カテゴリー: 名作

  • 映画『郵便配達は二度ベルを鳴らす』 ヴィスコンティの処女作

    映画『郵便配達は二度ベルを鳴らす』 ヴィスコンティの処女作

    映画『郵便配達は二度ベルを鳴らす』 OSSESSIONE

    ossessione

    ルキノ・ヴィスコンティの生涯についてはこちらから

    ルキノ・ヴィスコンティ -作品と演出- はこちら

    2017年1月上映 2Kデジタル修正版について

    今回上映されたものは、最近発見されたフィルムと現存するフィルムの中で状態の良いものを2Kデジタル化したものを上映。
    残念ながら制作当初に有った140分版ではフィルムの状態が良いものがなく、今回は126分版での公開になったとのこと。

    久々に改めて見ると、現代のドラマ(映画やテレビなど)の愛憎劇の要素が全て含まれているような物語構成が面白かった、因果応報あり、愛情のすれ違いからの憎しみへ。
    一方では、ネオレアリズモとして時代性=イタリアの戦後の貧困も描かれている。

    デジタル修復された映像に関しては、確かに大部分が綺麗に修復されているが、126分版でも全体の映像が汚い部分が散見されるのは残念、戦後のイタリア映画のフィルムの保管状態の悪さは、何となく伝え聞いているがこればかりはデジタル処理でもどうにもならない部分なのか、残念。
    それでも、久々のスクリーンでの鑑賞の機会なので、現状で是非!

    -イタリア・ネオレアリズモの軌跡- 公式サイトはこちら

    『若者のすべて デジタル完全修復版』
    『郵便配達は二度ベルを鳴らす デジタル修復版』 2017年1月7日~
    『揺れる大地 デジタル修復版』 2017年1月21日~

    2016年12月24日(土)より新宿武蔵野館ほか全国順次公開

    ヴィコンティの映画監督デビュー作で完璧な作品

    ヴィスコンティの映画監督デビュー作である。
    それでいて、この完璧さは何だろう!この作品を機に、イタリア映画はリアリズムの道を歩む。
    ヴィスコンティは、原作の持つ犯罪小説と言う趣よりも、男女の欲望を全面に描いている。
    ここにあるのは、その後のヴィスコンティ作品にも現れる、人間の欲望とその行き着く先である。
    妖艶な人妻の誘いに乗り、夫殺しをする男。
    しかしそこには金銭的な二次的な欲望ではなく、愛欲という欲望にどっぷり浸かった男女が、自分たちの生のために、その手段に行き着く姿を美しく、醜く描ききる。
    この映画には途中、男を浄化してくれる踊り子の女性が現れるが、結局、男にとってそれも欲望の対象でしか終わらない。

    ossessione-650x250

    ヴィスコンティの目は、常に人間の真実、その奥底に有る欲望を描写する事に焦点が合っている。
    二人が愛を深めれば深めるほど、その欲望の罠にはまっていく。
    それが良いとか、悪いとか、と言う倫理観ではなく、そこにはそれしか存在していかない。
    愛した女性がたまたま、夫のいる女性であったに過ぎないのだ。
    それは定まった仕事を持てない男の貧しさが生む悲劇とも言えるし、また安定した生活を求めたために結婚を選んだ女の貧しさの悲劇とも言える。
    そう、金銭面の貧しさが、心の貧しさとも結びついている。

    マッシモ・ジロッティ(主人公ジーノ役)の鍛えられた筋肉質の身体と、細く美しいクララ・カラマイ(主人公で人妻ジョヴァンナ役)の身体。
    この二つの肉体を選ぶところから、ヴィスコンティの演出は始まっている。
    そう、お互いを誘惑する二つの要素を見事に表している。
    それは力強さと優美さ。
    この世の尊いものが、互いに共鳴し有ったときに、欲望が渦巻き、悲劇への道をたどる。

    この映画では、白黒の陰影とラストの立ちこめる霧の描写が、美しいまでに焼き付く。
    ヴィスコンティは、デビュー作から既に完成しているのである。

     

    映画『郵便配達は二度ベルを鳴らす』 のデータ

    郵便配達は二度ベルを鳴らす DVD — Amazonで見る

    製作年度:1942 年
    製作国:伊
    上映時間:143分(140分とも)

    監督■ルキノ・ヴィスコンティ
    製作■リベーロ・ソラローリ
    原作■ジェームズ・M・ケイン
    脚本■ルキノ・ヴィスコンティ/マリオ・アリカータ/ジュゼッペ・デ・サンティス/ジャンニ・プッチーニ
    撮影■アルド・トンティ/ドメニコ・スカラ
    音楽■ジュゼッペ・ロザーティ
    指揮■フェルナンド・プレヴィターリ
    編集■マリオ・セランドレイ
    美術■ジーノ・フランツィ
    衣装■マリア・デ・マッティス
    助監督■ジュゼッペ・デ・サンティス/アントニオ・ピエトランジェリ
    製作会社■ICIローマ
    備考■白黒
    日本初公開■1979年
    1979年5月26日日本公開時:133分
    2017年1月7日日本公開時:126分

    出演■マッシモ・ジロッティ/クララ・カラマイ/ジュアン・デ・ランダ/ディーア・クリスティアーニ/エリオ・マルクッツォ/ヴィットリオ・ドゥーゼ/ミケーレ・リッカルディーニ

    【解説】
     戦中の、しかもイタリアでのジェームズ・M・ケインのインモラルな犯罪小説の映画化は、より濃密な男女の欲望の彷徨を描いている。
    ネオレアリスモの先駆と言うよりも、その後のアントニオーニやベルトリッチの到来を予感させるような、ヴィスコンティの驚くべき処女作である。
    舞台はカリフォルニアから北イタリアのポー河沿いということになり、登場人物の名もそれぞれイタリア風に改められているが、物語の骨子は原作や後のハリウッドでの映画化作品とも変わらない。
    ただ、もっとむせ返るような官能に包まれて、不倫カップルの、夫殺しのサスペンスより、ただそうせねば愛を貫けない息詰まる情愛を丹念につづっている。
    陰影の強い黒白画面に呑まれそうだ。(映画データベース – allcinema より)

    製作から37年を経て日本で初公開された、ヴィスコンティの処女作。
    映画の原題は『妄執』 。
    ジェームズ・M・ケインのこの原作は、 本作品を含めて4回の映画をされている。
    ’39年ピエール・シュナール監督でフェルナン・グラペ&コリ ンヌ・リュシエールの仏作品、
    米で’46年にテイ・ガーネット監督がジ ョン・ガーフィールド&ラナ・ターナー、
    ’81年にはボブ・ラファエル ソン監督がジャック・ニコルソン&ジェシカ・ラングで。

  • ルキノ・ヴィスコンティ -作品と演出-

    ルキノ・ヴィスコンティ -作品と演出-

    ルキノ・ヴィスコンティ作品総評

    ルキノ・ヴィスコンティの生涯についてはこちらから

    visconti05

    私の好きな作品を挙げるとしたら、やはり最後の5作品。
    特に『ルートヴィヒ 神々の黄昏』と『家族の肖像』に関しては、文句の付けようが無い。
    世間では『ベニスに死す』の評価が一番高いと言われていて、私も異存はない。
    滅びの美学とそのディテイルの重要性からすると、様式美の有る『ルートヴィヒ 神々の黄昏』と『家族の肖像』を選びたい。
    では、この2作品では、どちらが好きなのか?これは難しい問題。
    完成度の点では、ヴィスコンティ作品中一番なのが『家族の肖像』であることは間違いない。
    但し、この作品には、どうしても部屋の中のみで撮影された事と、その完成度故に私は閉塞感を感じてしまう。
    その点、冗長な点も在るものの、作品の中に雄大さやロマンも秘めた『ルートヴィヒ 神々の黄昏』の方が好きとも言える。

    ヴィスコンティの作品のどれか?選ぶ事自体、愚かしいことなのかも...
    最近では『ベニスに死す』に対して再評価しているけど。

    彼の作品は『山猫』を境に、2つの時代に分かれる。
    デビュー作『郵便配達は二度ベルを鳴らす』から『若者のすべて』(『ボッカチオ』は、オムニバスのため、この対象にはならないと思う)までは、ネオ・リアリズムの旗手としてリアリズムを追求した映像に賛美が集められた。
    確かに『若者のすべて』のロッコは印象的であり、そこで起きることはそれまでの劇画的な娯楽としての映画とは、一線を画した作品となっていた。
    それは『郵便配達は二度ベルを鳴らす』、『揺れる大地』から一貫した作風とも言えた。
    それが『山猫』を境にして、リアリズムにメロドラマ的な要素がふんだんに盛り込まれることになる。

    当時のイタリアや世界の映画評論家の間では、その変貌に戸惑い、ヴィスコンティの映画作家としての末期に来ていることを口を揃えて言っていた。
    当然、私自身、その当時のことは知らないが。

    映画『山猫』 4K修復版【Blu-ray】 [ バート・ランカスター ]

    私が、ヴィスコンティに深い畏敬と尊敬の念を抱いたのは、やはり後期の作品を見てからである。逆に後期の作品を観て、そのルーツの前期の作品を観たというのが正解だろう。

    果たして、ヴィスコンティの作品は、難解である・・・具体的に、何が面白いのか?と、聞かれても応えることは難しいと今でも思う。
    最初に観たときの印象は、非常に重苦しく難解なのだが、なぜか心の中に残るものが有り、頭の中でストーリーを再度、トレースしてしまう・・・そんな感じだった。
    何が、そうさせるのか?ヴィスコンティ本人自らも、言うように・・・「滅び行くもの達を描く方が、楽しくしかも難しい・・・だから、敢えて描く対象にしているのだと・・・」
    ある人は、ヴィスコンティの作品の中に“腐敗”を観ている・・・私は何を観ているか?、そう、そこに有るものは、人間の“欲望”だと思っている。
    これは『家族の肖像』を観ている時に強く感じたことだった。
    確かに、ヴィスコンティの作品の中には、自らの出生(と言うか地位)から来る、旧時代の滅びの美学というものも色濃く感じられる。
    また、その芸術性として背景に有るものが主題を飲み込む・・・とも言う。
    例えば『家族の肖像』の部屋自体が物語の中心であり、ディテイルが俳優達を超越して自己表現しているとも言えよう。
    もちろん『ルートヴィヒ 神々の黄昏』の城の内装も同様に・・・
    しかし、それは、あくまで映画の一部。
    “腐敗”と“欲望”は、同義語かもしれない・・・。それは、“若くありたい・・・”、“今の栄華を継続したい・・・”と思う気持ちと、新しい欲求とのぶつかり合い・・・その中で古いものが切り捨てられていく。
    ヴィスコンティの作品の中では、常にこれが描かれている。
    ディテイルを細部に至るまで、丹念に再現される・・・そこには、前期の作品以上に色濃く出ている。ではメロドラマ的要素とは・・・それは単なる表現手法の一つでしかない!または、ヴィスコンティの内なる’20年代への回帰が、そう見せるのかもしれない。
    『地獄に墜ちた勇者ども』でのナチスも人間の内なる欲望の一部であり『ルートヴィヒ 神々の黄昏』での美しい城達やワグナーの音楽も欲望がもたらした、怪物なのである。
    もちろん『イノセント』の男の欲望もしかり『家族の肖像』の家族の団欒もしかりである。

    ヴィスコンティの作品を観ると言うことは、自分の内なる欲望をスクリーン上で見せ付けられ、しかもそれが破滅へと向かっている様を魅せつけられるのである。
    ヴィスコンティのリアリティ、それはスクリーン上に見事に総てを出し尽くし、その中で内なるものも吐き出してしまう(フェリーニは、架空の世界にリアリティを再現させているところが、ヴィスコンティと大きく違う、お互いに犬猿の仲でもある)。visconti06

    ヴィスコンティの中には、ファシズムとの闘争、コミュニティへの傾倒・・・そして挫折。
    そこに見たものは、人間の内なるものだったのでは・・・
    芸術も、思想も、人間の内なるものなのである。

    彼の長い生涯のうち、残した作品は、わずか20本足らず、しかし晩年までその情熱と才能が、尽きることはなかった。

    ルキノ・ヴィスコンティ演出術

    優秀な監督は、常に俳優を際立たせる術を持っている・・・ヴィスコンティもその一人。
    彼の作品に出た俳優は、常に最高の演技を魅せてくれる。
    他の作品とは別人のようでもある。
    彼の映画作りの最も重要な要素の一つとして、撮影前のリハーサルが有る。
    主役クラスの俳優を集めて行われるが、この期間が他の監督とは比べようもなく長い時間を掛けて行われる。
    ここで彼らの演技の殆どが決まっていると言っても過言ではない。
    撮影に入る時には、既に俳優が役を作り上げているのである。

    ヴィスコンティの一番のお気に入りは、やはりアラン・ドロンと言えよう。
    彼は映画『太陽にいっぱい』で、素晴らしい演技を魅せてくれた。
    しかし『若者のすべて』や『山猫』では、それ以上のものが有った。
    『若者のすべて』のロッコは、ドロンにとって最高の役柄であり演技であったと思える。
    またヴィスコンティは『異邦人』や『イノセント』に於いても、アラン・ドロンを主演にしたかったようだが、これはドロンが人気スターになっていたことも有り実現しなかった。

    初期の頃、ヴィスコンティが好んで使った俳優にマルチェロ・マストロヤンニがいる。
    彼はセミ・プロの舞台に立っていた頃に、ヴィスコンティに認められてローマの舞台に立った経緯が有る。
    ヴィスコンティの作品では『白夜』、『異邦人』に主演している。
    が、彼にとってはヴィスコンティの作品では、今一つの出来であった。
    マストロヤンニ自体は、二枚目からコメディの三枚目までこなす、幅広い演技の持ち主であったが、彼本来の持つ素養が“明るすぎる”ため、ヴィスコンティの映画のディテイルと相反してしまっていたのだろう。(一方で、フェリーニ作品では光り輝いていた)
    『異邦人』の後に「プッチーニ伝」に出演する話も有ったが、こちらの作品は企画が流れて実現することはなかった。visconti07

    ヴィスコンティは、彼の映画を見事に表現する俳優に出会う。
    その俳優の名前はヘルムート・バーガー。
    彼は、ヴィスコンティのババリア三部作のうち『地獄に堕ちた勇者ども』、『ルートヴィヒ 神々の黄昏』の二作品に主演し、続いて『家族の肖像』にも重要な役として出ている。
    彼は、その美しさ以上に妖艶という言葉、狂気と薄気味悪さを醸し出している。
    バーガーの資質もヴィスコンティに引き出され、上記の作品の中に息づいた。
    それ以外の彼は、過去の栄光にしがみつくだけと言えよう。

    映画『ルートヴィヒ』 デジタル修復版 [Blu-ray]

    『家族の肖像』では、アメリカ人で既にハリウッドでも成功を収めたバート・ランカスターを主演に据えた。
    これは彼の俳優としての能力(既に『山猫』でも実証済み)を認めた、ヴィスコンティの要望でも有る。
    この作品では、主役の教授にヨーロッパからアメリカに渡った、学者や芸術家の特徴を出したかった意図が有るように思われる。
    その時にランカスターの知的な雰囲気と、そしてアメリカとヨーロッパの雰囲気を併せ持つ彼を必要としたのだろう。

    ヴィスコンティの映画の中の女性像は、彼の母親の姿が色濃く反映される。
    それは強く自立した、そして美しい女性像でも有る。
    当然、貴婦人としての資質が求められる。
    『夏の嵐』で、期待以上の演技を魅せたアリーダ・ヴァッリや『地獄に堕ちた勇者ども』のイングリット・チューリン、『ベニスに死す』と『家族の肖像』のシルヴァーナ・マンガーノらは、ヴィスコンティの母、ドンナ・カルラを思わせ、そこには威厳に満ちた美しさを感じさせた。
    それにしてもヴィスコンティの配役は妙である。
    単に演じる配役に相応しいキャラクターを世界中から集めてくる。
    キャリアや国籍は、そこには存在しない・・・。
    シルヴァーナ・マンガーノにしても映画『にがい米』での野性的グラマー女優として世界を一世風靡した。
    ドイツ・ポルノのヒロインだったラウラ・アントネッリを貴婦人に仕立てた。
    マリア・シェルやロミー・シュナイダーにしても、既に地位を持っていたにも関わらず、それまでの作品の役柄とは全く異なった役で一段と輝いてみせた。
    ヴィスコンティの描く女性の中で、貴婦人と対象をなす庶民の女性も見事に描ききっている。
    代表的な例が『山猫』、『熊座の淡き星影』のクラウディア・カルディナーレである。
    未だ大女優と呼べない彼女をこの2作品で見事に開花させてみせた。
    元々彼女に有る、庶民的な親しみ易さの他に、重みの有るそして獣的な美しさを引き出して見せてくれた。

    ヴィスコンティは『夏の嵐』では、イングリット・バーグマンとマーロン・ブランドで行く予定で有った。
    バーグマンに関しては、夫のロッセリーニの反対により、ブランドは既にハリウッドでの地位が有り映画会社などの反対により実現しなかった。
    ただバーグマンの代役のヴァッリの熱演のお陰で救われた部分も有るが・・・。
    ヴィスコンティは言う「私は俳優の個性をそのまま生かしながら登場人物を描き、掘り下げて行く」と・・・。

    ドイツ三部作「地獄へ堕ちた勇者ども」から
    遺作「イノセント」まで

    新宿シネマ・カリテ(2016年7月改装中の新宿武蔵野館)にて、ヴィスコンティ特集が開催された(1999年4月)。
    上映されたのは『ルートヴィヒ(復元完全版)』、『イノセント』、『ベニスに死す』、『家族の肖像』、『地獄に堕ちた勇者ども』 の5作品(上映順)で有る。
    この作品は、ヴィスコンティの最後の5作品で、製作順に並べると『地獄に堕ちた勇者ども』→『ベニスに死す』→『ルートヴィヒ(復元完全版)』→『家族の肖像』→『イノセント』となる。
    『地獄に堕ちた勇者ども』から『ルートヴィヒ(復元完全版)』の3作品はゲルマニア三部作(もしくはドイツ三部作)と呼ばれるもので、『イノセント』は言うまでもなくヴィスコンティ最後の作品、遺作である。

    ヴィスコンティは『郵便配達は二度ベルを鳴らす』(’42)で映画監督としてデビューするが、当時の評価としては、イタリアのネオ・リアリズモの旗手として注目されている。
    その次の作品『揺れる大地』で決定的となる。
    が、『夏の嵐』では、オペラの表現手段を大胆に映画に取り入れること、そしてイタリア統一戦争を背景とした政治的意図を挿入すると言った、後の作品への移行が見られる。

    ヴィスコンティの作品には、ある種の頽廃が常に描かれている。
    その頽廃と政治的意図の結合が初めてなされたのが、ゲルマニア三部作の第一作『地獄に堕ちた勇者ども』で有る。
    製作年度の時系列で見ると『地獄に堕ちた勇者ども』から『家族の肖像』までの作品は、明らかに政治的なものが強く作品の中に見ることが出来る。
    当然、検閲に依って変更を余儀なくされた『夏の嵐』やイタリア統一戦争を描いた『山猫』に於いても政治的な描き込みもされているが、それよりもむしろ、ある階級の世代的な衰退を描いてるに過ぎない。
    これらの作品は、後のヴィスコンティ作品の序章に過ぎないとも言える。visconti08

    上記に書いた(『地獄に堕ちた勇者ども』から『家族の肖像』)4作品は、以前観た時の印象よりも政治的な意味合いを作品の中に見ることが出来た。
    これは以前観たときよりも、観る側(私)の中で政治への関心や知識が増えた事によるものと思われる。
    ヴィスコンティは、言うまでもなくイタリアの貴族階級出身の人物である。
    後にファシストに対するレジスタンス活動などから“赤い貴族”と呼ばれることになる。
    しかしイタリア貴族と言いながらも彼の出身は北部であり、彼の家系の歴史の大半はオーストリア帝国に支配されていた時代のものである。
    その事は、彼にドイツへの関心を駆り立たせる要因であることは間違いないだろう。

    『地獄に堕ちた勇者ども』は1969年の作品である。
    ヴィスコンティは、もっと早く作られるべき作品と言っている。
    何故、この作品がこれ程までに遅く出来上がったか...
    これは個人的な推測でしかないが、ゲルマニア三部作の根底にあるのは、ゲーテから始まるロマン主義、それはトーマス・マン、ニーチェ、ワグナーへと繋がるロマン主義と民族主義の統合、その結実した姿のナチズム、この経緯をヴィスコンティの中で、確固たる思想体系にする事に時間を要したのではないだろうか?
    『地獄に堕ちた勇者ども』では、ナチズムそのものを描こうとしている。
    そのナチズムとは何か?『地獄に堕ちた勇者ども』では、これを見事に描いてみせた。visconti10


    『地獄に堕ちた勇者ども』
    から時代は遡って、『ベニスに死す』が、この後、製作される。
    ドイツの精神的な表現者だったトーマス・マンの小説の映画化である。
    作品そのもののテーマは“美”そのものである。
    しかし、そこにあるものは間違いなく“美”が持つ悪魔的なものを描き、それが第一次世界大戦前夜の時代性を内在させている。
    この事自体を映画そのものから読み取る事は、私や(ヨーロッパの専門的な知識を持たない)日本人には不可能かもしれないが...。
    『ベニスに死す』はトーマス・マンの小説であるが映画『ベニスに死す』は、トーマス・マン自身やマーラー、そしてワグナー等のロマン主義派の自在する人物を、戯画化して映画に投影させている。
    それはドイツの精神的な変遷を描いているとも言える。visconti09

    そして、更に時代は遡り『ルートヴィヒ(復元完全版)』が製作される。ルートヴィヒが社会に否定され、プロイセン(後のドイツ帝国)に吸収される事は、それまでのドイツ文化の崩壊を示す。
    そこに描かれる政治的な意味合いは、ある階級が時代から取り残され、崩壊していくこと以上に、ルートヴィヒが愛した文化的なものが、時代によって、もちろんそれはドイツと言う枠の中で否定されていく課程が描かれる。
    ルートヴィヒのバイエルン王国の首都はミュンヘンである。
    バイエルン王国の崩壊は、後に民族主義の温床となり、更に伝統的なロマン主義との結合が容易い地となり、ナチスの発祥の地となる。
    そのきっかけがルートヴィヒの死であり、バイエルン王国のドイツ帝国への統合であった。

    ヴィスコンティがゲルマニア三部作で退廃的とも言える、芸術とそれに溺れ行く人々を描いたのは、それ自体が時代性であったとも言える。
    ヴィスコンティが描く、美しい世界が魅力であれば有るほど、そしてそれに魅了されることは、悪魔との契約とも言える。
    ヴィスコンティは『ルートヴィヒ(復元完全版)』の撮影終了後、過労のため倒れる。
    性も根も尽き果てた、彼が映画と言う枠を超えて描きたかった世界を描ききった、その終焉を示すように...visconti11

    『家族の肖像』は、映画自体が製作された1974年に近い時代の事を描いているように思われる。
    この作品でも、政治的な意図が散りばめられる。
    共産主義とブルジョワ的資本主義で有る。
    主人公の教授は人間関係からの逃避、と同時に人間関係が生む、思想的な対立からの逃避がそこには見受けられる。
    ただヴィスコンティが、この作品で政治的意図をどこまで盛り込んだかは少し疑問が残る。
    ここでは以前のヴィスコンティ作品のような、人間の内面的な描写“欲望”と言うものを描いている。


    『イノセント』
    に於いては、ヴィスコンティの遺作であるこの作品で、今までの彼の作品以上に瑞々しく美しい作品となった。
    描かれているのは、嬰児殺しで有り“愛”と“独占欲”と言う“欲望”で有る。
    そこには政治的な意図は薄く、むしろ人間そのものを、美しい映像と甘美な音楽で描いている。
    ヴィスコンティ自身も死が近づき、政治的なものから解放され、もっと身近なものに固執したのではないだろうか?visconti12

    ヴィスコンティの作品を語るとき、ヴィスコンティ自身を含め、ホモセクシャル的な表現が随所に見ることが出来る。
    が、以前観たときよりも、その印象は確実に薄らいでいる。
    それは私の居る現代が、性的な事においてより解放されているからかもしれない。
    それは10年前と比べても進歩?している。
    個々の作品で見た場合、『地獄に堕ちた勇者ども』の突撃隊暗殺の“長いナイフの夜”事件(突撃隊の歌「われらは長きナイフを磨かん」からとった、1934年6月30日のヒトラーの親衛隊による突撃隊粛正の事件を言う)で、ヴィスコンティはその物語とは違うも話として、挿入しているような錯覚に陥らせる作りをしている。
    ここでは突撃隊のメンバーが男色に走り、そこを襲撃されて破滅していく。
    この男色の表現は、決してヴィスコンティの趣味だけで描かれたものではない。
    この時代に男色は肯定されていたものであり、美徳として容認されていたからだ。
    事実、突撃隊では男性の同性愛的要素によって団結の絆を強めていた。
    ナチズム運動の中にも、同性愛的要素が見受けられた。
    これはドイツの民族主義、ロマン主義の恥部であり、ヒトラーはそれを自ら取り除くことで、突撃隊を否定する口実とした。
    また『ベニスに死す』で、音楽家アッシェンバッハが美少年を追い回す事が、ホモセクシャル的ニュアンスを含むとしているが、これに於いても少年自体に対する性的欲求と言うよりも、“美”の象徴として描かれている、と私は解釈している。
    ただ娼婦のシーンの回想と重ね合わせる時、美の追求と堕落として、その先に存在するものが性的なもので有る、これも決して間違いではない。そう、この美少年こそが悪魔なのである。
    『ルートヴィヒ(復元完全版)』に於ける男色のシーンは、ルートヴィヒ自体が男色で有ることが、歴史的な事実として有る以上、作品の中には性的なもの以上のものを、ヴィスコンティは描こうとしている。
    『家族の肖像』においては、教授とコンラッドの関係において男色的な意図を読み取るのは、少し無理が有るように思われる。
    むしろ親子の愛情に近いものを感じる。
    『イノセント』に於いて、主人公が妻の不倫相手の裸を見つめるシーンを持って男色的な意図とするのも、同様に無理が有る。
    これは男女の関係に於ける性的能力を比較したいと言う、男性の屈折した心情の現れだろう。
    19世紀から20世紀初頭にかけて、同性愛はある種の美徳を持っていた(いや、それ以前からかも?いや今でも?)。
    芸術に於いて、文化に於いて、女性は男性を誘惑しその活動する能力を奪う存在で有る、乱暴だろうか?...そう言った考え方が有ったとしてもおかしくはないのではないか?

    イタリア映画界の巨匠と言えば、ヴィスコンティと並び称されるフェデリコ・フェリーニの存在が有る。
    もちろん、ビットリオ・デ・シーカやロベルト・ロッセリーニと言った存在も有るが...。
    フェリーニは市民の出で有り、そこに描かれる世界は市民の生活の場で有る。
    一方、ヴィスコンティのは貴族出身であり、そこに描かれるのは(初期の作品は別にして)有る一定階級の人々である。
    貴族的なもの、それは描かれている背景そのものより、描く際の視点がフェリーニやその他の監督達と違うのである。
    そこにはヴィスコンティ自身が貴族であることの奢りは見ることは出来ない。
    映画を観てヴィスコンティが貴族であることが判るのは、その調度品、大道具、小道具の使い方の手慣れた部分だけである。

    ヴィスコンティの最後の5作品の最大の特徴は、甘美であり、退廃的である。
    その両方が常に存在している。
    そこに有るものが政治的なものであったとしても、人間の内在するものであったとしても、ヴィスコンティの描く世界が、魅力的であればあるほど、そこには(悪魔的)堕落があると言える。

    改めて、映画館の大画面(当時のシネマ・カリテの画面は、実際それ程大きくないが)と大音響の中で、酔いしれてしまうのは、ヴィスコンティの世界の深さと広さに有る。

    ルキノ・ヴィスコンティの生涯についてはこちらから

  • イタリアの巨匠  ルキノ・ヴィスコンティの生涯、バイセクシャルが描く表裏の世界

    イタリアの巨匠 ルキノ・ヴィスコンティの生涯、バイセクシャルが描く表裏の世界

    イタリアの映画界の至宝

    ルキノ・ヴィスコンティ

    彼はイタリアの映画界の至宝で有ると同時に、ヨーロッパ文化の至宝でも有った...
    彼は、自分の出生でもある貴族階級と、新しい時代の狭間にあり、その苦悩と、そして官能を、映像の中に描き続けた。

    ヴィスコンティ自身がバイセクシャルであり、フランコ・ゼフィレッリやマルチェロ・マストロヤンニ、アラン・ドロン、そしてヘルムート・バーガーを愛した。
    本人は若い頃からの美男子で、彼を見出したのはパリ社交界の花・ココ・シャネルであるから、女性からも相当モテたことも想像できる。
    また貴族の出自で、イタリアのリゾート地コモ湖畔にも城を持つほどでありながら、一時期は共産主義に傾倒していく経歴を持つ。

    ヴィスコンティ自身は、男と女、富と貧しさ、そして美と醜さの両面を見つめ、そして映画に昇華させた監督であった。
    貴族としての血と共産主義者として独裁政治と戦う情熱と言う、真逆とも言える行動が、男女を超えた美への執着なのかもしれない。

    ルキノ・ヴィスコンティ -作品と演出- はこちら

    そして・・・

    ヴィスコンティ生誕110年 没後40年メモリアル、第二弾!

    -イタリア・ネオレアリズモの軌跡- 公式サイトはこちら

    『若者のすべて デジタル完全修復版』 上映中 ← 上映終了
    『郵便配達は二度ベルを鳴らす デジタル修復版』 2017年1月7日~ ← 上映終了
    『揺れる大地 デジタル修復版』 2017年1月21日~ ← 上映終了

    2016年12月24日(土)より新宿武蔵野館ほか全国順次公開

    私にとってのルキノ・ヴィスコンティ

    Luchino Visconti
    彼の作品は、何かを訴えかけてくる。
    まず、その映像に圧倒される。内容は判るが、彼が何をこの映画で語ろうとしているのかが、その場ですぐは判らない。
    でも、観た後の何とも言えない、身体の中をえぐられるような感覚は、彼の作品ならではのものでもある。
    ここでは、少しでも、彼の作品で何を伝えたかったのか?を解明したいと思う・・・

    ルキノ・ヴィスコンティ 基本情報

    ルキノ・ヴィスコンティ Luchino Visconti

    1906年11月2日イタリア ミラノ生まれ-1976年3月17日イタリア ローマ没 享年69歳

    イタリアの映画監督、脚本家、舞台演出家、貴族(伯爵)

    日本国内で販売された関連ビデオグラム

    日本国内で販売された関連書籍(作成中)

    日本国内で発売された雑誌(作成中)

    ルキノ・ヴィスコンティの生涯

    ルキノ・ヴィスコンティの経歴

    彼の祖先は、イタリア国王家以上に古く、イタリア・ルネッサンスの歴史にも深く関わっている。
    八世紀から始まり、十二世紀になると、ヴィスコンティ一族の名が、ミラノを中心とした地域に散見されるようになる。
    ヴィスコンテとは、イタリア語で子爵で有り、複数形のヴィスコンティがそのまま家名となった。
    1800年代に侯爵の称号を譲られ、更に、オーストラリア行程に承認され、今日までに至っている。
    ルキノの母方の祖父ルイジは、大作曲家ヴェルディの親友であり、本人もまた、優れた音楽家でもあった。
    ルキノの父ジュゼッペは、コモ湖にある別荘で、ルキノの母、カルラと出会い、1900年に結構する。
    カルラは、ミラノ社交界随一の美女であり、類い希な知性の持ち主でも有った。
    その中で彼、ルキノは誕生する。1906年11月2日のことである。

    Luchino Visconti

    当然の如く、彼への教育は、典型的な貴族のそのものであった。 20歳になる頃は、乗馬に熱を上げ、騎兵教育を受けている。
    同時期に父侯爵がミラノ芸術演劇座を興している。ルキノと演劇との関わりが、ここから始まる。
    そして、彼にとって一つの転機が訪れる。
    それは、イギリスを旅行し、パリに訪れたときである。
    パリで、上流社交界に顔を出したルキノは、劇作家アンリ・ベルンスタイン、詩人ジャン・コクトー、舞踏家セルジュ・リファール、作曲家クルト・ヴァイルなどの文化人と知り合うが、もっと重要なことは、彼を後に、映画界に導くことになる、ココ・シャネルと知り合ったことだった。

    彼は、パリの映画に魅せられた・・・
    エーリッヒ・フォン・シュトロハイムの『結婚行進曲』、ジョゼフ・フォン・スタンバーグの『嘆きの天使』、レゴーシンの『孤帆は白む』などに強い感銘を受けた。
    彼は、早速、撮影機を買って映画作りをはじめた。
    その話を聞いて、ココ・シャネルが、自分の友人でも有る、ジャン・ルノワールを紹介した・・・’36年の夏のこと。
    ルキノは、ルノワールの『ピクニック』の助手を手始めに、『どん底』、『大いなる幻影』の準備も手伝った。
    また、ルノワールとその仲間達は、フランス共産党員であり、ルキノの政治的な開眼にも大きな影響を与えた。
    後に“赤い貴族”と言われる所以である。

    ルノワールがローマでサルドゥーの『トスカ』を映画化しようとした時、ローマのロケ・ハンは、ルキノが案内していたものの、第二次世界大戦で、ルノワールは、フランスに戻る。
    この後を引き継いだものの映画化にはたどり着けなかった。
    この頃、いくつかの脚本を執筆しているが、映画化されていない。
    また、ミラノからローマに移住するが、死ぬまで、故郷のミラノの地に戻ることはなかった。

    映画批評誌“チネマ”誌上で、初めての論文“死体”を発表、旧態依然のイタリア映画界を攻撃し、新しい方向、“リアリズム”の方向性を明確にした。
    この論文は、ルキノ・ヴィスコンティの名前を反体制の若者達の間で、一躍有名にした。
    かねて、ルノワールに薦められていたジェイムス・ケインの『郵便配達は二度ベルを鳴らす』(日本語題名)を脚本化、後に『妄執』(イタリア語原題)と変えられ、映画化された。
    1942年、検閲、カットを強いられる中、完成、公開までたどり着いた・・・これが、彼のデビュー作となる。
    その頃、ムッソリーニが失脚、ドイツ軍がイタリア占領、ルキノの反ファシストとしての闘争が始まる。

    戦後、彼は、演劇の世界に身を置く。
    彼は、数多くのオペラ・演劇の演出を手掛ける。
    もちろん、これらの舞台手法が、彼の映画作品にも、影響を与えていることは、言うまでもない。
    ’54年には、マリア・カラスを主演にしたオペラ「ラ・ヴェスターレ」を演出し、オペラ界への進出も果たした。
    カラスとの友好もここから始まった。
    その後の映画界での活躍は、次に紹介する。
    その中で、彼は、「ルートヴィヒ 神々の黄昏」の撮影が終わり、編集に入る直前の’72年7月27日の夜、ローマのホテルで、心臓血栓の発作に倒れる・・・
    半年の闘病生活の後、編集を終わらせ、公開にこぎ次ぐ。
    彼は、車椅子での生活が始まり、それを気遣った周りの人々が、全てセットで、「家族の肖像」を完成させる。続く、「イノセント」を完成させ、ダビングの最中の1976年3月17日に自分の部屋で、亡くなった・・・

    ルキノ・ヴィスコンティ

    ルキノ・ヴィスコンティ・・・・・
    英知の人、その偉大な仕事によって祖国の、ヨーロッパの、世界の芸術の、映画の、演劇の歴史を30年以上ものあいだ背負った人
    われわれは忘れない
    彼が、レジスタンスでの戦闘的な反ファシストであったことを
    そして、労働階級とその闘争に
    つねに心からの連帯と忠誠を表明し続けたことを・・・・・

    ヴィスコンティの死に際して、ローマ市中の移籍の壁に張り出されたポスター

  • 映画『グッド・ウィル・ハンティング / 旅立ち』 人生の選択をする時に見たい傑作

    映画『グッド・ウィル・ハンティング / 旅立ち』 人生の選択をする時に見たい傑作

    映画『 グッド・ウィル・ハンティング / 旅立ち』

    GOOD WILL HUNTING

    GOOD WILL HUNTING 127分 アメリカ 1997年

    あなたに会えて、 ほんとうによかった。

    グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち (字幕版) — Amazonで見る

    現在、アマゾン・プライムでもご覧いただけます

    グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち — Amazonで見る

    脚本の素晴らしさが圧倒的!

    自分がこの先、どこへ向ったら良いか迷っている人に、人生の選択に必要なものは?と言うのを気付かせてくれる作品です、青春映画の傑作。

    当時、未だ無名な二人の若者、ベン・アフレックとマット・デイモンが脚本を書いて(しかも初めての映画化!)、『ドラッグストア・カウボーイ』で長編映画デビューしたガス・ヴァン・サント監督が映画化、主演は脚本を書いたマット・デイモン自ら演じ、助演には今は亡きロビン・ウィリアムズ(2014年没)が出ています。
    ロビン・ウィリアムズはこの作品でアカデミー賞助演男優賞を受賞しています。

    アメリカから良質の青春映画が生まれた、なんと言ってもベン・アフレックとマット・デイモンの脚本が素晴らしいし、ガス・ヴァン・サント監督の演出も良い、若手のマット・デイモンの演技を受け止めたロビン・ウィリアムズの演技も素晴らしかった。

    物語は、貧乏な青年が肩肘を張って周りの人を拒絶して、幼なじみたちとだけつるむ、一見、どこにでも有りそうな内容で、また彼には暗い過去も存在する、これもありきたりな気がする。
    しかしその主人公は天才的な数学的才能を持ち、その才能を見つけた教授も手に負えず、彼を救うべく人間味溢れた精神科医が現れる。
    テーマやモチーフも優れているし、こんな物語を思いついたのも凄いと。

    これだけ面白く感じられたのは、本物の若者(出演者でも有るマット・デイモンとベン・アフレック)が脚本を書いたからであろう。
    彼らの才能はもちろんだが、等身大の若者がそこに描かれているからこそ、変な飾り気が無くて良い。
    もちろん、主人公のウィルを過去のトラウマから解き放つ大人達の悩みも描かれている。
    しかし、その話自体とは良い距離を置いて描かれている、そこにしつこく感動を求める節もない。

    この脚本の凄さは伏線の張り方が素晴らしい点、そしてちゃんと回収している。
    セリフが素晴らしいのも有る、だからこんなに感動で泣ける、そして笑える。

    患者のマット・デイモンと医師のロビン・ウィリアムズが、過去に虐待の過去があるマット・デイモンに、常に同じ目線で「君が悪いんじゃない」と言い続けるロビン・ウィリアムズの姿が印象的、離れていた2つの心が静かに近づいていくシーンが感動的!

    この映画の一番の成功は、そこに出てくる人々全ての成長を描いている点。
    当然、主人公のウィルを中心にしていることには間違いないが、それを取り巻く人々が見事に描き出されている。

    ラストは、ウィルが旅立って行く。
    オープニングに、本を読むウィルを親友が迎えに行くと大学構内の清掃の仕事へと繋がる。
    これが後半「なぜ彼は敢えて大学の清掃員になったのか?」と繋がっていく。
    そこで難問を解いて、幼なじみたちとリトルリーグを見るのも、後半への伏線と共に、彼の今の人生を象徴してる。
    オープニングの毎朝迎えに行く日常が、後半「毎日、今日こそはお前がいなくなってるのでは?と楽しみにしている」と言うセリフに繋がっている。
    ラスト近くでベン・アフレックが迎えに行くと、マット・デイモンが旅立った後でいなくなっていると言うシーンに繋がる・・・
    そこには彼が何か目的を見つけた訳ではない、数学の道を捨てて彼女のもとに向かう、と言うエンディングだけど、彼自身、まだまだ若いから彼女を迎えに行ってかも、無限の可能性がそこには有る。
    未来や未知の世界に一歩踏み出す勇気が大切であることを訴えかけてくる。

    ウィルの彼女役のミニー・ドライヴァーは、決して美人とは言えないが、映画の中での彼女の成長ぶりと、次第に可愛らしい女性に変わっていくさまも楽しい。

    アメリカの作品らしい、前向きで清々しい作品になっている。

    私的『グッド・ウィル・ハンティング / 旅立ち』

    テーマが有るか?共感できるか?

    人生に迷った時に青年は何を思うのか、人は何を目指して生きるのか?それを実感できる。

    またこの頃のアメリカの中流白人層が崩壊していることが判る。
    それでも、アメリカにはまだ可能性があるということを暗示して終わる。

    作り手の強い意思を感じるか?

    今やハリウッドにはなくてはならない二人、マット・デイモンとベン・アフレックの実質的なデビュー作にして、脚本でその才能を開花させた作品。
    二人の強い絆=友情を作品から感じ取れる。

    俳優の意思や演技力が伝わるか?

    俳優が作り手でもあり、マット・デイモン、ベン・アフレックが素晴らしい。
    それ以上に演技と言う点で、コメディだけではなくシリアスな役に徹したロビン・ウィリアムズの演技は秀逸。

    映画らしい楽しさが備わっているか?

    一つの街、狭い世界から最後に旅立つシーンを観るだけで映画としての素晴らしさを感じる。

    エンターテイメント性

    天才が実は・・・と言う展開から青春映画として成立している。

    青年の青春だけではなく、成長して心を開いていくのと同様に、カウンセリングしている側も自分の過去の妻の死を乗り越えていく姿と重層的に描いている。

    2時間の枠に織り込んだ物語が素晴らしい。

    演出が素晴らしいか?

    ガス・ヴァン・サント監督の最高傑作の一つ、ナイーブな若者の心情を描かせるとこの監督以上の演出ができる人は少ない。

    この映画の中盤(2時間の作品ちょうど1時間を経過したあたり)に、劇的な心情の変化がある。
    ロビン・ウィリアムズ演じるマクガイヤ先生がウィルを診察するシーン。
    それまでお互いに押し黙っていたが、ウィルが話し始めると、呼応するようにマクガイヤ先生は、亡くなった妻の思い出話をする。
    その時に、カメラがマクガイヤ先生とウィルの表情を交互に写すが、イマジナリーラインを超える。
    「妻が寝ていると自分のオナラで目を覚ます」と言うとウィルが心から笑い始める。

    イマジナリーラインを超えることで、二人の関係が大きく変わったことを映像的に表現している素晴らしい1シーン。

    脚本が素晴らしいか?

    若者二人が書いた脚本が素晴らしい、テーマが一貫していて、しかもモチーフ(天才の青年と精神科医)もユニークで、しかも話が互いに傷つきながらも再生していく、2つのドラマが絡み合っている。
    前半の伏線が見事に後半につながっている。

    この物語の着想は、インドの天才数学者・ラマヌジャンにあるようだ。
    (ラマヌジャンを描いた映画『奇蹟がくれた数式』 『グッド・ウィル・ハンティング』の基になった物語はこちら)
    前半で、手に負えないウィルのカウンセリングを、ランボー博士がマクガイヤ先生に、レストランで依頼をすると言うシーンがある。
    そのシーンで、ウィルを表して彼の天才ぶりは「ラマヌジャン以上だ」と言う。

    前半、ベン・アフレックがマット・デイモンを毎朝迎えに行くが、ラストは迎えに行ってもいない、それは彼が人生の選択をして旅立って行くことの伏線になっている。

    何度も見たくなるか?

    爽やかな青春映画を繊細に描いている、前向きにさせてくれて心に残るものを感じさせてくれる。
    そして、なんと言っても、映画としての演出も脚本も楽しませてくれて、見る度に新しい発見のある映画。

    映画『グッド・ウィル・ハンティング / 旅立ち』のデータ

    グッド・ウィル・ハンティング 旅立ち Blu-ray — Amazonで見る

    監督■ガス・ヴァン・サント
    製作■ローレンス・ベンダー
    脚本■ベン・アフレック/マット・デイモン
    撮影■ジャン=イヴ・エスコフィエ
    コスチュームデザイン■ベアトリックス・アルーナ・パストール
    美術■メリッサ・スチュワート
    編集■ピエトロ・スカリア
    音楽■ダニー・エルフマン
    主題歌■エリオット・スミス
    出演■ロビン・ウィリアムズ/マット・デイモン/ベン・アフレック/ステラン・スカルスガルド/ミニー・ドライヴァー/ケイシー・アフレック/コール・ハウザー/スコット・ウィリアム・ウィンタース

    ■アカデミー賞1997年
    作品賞ノミネート
    主演男優賞ノミネート マット・デイモン
    助演男優賞授賞 ロビン・ウィリアムズ
    助演女優賞ノミネート ミニー・ドライヴァー
    監督賞ノミネート ガス・ヴァン・サント
    脚本賞授賞 マット・デイモン/ベン・アフレック
    主題歌賞ノミネート エリオット・スミス “Miss Misery”
    音楽賞(オリジナルドラマ)ノミネート ダニー・エルフマン
    音楽賞(オリジナル・ミュージカル/コメディ)ノミネート ハンス・ジマー
    編集賞ノミネート ピエトロ・スカリア
    ■ベルリン国際映画祭1998年
    銀熊賞(貢献賞)授賞 マット・デイモン 脚本と演技において
    ■ゴールデン・グローブ1997年
    作品賞(ドラマ) ノミネート
    男優賞(ドラマ)ノミネート マット・デイモン
    助演男優賞ノミネート ロビン・ウィリアムズ
    脚本賞授賞 マット・デイモン/ベン・アフレック
    ■放送映画批評家協会賞1997年
    作品賞ノミネート
    オリジナル脚本賞授賞 マット・デイモン/ベン・アフレック
    ブレイクスルー賞授賞 マット・デイモン

    【解説】
     深い心の傷を負った天才青年と、同じく失意の中にいた精神分析医がお互いにあらたな旅立ちを自覚して成長してゆく姿を描く感動のヒューマン・ドラマ。
     ボストンに住む青年ウィルは、幼い頃から天才ゆえに周囲から孤立していた。だが、彼の才能に気付いた数学教授のランボーは、ウィルに精神分析医のショーンを紹介する。ウィルはショーンにしだいに心を開いてゆくが、彼の才能に気付いた政府機関や大企業が接近してくる。(映画データベース – allcinema より)

  • 映画『リンカーン』 リーダーの孤独と資質を描いたスピルバーグの最高傑作!

    映画『リンカーン』 リーダーの孤独と資質を描いたスピルバーグの最高傑作!

    映画『リンカーン』

    LINCOLN 150分 アメリカ 2012年

    リンカーン

    世界を変えた英雄の<28日間>の物語―

    2013年に映画館で観た映画の中で圧倒的なNo.1でした

    監督はスティーヴン・スピルバーグです、私が周りの人に勧めたら、早速見に行ってくれた人がいましたが、その人の感想は「退屈」でした、確かにスピルバーグ監督作品なのに戦闘シーンもほとんどなく、議会での会話のやり取りばかりです。

    スピルバーグ監督と言えば、今も『JAWS/ジョーズ』を一番の作品に挙げる人もいますし、もちろん大ヒット作『E.T.』も有りますし、その他にも好きな作品がたくさんあります。
    いずれ、監督としてここで取り上げたいと思います。

    スピルバーグ監督の最新作『 ブリッジ・オブ・スパイ』が公開中(2016年1月9日から)です。

    スピルバーグ監督からのアメリカへのメッセージ

    スピルバーグがリンカーン大統領を描くと言えば「人類の平等を訴えた博愛主義的な作品」と思いきや良い意味で予想を裏切ってくれた。
    それは今のアメリカへのスピルバーグ監督からのメッセージだったと思う。

    アメリカには、三権分立の上に成り立つ民主主義が存在する国家、それを成り立たせているのは、国民から選ばれた議員の信条と誠実さの上に成り立っている。
    大統領は行政の長であり、議会に立つことは出来ない、だからこそ大統領としての発する言葉に魂が有る。
    リンカーンが喩え話が好きな人物とは初めて知ったが、政治家の資質である言葉を大切にする事を丁寧に描いている、時にはそれが冗長に感じるのだが。

    人類における正義とは何か!それを成り立たせる仕組みがアメリカには有る、それがアメリカの尊厳で有ると訴えかけてくる。
    史実がそうだったのか?スピルバーグの演出なのかは、私の知識では知るよしも無いのだけど、奴隷解放の議決は、一人ずつ名前を呼ばれて賛否を回答する。
    これはアメリカだけでは無く日本の政治家にも心して欲しいが、後世に政治家が成したことは名前とともに残る。

    当時の政治家は、黒人の男性に参政権を与えると、ゆくゆくは女性にも参政権を与えることになる、そんな事は有り得ないとまで言う。
    今、アメリカでは民主主義の根幹が試されている。
    国民の多数が望んでいる、国民皆保険や銃規制が、党利党略・企業のロビィ活動によって否決されている。
    民主主義の崩壊こそが、アメリカの崩壊なのだから。
    そんな切実なメッセージがスピルバーグから届いたような気がした。

    ダニエル・デイ=ルイスの静かな佇まいと共に、力強さがリンカーンの信念の強さを見事に表現していた。
    ここに政治家に必要な資質を映し出しているようなだった。
    そしてその「言葉」=演説の一つ一つが心に焼き付いた・・・

    面白かったのは、意外と当時は大統領の警護と言うのがほとんど無い。
    リンカーンも気軽に人の家を訪問したりしている。
    まぁ~リンカーンが暗殺されたから、その後は警護ともしっかりするようになったのかもしれない。

    何に感動したのか?聞かれたので、こう答えた。
    政治の世界で、高い目標を達成するために汚いことでも率先して行う姿、だからこその理想の神々しさが有ると。
    そして、その高みに上がるためには孤独がつきまとう、大統領というトップに立つものの孤独の姿をダニエル・デイ=ルイスが見事に演じていた。
    これは、大統領だけではなくても、会社のトップや映画製作のトップに立つ者、何にでもその孤独と日々の積み重ね、それを達成するための高い目標と理想、これが必要だと気づかせてくれる作品。

    リンカーン

    私的『リンカーン』

    テーマが有るか?共感できるか?

    日本ではなかなか理解されづらい部分はあるが、民主主義とは何か?と言う大きなテーマ。
    そしてリーダーの資質とは何か?そこにある孤独に立ち向かうリンカーンを描くことは、真リーダー像が見えてきて心が震える。

    作り手の強い意思を感じるか?

    スピルバーグ監督は、あきらかにオバマ政権への応援歌としてリンカーンを描いた節がある。
    そこには民主主義への危機感があったんだと僕は感じました。
    スピルバーグ監督はメッセージ性の強い作品が意外と多い監督だと判る。

    俳優の意思や演技力が伝わるか?

    ダニエル・デイ=ルイスの演技が圧巻!リーダー像を見事に演じきっていた。
    もちろんリンカーンの実像を知る訳ではないが、魂を感じる演技だった。

    映画らしい楽しさが備わっているか?

    議会の駆け引きが中心の人間ドラマ、それでもリアリティにこだわった映像、強いメッセージ性を感じる作品。

    エンターテイメント性

    個人的には地味とは思わない、人と人との駆け引きが面白い。
    そしてアメリカの民主主義がこれほど解りやすい形で描かれた作品は無かった。

    演出が素晴らしいか?

    スピルバーグ監督はどの作品でもその演出に隙はない。
    このあたりは、クリント・イーストウッド監督など、ベテランの域の仕事だと思う。
    なんと言っても俳優たちの素晴らしい演技を引き出している。

    脚本が素晴らしいか?

    雄弁さと背中から感じさせる部分、脚本と演出の素晴らしさが光る。
    リンカーンの有名な演説「人民の人民による・・・」は出て来ない、それでもリンカーンの話す言葉にメッセージを感じる。

    何度も見たくなるか?

    感動的な物語、リーダーとしての志・姿勢を確認する意味でも、時折に観たい作品。

    映画『リンカーン』のデータ

    リンカーン

    監督■スティーヴン・スピルバーグ
    製作■スティーヴン・スピルバーグ/キャスリーン・ケネディ
    製作総指揮■ダニエル・ルピ/ジェフ・スコール/ジョナサン・キング
    原作■ドリス・カーンズ・グッドウィン 『リンカーン』(中央公論新社刊)
    脚本■トニー・クシュナー
    撮影■ヤヌス・カミンスキー
    プロダクションデザイン■リック・カーター
    衣装デザイン■ジョアンナ・ジョンストン
    編集■マイケル・カーン
    音楽■ジョン・ウィリアムズ
    出演■ダニエル・デイ=ルイス/サリー・フィールド/デヴィッド・ストラザーン/ジョセフ・ゴードン=レヴィット―/ジェームズ・スペイダー/ハル・ホルブルック/トミー・リー・ジョーンズ

    ■アカデミー賞 2012年
    主演男優賞 ダニエル・デイ=ルイス
    美術賞 リック・カーター
    ■全米批評家協会賞 2012年
    主演男優賞 ダニエル・デイ=ルイス
    脚本賞 トニー・クシュナー
    ■NY批評家協会賞 2012年
    男優賞 ダニエル・デイ=ルイス
    助演女優賞 サリー・フィールド
    脚本賞 トニー・クシュナー
    ■ゴールデン・グローブ 2012年
    男優賞(ドラマ) ダニエル・デイ=ルイス
    ■英国アカデミー賞 2012年
    主演男優賞 ダニエル・デイ=ルイス
    ■放送映画批評家協会賞 2012年
    主演男優賞 ダニエル・デイ=ルイス
    脚色賞 トニー・クシュナー
    音楽賞 ジョン・ウィリアムズ

    映画『リンカーン』 ダニエル・デイ=ルイス,スティーヴン・スピルバーグ(監督、製作)

    映画「リンカーン」オフィシャルサイト

    【解説】
     「シンドラーのリスト」「プライベート・ライアン」の巨匠スティーヴン・スピルバーグ監督が、“アメリカ史上最も愛された大統領”エイブラハム・リンカーンの偉大な足跡を映画化した感動の伝記ドラマ。
    国が大きく分断された過酷な状況において、リンカーンはいかにして奴隷解放という大いなる目的を達成するに至ったのか、その知られざる政治の舞台裏を、理想のリーダー像という視点から丁寧に描き出していく。
    主演は本作の演技で「マイ・レフトフット」「ゼア・ウィル・ビー・ブラッド」に続いて、みごと3度目のアカデミー主演男優賞に輝いた名優ダニエル・デイ=ルイス。
    共演はサリー・フィールド、ジョセフ・ゴードン=レヴィット、トミー・リー・ジョーンズ。
     南北戦争末期。国を二分した激しい戦いは既に4年目に入り、戦況は北軍に傾きつつあったが、いまだ多くの若者の血が流れ続けていた。
    再選を果たし、任期2期目を迎えた大統領エイブラハム・リンカーンは、奴隷制度の撤廃を定めた合衆国憲法修正第13条の成立に向け、いよいよ本格的な多数派工作に乗り出す。
    しかし修正案の成立にこだわれば、戦争の終結は先延ばししなければならなくなってしまう。
    一方家庭でも、子どもの死などで心に傷を抱える妻メアリーとの口論は絶えず、正義感あふれる長男ロバートの北軍入隊を、自らの願いとは裏腹に黙って見届けることしかできない歯がゆさにも苦悩を深めていく。そんな中、あらゆる手を尽くして反対派議員の切り崩しに奔走するリンカーンだったが…。(映画データベース –allcinema より)

  • 映画『あん』 「死ぬときぐらい好きにさせてよ」人生の重荷を下ろす映画

    映画『あん』 「死ぬときぐらい好きにさせてよ」人生の重荷を下ろす映画

    映画『あん』

    113分 日本/フランス/ドイツ 2015

    映画『あん』

    やり残したことは、ありませんか?

    2016年正月早々の新聞広告一面に衝撃的な広告が掲載されました

    2012年の第36回日本アカデミー賞の最優秀主演女優賞に輝いた女優の樹木希林さんが、全身を癌に侵されていると公表し話題になりました。

    その樹木希林さんが「生きるのも日常、死んでいくのも日常」とコメントしています。

    宝島社 企業広告 2016

    宝島社2016年30段広告

    相変わらず元気にご活躍中の樹木希林さん。
    昨年(2015年)公開の『あん』でも素晴らしい演技をされてました。

    一方でジャーナリストの竹田圭吾さんが51歳と言う若さで亡くなりました。

    竹田圭吾
    「Mr.サンデー」でも癌を告白されていて、髪の毛は抜けてないのでカツラと言う話もされていました。
    このところ、明らかに痩せてきていたので...と考えると人はいつ死ぬか、何歳で死ぬか判らないものです。
    それでも、死の間際までテレビに出続けていたのは、ジャーナリストとしての本懐だったのでは、と。
    上記の樹木希林さんのコメントが心に刻まれます。

    はじめて河瀨直美監督の作品で好きになりました

    河瀬直美監督作品『あん』です。
    どら焼きの「あん」のことです。

    街の小さなどら焼き屋さんの雇われ店長(永瀬正敏)のところに、ある日、一人の老女(樹木希林)が求人募集を見て働かせて欲しいと言ってくる。

    『あん』ロケ地

    その高齢のため、一度は断る店長だったが、老女が残していった粒あんが絶品だったので老女を雇うことにする、と・・・
    (写真は、どら焼き屋のセットが有ったロケ地です、ちょっと見に行ってきました)

    河瀬直美監督作品は『殯(もがり)の森』以来、見ているのですが、睡魔との格闘が有ったりと苦手な監督になりつつ有りました、前作の『2つ目の窓』も今ひとつピンとこないところが有って。

    そんな中、今作品、感動的でした!
    樹木希林さんの演技が圧巻でした!!もうこれを観るためだけに映画を観て欲しいくらいです。

    人はそれぞれに人生に重荷を背負うことが有ります、どら焼き屋の店長も重荷を背負ってこの場所でなんとなくどら焼きを焼いています。
    樹木希林さん演じる老女は、更に重たいものを背負っているのに、どこか明るく前向き、時折、陰が見え隠れするのですが・・・その演技が凄い、河瀬直美監督は長回しで俳優の演技を引き出しますが、樹木希林さんの独特の間も生きています。

    作品を見終わった時に、その重荷を一つ降ろした開放感がまた大きな感動を与えてくれました。

    国立療養所多磨全生園

    映画の中盤で樹木希林さん演じる老女はハンセン病患者だと言うことが判る。
    不当な差別を受け、何十年も隔離されて世間から切り離されている。

    そんな彼女がやっと世間との接点を持ち、それに心から喜ぶ姿を、光と影で表現している。
    でも、この作品で涙する人々は、本当に差別を憎んでいるのだろうか?と。
    ハンセン病はつい最近まで差別の対象だった、たまたま私がこの作品の舞台の近くに住んでいることで、ハンセン病の多少なりの知識が有ったから、途中でハンセン病の話が出た時、絶句してしまった。
    (写真は、国立療養所多磨全生園です、近くなのでこちらも行って来ました)

    作品の良さを味わってもらうこと共に、この作品の持つテーマ、差別と言うことも今一度考える機会になればと・・・
    もしかしたら、私だって作中の浅田美代子さん側の人間かもしれないのだから、と。

    私的『あん』

    テーマが有るか?共感できるか?

    主人公の二人、樹木希林さん演じる老女と永瀬正敏さん演じるどら焼き屋の店長が、重い荷物を持って人生を生きています、そう誰もが軽重は有るのかもしれませんが、荷物を背負って生きています。
    それが不当な差別としたら、それでも強く生きることを教えてくれる作品に感動しました。

    作り手の強い意思を感じるか?

    常にテーマ性の高い作品を送り出す河瀬直美監督が、それまでの抽象的な生命の神秘・不思議を描いていたのとは一変して、ストレートに「人生」を描いたことに驚き、感心させられました。

    俳優の意思や演技力が伝わるか?

    感想にも書きましたが、樹木希林さんの演技が凄かった・・・それって演技ですか?と。
    最近、特に演技面の充実が見られる永瀬正敏さんも良かったです、樹木希林さんと見事な対を成していました。

    映画らしい楽しさが備わっているか?

    低予算のしかもこの手のテーマの物語なので、大作のような大画面で楽しむ、と言うだけの作品では有りません。
    でも実際に、この手の差別を取り扱った作品をテレビで放送することが難しいのが現実です。
    だからこそ、映画でやる価値がある作品と言えます。

    あん

    エンターテインメント性

    樹木希林さんの演技を見る、と言うのもエンターテインメントではないでしょうか?
    派手さは有りません、低予算で良い映画を作ると言った見本のような作品です。

    演出が素晴らしいか?

    河瀬直美監督は独特の映像感覚を持っています、毎回、それは楽しみにしています。
    そして長回しが好きな監督さんでも有りますが、今回は、樹木希林さんをはじめとする俳優さんたちの演技が素晴らしいので、非常にマッチしている感じです。

    脚本が素晴らしいか?

    予告で既に「らい」と言う言葉が出ているのですが、私が知らなかったので、流石に物語の展開に驚かされました。
    前半と後半の陰影のある展開が素晴らしかった、河瀬直美監督の作品を今回評価したのは、脚本の素晴らしさに有ったのかもしれません。

    何度も見たくなるか?

    重いテーマの話なので、何度でも見たい!と言うよりも、人生の節目で観たくなる作品だと思っています。

    映画『あん』のデータ

    あん

    監督■河瀬直美
    プロデューサー■福嶋更一郎/澤田正道/大山義人
    原作■ドリアン助川 『あん』(ポプラ社刊)
    脚本■河瀬直美
    撮影■穐山茂樹
    美術■部谷京子
    編集■ティナ・バス
    主題歌■秦基博 『水彩の月』
    照明■太田康裕
    録音■森英司
    助監督■近藤有希
    出演■樹木希林/永瀬正敏/内田伽羅 /市原悦子/水野美紀/太賀/兼松若人/浅田美代子

    映画『あん』 [ 樹木希林 ]

    映画『あん』公式サイト

    【解説】
     ドリアン助川の同名小説を「殯(もがり)の森」「2つ目の窓」の河瀬直美監督が映画化した人生ドラマ。
    小さなどら焼き屋の雇われ店長と、粒あん作りの腕を買われて働くことになった老婦人の心の交流と、次第に明らかとなる老婦人が辿った過酷な人生を優しく見つめる。
    主演は「東京タワー オカンとボクと、時々、オトン」の樹木希林と「隠し剣 鬼の爪」の永瀬正敏。
    また、樹木希林とその実孫・内田伽羅との初共演も話題に。
     町の小さなどら焼き屋“どら春”で雇われ店長をしているワケありの中年男、千太郎。単調な毎日を送る彼の前に、ある日、求人募集の張り紙を見て働かせてほしいと申し出る老女、徳江が現われる。
    彼女の粒あんが絶品だったことから雇ってみたところ、たちまち評判となり、店はみるみる繁盛していくが…。(映画データベース –allcinema より)
     

  • 映画『素晴らしき哉、人生!』 クリスマス・イブの夜に奇跡的な感動に出会う

    映画『素晴らしき哉、人生!』 クリスマス・イブの夜に奇跡的な感動に出会う

    映画『素晴らしき哉、人生!』

    IT’S A WONDERFULL LIFE 130分 1946年 アメリカ

    素晴らしき哉、人生!

    クリスマスのプレゼント、古き良きアメリカの楽天主義!

    フランク・キャプラ監督の戦後初監督作品。
    彼の理想主義が戦後のアメリカでは受け入れられなかったのか?この後、数本の作品を撮って引退している、この作品もヒットしなかった らしい。
    現代の評価は、『或る夜の出来事
    』『オペラハット』『スミス都へ行く』と並ぶ、フランク・キャプラ監督の傑作の一つと言われている。
    僕も、いずれの作品も好きでビデオとしてコレクションしている(だから家がビデオだらけになるんだけど)。

    前半は、一見平凡そうな一人の男の人生を淡々と描き続けている。
    それは、ある種の理想や優しさに溢れ、それでいてどこか強情な、何処にでもいる男性像。
    主演のジェームズ・スチュアートならでは、と言う演技で安心して観ることが出来る。
    そしてある時突然、彼は不幸のどん底に陥る。
    しかし、そこで起きることは、天使が現れ主人公に、彼が居ない世界を見せる事、ここからの展開が面白い。
    そう、一見平凡な人生で有ったとしても、そこには誠実に生きてきた一人の人間の証が、いろいろなところに落ちていて、それにいろいろ な人が関わっているのである。
    それがどんな人生であれ、人間独りが生きていることには、大きな意味が有ることを彼に見せる、それは観客にこの映画が訴えかけている テーマなのだ。

    フランク・キャプラ監督は、一見、楽天主義的なこの映画で、ただ人生が素晴らしい...とだけ言っている訳ではないと思う。
    この映画が作られた時代も、今の時代においても、人間の社会が複雑になっていく中で、自己の喪失、そう社会の一部品としてしか自分を 見れなくなる事への一つの回答のような気がする。
    どんな人生でも、生きていること自体が素晴らしいことだと、それは本人以上に周りの人達が知っているのである。

    天使が現れて本人が居なかった世界を見せる発想の面白さや、フランク・キャプラ監督の俳優を捉えるカメラの鋭さ(ズーム・アップの多用)、それに応えたジェームズ・スチュアートとドナ・リードらの俳優陣の素晴らしさが、この物語を盛り上げる。

    一見、単純なストーリーとテーマであるが、そこにある人間ヘの温かみや人間の存在感は、今観ても感動する。
    ラストのハッピー・エンドは涙なくして観ることは出来ない...時はクリスマス・イブの夜。

    素晴らしき哉、人生! Blu-ray — Amazonで見る

    私的『素晴らしき哉、人生!』

    ① テーマが有るか?共感できるか?

    フランク・キャプラ監督の映画は楽天主義が多い、アメリカの理想主義とでも言ったら良いのか?
    でも、それが古き良きアメリカであり、今ほど複雑ではない社会を反映している。
    だからこそ、今もこう言った純粋な映画を観ることもにも価値を感じる。
    そして、誰でも共通するテーマであり共感できる。

    ② 作り手の強い意思を感じるか?

    世界大戦の間に、アメリカの理想を描き続けたフランク・キャプラ監督、それは戦争よりも大切なモノをそこに訴えかけていたんだと思える。
    第二次世界大戦直後に、人生の素晴らしさを描いたところに監督の思いを感じる。

    ③ 俳優の意思や演技力が伝わるか?

    ジェームズ・スチュアートはアメリカの良心を演じ続けた俳優。
    演技力もそうだし、ちょっとのっぽでユニークな風貌、優しい表情と、アメリカ人にとっても癒される存在であり、外国からアメリカン人を見る時に彼が一つの象徴なのかもしれない。

    ④ 映画らしい楽しさが備わっているか?

    アメリカ映画が一番輝いていた時代、戦争という暗い時代に映画というエンターテインメントに希望とか夢を抱いた時代。
    それを代表するスター、ジェームズ・スチュアートがアメリカの理想を演じている。
    また、ドナ・リードの美しさが際立つ。

    素晴らしき哉、人生!

    ⑤ エンターテイメント性

    静かな展開の前半と、後半の対象的な演出で楽しめる、ジェームズ・スチュアートが出てる時点でも、スター映画とも言える。

    ⑥ 演出が素晴らしいか?

    フランク・キャプラ監督の演出はいつも安定しているし、この時代らしい演出。
    その中でズーム・アップを多用して人間ドラマを表現している点は素晴らしい。

    ⑦ 脚本が素晴らしいか?

    これ以前の作品が、勧善懲悪的な理想論の作品が多かったが、この作品はその構成も面白く脚本も良かった。
    理想的なパターンを好き・嫌いの別れるところも理解出来る。

    ⑧何度も見たくなるか?

    クリスマスが来ると思い出し、観たくなる作品でクリスマスを代表する作品。

    映画『素晴らしき哉、人生!』のデータ

    素晴らしき哉、人生!【淀川長治解説映像付き】 DVD — Amazonで見る

    監督■フランク・キャプラ製作■フランク・キャプラ
    脚本■フランセス・グッドリッチ/アルバート・ハケット
    撮影■ジョセフ・ウォーカー/ジョセフ・バイロック
    音楽■ディミトリ・ティオムキン
    出演■ジェームズ・スチュアート/ドナ・リード/ライオネル・バリモア/ヘンリー・トラヴァース/トーマス・ミッチェル/ボーラ・ボンディ/フランク・フェイレン/ウォード・ボンド/グロリア・グレアム

    アカデミー賞 1946年
    作品賞ノミネート
    主演男優賞ノミネート ジェームズ・スチュアート
    監督賞ノミネート フランク・キャプラ
    編集賞ノミネート WILLIAM HORNBECK
    録音賞ノミネート JOHN AALBERG

    ゴールデン・グローブ賞 1946年
    授賞 フランク・キャプラ

    【解説】
     主人公のジョージという男は、いつも何処かでツキに見放され、逆境にばかり立ち向かう運命にあった。
    自分のミスではなく大金を失った彼は、全てに絶望して自殺を図る。
    ところが、12月の冷たい河に飛び降りようとしたとき、彼より先に一人の男が身を投げて救けてくれと叫んだ。
    あわてて救けたジョージに、男は、自分は見習い天使だと告げるが……。
    映画はまず、挫折つづきのジョージの人生を語る。
    この、希望が幾度となく打ち砕かれるエピソードの積み重ねには、ジョージばかりではなく観る側も、その理不尽さに怒りを感じずにはいられないだろう。
    そして、天使の案内する“もし彼が生きていなかったら”という仮定の世界で、彼は自分の存在理由をかいま見る事になる。
    果たして彼は自殺を思いとどまる充分な理由を見つけることが出来るのか、という部分がこの作品の要になるのだが、安易なハッピー・エンドに逃げていないのはF・キャプラの理想主義の賜物である。(映画データベース –allcinema より)

  • 映画『風立ちぬ』 宮﨑駿監督の最新作にして遺作?そして最高傑作!

    映画『風立ちぬ』 宮﨑駿監督の最新作にして遺作?そして最高傑作!

    映画『風立ちぬ』 THE WIND RISES

    126分 2013年 日本

    生きねば。

    宮﨑駿(監督作品)の中では、私は一番好きな作品

    宮崎駿監督5年ぶりの新作アニメ。
    零戦の設計者・堀越二郎の半生と、堀辰雄の小説「風立ちぬ」のエピソードを交えたオリジナル作品。
    後半は溢れ出しそうな涙を止めるのに苦労しました!
    周りが若いカップルばっかりなので、流石におじさん一人では泣けない(汗)

    宮崎アニメの集大成のような描写、音楽、音響・・・この作品がアニメである理由もしっかり有りました。
    本当に音の表現が素晴らしかった~飛行機や地震の音、等々。
    そして、こんなに素敵なラヴ・ストーリーとは思っていなかった。
    話の中心に、小説「風立ちぬ」が有って、主人公・二郎とヒロイン・菜穂子のラヴ・ストーリーが、暖かくそして切なく展開されていきます。
    もう一つの話が、堀越二郎の夢「美しい飛行機を作りたい」とひたすら追い求める姿が描かれる。

    風立ちぬ 生きねば。

    何故、この二つのモチーフを一つの物語に詰め込んだのか。
    一つは、男の夢と愛情は同等なもの、おそらく宮崎監督自身の想いが詰まってるんだと思う。
    宮崎監督自身のアニメに掛けてきた人生そのもの。
    二郎は菜穂子を置き去りにしても、飛行機の設計に没頭する、でも菜穂子の事も心から愛している、ストレートなくらいに。
    もう一つは、道具(飛行機)に込められた宮崎監督の想い。
    道具は、誤った使い方によっては、沢山の悲劇を生むということ。
    『ナウシカ』や『もののけ姫』での文明進歩と自然破壊をストレートに描くような事は無く、子供のような純粋な夢や想いが、戦争の武器となって悲劇を生み出してしまった結果しか描かれない。
    だからこそ主人公と主人公の作り手・宮崎監督自身は「生きねば」ならない。
    生き抜いて、語り部となる必要が有るのではと・・・

    切なく悲しいラヴ・ストーリーと共に、色んな思いが交錯する作品でした。
    こんな大人のための宮崎アニメを見るなんて思ってもいなかった。
    私は一人で観に行きましたが、是非、愛する人と見に行って欲しいなぁ~って想いました。

    二郎の妹・加代は、『トトロ』のメイが大きくなったような感じ、そんなのも嬉しかった。

    純愛、女性は自分の一番の美しい時を、好きな人に残して逝くものなのかもしれない。

    映画『風立ちぬ』 [Blu-ray]
    ウォルト・ディズニー・ジャパン株式会社

    私的『風立ちぬ』

    ① テーマが有るか?共感できるか?

    実は賛否が分かれるところ、この映画を反戦映画だと思うか、否か。
    私は明確に反戦映画だと感じた!
    実は、堀越二郎とカプローニは、メフィストフェレスの話であり、悪魔のカプローニが、堀越二郎に魂をよこせば10年間、好きな飛行機を作る自由を与え、堀越二郎は人を殺す兵器、数多くの人が命を落とした零戦を作った。
    ラストで再び堀越二郎とカプローニが出会うシーンは、煉獄で天国へ行くのか、地獄に堕ちるのか、魂を失い戦後の堀越二郎は何も成し遂げなかったと言われています。

    ② 作り手の強い意思を感じるか? 

    宮﨑駿監督はこの作品をもって長編アニメの制作から引退しました。
    もしからしたら復活も・・・と思いつつも、宮﨑駿監督は、最後の最後に子供向けではなく、大人向け=実は自分の好きな映画を作りました。
    宮﨑駿監督は、この作品で「自分はアニメを作ることが好きで好きでたまらない」と隠しもせずに描き続けました。
    映画自体が、監督そのものなのです。
    だから、宮﨑駿監督は、試写で初めて見て、自分の作品に初めて涙したのです。

    ③ 俳優の意思や演技力が伝わるか?

    主演の堀越二郎の声に、全く素人の庵野秀明監督(新世紀エヴァンゲリオン)にこだわり、そこがこの作品の良さでも有ります、堀越二郎と宮﨑駿、そして庵野秀明、これが共通言語になってるのです。

    まとめ買い 新世紀エヴァンゲリオン — Amazonで見る

    ④ 映画らしい楽しさが備わっているか?

    ジブリのアニメにハズレは有りません!
    映像の素晴らしさはもちろんなんですが、やっぱり宮﨑駿にメカを描かせるとやっぱり良い。
    そして実写ではなくアニメにする意味、と言うものを感じさせてくれます、特に関東大震災のシーンは見事です。
    サウンド・エフェクトも人の声で作っています。

    ⑤ エンターテイメント性

    宮﨑アニメの真骨頂、裏にテーマ性を隠しつつも、楽しさを前面に出した作りになっています。
    ただ、子供受けはしなかったようですが(笑)

    ⑥ 演出が素晴らしいか?

    映画らしさ、とも被るんですが、今回の作品は実写でやっても良いくらいの大人向けの作品。
    それでも、アニメとしてやる価値、表現力・演出がふんだんに見ることが出来ます。

    ⑦ 脚本が素晴らしいか?

    原作の「風立ちぬ」をベースにしながら、全く別のテーマやモチーフを持ち込んで、見事に作品にしています。
    そして宮﨑アニメとしては、初めての大人のラヴ・ストーリー、それも見事に物語にしてました。

    ⑧何度も見たくなるか?

    宮﨑アニメはどれも、もちろんこの作品も何度も観たくなります。
    おそらくアニメという枠をはめることで、非現実的な世界に誘い込み、エンターテインメントとして楽しませてくれるんだと感じます。

    映画『風立ちぬ』のデータ

    the wind rises

    監督■宮崎駿
    プロデューサー■鈴木敏夫
    制作■星野康二/スタジオジブリ
    原作■宮崎駿
    脚本■宮崎駿
    作画監督■高坂希太郎
    動画検査■舘野仁美
    美術監督■武重洋二
    色彩設計■保田道世
    撮影監督■奥井敦
    編集■瀬山武司
    アフレコ演出■木村絵理子
    音楽■久石譲
    音響演出■笠松広司
    主題歌■荒井由実『ひこうき雲』
    整音■笠松広司

    声の出演:庵野秀明(堀越二郎)/瀧本美織(里見菜穂子)/西島秀俊(本庄季郎)/西村雅彦(黒川)/スティーブン・アルパート(カストルプ)/風間杜夫(里見)/竹下景子(二郎の母)/志田未来(堀越加代)/國村隼(服部)/大竹しのぶ(黒川夫人)/野村萬斎(カプローニ)

    『風立ちぬ』公式サイト

    風立ちぬ — Amazonで見る

    【解説】
     宮崎駿が月刊模型雑誌『モデルグラフィックス』に連載していた漫画を自らアニメ映画化。零戦こと零式艦上戦闘機の設計者として知られる堀越二郎の半生をモチーフに、同時代の作家・堀辰雄の小説『風立ちぬ』のエピソードを盛り込みつつ、戦争という激動の時代の中で様々な矛盾を抱えながらも飛行機という自らの夢と欲望に真摯に生きた一人の青年技術者の人生を、リアリズムの中にも大胆な省略や夢と現実を行き来する自在な語り口で描き出す。声の出演は、主人公・堀越二郎役に「ヱヴァンゲリヲン」シリーズの監督でこれが声優初挑戦の庵野秀明、ヒロインの里見菜穂子役にTV「てっぱん」の瀧本美織。
     少年時代に夢の中で憧れのカプローニ伯爵と出会い、飛行機の設計士になることを決意した堀越二郎。1923年、東京帝国大学に進学するため上京した彼は、列車の中で里見菜穂子と出会い心惹かれる。そしてその移動中に関東大震災に遭遇、混乱の中で菜穂子とお供のお絹を助ける。卒業後、晴れて三菱内燃機株式会社への入社を果たした二郎は、念願の設計士としての道を歩み始める。しかし視察したドイツのユンカース社で技術力の差を痛感し、設計主務者に選ばれた七試艦上戦闘機のテスト飛行も失敗に終わる。1933年夏、失意の中で軽井沢を訪れた二郎は、そこで菜穂子と運命の再会を果たす。(映画データベース – allcinema より)
  • 映画『インビクタス/負けざる者たち』 ラグビーの臨場感が凄い!

    映画『インビクタス/負けざる者たち』 ラグビーの臨場感が凄い!

    インビクタス/負けざる者たち

    INVICTUS 134分 2009年 アメリカ

    インビクタス/負けざる者たち

    Amazonビデオで配信中!

    インビクタス 負けざる者たち (字幕版) — Amazonで見る

    ひとつの願いが、 ほんとうに世界を変えた物語。

    南アフリカがラグビーでワールド開催をした意味とは

    今年(2015年)は、ラクビーワールドカップで日本中が湧いた年でした。

    日本が大金星を挙げた相手が南アフリカでした。
    南アフリカはラグビーの強豪国でしたが、アパルトヘイトのために当初はワールドカップに参加が出来ませんでした。
    1994年にアパルトヘイトがネルソン・マンデラによって廃止されて、初めてワールドカップに参加、それも自国開催に踏み切った・・・この作品はそんな背景の話です。

    この作品は本当に本当に立派な映画です。
    クリント・イーストウッド監督は『グラン・トリノ』で俳優の生涯を終えて(引退→その後出演してますが)、監督一本にと言っても、もう既にアカデミー賞も数々の賞も授賞して、今は本当に撮りたい作品だけを撮れる偉大な監督の一人だと思う。
    何故、アメリカ人の彼がこの作品を撮りたかったのか?本当にそこが知りたいところ。
    アカデミー賞にもノミネートされず、アメリカでは興行的に成功では無かった作品。
    理由は簡単で、ストーリー自体がアメリカ人には理解出来ないから・・・ 顕著なのは『硫黄島からの手紙』だった。
    アメリカでは興行は散々、評価も殆どされなかったが、個人的にはイーストウッド監督の最高傑作だと思っている。

    硫黄島からの手紙 Blu-ray — Amazonで見る

    さてこちらに話を戻すと、アメフトの国アメリカ、でラグビーの話しなんて誰も理解出来ないと思う。
    アメリカでは、3大スポーツ(アメフト、バスケ、野球)の下にアイスホッケーやオリンピック?その下にサッカー、更に下の下位にラグビーが有ると言っても良いかも。
    日本でもラグビーの位置付けは、アメリカ程低くは無いと思うが(実際は知らない)、ある程度ラグビーを知っている、少なくともラグビーのワールドカップを見たことが無いと判らない部分が多いと思う。
    私はと言うと、それ程ラグビーに造詣が深い訳では無いが、高校の授業でラグビーをやらされたせいか、ワールドカップは毎回見ている。
    もちろん今回の舞台になった’95年の大会も決勝戦はTV観戦している。
    そう言う視点で見ると、もうホント、映画としてイーストウッド監督が立派に撮っていると言う点、政治とスポーツの関係(その中にある理念や信念)も立派なのだが、それ以上にスポーツ映画なのだ!!
    ここは強調したいが、立派なラグビー映画に仕上がっている。
    ある意味、『炎のランナー』はオリンピックの100m走を知らない(そんな人はいないと思うが)と理解出来ないし、サッカーを知らないと『ベルンの奇蹟』や『GOAL!』を見ても感動出来ないかもしれない。
    日本人には、アメリカのアメフト映画が理解出来ないのと同様だ。

    もう臨場感溢れる立派なラグビー映画、もちろんニュージーランド・オール・ブラックスのハカも出てくる。
    そんな立派なスポーツ映画、ラグビー映画だからこそ、スポーツ・ラグビーの素晴らしさが伝わり、それこそが人々の心を一つにする共通の言語だと伝えてくれる。
    映画と言う共通言語、スポーツと言う共通言語、そのことが国民を一つにして、差別の壁を取り去っていく。。。不可能を可能に!(インビクタスとはラテン語で「不屈」を意味します)

    そしてまた立ち戻るが・・・アメリカ人のイーストウッド監督が何故、ラグビー映画を撮ったのか?しかもこんなに立派に。
    エンディングには、ホルストの「惑星」第4曲「Jupiter」が流れるが、日本では平原綾香が歌った曲が有名だが、これはラグビーのワールドカップのテーマ・ソング「ワールド・イン・ユニオン」(1991~)として歌われている。

    Rugby World Cup Official Song “World in Union” from 95’s Ver
    There’s a dream I feel, so rare, so real: All the world in union, the world as one gathering together, one mind, one heart, Every creed, every colour, once joined never apart. Searching for the best in me, I will find what I can be, If I win, lose or draw, there’s a winner in us all, It’s the world in union, the world as one, as we climb to reach our destiny, Our New Age has begun! We face high mountains, must cross rough seas, We must take our place in history, and live with dignity, Just to be the best I can Sets the goal for every man, If I win, lose or draw, it’s a victory for all, It’s the world in union, the world as one, as we climb to reach our destiny, Our New Age has begun. Build the world in the union, Our New Age has begun!!

    (私には、夢がある―― とっても貴重で、とっても誠実な夢 全ての世界は繋がっている、そう、世界は1つ 全人類が共に集まり、一つの精神、一つの心を共有する―― 全ての主義、全ての肌の色―― 一度一緒になれば、それは二度と離れ離れになることはない 自分の中の“ベスト”を捜して、自分が出来る事はきっと見つかる 例え勝っても、負けても、引き分けでも、全てが“勝利”なのだから! 世界は一つの共同体(=ラグビーの事)、一つになった世界 自信の運命に手を伸ばし、登りつめて行く時―― 私たちの新しい時代が始まる!)

    もう、独りで劇場で涙しながら観ちゃいました(汗)

    マンデラ大統領とピナール

    私的『インビクタス/負けざる者たち』

    ① テーマが有るか?共感できるか?

    映画が世界で見られる訳、そしてラグビーと言ったスポーツが愛される訳、言葉が通じなくても感動は通じる共通言語。ラグビーと言う共通言語のスポーツを通して人種差別のない世界を望む強い意思を感じることができる。

    ② 作り手の強い意思を感じるか?

    原作映画でもあり、イーストウッド監督は共感を持って作ったのが感じられる。
    そして、本当に臨場感があるラクビーの試合シーンを再現している。
    黒人のマンデラ大統領と白人のキャプテン・ピナールの友情も、人種の融和を表現していて見事。

    ③ 俳優の意思や演技力が伝わるか?

    モーガン・フリーマンのネルソン・マンデラは見事!
    似ているかどうかはともかく、偉大な人物に共通のもの、意志が強くそして柔和な外見、そんな人柄を表現している。
    マット・デイモンは、体重を大幅に増やしてラグビー選手体型になって臨んだ作品だけに気合十分、モーガン・フリーマンとのバランスも良かった。

    ④ 映画らしい楽しさが備わっているか?

    ラクビーの決勝戦がクライマックスに来るこの作品、大迫力。
    スタジアムにいる臨場感が感じられる!

    ⑤ エンターテイメント性

    立派な映画で政治的な映画でもある、しかしスポーツ映画で有り、感動的でしかも爽快感も味わうことができる作品。

    ⑥ 演出が素晴らしいか?

    イーストウッド監督は、どんなテーマの作品を撮っても、一級の作品に仕上げてくる。
    特に今回は、ラグビーと言うスポーツであり、ここまで臨場感のある試合シーンを演出仕上げている点は驚き。
    もちろん作品全般としても、流石の演出で友情という人間性も表現していた。

    ⑦ 脚本が素晴らしいか?

    原作のある作品である以上、半分は原作の面白さとも言えるが、政治的な繊細な部分を友情で乗り越えていくリンクぶりが脚本の上手いところか。

    ⑧何度も見たくなるか?

    人に勇気を与えてくれる、そして何事も乗り越えられると言うことを教えてくれる。
    それでいてエンターテインメントとしても十分に楽しめると言う点で優れている。

    映画『インビクタス/負けざる者たち』のデータ

    インビクタス/負けざる者たち(初回生産限定スペシャル・パッケージ) Blu-ray — Amazonで見る

    監督■クリント・イーストウッド
    製作■ロリー・マクレアリー/ロバート・ロレンツ/メイス・ニューフェルド/クリント・イーストウッド
    製作総指揮■モーガン・フリーマン/ティム・ムーア
    原作■ジョン・カーリン
    脚本■アンソニー・ペッカム
    撮影■トム・スターン
    衣装デザイン■デボラ・ホッパー
    編集■ジョエル・コックス/ゲイリー・D・ローチ
    音楽■カイル・イーストウッド/マイケル・スティーヴンス
    出演■モーガン・フリーマン/マット・デイモン/トニー・キゴロギ/パトリック・モフォケン/マット・スターン/ジュリアン・ルイス・ジョーンズ/アッジョア・アンドー/マルグリット・ウィートリー/レレティ・クマロ/パトリック・リスター/ペニー・ダウニー

     「チェンジリング」、「グラン・トリノ」の巨匠クリント・イーストウッド監督が、アパルトヘイト(人種隔離政策)後の南アフリカで開催されたラグビーワールドカップを巡る感動の実話を映画化したヒューマン・ドラマ。
    アパルトヘイト撤廃後も人種間対立が残る中、国民が一つにまとまる大きな転機となった自国開催のラグビーW杯での奇跡の初優勝までの道のりを、ネルソン・マンデラ大統領と代表チーム・キャプテンを務めたフランソワ・ピナール選手との間に芽生える絆を軸に描き出す。
    主演はモーガン・フリーマンとマット・デイモン。
     1990年、アパルトヘイトに反対し27年間も投獄されていたネルソン・マンデラがついに釈放される。
    そして1994年、初めて全国民が参加した総選挙が実施され、ネルソン・マンデラは南アフリカ初の黒人大統領に就任する。
    しかしアパルトヘイト撤廃後も、白人と黒人の人種対立と経済格差は依然として解消されず、国家はいまだ分断状態にあった。
    マンデラ大統領にとって国民の統合こそが悲願であり、自ら寛容の精神で範を示し、国民に和解と融和を呼びかける。
    そして、翌’95年に南アフリカで初開催されるラグビーW杯を国民融和の絶好のチャンスと捉える。
    彼は、長らく国際試合から閉め出され弱小化していた代表チームのキャプテン、フランソワを官邸に招き、国を一つにまとめるためにW杯での優勝が欠かせないと訴えかける。
    戸惑いつつも、大統領の不屈の信念に心打たれたフランソワは、やがて誰もが不可能と考えた優勝目指してチームを引っ張っていくのだが…。(映画データベース – allcinema より)

  • 映画『ニュー・シネマ・パラダイス』 感動!映画好きが泣ける映画No.1

    映画『ニュー・シネマ・パラダイス』 感動!映画好きが泣ける映画No.1

    ニュー・シネマ・パラダイス

    NUOVO CINEMA PARADISO/CINEMA PARADISO 124分 1989年 イタリア=フランス

    ニュー・シネマ・パラダイス
    ニュー・シネマ・パラダイス

    映画を愛するということ

    この映画の感想を言う時は、自分の立場を明確にしなくてはいけないのかもしれない。
    それは、映画を観る者、映画を愛する者を描いた映画で有るからだ。

    もちろん僕は、こうして映画のサイトを立ち上げている以上、映画を愛している一人である。
    従って、この映画に対しても、映画を愛する一観客として観てしまう、しょうがないが... 果たして、映画を娯楽として時々しか映画を見ない人、
    そう言う人にはこの映画はどういう風に映るのであろう?

    娯楽と言えば、映画しかなかった時代に、子供が故の純粋さに、勉強よりも映画に興味を持つのは、ある種自然の成り行き。
    そんな少年が、たまたま映写室のおじさんと仲良くなって、次第に映画の世界にのめり込んでいく。
    そして、自らが映画の映写技師になっていく。
    しかし、映写室のおじさんアルフレードは、少年から青年に成長したサルヴァトーレに、街を出るように言う。
    数十年後、サルヴァトーレはローマで有名な映画監督になり、アルフレードの訃報を聞き、故郷に戻ってくる。
    サルヴァトーレの少年時代のアルフレードとのやり取り、また、街の人々が映画観る姿が微笑ましい。

    そう、この映画観ている観客達がそうであるかのように...。 もちろん、映画の中の彼らの方がもっと純粋である、それはこの映画を観ている我々の願望でも有るのかもしれない。
    そして、サルヴァトーレは成長して恋をする。
    徐々に、映画だけではない人生が彼の前に現れてくる。
    しかし、サルヴァトーレは街を出ても、映画監督になっているのである。

    ここでふと、自分を振り返る。
    人生は、映画のような作られたものではない。
    いや、映画にも素晴らしい点が沢山ある。
    しかし、アルフレードは、「街を出ろ!絶対に戻ってくるな」と言う。
    その言葉の中に、人生にはいろいろな生き方が有ることを言っているように思えて ならない。

    アルフレードの人生は、映画だけに生き、読み書きも出来ずに人生を過ごしてきた事への後悔の有った人生なのかもしれない。
    彼の素晴らしい想い出は、サルヴァトーレとの出会いだったのかもしれない。
    サルヴァトーレは、映画から離れるために街を出たが、映画の道を選び、そう人生のいろいろな生き方の中から、映画を選んだのだ。
    いろいろな人生の選択肢から、またいろいろな経験から、サルヴァトーレは映画を選んだのである。

    僕はこの映画を、決して映画こそが人生である...と言ってる訳ではないと思う。
    人生に起こるいろいろな事は、映画以上に素晴らしい事なのだ、そして、その傍らに映画を置いておくともっと豊かに素晴らしい人生が送 れるのではないか?そんな思いを抱く。
    街に戻ってきたサルヴァトーレは、映画館の取り壊しを見る。
    そしてアルフレードが残したフィルム、かつて切り取られたキス・シーンばかりを集めたフィルム、それは郷愁と共に、人生として映画を 選んだアルフレードの魂を、サルヴァトーレは感じ取ったに違いない。

    街を出たからこそ、人生が豊かに感じられるからこそ、映画の素晴らしさを感じ取れるのであろう。
    この映画は、映画そのものを描いた映画...私には涙と歓びを持ってしか観ることの出来ない、大事な映画なのである。

    私的『ニュー・シネマ・パラダイス』

    ① テーマが有るか?共感できるか?

    映画が好きな人なら共感できない人はいないだろう、でも映画が好きな人以外でも、自分の青春に思い入れがあるなら、何か共感できることがある筈。

    ② 作り手の強い意思を感じるか?

    この作品が出来てから25年以上が経過するが、監督の故郷に対する思い入れの深さは今でも変わらない。最近(2015年)テレビで、トルナトーレ監督がシチリアを訪れて、映画の想い出を語ってくれたのは、印象的だった。
    映画(の内容)自体が、監督の青春そのものだったらしい。

    (2020.07.07. 追記)

    トルナトーレ監督は、地元の人々を映画に実際に出演させました。
    2015年でも、当時、映画の撮影エピソードやエキストラ出演した人々がトルナトーレ監督に話かけます。
    青春はある意味、美化されて思い出となりますが、それをそのままパッケージにしたような話であり、これはファンタジーとも言えるかもしれない。
    知り合いのプロデューサーが、この作品は「最低」という評価をしています。
    それも理解できる部分なのです、あまりに映画へのオマージュにあふれ過ぎていて、問題提起や時代性という映画の本来の力を使っていないというのも判ります。

    トルナトーレ監督は『マレーナ』や『海の上のピアニスト』でも同様に、正確な事実を描くのではなく、彼の創造した世界=ファンタジーとして、その時代をとらえている気がしてなりません。

    ③ 俳優の意思や演技力が伝わるか?

    少年トトは実際に街に住んでいた一般の男の子の中から選ばれたカシオ少年。
    フィリップ・ノワレの名演も、カシオ少年の可愛らしさ・表現力には敵わない。
    逆に、街の人々が多くエキストラとして参加し、映画を愛していたからこそ成立した作品だと思う。

    ④ 映画らしい楽しさが備わっているか?

    映画のキス・シーンをカットするところとか、映画館の情景が生き生きと描かれている。
    そして、映写機からの光を反射させて、建物の外に映画を投影させるところは、映画館の素晴らしさを感じさせてくれる演出と言える。

    ⑤ エンターテイメント性

    笑って、泣いて、感動して~深く考えなくても、自分の青春へのオマージュを感じることが出来るだろう。

    (2020.07.07. 追記)

    昨日、エンニオ・モリコーネが91歳で亡くなった(合掌)。

    セルジオ・レオーネ監督の『荒野の用心棒』などのマカロニ・ウエスタンで多くの音楽を提供、と同時にジュゼッペ・トルナトーレ監督の作品にも多く関わっている。
    この映画のスコアも印象的であり、ロマンチックで素敵な楽曲になっています。

    映画にとっては、音楽も重要な要素だと感じさせてくれる作品です。

    ⑥ 演出が素晴らしいか?

    何か素晴らしいテクニックを感じることはないが、映画好きな監督らしいツボを押さえた演出になっていると思う。

    ⑦ 脚本が素晴らしいか?

    実は普遍的なテーマを正統派の語り口で描いている。これを映画ではなくてサッカーや何か青春の1ページに置き換えてみても成り立つ物語。
    出てくるアイテムも素敵で、ラストの映写シーンは、涙無くして見れない筈。

    ⑧何度も見たくなるか?

    人を前向きにさせてくれて、人生を思い返すことが出来る、と言う点で、何度も見てしまう。
    何度見ても、泣いてしまう、そんな作品。

    映画『ニュー・シネマ・パラダイス』のデータ

    監督■ジュゼッペ・トルナトーレ
    製作■フランコ・クリスタルディ
    脚本■ジュゼッペ・トルナトーレ
    撮影■ブラスコ・ジュラート
    音楽■エンニオ・モリコーネ
    編集■マリオ・モッラ
    美術■アンドレア・クリザンティ
    出演■フィリップ・ノワレ/サルヴァトーレ・“トト”・カシオ/ジャック・ペラン/アニェーゼ・ナーノ/マリオ・レオナルディ/イザ・ダニエリ/レオポルド・トリエステ/ブリジット・フォッセー 『ニュー・シネマ・パラダイス』オフィシャルサイト

    アカデミー賞 1989年 外国語映画賞授賞
    カンヌ国際映画祭 1989年  審査員特別賞授賞 ジュゼッペ・トルナトーレ
    ゴールデン・グローブ 1989年  外国映画賞授賞

    Amazonビデオで配信中!

    映画『ニュー・シネマ・パラダイス』

    【解説】
    シチリアの小さな村にある映画館パラダイス座。
    そこで青春時代を過ごした映画監督サルヴァトーレが、当時、慕っていた映写技師アルフレード(フィリップ・ノワレ)の訃報を聞き、故郷に帰ってくる。
    そして、少年時代、青年時代の思い出に浸っていたサルヴァトーレが受け取ったアルフレードの形見には、映画への愛とアルフレードの想いがぎっしり詰まっていた・・・。
    弱冠29歳のトルナトーレ監督が、映画を愛する全ての人に送る感動編。
    劇場とフィルムにまつわるエピソードはどれも楽しく、その中で展開される悲喜こもごもの人生模様。
    エンニオ・モリコーネの切なくも美しいメロディに包まれて迎える、映画の持つ“力”が具現化されたクライマックスは、涙なくして観られまい。

    かなり印象を異にする3時間完全オリジナル版もあるが、はっきりいってこちらだけで十二分である。(映画データベース – allcinema より)