作に倒れる・・・
    半年の闘病生活の後、編集を終わらせ、公開にこぎ次ぐ。
    彼は、車椅子での生活が始まり、それを気遣った周りの人々が、全てセットで、「家族の肖像」を完成させる。続く、「イノセント」を完成させ、ダビングの最中の1976年3月17日に自分の部屋で、亡くなった・・・

    ルキノ・ヴィスコンティ

    ルキノ・ヴィスコンティ・・・・・
    英知の人、その偉大な仕事によって祖国の、ヨーロッパの、世界の芸術の、映画の、演劇の歴史を30年以上ものあいだ背負った人
    われわれは忘れない
    彼が、レジスタンスでの戦闘的な反ファシストであったことを
    そして、労働階級とその闘争に
    つねに心からの連帯と忠誠を表明し続けたことを・・・・・

    ヴィスコンティの死に際して、ローマ市中の移籍の壁に張り出されたポスター