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  • 映画『ゴッドファーザー』 マフィアを描いた伝説の名作にしてアメリカ映画の最高峰

    映画『ゴッドファーザー』 マフィアを描いた伝説の名作にしてアメリカ映画の最高峰

    映画『ゴッドファーザー』 THE GODFATHER

    ゴッドファーザー 三部作

    映画『ゴッドファーザー』シリーズ・ベストバリューBlu-rayセット

    映画『ゴッドファーザー』(1972年)

    ゴッドファーザー

    コッポラ監督の生涯の傑作であり、映画史上に残る作品、この後、PARTⅡ、PARTⅢとシリーズ化される。
    ここで、コッポラ監督の作品に対するテーマは二つ有ると思われる。
    一つは、アメリカ資本主義に対する批判、二つ目はイタリア系アメリカ人に対する差別。
    マフィアと警察、政治家、芸能人との関わりを、アメリカ資本主義の一つの側面と捉え、権力・金のためには手段を選ばず、プライドも無い人々が描かれる。
    またアメリカの差別社会、アメリカ社会の頂点に立つイングランド系アメリカ人、その下にアイルランド系やイタリア系、そしてユダヤ系、はるか下の方にアジア系、そして黒人がいる。
    白人社会においては、イタリア系は下の存在に見られる。
    アメリカ資本主義に勝ち残るためには、暴力で力を得ることが必要な事を描いている。
    イタリア系アメリカ人の団結心や故郷シチリアでの家族の絆を描くことによって、一般的アメリカ人に支配されるアメリカ資本主義と比較している。
    お祖父さんから孫まで、一緒に食事を取るシーンなどの大家族主義、絢爛豪華なパーティー・シーン、また衝撃的な殺人シーンなど、本来のテーマよりイタリア・マフィア一家の一大叙事詩的な部分が強まっている。
    そう言った楽しみ方も十分に出来るが...

    マフィア映画としての醍醐味は、その壮絶なシーンの重量感、またそれぞれのシーンの構成の素晴らしさは、見応えか十分。
    冒頭の“ドン”の存在感の演出はもちろん、病院での緊張感溢れる画面構成。
    ラスト近くの洗礼と暗殺シーンが交互にカットバックする見事な演出。

    3時間近くに及ぶ大作でありながら、シーン一つ一つが印象的で、しかも冗長さも感じられない。
    演出、編集の良さ、脚本の面白さ、どれも秀逸、ニーノ・ロータの音楽は映画史上に残る印象的なもの。

    この後、SFXの発達により、殺人シーン等のリアリティーさで、この作品を上回る作品は有るものの、見せ方の巧さで、この作品を上回る作品は無い。
    続編の『ゴッドファーザーPARTⅡ』も、この作品に負けず素晴らしい出来の作品。
    このシリーズは『ゴッドファーザーPARTⅢ』で完結する。

    Reviewed in 03.1999

    映画『ゴッドファーザー』 PART 1 1972年 [ マーロン・ブランド ]

    映画『ゴッドファーザーPARTⅡ』(1974年)

    なんと前作『ゴッドファーザー』に続いて、アカデミー賞作品賞を授賞するという快挙を成し遂げた作品。
    大きなテーマは、前作と同様にアメリカ資本主義の中のイタリア系アメリカ人を描くこと。

    ビトー・コルレオーネのイタリアでの幼少の頃から、アメリカに渡り“ドン”に成り上がるまでの話と、父親からその地位を受け継いだマイケル・コールレオーネの苦悩を同時に描く。

    映画的な楽しみは、第一作を遙かに凌ぐ演出の上手さ。
    2つの時代の出来事を上手く、交互に見せてくる、しかもそれが二人の主人公、若きビトーとマイケルの成長という点で一致している。
    脚本・編集の巧さは、この作品の醍醐味と言える。
    これによって、話に躍動感が生まれて、より一大叙事詩的な面白みが出ている。
    物語が面白く描かれれば描かれる程、本来のテーマから離れ、壮大な人間ドラマになってしまっている点は否めないが、それでも十分(以上)に楽しめる作品。

    前作同様に俳優陣の充実ぶりは素晴らしい。
    アル・パチーノ、ロバート・デュバル、ダイアン・キートン・・・数え切れない程のスターが出演(と言うか、この作品以後に超一流になっている)している。
    しかも全員が素晴らしい演技を披露。
    個々のキャラクターが、その存在感をきっちりと出している。
    極めつけは、若き日のビトー・コルレオーネを演じたロバート・デニーロの圧倒的な存在感。
    また1977年に『ゴッドファーザー・サガ』や、1981年の『ゴッドファーザー 1901-1959/特別完全版』で、PARTⅠとPARTⅡを時代順に並べ替え、監督自らが、再編集したものが出ている。
    こちらの作品も、一つの作品として非常に楽しめる。
    話自体の構成が変わってくるので、違う作品として見ることも出来る。
    機会が有れば、こちらも是非観て欲しい逸品。

    Reviewed in 03.1999

    映画『ゴッドファーザー PART 2』 1974年 [ アル・パチーノ ]

    映画『ゴッドファーザーPARTⅢ』(1990年)

    ゴッドファーザーPARTⅢ

    1974年に公開された『ゴッドファーザーPARTⅡ』から実に16年ぶりに作られた、シリーズ完結編。
    遂にと言う感が強かった作品。

    決してストーリーとしてもつまらない作品ではない。
    マフィア映画の王道を行く作品として現代化され、銃撃シーンもリアリティーも有り迫力も増している。
    ヘリコプターからの銃撃シーンは圧巻。
    また新しく入った俳優陣、アンディ・ガルシアも、第一作のジェームズ・カーンのやった役の血の気の多い、コルレオーネ家の長男の息子役を好演している。

    ただ残念なのが、時代は’90年代に入り、当初、このシリーズが持っていた、イタリア系アメリカ人と言う位置付けが薄らいでいること。
    この作品でも語られているが、この頃になるとイタリア系もビジネス界で認知され、既に社会の一部に組み込まれた存在になっている事。
    従って差別される位置づけではないことや、結局、このシリーズを上手く終結させるためのストーリーになってしまっている事。

    コッポラの演出・編集等には、いささかの衰えは感じないものの、時代の移り変わりが、テーマの存在感を奪い取ってしまったのが、この作品には不幸だったと言える。

    また美男子のアンディ・ガルシアとの連相手は、当初、ヴィノナ・ライダーが出る予定だったが体調を崩して出れず、コッポラの娘が出演。
    残念ながら、その容姿と演技力には疑問点が付いた。
    ヴィノナ・ライダーのような華のある女優が出ることによって、また違った演出も有ったかもしれないが...。

    『ゴッドファーザー』、『ゴッドファーザーPARTⅡ』の続編という宿命と、時代の移り変わりと言うものに翻弄された作品では有るが、十分に作品としては楽しめる一本になっている。

    Reviewed in 03.1999

    映画『ゴッドファーザー PART 3』 1990年 [ アル・パチーノ ]

  • 映画『美女と野獣』 美しくなったエマ・ワトソンを楽しむ恋愛映画の王道!

    映画『美女と野獣』 美しくなったエマ・ワトソンを楽しむ恋愛映画の王道!

    映画『美女と野獣』 BEAUTY AND THE BEAST

    美女と野獣

    彼は探していた。かけがえのない自分を。
    彼女は信じていた。かけがえのない自分を。

    大ヒット上映中!

    エマ・ワトソンが美しい、純愛映画!

    フランスの民話から1991年にディズニーがアニメ化して大ヒットした名作を実写化。
    アニメ版と同様にミュージカルで、冒頭からエマ・ワトソンが歌いまくる!

    恋愛映画としても完成度が高く、カップルからファミリーまで楽しめる作品。
    デート映画としては最強かもしれない!

    フランスを舞台にした物語で、古くは詩人で監督のジャン・コクトーの手でも映画化、近年でも「なぜ、王子は野獣にされたのか?」にスポットを当てて映画化されている。

    今回は1991年のディズニー・アニメを忠実に実写化、物語も音楽も、しかもカメラワーク、衣裳までもかなり忠実に再現している。
    アニメが大ヒットしただけに、そのアニメ版のファンを失望させない作りにしたという。

    では、なぜ実写化したのか?そして実写版の方がなぜ面白いのか?
    もちろん、ストーリーや音楽や素晴らしい映像を楽しむだけでも十分な価値がある。

    エマ・ワトソンのベルに意味がある

    エマ・ワトソンといえば『ハリー・ポッター』シリーズのハーマイオニー。
    その可愛らしさがずば抜けていたし、10歳から20歳までの10年間をハーマイオニーとして演じていたが、子役にありがちなイメージが変わってしまうことなく、美しい女性に成長していった。

    そこで今回のベル役。
    ディズニー・アニメを基にした物語としては、とても現代的な女性として描かれていて、結婚もしないで本ばかり読んで村の外の大きな世界に夢見る女性として描かれる。

    そんな現代的な女性が純愛として描かれる物語のヒロインとして、変化していく姿、それは夢見る少女から恋愛する女性への変化を、実際の女優が演じることで非常に豊かさや表現力で見せてくれている。

    アニメは非現実な世界を受け入れやすいバックボーンを作るのに適しているが、今回は恋愛物語という部分に焦点を当てて、野獣や映像のVFXを駆使しすることで実写としての違和感をなくし、ベルの心の変化を見せる映画として変わっている。

    簡単に言えば、ベル=エマ・ワトソンを楽しむ映画となっている!

    美女と野獣

    私的『美女と野獣』

    テーマが有るか?共感できるか?

    正統派の恋愛映画としてミュージカル化された1991年のアニメ版そのままに、恋愛の本質は相手の人間性を認めることにあることを感じさせてくれる。
    ガストンのような判りやすい、体格がよくハンサムで力が強い反面教師的な役を出し、それに全く興味を示さないベルが、知識があり繊細さを持ち合わせる野獣に惹かれていく。

    そして真実の愛とは自由!お互いを束縛せずに尊重するところにある、という点に関しては、一貫してあるテーマである。

    今回、保守的なディズニーが、白人と黒人といった人種間の恋愛、ゲイのカップルを登場させたことも、愛の色々な形を肯定的に描いていて、作品の良さという以外にもエポックメイキング的な作品と思う。

    作り手の強い意思を感じるか?

    ディズニーの勇気が凄い!アニメ版でこれだけ不朽の名作として確立した作品を、あえて全く同じストーリーで実写化したこと、そしてアニメ版以上の内容にしてきたこと。

    それはキャスティングにあると思う、かつてディズニーが『メリー・ポピンズ』を映画化する時にジュリー・アンドリュースがいなかったら実現しなかったと思う。

    今回は、醜いものを愛する美しい女性、そして現代的でいながらクラシックな美女、この条件を備えた女優がエマ・ワトソンだったということだろう。

    俳優の意思や演技力が伝わるか?

    この作品を冒頭から見た時に、しばらくはアニメ版と何も変わらなかったので、なぜあえて実写化したのか?判らなかった、アニメ版同様の楽しいミュージカルという趣だった。
    それが中盤からガストンのナルシシズムや虚栄心、野獣とベルの心の交流が表現されるようになってから一気に動き出した感じ。

    俳優がドラマを演じてる、という実感が湧いてくる。
    それまでCGIを駆使したような映画だったのが、エマ・ワトソンを中心に俳優が表情で演じる映画となっていった。
    そしてラストシーン近くで、野獣が王子に戻った後に、ベルが王子の瞳を見て同じ愛した人であることを確認した時のエマ・ワトソンの表情が素敵だった!

    面白いのは、CGで見事に描かれた時計のコグスワースとロウソク立てのルミエール、イアン・マッケランとユアン・マクレガーが、セリフだけにもかかわらず表情豊か?に演じていたこと。

    今回、ハリウッドそしてディズニー製作の映画でフランスが舞台にもかかわらず、ほぼメインのキャストは(ベルの父親役のケヴィン・クライン以外)イギリスの俳優ばかりというところも面白い。

    もちろんエマ・ワトソンもイギリス出身の女優であり、ハリウッドのジュリア・ロバーツやキャメロン・ディアスとはタイプが異なり、フランスを舞台とした本作品ではエマ・ワトソンの品があって茶目っ気も感じさせる、可愛らしい美しさが合っているのかもしれない。
    もちろん、アメリカ本国以外・特に日本でのヒットの要因は、エマ・ワトソンのアメリカナイズされていないところが良かったと思っている。

    映画らしい楽しさが備わっているか?

    VFXがここまでできるのか!と。
    既にピクサー、マーベル・コミック、ルーカスフィルムといった映像の最先端技術を持っているディズニー、逆に言うと前半はアニメ版をそのままCGI化したような映像だった。

    これだけ絢爛豪華で、しかもミュージカルとして成立している作品、是非、できるだけ大きな画面、良い音響で見て欲しい。
    私は、TCXとDOLBY ATMOSで見ることができた。

    今回、3D版もあるが、通常の2D版も映像が素晴らしく奥行きを感じさせるものだった。

    エンターテインメント性

    ミュージカルは音楽である!という私の勝手な持論(笑)
    やっぱり『美女と野獣』の音楽はどれとっても素晴らしい!ディズニーの歴代のミュージカルを見てきても、音楽の素晴らしい映画がヒットしてきている。

    『アナと雪の女王』でも映像と音楽の一体化がヒットへとつながっているが、野獣とベルの舞踏会のシーンは、ディズニー映画史上でも最も美しいシーンだと思う。

    今回は主題歌をアリアナ・グランデ&ジョン・レジェンド(『ラ・ラ・ランド』にも出演)が歌っている。
    1991年のセリーヌ・ディオン&ピーボ・ブライソンにも勝るとも劣らない歌声を披露している。

    演出が素晴らしいか?

    今回は意識して、アニメ版と同じカメラワークを駆使したという。
    一方で、ベル=エマ・ワトソンの表情のとらえ方がとても良かった。

    やっぱりまだCGでは、人間表情は表現できないところもあると思う、特に歌いながらの表情は独特なものがあると思う。

    脚本が素晴らしいか?

    1991年とほぼ同じである。
    ベルが少し現代的になった気もする、よりいっそう自分らしさを持った知的な女性になっていると思う。

    それにしても、オープニングからしばらくは、まるで『サウンド・オブ・ミュージック』を見ているようだった。
    ちょっと順番は違うけど、変わった女性のベルのことを村人たちが歌い上げ、ベルが見晴らしの良い丘で歌い上げるシーンは『サウンド・オブ・ミュージック』のオーストリアの山々と教会のシーンに酷似していた。

    何度も見たくなるか?

    誰もがハーマイオニーが主役になった映画と感じたはず(笑)
    エマ・ワトソンが美しく可愛い!それだけでも価値があると思う。

    オリジナル版(字幕スーパー)と日本語吹替版は、私はオリジナル版を見た。
    オリジナルのエマ・ワトソンやダン・スティーヴンスやルーク・エヴァンスまで、どれも歌は素晴らしかった。
    上にも書いたが、ユアン・マクレガーも流石といったところ。

    日本語版は劇団四季版をベースにしたと聞いているが、映像を見るとこちらも魅力的な歌声。
    機会があれば、日本語版も見てみたい。

    これぞハッピー・エンド!という恋愛物語、そして素晴らしい歌と映像に彩られている作品。
    ディズニー作品が繰り返し見られ愛されているが、個人的にはディズニー史上でもトップクラスの作品だと思う。

    私が寄稿したデート映画としての『美女と野獣』の記事は下のリンクでどうぞ!

    映画『美女と野獣』 2017年にオススメする最強のデート映画!

    映画『美女と野獣』のデータ

    美女と野獣

    上映時間■130分
    製作国■アメリカ
    公開情報■劇場公開(ディズニー)
    初公開年月■2017/04/21

    監督■ビル・コンドン
    製作■デビッド・ホバーマン, p.g.a AND トッド・リーバーマン, p.g.a
    脚本■ステファン・チボスキー AND エヴァン・スピリオトプロス
    製作総指揮■ジェフリー・シルバー/トーマス・シューマッハ/ドン・ハーン
    撮影■トビアス・シュリッスラー, ASC
    プロダクション・デザイン■サラ・グリーンウッド
    編集■バージニア・カッツ, ACE
    衣裳■ジャクリーヌ・デュラン
    スコア■アラン・メンケン
    歌曲・作曲■アラン・メンケン
    作詞■ハワード・アシュマンAND ティム・ライス
    音楽プロデューサー■マット・サリヴァン
    スコアアレンジ■クリストファー・ベンステッド
    歌曲アレンジ and 指揮■マイケル・コザリン

    出演■エマ・ワトソン(ベル)/ダン・スティーヴンス(野獣)/ルーク・エヴァンス(ガストン)/ケヴィン・クライン(モーリス)/ジョシュ・ギャッド(ル・フウ)/ユアン・マクレガー(ルミエール)/スタンリー・トゥッチ(カデンツァ)/ネイサン・マック(チップ)/ググ・ンバータ=ロー(プリュメット)/オードラ・マクドナルド(マダム・ド・ガルドローブ)/イアン・マッケラン(コグスワース)/エマ・トンプソン(ポット夫人)

    ©Disney

    公式サイトはこちら

    【ストーリー】

    ひとりの美しい王子が、呪いによって醜い野獣の姿に変えられてしまう。魔女が残した一輪のバラの花びらがすべて散る前に、誰かを心から愛し、愛されることができなければ、永遠に人間には戻れない。呪われた城の中で、希望を失いかけていた野獣と城の住人たちの孤独な日々に変化をもたらしたのは、美しい村の娘ベル。聡明で進歩的な考えを持つ彼女は、閉鎖的な村人たちになじめず、傷つくこともあった。それでも、“人と違う”ことを受け入れ、かけがえのない自分を信じるベルと、“人と違う”外見に縛られ、本当の自分の価値を見出せずにいる野獣──その出会いは、はたして奇跡を生むのだろうか…?

    『ハリー・ポッター』シリーズのハーマイオニー役で世界を魅了した愛らしい少女は、いまや強い意志を持った聡明で美しい大人の女性として、カリスマ的存在となっている。そのエマが「4歳のころから夢中」と語るベルを演じるとき、ベルはおとぎの国の住人であることをやめ、現代を生きる私たちにエールを贈る21世紀最高のヒロインに生まれ変わる。
    また、野獣にはダン・スティーヴンス、ガストンにルーク・エヴァンス、ルミエールにユアン・マクレガーなど、絢爛豪華な実力派スターが結集!

    監督と脚本を務めたのは、大ヒットミュージカルを映画化した『シカゴ』(02/脚本)や『ドリームガールズ』(06/監督・脚本)などで知られるビル・コンドン。

    そして、なんといってもディズニーの『美女と野獣』の魅力は、アカデミー賞/ゴールデングローブ賞/グラミー賞を総なめにした極上のミュージカルナンバー。アラン・メンケン(作曲)とハワード・アシュマン(作詞)によるアニメーション版からの楽曲に、メンケンが新たにティム・ライス(作詞)と組んで作り上げた3曲の新曲が加わり、より華やかさと深みを増した音楽が、世紀の映像体験を約束してくれる。

    ©Disney

  • 映画『家族の肖像』 個室の中の完璧なドラマ

    映画『家族の肖像』 個室の中の完璧なドラマ

    映画『家族の肖像』 GRUPPO DI FAMIGLIA IN UN INTERNO

    gruppo-di-famiglia-in-un-interno

    2017年2月11日(祝・土)より、岩波ホールほか全国順次ロードショー

    ルキノ・ヴィスコンティの生涯についてはこちらから

    ルキノ・ヴィスコンティ -作品と演出- はこちら

    部屋に閉じこもる老人を描くことで、人間の本質を描いた作品

    私が観た映画の中の最高傑作の一つ。
    演出の素晴らしさ、それに応えた俳優陣も素晴らしい!
    ここで出てくるアイテムとして音楽・絵画が有るが、その使い方も、それに精通しているヴィスコンティならでは。
    この作品では孤独を好む老人の前に、ある日突然、家族というものが現れる。
    そこには欲望というものを隠さず露わにする人種達であった。
    老人の心の中での葛藤とそれを受け入れたものの、また裏切られる経過を部屋というディテイルの中で描ききっている。
    テーマの深さを物の見事に表現していること、一切の無駄を省きながらも語り残したところの無い完璧なストーリー。
    そこにはヨーロッパの芸術、映画の娯楽性までもが醸し出されている。
    時代性は無いものの、人間の普遍的な部分を追求した作品。

    gruppo-di-famiglia-in-un-interno

    映画館で観終わってやはり疲れる、難解な映画である、と同時にヴィスコンティの作品の中でも最も完成された作品だと思う。
    それは他のヴィスコンティ作品は、受け取る側(観客)の感性と言うものに、かなりの部分を委ねているのに対して、この作品では明確にヴィスコンティが描こうとするものが映し出され考えることを要求しているようにも思える。
    その理由の一つに、家の中から出ないと言った閉ざされた空間の中で物語が進行していく事に有ると言っても良い、まるで舞台劇のように話は進んで行く。
    ただヴィスコンティは、舞台劇と映画の明確な違いを意識しており、常に映像の中に奥行きを持たしている。
    この辺の演出に関しては、今更どうこう言う必要は無いだろう、素晴らしいの一言である。
    テーマは世代間ギャップで有り、古い世代の一人の人間の孤独感である。
    ただ、このギャップや孤独感は、主人公の教授の性格に依存するものであり、ある特定の階級等に所属する人々の一般的な話では無い。
    またヴィスコンティの作品の素晴らしい点として、登場人物の奥行きの深さ。
    そう言う意味で教授が妻の事、母親の事を回想するシーンなどは重要な意味を持つ。

    gruppo-di-famiglia-in-un-interno

    この作品は『地獄に堕ちた勇者ども』と同様に、非常に政治的・思想的な意味合いも込められていた。
    ファシズムとしての右派と、共産主義的な過激派が出てくる。
    そこにはヴィスコンティ自身も経験した共産主義的左派の挫折も明確に読みとれる。
    時代から逃避した老人と、現実の中に埋没している人々の悲劇...ただ、この老人が現実には存在しえない人なのだろうか?
    人間の心の中に潜む欲望、それは複数の人々が集えば必ず争いが起きる原因となる。
    それは人の集まりの最小単位である家族であったとしても(ここでは仮想的な、もしくは擬似的な家族では有るが)。
    ならば、それを避けて生きていきたいと願う事も有るのでは。
    確かに、この作品の教授は余りにも象徴的に描かれているが、実際の人々の中に潜む孤独、それを明確に捉えている。
    そうコンラッドやブルモンティ婦人の家族は、現実の世界の人々の象徴として描かれる。
    それは欲望に満ちた人々であり、片やブルジョワ的資産階級であり、片や革命的共産主義者である。
    どちらが良い悪いでは無く、そこには自己矛盾が存在しており、醜いものが潜んでいて、常に争いを起こす。
    それはお互いを愛す事でもそうで有り、仲間の間でもそうで有り、家族の間でもそうなので有る。
    そしてそこから逃避したい...と、考えるのはある意味、人間の弱さであり本質なのかもしれない。
    こうしてヴィスコンティは、この作品で人間の内面を見事に描いて見せた。
    また映画の造形の面からも、2つの側面を描いて見せた。
    教授の部屋は、時代錯誤的なバロック調の部屋であり、コンラッドの間借りした部屋は現代的な部屋に改装されている。
    コンラッドの部屋を見て、観客は初めてこの作品が現代の物語であることに気付かされる。

    gruppo-di-famiglia-in-un-interno

    イタリア人でありながら、一時期、アメリカに渡航した老教授をバート・ランカスターが好演。
    ヘルムート・バーガーの妖しさはここでも美しい。
    それ以上に素晴らしかったのは、派手な衣装を装いながらも、品の良さを持った上流階級の貴婦人を演じ、と同時に女性のエゴを丸出しにした演技をしたシルヴァーナ・マンガーノは秀逸である。
    登場人物を限ったことにより、一人一人の人物を深く描き、人間の本質と時代性を描いたヴィスコンティの本当の傑作である。

    映画『家族の肖像』のデータ

    映画『家族の肖像』 デジタル完全修復版【Blu-ray】 [ バート・ランカスター ]

    Conversation Piece(Gruppo di Famiglia in un Interno 121分 1974年 イタリア

    監督■ルキノ・ヴィスコンティ
    製作■ジョヴァンニ・ベルトルッチ
    脚本■ルキノ・ヴィスコンティ/エンリコ・メディオーリ/スーゾ・チェッキ・ダミーコ
    撮影■パスカリーノ・デ・サンティス
    音楽■フランコ・マンニーノ/モーツァルト『神よ、私の心を、K364』
    編集■ルッジェーロ・マストロヤンニ
    美術■マリオ・ガルブリア
    衣装■ヴェラ・マルツォ/ピエロ・トージ
    助監督■アルビーノ・コッコ
    製作会社■ルスコーニ・フィルム/ゴーモン・インターナショナル
    備考■テクニカラー、トッドAO
    日本公開■1978年
    出演■バート・ランカスター/シルヴァーナ・マンガーノ/ヘルムート・バーガー/クラウディア・マルサーニ/ステファノ・パトリッツィ/エルヴィラ・コルテーゼ/ロモロ・ヴァッリ/クラウディア・カルディナーレ/ドミニク・サンダ

    【解説】
     ローマ市内で静かに暮らす教授のもとに、奇妙な一群がやってきた。母娘とその情夫たちである。彼らは教授の屋敷の2階に住み着き、教授の平穏な生活はかき乱されてしまう。だが、母親の情夫コンラッドとの美術談義だけは、教授に不思議な安息を与えていた。そんなある日、コンラッドが過激派に襲われて負傷してしまう。やがて、その傷がきっかけとなり、コンラッドは彼らの前から姿を消すことになるが……。巨匠ヴィスコンティが、現代における家族の存在理由と定義を問い直す、静かだが力強い作品。B・ランカスターとヨーロッパ映画界を代表するスターの顔合わせも大きな魅力となっている。(映画データベース – allcinema より)

    題名の“家族の肖像”とは、18世紀イギリスで流行した家族の団欒を描いた一連の肖像画の事。
    ローマの広大な邸宅に住む老教授(バート・ランカスター)は、この“家族の肖像”のコレクションが趣味で、それらの絵画に囲まれて孤独に暮らしている。
    そこに、実業家夫人ビアンカ(シルヴァーナ・マンガーノ)が現れ、彼女の愛人コンラッド(ヘルムート・バーガー)の為に、強引に教授の住む邸宅の2階の部屋を借りたことから、教授の生活は一変する。
    孤独に暮らす教授に新しい“家族”が加わったのだ、だが教授はコンラッドを理解できないまま・・・。
    解体され変貌する家族の中の旧世代の孤独感を描いた、ヴィスコンティのレクイエム。

  • 映画『あん』 「死ぬときぐらい好きにさせてよ」人生の重荷を下ろす映画

    映画『あん』 「死ぬときぐらい好きにさせてよ」人生の重荷を下ろす映画

    映画『あん』

    113分 日本/フランス/ドイツ 2015

    映画『あん』

    やり残したことは、ありませんか?

    2016年正月早々の新聞広告一面に衝撃的な広告が掲載されました

    2012年の第36回日本アカデミー賞の最優秀主演女優賞に輝いた女優の樹木希林さんが、全身を癌に侵されていると公表し話題になりました。

    その樹木希林さんが「生きるのも日常、死んでいくのも日常」とコメントしています。

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    相変わらず元気にご活躍中の樹木希林さん。
    昨年(2015年)公開の『あん』でも素晴らしい演技をされてました。

    一方でジャーナリストの竹田圭吾さんが51歳と言う若さで亡くなりました。

    竹田圭吾
    「Mr.サンデー」でも癌を告白されていて、髪の毛は抜けてないのでカツラと言う話もされていました。
    このところ、明らかに痩せてきていたので...と考えると人はいつ死ぬか、何歳で死ぬか判らないものです。
    それでも、死の間際までテレビに出続けていたのは、ジャーナリストとしての本懐だったのでは、と。
    上記の樹木希林さんのコメントが心に刻まれます。

    はじめて河瀨直美監督の作品で好きになりました

    河瀬直美監督作品『あん』です。
    どら焼きの「あん」のことです。

    街の小さなどら焼き屋さんの雇われ店長(永瀬正敏)のところに、ある日、一人の老女(樹木希林)が求人募集を見て働かせて欲しいと言ってくる。

    『あん』ロケ地

    その高齢のため、一度は断る店長だったが、老女が残していった粒あんが絶品だったので老女を雇うことにする、と・・・
    (写真は、どら焼き屋のセットが有ったロケ地です、ちょっと見に行ってきました)

    河瀬直美監督作品は『殯(もがり)の森』以来、見ているのですが、睡魔との格闘が有ったりと苦手な監督になりつつ有りました、前作の『2つ目の窓』も今ひとつピンとこないところが有って。

    そんな中、今作品、感動的でした!
    樹木希林さんの演技が圧巻でした!!もうこれを観るためだけに映画を観て欲しいくらいです。

    人はそれぞれに人生に重荷を背負うことが有ります、どら焼き屋の店長も重荷を背負ってこの場所でなんとなくどら焼きを焼いています。
    樹木希林さん演じる老女は、更に重たいものを背負っているのに、どこか明るく前向き、時折、陰が見え隠れするのですが・・・その演技が凄い、河瀬直美監督は長回しで俳優の演技を引き出しますが、樹木希林さんの独特の間も生きています。

    作品を見終わった時に、その重荷を一つ降ろした開放感がまた大きな感動を与えてくれました。

    国立療養所多磨全生園

    映画の中盤で樹木希林さん演じる老女はハンセン病患者だと言うことが判る。
    不当な差別を受け、何十年も隔離されて世間から切り離されている。

    そんな彼女がやっと世間との接点を持ち、それに心から喜ぶ姿を、光と影で表現している。
    でも、この作品で涙する人々は、本当に差別を憎んでいるのだろうか?と。
    ハンセン病はつい最近まで差別の対象だった、たまたま私がこの作品の舞台の近くに住んでいることで、ハンセン病の多少なりの知識が有ったから、途中でハンセン病の話が出た時、絶句してしまった。
    (写真は、国立療養所多磨全生園です、近くなのでこちらも行って来ました)

    作品の良さを味わってもらうこと共に、この作品の持つテーマ、差別と言うことも今一度考える機会になればと・・・
    もしかしたら、私だって作中の浅田美代子さん側の人間かもしれないのだから、と。

    私的『あん』

    テーマが有るか?共感できるか?

    主人公の二人、樹木希林さん演じる老女と永瀬正敏さん演じるどら焼き屋の店長が、重い荷物を持って人生を生きています、そう誰もが軽重は有るのかもしれませんが、荷物を背負って生きています。
    それが不当な差別としたら、それでも強く生きることを教えてくれる作品に感動しました。

    作り手の強い意思を感じるか?

    常にテーマ性の高い作品を送り出す河瀬直美監督が、それまでの抽象的な生命の神秘・不思議を描いていたのとは一変して、ストレートに「人生」を描いたことに驚き、感心させられました。

    俳優の意思や演技力が伝わるか?

    感想にも書きましたが、樹木希林さんの演技が凄かった・・・それって演技ですか?と。
    最近、特に演技面の充実が見られる永瀬正敏さんも良かったです、樹木希林さんと見事な対を成していました。

    映画らしい楽しさが備わっているか?

    低予算のしかもこの手のテーマの物語なので、大作のような大画面で楽しむ、と言うだけの作品では有りません。
    でも実際に、この手の差別を取り扱った作品をテレビで放送することが難しいのが現実です。
    だからこそ、映画でやる価値がある作品と言えます。

    あん

    エンターテインメント性

    樹木希林さんの演技を見る、と言うのもエンターテインメントではないでしょうか?
    派手さは有りません、低予算で良い映画を作ると言った見本のような作品です。

    演出が素晴らしいか?

    河瀬直美監督は独特の映像感覚を持っています、毎回、それは楽しみにしています。
    そして長回しが好きな監督さんでも有りますが、今回は、樹木希林さんをはじめとする俳優さんたちの演技が素晴らしいので、非常にマッチしている感じです。

    脚本が素晴らしいか?

    予告で既に「らい」と言う言葉が出ているのですが、私が知らなかったので、流石に物語の展開に驚かされました。
    前半と後半の陰影のある展開が素晴らしかった、河瀬直美監督の作品を今回評価したのは、脚本の素晴らしさに有ったのかもしれません。

    何度も見たくなるか?

    重いテーマの話なので、何度でも見たい!と言うよりも、人生の節目で観たくなる作品だと思っています。

    映画『あん』のデータ

    あん

    監督■河瀬直美
    プロデューサー■福嶋更一郎/澤田正道/大山義人
    原作■ドリアン助川 『あん』(ポプラ社刊)
    脚本■河瀬直美
    撮影■穐山茂樹
    美術■部谷京子
    編集■ティナ・バス
    主題歌■秦基博 『水彩の月』
    照明■太田康裕
    録音■森英司
    助監督■近藤有希
    出演■樹木希林/永瀬正敏/内田伽羅 /市原悦子/水野美紀/太賀/兼松若人/浅田美代子

    映画『あん』 [ 樹木希林 ]

    映画『あん』公式サイト

    【解説】
     ドリアン助川の同名小説を「殯(もがり)の森」「2つ目の窓」の河瀬直美監督が映画化した人生ドラマ。
    小さなどら焼き屋の雇われ店長と、粒あん作りの腕を買われて働くことになった老婦人の心の交流と、次第に明らかとなる老婦人が辿った過酷な人生を優しく見つめる。
    主演は「東京タワー オカンとボクと、時々、オトン」の樹木希林と「隠し剣 鬼の爪」の永瀬正敏。
    また、樹木希林とその実孫・内田伽羅との初共演も話題に。
     町の小さなどら焼き屋“どら春”で雇われ店長をしているワケありの中年男、千太郎。単調な毎日を送る彼の前に、ある日、求人募集の張り紙を見て働かせてほしいと申し出る老女、徳江が現われる。
    彼女の粒あんが絶品だったことから雇ってみたところ、たちまち評判となり、店はみるみる繁盛していくが…。(映画データベース –allcinema より)
     

  • 映画『素晴らしき哉、人生!』 クリスマス・イブの夜に奇跡的な感動に出会う

    映画『素晴らしき哉、人生!』 クリスマス・イブの夜に奇跡的な感動に出会う

    映画『素晴らしき哉、人生!』

    IT’S A WONDERFULL LIFE 130分 1946年 アメリカ

    素晴らしき哉、人生!

    クリスマスのプレゼント、古き良きアメリカの楽天主義!

    フランク・キャプラ監督の戦後初監督作品。
    彼の理想主義が戦後のアメリカでは受け入れられなかったのか?この後、数本の作品を撮って引退している、この作品もヒットしなかった らしい。
    現代の評価は、『或る夜の出来事
    』『オペラハット』『スミス都へ行く』と並ぶ、フランク・キャプラ監督の傑作の一つと言われている。
    僕も、いずれの作品も好きでビデオとしてコレクションしている(だから家がビデオだらけになるんだけど)。

    前半は、一見平凡そうな一人の男の人生を淡々と描き続けている。
    それは、ある種の理想や優しさに溢れ、それでいてどこか強情な、何処にでもいる男性像。
    主演のジェームズ・スチュアートならでは、と言う演技で安心して観ることが出来る。
    そしてある時突然、彼は不幸のどん底に陥る。
    しかし、そこで起きることは、天使が現れ主人公に、彼が居ない世界を見せる事、ここからの展開が面白い。
    そう、一見平凡な人生で有ったとしても、そこには誠実に生きてきた一人の人間の証が、いろいろなところに落ちていて、それにいろいろ な人が関わっているのである。
    それがどんな人生であれ、人間独りが生きていることには、大きな意味が有ることを彼に見せる、それは観客にこの映画が訴えかけている テーマなのだ。

    フランク・キャプラ監督は、一見、楽天主義的なこの映画で、ただ人生が素晴らしい...とだけ言っている訳ではないと思う。
    この映画が作られた時代も、今の時代においても、人間の社会が複雑になっていく中で、自己の喪失、そう社会の一部品としてしか自分を 見れなくなる事への一つの回答のような気がする。
    どんな人生でも、生きていること自体が素晴らしいことだと、それは本人以上に周りの人達が知っているのである。

    天使が現れて本人が居なかった世界を見せる発想の面白さや、フランク・キャプラ監督の俳優を捉えるカメラの鋭さ(ズーム・アップの多用)、それに応えたジェームズ・スチュアートとドナ・リードらの俳優陣の素晴らしさが、この物語を盛り上げる。

    一見、単純なストーリーとテーマであるが、そこにある人間ヘの温かみや人間の存在感は、今観ても感動する。
    ラストのハッピー・エンドは涙なくして観ることは出来ない...時はクリスマス・イブの夜。

    素晴らしき哉、人生! Blu-ray — Amazonで見る

    私的『素晴らしき哉、人生!』

    ① テーマが有るか?共感できるか?

    フランク・キャプラ監督の映画は楽天主義が多い、アメリカの理想主義とでも言ったら良いのか?
    でも、それが古き良きアメリカであり、今ほど複雑ではない社会を反映している。
    だからこそ、今もこう言った純粋な映画を観ることもにも価値を感じる。
    そして、誰でも共通するテーマであり共感できる。

    ② 作り手の強い意思を感じるか?

    世界大戦の間に、アメリカの理想を描き続けたフランク・キャプラ監督、それは戦争よりも大切なモノをそこに訴えかけていたんだと思える。
    第二次世界大戦直後に、人生の素晴らしさを描いたところに監督の思いを感じる。

    ③ 俳優の意思や演技力が伝わるか?

    ジェームズ・スチュアートはアメリカの良心を演じ続けた俳優。
    演技力もそうだし、ちょっとのっぽでユニークな風貌、優しい表情と、アメリカ人にとっても癒される存在であり、外国からアメリカン人を見る時に彼が一つの象徴なのかもしれない。

    ④ 映画らしい楽しさが備わっているか?

    アメリカ映画が一番輝いていた時代、戦争という暗い時代に映画というエンターテインメントに希望とか夢を抱いた時代。
    それを代表するスター、ジェームズ・スチュアートがアメリカの理想を演じている。
    また、ドナ・リードの美しさが際立つ。

    素晴らしき哉、人生!

    ⑤ エンターテイメント性

    静かな展開の前半と、後半の対象的な演出で楽しめる、ジェームズ・スチュアートが出てる時点でも、スター映画とも言える。

    ⑥ 演出が素晴らしいか?

    フランク・キャプラ監督の演出はいつも安定しているし、この時代らしい演出。
    その中でズーム・アップを多用して人間ドラマを表現している点は素晴らしい。

    ⑦ 脚本が素晴らしいか?

    これ以前の作品が、勧善懲悪的な理想論の作品が多かったが、この作品はその構成も面白く脚本も良かった。
    理想的なパターンを好き・嫌いの別れるところも理解出来る。

    ⑧何度も見たくなるか?

    クリスマスが来ると思い出し、観たくなる作品でクリスマスを代表する作品。

    映画『素晴らしき哉、人生!』のデータ

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    監督■フランク・キャプラ製作■フランク・キャプラ
    脚本■フランセス・グッドリッチ/アルバート・ハケット
    撮影■ジョセフ・ウォーカー/ジョセフ・バイロック
    音楽■ディミトリ・ティオムキン
    出演■ジェームズ・スチュアート/ドナ・リード/ライオネル・バリモア/ヘンリー・トラヴァース/トーマス・ミッチェル/ボーラ・ボンディ/フランク・フェイレン/ウォード・ボンド/グロリア・グレアム

    アカデミー賞 1946年
    作品賞ノミネート
    主演男優賞ノミネート ジェームズ・スチュアート
    監督賞ノミネート フランク・キャプラ
    編集賞ノミネート WILLIAM HORNBECK
    録音賞ノミネート JOHN AALBERG

    ゴールデン・グローブ賞 1946年
    授賞 フランク・キャプラ

    【解説】
     主人公のジョージという男は、いつも何処かでツキに見放され、逆境にばかり立ち向かう運命にあった。
    自分のミスではなく大金を失った彼は、全てに絶望して自殺を図る。
    ところが、12月の冷たい河に飛び降りようとしたとき、彼より先に一人の男が身を投げて救けてくれと叫んだ。
    あわてて救けたジョージに、男は、自分は見習い天使だと告げるが……。
    映画はまず、挫折つづきのジョージの人生を語る。
    この、希望が幾度となく打ち砕かれるエピソードの積み重ねには、ジョージばかりではなく観る側も、その理不尽さに怒りを感じずにはいられないだろう。
    そして、天使の案内する“もし彼が生きていなかったら”という仮定の世界で、彼は自分の存在理由をかいま見る事になる。
    果たして彼は自殺を思いとどまる充分な理由を見つけることが出来るのか、という部分がこの作品の要になるのだが、安易なハッピー・エンドに逃げていないのはF・キャプラの理想主義の賜物である。(映画データベース –allcinema より)