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  • 映画『美女と野獣』 美しくなったエマ・ワトソンを楽しむ恋愛映画の王道!

    映画『美女と野獣』 美しくなったエマ・ワトソンを楽しむ恋愛映画の王道!

    映画『美女と野獣』 BEAUTY AND THE BEAST

    美女と野獣

    彼は探していた。かけがえのない自分を。
    彼女は信じていた。かけがえのない自分を。

    大ヒット上映中!

    エマ・ワトソンが美しい、純愛映画!

    フランスの民話から1991年にディズニーがアニメ化して大ヒットした名作を実写化。
    アニメ版と同様にミュージカルで、冒頭からエマ・ワトソンが歌いまくる!

    恋愛映画としても完成度が高く、カップルからファミリーまで楽しめる作品。
    デート映画としては最強かもしれない!

    フランスを舞台にした物語で、古くは詩人で監督のジャン・コクトーの手でも映画化、近年でも「なぜ、王子は野獣にされたのか?」にスポットを当てて映画化されている。

    今回は1991年のディズニー・アニメを忠実に実写化、物語も音楽も、しかもカメラワーク、衣裳までもかなり忠実に再現している。
    アニメが大ヒットしただけに、そのアニメ版のファンを失望させない作りにしたという。

    では、なぜ実写化したのか?そして実写版の方がなぜ面白いのか?
    もちろん、ストーリーや音楽や素晴らしい映像を楽しむだけでも十分な価値がある。

    エマ・ワトソンのベルに意味がある

    エマ・ワトソンといえば『ハリー・ポッター』シリーズのハーマイオニー。
    その可愛らしさがずば抜けていたし、10歳から20歳までの10年間をハーマイオニーとして演じていたが、子役にありがちなイメージが変わってしまうことなく、美しい女性に成長していった。

    そこで今回のベル役。
    ディズニー・アニメを基にした物語としては、とても現代的な女性として描かれていて、結婚もしないで本ばかり読んで村の外の大きな世界に夢見る女性として描かれる。

    そんな現代的な女性が純愛として描かれる物語のヒロインとして、変化していく姿、それは夢見る少女から恋愛する女性への変化を、実際の女優が演じることで非常に豊かさや表現力で見せてくれている。

    アニメは非現実な世界を受け入れやすいバックボーンを作るのに適しているが、今回は恋愛物語という部分に焦点を当てて、野獣や映像のVFXを駆使しすることで実写としての違和感をなくし、ベルの心の変化を見せる映画として変わっている。

    簡単に言えば、ベル=エマ・ワトソンを楽しむ映画となっている!

    美女と野獣

    私的『美女と野獣』

    テーマが有るか?共感できるか?

    正統派の恋愛映画としてミュージカル化された1991年のアニメ版そのままに、恋愛の本質は相手の人間性を認めることにあることを感じさせてくれる。
    ガストンのような判りやすい、体格がよくハンサムで力が強い反面教師的な役を出し、それに全く興味を示さないベルが、知識があり繊細さを持ち合わせる野獣に惹かれていく。

    そして真実の愛とは自由!お互いを束縛せずに尊重するところにある、という点に関しては、一貫してあるテーマである。

    今回、保守的なディズニーが、白人と黒人といった人種間の恋愛、ゲイのカップルを登場させたことも、愛の色々な形を肯定的に描いていて、作品の良さという以外にもエポックメイキング的な作品と思う。

    作り手の強い意思を感じるか?

    ディズニーの勇気が凄い!アニメ版でこれだけ不朽の名作として確立した作品を、あえて全く同じストーリーで実写化したこと、そしてアニメ版以上の内容にしてきたこと。

    それはキャスティングにあると思う、かつてディズニーが『メリー・ポピンズ』を映画化する時にジュリー・アンドリュースがいなかったら実現しなかったと思う。

    今回は、醜いものを愛する美しい女性、そして現代的でいながらクラシックな美女、この条件を備えた女優がエマ・ワトソンだったということだろう。

    俳優の意思や演技力が伝わるか?

    この作品を冒頭から見た時に、しばらくはアニメ版と何も変わらなかったので、なぜあえて実写化したのか?判らなかった、アニメ版同様の楽しいミュージカルという趣だった。
    それが中盤からガストンのナルシシズムや虚栄心、野獣とベルの心の交流が表現されるようになってから一気に動き出した感じ。

    俳優がドラマを演じてる、という実感が湧いてくる。
    それまでCGIを駆使したような映画だったのが、エマ・ワトソンを中心に俳優が表情で演じる映画となっていった。
    そしてラストシーン近くで、野獣が王子に戻った後に、ベルが王子の瞳を見て同じ愛した人であることを確認した時のエマ・ワトソンの表情が素敵だった!

    面白いのは、CGで見事に描かれた時計のコグスワースとロウソク立てのルミエール、イアン・マッケランとユアン・マクレガーが、セリフだけにもかかわらず表情豊か?に演じていたこと。

    今回、ハリウッドそしてディズニー製作の映画でフランスが舞台にもかかわらず、ほぼメインのキャストは(ベルの父親役のケヴィン・クライン以外)イギリスの俳優ばかりというところも面白い。

    もちろんエマ・ワトソンもイギリス出身の女優であり、ハリウッドのジュリア・ロバーツやキャメロン・ディアスとはタイプが異なり、フランスを舞台とした本作品ではエマ・ワトソンの品があって茶目っ気も感じさせる、可愛らしい美しさが合っているのかもしれない。
    もちろん、アメリカ本国以外・特に日本でのヒットの要因は、エマ・ワトソンのアメリカナイズされていないところが良かったと思っている。

    映画らしい楽しさが備わっているか?

    VFXがここまでできるのか!と。
    既にピクサー、マーベル・コミック、ルーカスフィルムといった映像の最先端技術を持っているディズニー、逆に言うと前半はアニメ版をそのままCGI化したような映像だった。

    これだけ絢爛豪華で、しかもミュージカルとして成立している作品、是非、できるだけ大きな画面、良い音響で見て欲しい。
    私は、TCXとDOLBY ATMOSで見ることができた。

    今回、3D版もあるが、通常の2D版も映像が素晴らしく奥行きを感じさせるものだった。

    エンターテインメント性

    ミュージカルは音楽である!という私の勝手な持論(笑)
    やっぱり『美女と野獣』の音楽はどれとっても素晴らしい!ディズニーの歴代のミュージカルを見てきても、音楽の素晴らしい映画がヒットしてきている。

    『アナと雪の女王』でも映像と音楽の一体化がヒットへとつながっているが、野獣とベルの舞踏会のシーンは、ディズニー映画史上でも最も美しいシーンだと思う。

    今回は主題歌をアリアナ・グランデ&ジョン・レジェンド(『ラ・ラ・ランド』にも出演)が歌っている。
    1991年のセリーヌ・ディオン&ピーボ・ブライソンにも勝るとも劣らない歌声を披露している。

    演出が素晴らしいか?

    今回は意識して、アニメ版と同じカメラワークを駆使したという。
    一方で、ベル=エマ・ワトソンの表情のとらえ方がとても良かった。

    やっぱりまだCGでは、人間表情は表現できないところもあると思う、特に歌いながらの表情は独特なものがあると思う。

    脚本が素晴らしいか?

    1991年とほぼ同じである。
    ベルが少し現代的になった気もする、よりいっそう自分らしさを持った知的な女性になっていると思う。

    それにしても、オープニングからしばらくは、まるで『サウンド・オブ・ミュージック』を見ているようだった。
    ちょっと順番は違うけど、変わった女性のベルのことを村人たちが歌い上げ、ベルが見晴らしの良い丘で歌い上げるシーンは『サウンド・オブ・ミュージック』のオーストリアの山々と教会のシーンに酷似していた。

    何度も見たくなるか?

    誰もがハーマイオニーが主役になった映画と感じたはず(笑)
    エマ・ワトソンが美しく可愛い!それだけでも価値があると思う。

    オリジナル版(字幕スーパー)と日本語吹替版は、私はオリジナル版を見た。
    オリジナルのエマ・ワトソンやダン・スティーヴンスやルーク・エヴァンスまで、どれも歌は素晴らしかった。
    上にも書いたが、ユアン・マクレガーも流石といったところ。

    日本語版は劇団四季版をベースにしたと聞いているが、映像を見るとこちらも魅力的な歌声。
    機会があれば、日本語版も見てみたい。

    これぞハッピー・エンド!という恋愛物語、そして素晴らしい歌と映像に彩られている作品。
    ディズニー作品が繰り返し見られ愛されているが、個人的にはディズニー史上でもトップクラスの作品だと思う。

    私が寄稿したデート映画としての『美女と野獣』の記事は下のリンクでどうぞ!

    映画『美女と野獣』 2017年にオススメする最強のデート映画!

    映画『美女と野獣』のデータ

    美女と野獣

    上映時間■130分
    製作国■アメリカ
    公開情報■劇場公開(ディズニー)
    初公開年月■2017/04/21

    監督■ビル・コンドン
    製作■デビッド・ホバーマン, p.g.a AND トッド・リーバーマン, p.g.a
    脚本■ステファン・チボスキー AND エヴァン・スピリオトプロス
    製作総指揮■ジェフリー・シルバー/トーマス・シューマッハ/ドン・ハーン
    撮影■トビアス・シュリッスラー, ASC
    プロダクション・デザイン■サラ・グリーンウッド
    編集■バージニア・カッツ, ACE
    衣裳■ジャクリーヌ・デュラン
    スコア■アラン・メンケン
    歌曲・作曲■アラン・メンケン
    作詞■ハワード・アシュマンAND ティム・ライス
    音楽プロデューサー■マット・サリヴァン
    スコアアレンジ■クリストファー・ベンステッド
    歌曲アレンジ and 指揮■マイケル・コザリン

    出演■エマ・ワトソン(ベル)/ダン・スティーヴンス(野獣)/ルーク・エヴァンス(ガストン)/ケヴィン・クライン(モーリス)/ジョシュ・ギャッド(ル・フウ)/ユアン・マクレガー(ルミエール)/スタンリー・トゥッチ(カデンツァ)/ネイサン・マック(チップ)/ググ・ンバータ=ロー(プリュメット)/オードラ・マクドナルド(マダム・ド・ガルドローブ)/イアン・マッケラン(コグスワース)/エマ・トンプソン(ポット夫人)

    ©Disney

    公式サイトはこちら

    【ストーリー】

    ひとりの美しい王子が、呪いによって醜い野獣の姿に変えられてしまう。魔女が残した一輪のバラの花びらがすべて散る前に、誰かを心から愛し、愛されることができなければ、永遠に人間には戻れない。呪われた城の中で、希望を失いかけていた野獣と城の住人たちの孤独な日々に変化をもたらしたのは、美しい村の娘ベル。聡明で進歩的な考えを持つ彼女は、閉鎖的な村人たちになじめず、傷つくこともあった。それでも、“人と違う”ことを受け入れ、かけがえのない自分を信じるベルと、“人と違う”外見に縛られ、本当の自分の価値を見出せずにいる野獣──その出会いは、はたして奇跡を生むのだろうか…?

    『ハリー・ポッター』シリーズのハーマイオニー役で世界を魅了した愛らしい少女は、いまや強い意志を持った聡明で美しい大人の女性として、カリスマ的存在となっている。そのエマが「4歳のころから夢中」と語るベルを演じるとき、ベルはおとぎの国の住人であることをやめ、現代を生きる私たちにエールを贈る21世紀最高のヒロインに生まれ変わる。
    また、野獣にはダン・スティーヴンス、ガストンにルーク・エヴァンス、ルミエールにユアン・マクレガーなど、絢爛豪華な実力派スターが結集!

    監督と脚本を務めたのは、大ヒットミュージカルを映画化した『シカゴ』(02/脚本)や『ドリームガールズ』(06/監督・脚本)などで知られるビル・コンドン。

    そして、なんといってもディズニーの『美女と野獣』の魅力は、アカデミー賞/ゴールデングローブ賞/グラミー賞を総なめにした極上のミュージカルナンバー。アラン・メンケン(作曲)とハワード・アシュマン(作詞)によるアニメーション版からの楽曲に、メンケンが新たにティム・ライス(作詞)と組んで作り上げた3曲の新曲が加わり、より華やかさと深みを増した音楽が、世紀の映像体験を約束してくれる。

    ©Disney

  • 映画『バーニング・オーシャン』 実話を映画化する意味を感じさせるスペクタクル作品!

    映画『バーニング・オーシャン』 実話を映画化する意味を感じさせるスペクタクル作品!

    映画『バーニング・オーシャン』 Deepwater Horizon

    必ず、生きて帰る。

    2017年4月21日(金)全国ロードショー

    あれ『THE LAST MESSAGE 海猿』?いやいや、もっと凄いです!

    この作品は2010年に実際に有った事故を基にして描かれた海上スペクタクル、そう言えば『海猿』でも似たようなシチュエーションの作品がありましたね~。
    2010年のこの事故は、ニュースでも取り上げられてかなり印象に残っている、なんと言ってもメキシコ湾を石油だらけにした事故。

    監督のピーター・バーグと主演のマーク・ウォールバーグは、3作品立て続けで実話ベースの作品を作っている。
    2013年のアフガンでのネイビーシールズの緊迫した戦場を描いた『ローン・サバイバー』、そして今作品と今年(2017年6月)公開予定のこちらも記憶に新しいボストンマラソン爆弾テロ事件を題材にした『パトリオット・デイ』が控えている。

    3作品に共通することは、何がこれから起きるのが予想外でサスペンス的な要素を含みつつ、パニックに陥った人々の中で、勇気を見せたヒーローを描いている。
    決して、そのヒーローは強いだけではなく、あくまでどこにでもいる人々という点で、主人公に共感して感動することができる作品に仕上がっている。

    スペクタクル巨編としても迫力がある映像なので、この手の作品が好きな人は大画面でハラハラドキドキして欲しい。

    私的『バーニング・オーシャン』

    ① テーマが有るか?共感できるか?

    ヒーローというものが、スーパーマンやアイアンマンのような特殊な能力を持っていなくても、勇気や決断によってなされるものと言うのがよく判る。

    だからこそ、ここに出てくる主人公たちは観客から共感を呼び、そして観客に感動を与えるんだと思う。
    ラストに辛い現実の中に安堵感を感じさせる作品。

    ② 作り手の強い意思を感じるか?

    大きな事件や事故は、人災で起きることが多い。
    そこに人の悪意がなかったとしても、善意ではない欲や都合やそれぞれの思惑が存在する、それが悲劇を生むことがある。

    人はそう言ったことから何を学ぶことができるのだろうか?それを語り継ぐことに意味があり、この映画の存在価値があるのだろう。

    ③ 俳優の意思や演技力が伝わるか?

    主演のマーク・ウォールバーグは、プロデュースとしてもこの作品に関わっていて、この作品を映画化することに強い意志を感じる。
    彼の演じる主人公は、決して特別な人間ではなく、自分の仕事をこなすプロフェッショナル。

    家族を愛し、同僚を尊敬し、仕事にプライドを持っている普通の人。
    そのことがこの作品では重要である。

    カート・ラッセルやジョン・マルコヴィッチも個性的な役どころではあるが、彼らも社会性のある人間として市井の人々である。

    主人公の妻役のケイト・ハドソンは、かつてはラブコメ中心だったが母親役として良い味を出している。

    ④ 映画らしい楽しさが備わっているか?

    『タワーリング・インフェルノ』や『ポセイドン・アドベンチャー』以来のスペクタクル大作の系譜にある作品。
    この手の作品はやはり大画面と大音響で見たい!

    ⑤ エンターテインメント性

    物語としては予告で全てなんです(汗)
    それでも、この作品を見ると感動ができて、ハラハラ・ドキドキが止まりません。

    ⑥ 演出・脚本が素晴らしいか?

    実際にあった出来事をあえて映画化しています、ドキュメンタリーではなく。
    ドキュメンタリーでは事実として感動させる力や事実として認識させる力はあるかもしれませんが、人間ドラマとして、作り手の意志を盛り込むにはドラマにする必要があると思っています。

    その点で、家族のため困難に立ち向かって生き抜こうとするドラマを演出している点でこの作品は優れていると思っています。

    中盤からジェットコースターのように襲いかかる炎や残骸、それを乗り越えた先に感動があります。

    映画『バーニング・オーシャン』のデータ

    上映時間■107分
    製作国■アメリカ
    公開情報■KADOKAWA
    初公開年月■2017.4.21.
    監督■ピーター・バーグ
    出演■マーク・ウォールバーグ/カート・ラッセル/ジョン・マルコヴィッチ/ジーナ・ロドリゲス/ディラン・オブライエン/ケイト・ハドソン

    (C)2017 Summit Entertainment, LLC. All Rights Reserved.

    公式サイトはこちら

    【作品紹介】
    2010年4月、メキシコ湾で作業中だったBP社の石油掘削施設”ディープウォーター・ホライゾン”で起こった大事故を映画化。
    海底油田から逆流してきた天然ガスの引火により大規模な爆発が発生。その後も未曾有の被害を出し、米国史上最悪の事故となってしまう。施設内に閉じ込められた作業員たちの決死の脱出そして救出活動を大スケールで描いた、実話に基づく感動の海洋スペクタクル。

    監督は『ローン・サバイバー』、『バトルシップ』など、リアルなアクション描写に定評のあるピーター・バーグ。見 る者がまるでその場にいるかのような迫力の映像を作り上げた。主演はマーク・ウォールバーグ。共演に、実力 派のカート・ラッセル、ジョン・マルコヴィッチ。さらにはジーナ・ロドリゲスやディラン・オブライエン、ケイト・ハドソン が名を連ねている。 

    (C)2017 Summit Entertainment, LLC. All Rights Reserved.

  • 映画『ブラインド・マッサージ』  目が見えないと見えてくる衝撃的な世界

    映画『ブラインド・マッサージ』 目が見えないと見えてくる衝撃的な世界

    映画『ブラインド・マッサージ』

    光を見る目、闇を見る目。

    2017年1月14日(土)より、アップリンク渋谷、新宿K’s cinemaほか全国順次公開

    イントロダクション

    南京の盲人マッサージ院を舞台に、激しい感情のぶつかり合い、目の見える人には想像できない人間関係を描いた本作は、2014年第64回ベルリン国際映画祭で銀熊賞を、台湾のアカデミー賞・第51回金馬奨で作品賞を含む6冠、第9回アジア・フィルム・アワードで作品賞、撮影賞など、数多くの賞を受賞した作品。

    原作「ブラインド・マッサージ」 ビー・フェイユイ著は中国で20万部のベストセラー小説。
    監督は『二重生活』などのロウ・イエ、主演には新星ホアン・シュエン、実力派のチン・ハオなど。

    心が震える衝撃作品!

    「目には種類があるの。光が見える目と、闇が見える目が――」

    一番、印象的だったのは、盲目の美女をマッサージを受けに来た健常者の男性たちが口々に「彼女は美しい」と言う、すると彼女の外見を見ることができない、同僚の盲人マッサージ師が彼女に強い興味を持ち始めること。

    人は「五感」を持っているというが、聴覚、触覚、味覚、嗅覚、そして視覚、この中でやはり一番なくて不便なのは視覚なんだと思う。
    美的感覚は、視覚と聴覚から得るものがほとんどのような気がするので、視覚がない場合の「美しい」の意味はなんなだろう、と。

    そして、盲目でありながら、人として生きると言うことは、恋愛もすればセックスもする。
    目が見えないことの不便さ、健常者には計り知れない世界が映し出される。

    私的『ブラインド・マッサージ』

    ① テーマが有るか?共感できるか?

    この作品の根底にあるのは「格差」。
    中国の中でも(日本も同様だけど)貧富の格差が広がっていて、特に盲目と言う弱者には限られた仕事しかできない。

    作品の中で、盲目の主人公が風俗店で売春婦と恋に落ちるが、盲目の人ができる人は自分の肉体を使うマッサージ師くらいしか仕事がない、都会でまっとうなマッサージ師になれる方がまだマシ。
    売春婦も自分の身体でお金を稼いでいる。

    兄弟が背負った借金を肩代わりする話を借金取りとしている中で「目が見えないと、街に立てば”物乞い”としてお金はもらえるが、そんなことはしない」と言う。

    ② 作り手の強い意思を感じるか?

    この作品では目が見えないことが弱者として描かれているが、何が人を弱者にするかは様々であり、そこにスポットを当てることで見えてくるものがある。

    盲目の人からは健常者は”怖い”存在らしい、それは見えているものが違うから、接する態度が変わってくる。
    これは普通の金持ちと貧しい人の間では同じような気がする。

    ③ 俳優の意思や演技力が伝わるか?

    今回、主要な登場人物は、健常者の役者が盲人役をしているが、これは素晴らしかった、てっきり全員盲人の人かと思っていた。

    時には人より激しい感情を露わにする、一昨年くらいに聾唖者の若者たちの生態を描いた『ザ・トライブ』がラストに殺人に走ると言う”動的”な描き方だったが、こちらは”静的”な描き方にも関わらず、感情の起伏の幅が大きく感じたのは、役者の力量の差も大きかった。

    ④ 映画らしい楽しさが備わっているか?

    盲目の世界をどう表現するか?どういう世界が広がっているのか、そして彼ら彼女らが何を考えているのか?そして、盲人が人として生きるという深さを描くには、映画でしかできない世界観があった。

    ⑤ エンターテイメント性

    演出が素晴らしいから、飽きることがない。
    ただ楽しいだけの話ではない、静的な世界観の中に感情的な激しさに衝撃がある。

    ⑥ 演出が素晴らしいか?

    盲目の表現の仕方に、ピンぼけを使ったり、あえて暗闇が続いたり。
    盲人にとっては暗闇は、暗闇ではない、それが日常だから。

    ⑦ 脚本(原作)が素晴らしいか?

    主人公の女性に対する感情、カップルのセックス、そして日常の仕事、主人公が少しずつ成長していくことで、暗闇の中に見える人生の光を感じる。

    ⑧何度も見たくなるか?

    自分が体験できないことでもあるので、非常に興味深い。
    また、青年が成長する物語として、その感情の起伏の激しさを感じることができる。

    今の日本人の若者には少ない「生きる」ことへの欲求を感じることができると言う意味で、見る度に勇気づけられそう。

    映画『ブラインド・マッサージ』のデータ

    原題■推拿/英題:Blind Massage
    製作国■中国/フランス
    製作年■2014年
    上映時間■115分
    監督■ロウ・イエ
    脚本■マー・インリー
    撮影■ツォン・ジエン
    原作■ビー・フェイユイ著 『ブラインド・マッサージ』(飯塚容訳/白水社刊)
    編集■コン・ジンレイ、ジュー・リン
    出演■ホアン・シュエン/チン・ハオ/グオ・シャオトン/メイ・ティンほか
    配給・宣伝■アップリンク
    公開日■2017年1月14日(土)より
    公開情報■アップリンク渋谷、新宿K’s cinemaほか全国順次公開

    公式サイトはこちら

    ■作品紹介
    己の“美”に嫌気がさした女、“美”に執着する男、欲望の中で己を失う男――
    盲人マッサージ院で巻き起こる人間模様を苛烈に描き、観る者の価値基準を大きく揺さぶる衝撃作。

    南京のマッサージ院。ここでは多くの盲人が働いている。幼い頃に交通事故で視力を失い、「いつか回復する」と言われ続けた若手のシャオマー、結婚を夢見て見合いを繰り返す院長のシャー、客から「美人すぎる」と評判の新人ドゥ・ホン。ある日、マッサージ院にシャーを頼って同級生のワンが恋人のコンと駆け落ち同然で転がり込んできたことで、それまでの平穏な日常が一転、マッサージ院に緊張が走る――。

  • 映画『ぼくは明日、昨日のきみとデートする』  今、最高のデート映画、泣ける!

    映画『ぼくは明日、昨日のきみとデートする』 今、最高のデート映画、泣ける!

    映画『ぼくは明日、昨日のきみとデートする』

    たった30日
    恋するために
    ぼくたちは
    出会った

    イントロダクション

    150万部を突破した大ヒット小説「ぼくは明日、昨日のきみとデートする」が遂に実写映画化!

    主人公・高寿を演じるのは、今、大人気の福士蒼汰、そしてヒロインには、ヒット作に出演し続ける注目の若手女優・小松菜奈。
    初共演の二人が、せつない運命を背負ったカップルを演じます。
    こちらも人気の若手俳優・東出昌大が、高寿の背中を押す親友役を熱演。

    監督・脚本には『ホットロード』『アオハライド』等、多くの恋愛青春映画のヒット作を世に出す三木孝浩監督×吉田智子コンビがふたたびタッグを組み、物語の舞台である京都の風光明媚な景色の中で、20歳のかけがえのない一瞬一瞬をみずみずしく映し出します。

    たまにはアイドル&デート映画で涙してみる!

    今年の日本映画を見ていて気付いたのは、『君の名は。』もこの作品も、そしてテレビドラマ「逃げるは恥だが役に立つ」でも、モテナイ男の恋愛説明書(トリセツ)が必要なんだなぁ~って。

    それを今、もっとも人気のある若手俳優(山崎賢人くんと二分してるのかな?)の福士蒼汰くんが演じてる訳だから、女の子にとっても「こんな素敵なトリセツ」は無いはず。

    この作品はファンタジーです!

    実は『君の名は。』では、スマホを見るのにカレンダーをチェックしていない!と言う「あり得ない!」設定があるのだけど、アニメだから許される的なところがある。
    この作品は、話の中盤でタネ明かしがあるのだけど、それを受け入れるのか?不自然と感じるのか?で評価が分かれるところ、私はすんなり受け入れることができたけど。

    設定はファンタジックだけど、恋愛のすれ違いのある形、と思えばそれはそれで納得、そしてその恋のすれ違いが本当に切ない!
    後半は本当に泣けてくる、久々に誰も亡くならないのに泣ける映画だった~

    私的『ぼくは明日、昨日のきみとデートする』・ここからネタバレもあり!

    ① テーマが有るか?共感できるか?

    青春ラヴ・ストーリーです、初恋って切ないんです!
    昔だったら手紙ですれ違ったり、電話ですれ違ったり、今みたいにケータイ電話やスマホ、LINEで連絡が取れなかったから、恋愛にすれ違いは日常的だった。

    今は便利になり過ぎたから、ファンタジーにして「すれ違いを演出」している。

    そう言う意味では、最近流行りの時空を超えた?恋愛もの、本質は男の子の、女の子の、初恋の切なさ・一瞬の輝きにトキメイてどうしても泣いちゃうのです。

    ② 作り手の強い意思を感じるか?

    三木孝浩監督と脚本・吉田智子さんというコンビ、この二人が作り出した青春映画が数多く。
    特に吉田さんの脚本は個人的に大好きで(笑)

    今は新しいラヴ・ストーリーをどう工夫するか?すれ違いの演出をどうするか?
    そう言う意味では、原作から持ってきた新奇性が上手く成功していると思う。

    ③ 俳優の意思や演技力が伝わるか?

    この手の作品は、どれだけ旬な俳優を使って、若い人たちに届けるか、がポイント。
    少し前なら山崎賢人であり、撮影のタイミングで今度は、福士蒼汰の作品が続きそう。

    小松菜奈も『渇き。』以来、順調に映画やTVドラマで活躍している、この作品では可愛らしさが前面に出てるけど。

    ④ 映画らしい楽しさが備わっているか?

    ファンタジーとしての設定が映画ならでは。
    それと方言が無かったから判らなかったけど、舞台は京都、ポイント・ポイントで「あっ、京都だ」と言う雰囲気が味わえる。

    それと、やっぱりこの手の青春ラヴ・ストーリーは、美男美女の人気俳優さんが演じると言うのは、時代が変わっても続いていく。

    ⑤ エンターテイメント性

    今の日本では、恋愛の仕方を楽しく教えてくれる、という点では良い映画。
    福士蒼汰は決して上手い俳優ではないけど、やっぱりカッコイイ男の子がカワイイ女の子と恋に落ちるのは楽しい。

    ⑥ 演出が素晴らしいか?

    三木孝浩監督の演出がどんどん上手くなっている(上から目線で失礼)。
    中盤で、小松菜奈演じるヒロインが、秘密を告白するシーンで、イマジナリーラインを背中越しに越えるところは、絶対『グッド・ウィル・ハンティング』と同じ手法だし。

    ラストでタネ明かし的に、物語をプレイバックするところも非常に判りやすい分、二人に共感しやすくなっている。

    ⑦ 脚本が素晴らしいか?

    吉田智子さんの脚本が今回も良かった、原作の通りかもしれないけど。
    後半は切なくて切なくて、ストンと落ちるものがある。

    人によっては『イニシエーション・ラブ』のようなトリック的な作品にも見えるけど、どちらかと言うとタイムパラドックスもの。
    ファンタジーの部分と純愛的なリアルな部分を、丁寧に描いていることで成功している。

    ⑧何度も見たくなるか?

    脚本・演出が一回見て判るように丁寧に作ってあるけど、もう一度見て確かめてみたいなぁ~
    と同時に、デトックス効果があるので、カップルで何度も見るのによいかも。

    そして最近見た青春ラヴ・ストーリーの中でも良くできてると思う!

    映画『ぼくは明日、昨日のきみとデートする』のデータ

    監督■三木孝浩 
    原作■七月隆文「ぼくは明日、昨日のきみとデートする」(宝島社)
    脚本■吉田智子 
    音楽■松谷卓
    出演■福士蒼汰/小松菜奈/山田裕貴/清原果耶/東出昌大/大鷹明良/宮崎美子
    公開日■2016年12月17日・大ヒット上映中!
    公開情報■全国東宝系にてロードショー
    上映時間■111分
    製作国■日本

    公式サイトはこちら

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    【ストーリー】
    京都の美大に通う20歳の学生・南山高寿(福士蒼汰)は、いつものように大学まで向かう
    電車の中で出会った女性・福寿愛美(小松菜奈)を一目見た瞬間、恋に落ちた。
    勇気を振り絞って声をかけ、「また会える?」と約束を取り付けたようとした高寿だったが、
    それを聞いた彼女は、なぜか、突然涙してしまう―。彼女のこの時の涙の理由を知る由もない
    高寿だったが、2人は意気投合し、その後、すぐに交際をスタート。
    初めてのデート、初めて手をつなぎ、初めて名前で呼び合う。そんな初めてのことがあるたびに泣く
    愛美のことを少し不思議に思いながらも、より愛美への愛情を深めていく高寿。
    そんな二人の関係は、誰もがうらやむ程に順調で、すべてがうまくいくものだと信じていた…。
    「わたし、あなたに隠していることがある…」初めてキスをした日、高寿は、愛美から想像も
    できなかった大きな秘密を明かされる…。そして、二人の運命は“すれ違い”始める―――

    (C)2016「ぼくは明日、昨日のきみとデートする」製作委員会


  • 映画『ハドソン川の奇跡』  初めて起こったことは、みな前例はない

    映画『ハドソン川の奇跡』 初めて起こったことは、みな前例はない

    映画『ハドソン川の奇跡』 SULLY

    ハドソン川の奇跡

    155人の命を救い、
    容疑者になった男。

    実際にあった本当の奇跡の話を、イーストウッド監督の演出力で魅せる

    2009年当時、日本でもニュースが話題になったが、凄い奇跡が有るものだ!と感心した。
    日本人にとっては、ニューヨークという都会のど真ん中の川への不時着がどういうものか?、隅田川か淀川に飛行機が不時着?というくらいのイメージ(怖)

    それを徹底的にリアルにイーストウッド監督は見せてくれる、ドキュメンタリーとは違う、そこがイーストウッド監督の凄いところ!

    で、この作品ではその先が描かれていて、奇跡を起こした機長に過失が有ったのでは?と言うことが調査が始まる。
    それは内部的なもので有って、実際どこまでアメリカのマスコミで報じられたかは日本にいては知らないけど。

    最近製作されたロバート・ゼメキス監督(こちらも『バック・トゥ・ザ・フューチャー』の名匠)の『フライト』(’12)に酷似しているなぁ~と思ったけど、『フライト』は“堕ちた英雄”の話でマスコミでも叩かる。
    一方、こちらは事故調査委員会も非常に論理的に行われ、逆にだからこそ主人公・サリーが精神的に追い詰められていく。
    それでも、彼のとった態度は毅然としたものだった、それは何か?

    民間航空史上、予想し得なかった絶望的な状況に突然放り込まれた時、”自分の仕事に誇りを持ち”「自分のやるべきことをやっただけ」と言える、そこにあるのは主人公の責任感=他者に対する思いやりであり、その心情を描くことを見事に実現した作品である。

    ハドソン川の奇跡

    私的『ハドソン川の奇跡』

    ① テーマが有るか?共感できるか?

    飛行機を飛ばすことは主人公・サリーにとっては、いつもやっている仕事であり、人命を最も尊ぶ気持ちを持ち続けることがその仕事を遂行させることができる、自分の強い意志であることを持ち続けている。

    だから一貫して自分の仕事に誇りを持ち、揺るぎない自信を持っている、一方で飛行機を不時着させるという一生に一度経験できるか判らない緊急事態に対する恐怖感、この主人公の心の葛藤が伝わってくる。

    常に人を思いやる気持ちが伝わってくることで、それを受け取った助かった人々と映画を観た観客が一体化して共感し、感動に涙できる作品だった。

    ② 作り手の強い意思を感じるか?

    今回のストーリーの基になったのは、チェズレイ・サレンバーガー機長の手記「Highest Duty: My Search for What Really Matters/機長、究極の決断」で、本人は事故後5日後に行われたオバマ大統領就任式にも招待され、様々な表彰を受け、ニューヨーク州知事のデビッド・パターソンは、この件を「Miracle on the Hudson/ハドソン川の奇跡」と呼び、機長を賞賛している。

    その中で、機長自身の知られざる苦悩が有ったことをベースに、映画もそこにスポット当てて描いていることで、極限の状態で人は何をするか?日常からの継続が人の危機を救うと言うことが良く判る。

    ③ 俳優の意思や演技力が伝わるか?

    主演は名優トム・ハンクス、作品中のほとんどが主人公の心情を描いており、映像としても描かれている部分と、トム・ハンクスの名演によって描かれてる部分が大きい。
    彼も、その奇跡の物語を当然のように知っており、主演が決まった時には、チェズレイ・サレンバーガー機長やアテンダント等の話を聞いて役作りをしたと言う。

     

    ④ 映画らしい楽しさが備わっているか?

    飛行機の不時着シーンが何度か映し出される、その迫力と緊迫感は大画面で見る醍醐味が有る。
    なんと言っても、巨大な旅客機がマンハッタンのど真ん中の川に着水するのである。

    そして緊迫感を出すための演出が散りばめられている。

    ⑤ エンターテインメント性

    アメリカでも何度も再現ドラマとして映像化されていると思う(実際は知らないけど、日本では「ザ!世界仰天ニュース」で再現ドラマ化している)。
    主人公のサリーの心情を映像でどう表現するか?冒頭から見事に表現している。

    公聴会での緊張感も“大逆転”ありと楽しめる。

    ⑥ 演出が素晴らしいか?

    90分ちょっとと言う非常に短い作品になっている、近年のイーストウッド監督作品でも短い方だと思うが、それは数十分間の奇跡に対して、主人公・サリーの心の動きに注力して、その心情に合わせて映像化している。

    実際の出来事と物語は時間通りには進まない、時間軸が入れ替わることで主人公の心情の動きが明確になった。

    ハドソン川の奇跡

    ⑦ 脚本が素晴らしいか?

    あえて、副機長やその他のクルーの心情、そしてパニックになる乗客を描くことを最低限している。
    更に言うと、サリーの妻とのやり取りは電話で行われるが、こちらも最小限の描き方をしている。
    それでも重要な点をしっかりと取り込んでいる脚本も素晴らしい、サリーと妻との最後のやり取り、妻がサリーに話す言葉が突き刺さる。

    実際に起きた事実が有ることも理由だと思うけど、あえてサリー以外の心情はできるだけ排除しているように思える。

    ⑧何度も見たくなるか?

    主人公の勇気に、自分がどうあるべきか?日常の仕事に対してもどうあるべきか?を考えさせてくれる。
    そんな時に、またこの作品を見ると、自分の仕事に自信を持ったり、迷いを少しでも吹っ切れる気がする。

    そしてこちらが、チェズレイ・サレンバーガー機長夫妻本人。

    ハドソン川の奇跡

    映画『ハドソン川の奇跡』のデータ

    監督■クリント・イーストウッド
    原作■チェズレイ・“サリー”・サレンバーガー/ジェフリー・ザスロウ
    脚本■トッド・コマーニキ
    撮影■トム・スターン 
    衣装デザイン■デボラ・ホッパー
    音楽■クリスチャン・ジェイコブ/ザ・ティアニー・サットン・バンド
    出演■トム・ハンクス/アーロン・エッカート/ローラ・リニー
    上映時間■96分
    製作国■アメリカ
    配給■ワーナー・ブラザース映画
    公開情報■丸の内ピカデリー、新宿ピカデリー他 全国公開中

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    【作品紹介】
    2009年1月15日、極寒のニューヨーク上空850mで155名を乗せた航空機を突如襲った全エンジン停止事故。
    160万人が住む大都会の真上で70トンの機体は高速で墜落していく。
    近くの空港に着陸するよう管制室から指示がある中、機長サリーはそれを不可と判断し、ハドソン川への不時着を決断。
    航空史上誰も予想しえない絶望的な状況の中、見事に成功させ“全員生存”の偉業を成し遂げる。
    その偉業は「ハドソン川の奇跡」と呼ばれ、サリーは一躍英雄として称賛されるも、機長の“究極の決断”に思わぬ疑惑が掛けられ、一夜にして殺人未遂の罪に問われることに…。

  • 映画『ベニスに死す』 映画、映像の極致、美への探求に死す

    映画『ベニスに死す』 映画、映像の極致、美への探求に死す

    映画『ベニスに死す』 MORTE A VENEZIA

    morte-a-venezia

    ルキノ・ヴィスコンティの生涯についてはこちらから

    ルキノ・ヴィスコンティ -作品と演出- はこちら

    私が最も愛する作品、映画として映像としての極致にある

    これ程、感覚的な映画が有るだろうか?そんな問いを投げたくなるような作品。
    映像と音楽がストーリーを語っている。
    マーラーの音楽に心酔してしまう。
    映像はヴィスコンティの他の作品に比べると、色彩という点では趣が違う。
    全体的に白を基調としたもの、他の作品は赤や黒、黄金と言った色が基調。
    それだけに主人公のアッシェンバッハの醜さとタッジョの美しさが際立つ。

    この作品は“美”とは?“芸術”とは?と言う問いを投げかけ、究極の美という物をテーマに置いている。
    “美”の象徴がタッジョであり、アッシェンバッハの老醜が描かれている。
    ここで描かれる“美”は、“知性”に依って生み出される物ではなく“自然”が生み出す物...甘美な物(欲望の現れ?)として描かれる。
    それは才能が生み出す奇跡だと...

    morte-a-venezia

    タッジョを観ていると恐ろしい物を感じる。
    “美”を生み出す才能を手に入れるために悪魔と手を握る必要が有るのでは...タッジョこそが悪魔の使いなのか?そんな幻想を思い起こさせる。
    アッシェンバッハはタッジョを追い回す。
    タッジョ(悪魔の使い)の気を引くために(死に)化粧までほどこす。
    タッジョもアッシェンバッハにつけられているのを知り、振り返っては、(“美”と言う欲望の世界に)誘惑していく。
    アッシェンバッハはタッジョに向かって独り言を言う...「愛している」と、それは、悪魔に心を売っても“美”を手に入れたいという誓いの言葉なのかもしれない。
    またアッシェンバッハは、タッジョが一人で『エリーゼのために』をピアノで弾いているのを見て、娼婦との交わりを思い起こし頭の中でタッジョ肉体的に犯している...悪魔の誘い(美)に溺れるのである。
    そして海に向かってダビデ像のポーズを取るダッジョに“美”を見て(手に入れて)、引き替えに魂(命)を悪魔に奪われる。

    morte-a-venezia

    余りに、美しい数々のシーン、そして言葉以上に語る音楽、この2つが美しすぎるだけに、その残酷さが際立つ。
    ラストのアッシェンバッハの死体が、運び出されるシーンのなんという怖さ!
    屍は、この美しく甘美な世界からは放り出されなければならないのか?

    ヴィスコンティは、この作品で“美”と言う物を映像と音楽で見せつけ、神(知性)と悪魔(欲望)の世界を描き挙げている。
    彼は長年暖めていたこの作品の企画を、ビヨルン・アンドレセンと言う完璧な美少年(好みは有るが)を手に入れたことにより実現にこぎ着けた。
    余りにも甘美で倒錯した美しい世界である...それだけに残酷である。

     

    映画『ベニスに死す』のデータ

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    LA MORTE A VENEZIA
    DEATH IN VENICE [米] 131分 1971年 イタリア=フランス

    監督■ルキノ・ヴィスコンティ
    製作■ルキノ・ヴィスコンティ
    製作総指揮■マリオ・ガッロ
    原作■トーマス・マン
    脚本■ルキノ・ヴィスコンティ/ニコラ・バダルッコ
    撮影■パスクァリーノ・デ・サンティス
    音楽■グスタフ・マーラー『交響曲第三番ニ短調第四楽章』、『第五番嬰八短調第四楽章』
    指揮■フランコ・マンニーノ
    演奏■サンタ・チェチリア国立音楽院管弦楽団
    編集■ルッジェーロ・マストロヤンニ
    美術■フェルディナンド・スカルフィオッティ
    衣装■ピエロ・トージ
    助監督■アルビーノ・コッコ
    製作会社■アルファ・チネマトグラフィ/ラ・プロデュクション
    備考■テクニカラー、パナヴィジョン
    日本公開■1971年
    出演■ダーク・ボガード/ビョルン・アンドレセン/シルヴァーナ・マンガーノ/ロモロ・ヴァリ/マーク・バーンズ/ノラ・リッチ/マリサ・ベレンソン/キャロル・アンドレ/レスリー・フレンチ/セルジオ・カラファノーロ/チロ・クリストフォレッティ/アントニオ・アピチェッラ/ブルーノ・ボスケッティ/フランコ・ファブリツィ/ドミニク・ダレル/マーシャ・ブレディット

    1971年カンヌ国際映画祭
    25周年記念賞授賞 ルキノ・ヴィスコンティ
    (ルキノ・ヴィスコンティ自身の功績も共に表彰された)

    【解説】
     掛け値なしに美しい映画だ。T・マンの原作ではギリシア神にも喩えられる少年タジオが現実にもいたせいだ。そのB・アンドレセンの美少年には主人公ならずとも、ヘテロの男性をも“その気”にさせる妖しさがあり、彼に出会えたことを“奇跡”と呼んだヴィスコンティの驚喜はよく分かる。彼とそして、全篇に流れる感傷的なマーラーの五番の第四楽章のお蔭で、この作品は耽美の極みに観る者を浸らせる。理想の美を少年に見出した作曲家アッセンバッハは、浜に続く回廊を少年を求めてさまよう。疫病に罹ってもなお、化粧をその顔に施させ、ヴェニスの町を徘徊し、やがて疲れた体を海辺のデッキチェアに横たえる。波光がきらめく。満足の笑みを浮かべつつ涙し、化粧は醜く落ちていく……。痛切な幕切れは同時にひたすら甘美だ。(映画データベース – allcinema より)

    この作品、最初に観た時は、他のヴィスコンティ作品よりも自分の好みではなかった。
    何度か見ているうちに、一番好きな作品の一つとなった。
    トーマス・マンの原作(原作は音楽家ではなく作家)だが、実は同じマン原作「ファウスト博士」の”悪魔との契約”と言うテーマが大きなベースとなっている。
    マンのファウストは、20世紀初頭のナチズムの台頭に合わせて書かれている。
    そして、その基になったゲーテの「ファウスト」をベースしたと思われるのが、宮﨑駿監督の最後の作品『風立ちぬ』。
    そう言う意味では『ベニスに死す』と『風立ちぬ』には大きな共通性を感じ、共にファシズムの台頭と言う時代を感じさせるものになっている。

  • 映画『ボッカチオ’70』 ヴィスコンティらイタリアの巨匠たちのオムニバス

    映画『ボッカチオ’70』 ヴィスコンティらイタリアの巨匠たちのオムニバス

    映画『ボッカチオ’70』 BOCCACCIO ’70 : Il Lavoro

    boccaccio-70

    短編四つからなる、オムニバス形式の作品。
    イタリアの現代劇を、イタリアの4人の巨匠(モンチェッリも巨匠なのかな?)が、独自のストーリーで語っていて、それぞれに特徴が有り面白い作品に仕上がっている。

    ヴィスコンティは第3話「前金」(主演:ロミー・シュナイダー)の挿話を担当している。

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    第1話「レンツォとルチアーナ」(劇場公開時は、第2話)

    会社に黙って結婚した若いカップルが、親との同居の問題や、上司のセクハラ?の問題にぶちあたり、最後は...と言う、若いカッ プルの右往左往ぶりを軽いタッチでさわやかに描いている。
    当時のイタリアの若者達の生活が垣間見れて面白い。
    まっ当時も今も、若い夫婦の悩みは余り変わらないのかも。
    監督の個性が余り感じられない分、判りやすく見易い、逆に物足りないと感じるかも。

    第2話「アントニオ博士の誘惑」(劇場公開時は、第1話)

    boccaccio-70

    これはもう、フェリーニ、フェリーニ、フェリーニで有る!
    物語の進行役に子供の天使?が現れ、ちょっと甲高い声で観客を物語の中へ導く。
    そしてそこに出てくる堅物教授もまた、フェリーニのらしい人物像である。
    それらの人物をフェリーニは、顔のアップで表情を映し出す。
    フェリーニは、時に人々の動きを踊りであったり、群衆によって表現し、そして対照的に人物の表情一つ一つを強烈な顔のアップの映像で映し出す。
    ヒッチコックは、“内面に燃えるような情熱を持ちながら表面上は氷のようにすました女性”を好んだが、フェリーニは見るからに情熱的な女性こそが男性を虜にすると言う、“男の性”を画面に映し出す。

    アニタ・エバーグはフェリーニの女優らしい...そして彼女が、堅物の教授を虜にしていく姿、そして最後の教授の露わな惨めな姿が、男の本性なのである。
    短編ながら見事なフェリーニらしい傑作である...
    ただ、やっぱり私は、フェリーニの語り口は苦手で、それでいて好きなのだ。

    第3話「前金」(劇場公開時は、第3話)

    boccaccio

    今回観た中では、原題の日本語訳が「仕事中」になっていたが、書籍等で見る限り「前金」と言うタイトルが正しいのか?

    ヴィスコンティが描いた女性は庶民ではなく、ブルジュワの女性。
    彼女の立場とその哀れさを見事にこの短編の中に描いている。
    そして、その登場人物の描き方が余りにも見事過ぎることに、やはり短編だったとしてもヴィスコンティらしい素晴らしい作品と言える。

    仕事というものに意識がない(仕事が何かを理解をしていない)ブルジュワの女性が、仕事を理解する時、その彼女の立場が如何に不毛で悲劇的なものか、その属している階級から逃れられないかを、この短い時間の中で描ききっている。
    素晴らしいのは、主演のロミー・シュナイダーである。
    彼女は、一見うぶな女性でありながら妻としてのしたたかさ、それ以上に魅力的な女性を演じ切っている。
    その魅力こそが、夫婦間に置いても男女の関係を成り立たせていることを、観客に納得させる演技力・魅力を兼ね備えている。
    キューブリック監督の遺作『アイズ ワイド シャット』とある意味、テーマが近いのかもしれない(語り口は、全く違うので作品の評価とは直接関 係ないが...)。
    しかしラストは圧倒的に、この作品の方が深刻で深いものを感じる。

    この作品では、主演のロミー・シュナイダーがシャネルのデザインの洋服を着ている。
    また歩き方や身のこなし方もシャネルが指導したらしい。
    そうヴィスコンティに、ジャン・ルノワール監督を紹介したのは、ココ・シャネルだったんですね。

    第4話「くじ引き」(劇場公開時は、第4話)

    boccaccio-70

    デ・シーカらしく、庶民の一人の魅力的な(そしてグラマラスな)女性に対する思いと、そのドタバタぶりをコミカルに描いている。
    残念ながら、この物語でキーになるのは主演のソフィア・ローレンの美しさに有るはずだが、どうも私の好み(の女優)ではない。
    デ・シーカの描きたいのは庶民なのである。
    一生懸命働いて得たお金を、女性とのSexのためのくじ引きにつぎ込んでしまうおじさん達。
    そして、くじを買ってから、みんながその女性を見に行く下りは、可笑しさと悲しさが込み上げくる。
    結局、くじに当たったのは、教会の仕事をしている童貞の男性(30代?、40代?)。
    彼はやらずじまいで追い返されるのだが、周りの人は真実を知らずお祭り騒ぎになる。
    彼女が真実の愛を選ぶと言う過程の話しと言うより、やはり振り回される男達の愚かさを笑いと共に描いている点で、デ・シーカら しく面白く観れる作品だった。

    どの話も個性的で面白い。
    共通していることは、どの作品も女性が男を振り回すのである。
    必見の映画と言いたい、機会が有れば是非。

    映画『ボッカチオ’70』のデータ

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    BOCCACCIO ’70 198分 1962年 イタリア=フランス 公開情報:劇場公開公開年月:62. 65

    監督■ヴィットリオ・デ・シーカ/フェデリコ・フェリーニ/ルキノ・ヴィスコンティ
    製作■アントニオ・チェルヴィ/カルロ・ポンティ
    脚本■チェザーレ・ザヴァッティーニ/フェデリコ・フェリーニ/エンニオ・フライアーノ/ルキノ・ヴィスコンティ/スーゾ・チェッキ・ダミーコ
    撮影■オテッロ・マルテッリ/ジュゼッペ・ロトゥンノ
    音楽■ニーノ・ロータ/アルマンド・トロヴァヨーリ/ピエロ・ウミリアーニ
    製作会社■コンコルディア・チネマトグラフィカ/チネリッツ/フランシネックス/グレイ・フィルム
    備考■イーストマン・カラー
    日本公開■1962年
    出演■ソフィア・ローレン/ルイジ・ジュリアーニ/アニタ・エクバーグ/ペッピノ・デ・フィリッポ/ロミー・シュナイダー/トーマス・ミリアン

    第一話=アントニオ博士の誘惑
    Le tentazioni del dottor Antonio 54分
    監督■フェデリコ・フェリーニ
    脚本■フェデリコ・フェリーニ/トゥッリョ・ピネッリ/エンニョ・フライアーノ
    撮影■オテッロ・マルテッリ
    音楽■ニーノ・ロータ
    美術■ピエロ・ズッフィ
    編集■レオ・カトッツォ
    出演■ペッピーノ・デ・フィリッポ/アニタ・エクバーグ/ドナテッラ・デッラ・ノーラ/アントニオ・アックァ/エレオノラ・マッジ(キューピット)

    第二話=レンツォとルチャーナ
    監督■マリオ・モニチェッリ
    出演■マリサ・ソリナス/ジェルマーノ・ジリオーリ

    第三話=前金
    Il Lavoro 46分
    監督■ルキノ・ヴィスコンティ
    原案■チェーザレ・ザヴァッティーニ(モーパッサンの短編『寝台の端で』による)
    脚本■ルキノ・ヴィスコンティ/スーゾ・チェッキ・ダミーコ
    撮影■ジュゼッペ・ロトゥンノ
    音楽■ニーノ・ロータ
    編集■マリオ・セランドレイ
    出演■ロミー・シュナイダー/トーマス・ミリアン/ロモーロ・ヴァッリ/パオロ・ストッパ

    第四話=くじ引き
    監督■ヴィットリオ・デ・シーカ
    出演■ソフィア・ローレン/ルイジ・ジュリアーニ/アルウィオ・ヴィータ

    【解説】
     元々は4編のオムニバスだが、日本劇場公開版はマリオ・モニチェッリの監督したエピソードをカット(現在、発売されているビデオには収録。『デカメロン』の中世イタリアの作家ボッカチオが現代に生きていたら、こんな挿話をその著書に書き入れたかも知れない–。そんな発想で生まれた物語四編を、イタリア映画お得意のオムニバス形式で映画化した62年度作品(だから題名の“’70”は当時から見たら近未来を指していたのだ)。日本では無名のM・モニチェッリの担当作(結婚間近の男女の日常を明るく描いたもので、日本人には親しみやすい素直な青春譚だ)はカットされ、残るすでに知られた巨匠たちの三編で公開となった。現在は1・2巻に分かれビデオで完全な形で観られる。第一話デ・シーカの「くじびき」。北イタリアの片田舎で、遊園地の射的場を営む父の借金のカタに、クジの一等賞にされる娘ゾーエ(ローレン)をめぐっての男たちの狂騒をペーソスを漂わせつつコミカルに綴っている。ゾーエには隣村に恋人がいたが、一等を当てた冴えない寺男の母に“一生の想い出に一夜だけでも息子とつきあってくれ”と懇願される……。第二話は「誘惑」、フェリーニ作。熱心なカソリックの道徳家アントニオ博士は、部屋の前の広場に建てられた大看板のグラマー美女(エクバーグ)に激昂するが、いつしかそれは夢にまで現われ……というフェリーニ的な大らかなユーモアが実に楽しい。三話目はヴィスコンティ「現金」で、貴族の若夫婦の倦怠を皮肉っぽく描く。浮気性の夫をやりこめようと、娼婦に化けて誘惑の電話をしたはいいが、あまりに素っ気なく話に乗ったので、シラけた妻はそれから夫と寝る際には報酬を要求することに決める。いずれも作者の持ち味の出た作品の並んだ好企画と言えよう。(映画データベース – allcinema より)

  • 映画『白夜』 ヴィスコンティが描くドストエフスキーの世界

    映画『白夜』 ヴィスコンティが描くドストエフスキーの世界

    映画『白夜』 LE NOTTI BLANCH

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    ラストの雪の中のシーンが残酷で美しい

    ヴィスコンティ作品の中で、これ程、特殊な作品だったとは...初めて観た時、驚きも感じた。
    ある種、ヴィスコンティのイタリア、ネオレアリズモとの決別とも言える。
    それは、この作品がセットで撮られた事、それによる、より舞台的な演出がなされていること。
    しかし、ネオレアリズモとはかけ離れたところに行ったとしても、それはリアリズムの否定にはなっていない。
    この作品は、舞台的、また箱庭的で有ることで、より俳優の個性が観客側に強い印象を与える。
    そう、この物語では、全ての背景が排除されている、シェル演じる女性が愛した、ジャン・マレー演じる下宿人が何処へ行ったのか、 どういう人物なのか、マストロヤンニはどこから来たのか?純粋に登場人物の感情の表現だけで話が進んでいく。

    主演のマストロヤンニは、この作品で初めてヴィスコンティ映画に出演する。
    既に舞台では一緒に仕事をしている二人だが...
    マストロヤンニはイタリア男らしく、ある種、軽薄で有りながら、それでいて愛情深い男を見事に演じきっている。
    マリア・シェルは、ヴィスコンティの他の作品の女性像から少し離れたところに有る。
    それは少し夢想的な少女の趣を持っている。
    私は彼女に魅了されてしまった。
    出演場面は少ないが威風堂々としたジャン・マレーと、夢見る少女的なシェルとは正反対の娼婦役を演じたクララ・カラマイも印象的 だ。

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    マストロヤンニは幸せから不幸へ、マリア・シェルは不幸から幸福へ、このコントラストが限られた登場人物の中で色鮮やかに映し出される、映像は白黒なのに。
    私の好きなシーンに、マストロヤンニとシェルの最後の夜に酒場で踊るところ。
    二人が一時的に幸せに盛り上がる。
    心が揺れて、一瞬、二人の心が交差する、そうダンスを踊る二人の肉体のように。
    しかし、このシーンは実は二人の幸福と不幸が見事に入れ替わる象徴的なシーンであった。
    そして時間を知り、走り出すシェル...
    映像の持つ美しさと怖さが見事に表現されている、例えそれが演劇的な様式美であったとしても。

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    暗く沈み込むようなストーリーを、美しく映像化し、そこに有るのは、人を愛する人間(マストロヤンニとシェル)へのヴィスコンティの深い愛情の現れだった。
    ラストの雪の中でのシーンは残酷で美しい...それこそが、ヴィスコンティの描くドストエフスキーの世界なのかもしれない。

     

    映画『白夜』のデータ

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    LE NOTTI BLANCH/QUATER NUITS D’UN REVEUR 107分 1957年 イタリア

    監督■ルキノ・ヴィスコンティ
    製作■フランコ・クリスタルディ
    原作■フョードル・ドストエフスキー
    脚本■ルキノ・ヴィスコンティ/スーゾ・チェッキ・ダミーコ
    撮影■ジュゼッペ・ロトゥンノ
    音楽■ニーノ・ロータ
    編集■マリオ・セランドレイ
    美術■マリオ・キアーリ/マリオ・ガルブリア
    衣装■ピエロ・トージ
    助監督■リナルド・リッチ
    製作会社■CIASヴィデス/アンテルモンディア
    備考■白黒
    日本公開■1958年
    出演■マルチェロ・マストロヤンニ/マリア・シェル/ジャン・マレエ/クララ・カラマイ/マルチェラ・ロヴェーナ/ディック・サンダース/マリア・ザノッリ/フェルディナンド・グエルラ/レオニルデ・モンテージ/アンナ・フィリッピーニ/ロマーノ・バルビエーリ

    ヴェネチア国際映画祭 1957年
    サン・マルコ銀獅子賞授賞 ルキノ・ヴィスコンティ

    【解説】
     貴族の側に立つにしろ、プロレタリアートの代弁者になるにせよ、ヴィスコンティの視線は常に冷ややかに透徹していたが、この悲恋物語は雪に閉ざされ残酷な結末が用意されているにも関わらず、ほのぼのと暖かい印象で胸に残るのは、即ち、主人公の青年(マストロヤンニ)に対し注ぐ彼の温かな眼差しゆえに他ならない。港町で青年マリオは橋上でたそがれる一人の娘ナタリア(シェル)を見初める。一年前に再会を約束した恋人を毎晩そこで待ちわびているのだ、と言う彼女、ナタリアをなんとか踊りに誘い出すマリオ。R&Rに合わせ愉快に踊って笑わせた後、曲は主題歌“スクーザミ”に替ってチーク・タイム。喜びに輝く青年の表情を見るうち、娘の心も彼に傾きかけたが、肩に回した彼の腕時計が無常に時を刻むのをふと目にし、その秒針の音にせき立てられるように橋上へ再び駆け出してゆく。しかし、待ち人はいない。降り始めた雪の中、追いかけてきたマリオと静かに語らうと心は休まった。そして夜は明けるが……。すべてが、セットという箱庭に咲かせた愛の白い花のごとき印象。ロトゥンノのカメラはこの人工美に確かな命を吹き込んでいる。(映画データベース – allcinema より)

  • 映画『ベリッシマ』 戦後のイタリアの庶民を描いた初期の作品

    映画『ベリッシマ』 戦後のイタリアの庶民を描いた初期の作品

    映画『ベリッシマ』 BELLISSIMA

    BELLISSIMA

    ルキノ・ヴィスコンティの生涯についてはこちらから

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    ヴィスコンティが描くイタリアの庶民

    ヴィスコンティの長編3作品目、デビューから実に9年目の作品でもある(それだけ寡作と言うこと)。
    ヴィスコンティ作品の中での位置付けは、もっともイタリア映画らしい作品と言うこと。
    1951年当時の現代劇である。
    しかも、しっかりロケを中心として作られているので、そこにあるのはイタリアの風情である。
    ヴィスコンティはこの作品で、今後の自分の進む道と共に、イタリア映画の進むべき道を提示している作品とも言える。
    それは映画は俳優で有ること、物語を語る上でそのキャラクターの個性と俳優の個性が一致する事、それを配役と演技から引き出すことによって一致させることが、重要で有ることを証明して見せた。
    この頃、イタリアのネオ・リアリズムの方向が、素人を俳優として起用する事が一つの約束事で有り特徴でも有ったが、それがいつの間にか映画の表現として行き詰まりを見せた事へのヴィスコンティなりの回答のようにも見える。

    この作品の完成には、ヴィスコンティと2人の人間の出会いが有った。
    一人は、脚本家のスーゾ・チェッキ・ダミーコ。
    彼女は、その後のヴィスコンティの主要な作品(『ベリッシマ』以後、『華やかな魔女たち』、『地獄に堕ちた勇者ども』、『ベニスに死す』以外の全作品に参加する)の脚本を担当しており、イタリア映画最高の脚本家の一人とされた。
    そしてもう一人は、主演を演じたアンナ・マニャーニである。
    彼女はヴィスコンティのデビュー作『郵便配達は二度ベルを鳴らす』で、ヴィスコンティが主演にしようとしていたが、妊娠中のため 諦めたという経緯が有る。
    ヴィスコンティは、ダミーコの脚本を手に、マニャーニからこの母親像を見事に引き出している。

    BELLISSIMA

    物語は自体は、あるイタリア映画の子役のオーディションに夢を抱く母親と娘、そして家族と映画に群がる人々を描いている。
    先にも書いたが、子役(素人)を使うことをストーリーの中で皮肉っている一面も有る。
    また、同時に、映画が持つお金(資金)に群がり、人を騙す人々も描いている、映画の内幕ものである。

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    ヴィスコンティの映画『郵便配達は二度ベルを鳴らす』『ベリッシマ』も含むイタリア映画10作品

    しかしやはり、この映画のテーマは、アンナ・マニャーニの母親像で有り、イタリアの人々の気質なのである。
    ここでイタリアの母親像を、ある意味素直で騙されやすく傷つきやすい女性、それでいながら母親としての強さ、家族への愛情を持った女性として見事に描ききっている。
    ヴィスコンティの作品には一貫して、主人公に偏りすぎず寄りすぎず、主人公に対しても冷徹な視線を投げかけている。
    それでいながら、主人公が映画の中心に浮かび上がってくるのだから、ヴィスコンティの演出に、今更ながら感心してしまう。

    イタリアの庶民の生活がリアルに描かれている。
    しかし、それでいてフェリーニやデ・シーカ、ロッセリーニとは“色”が明らかに違う。
    ヴィスコンティ自身は、どちらかというと庶民派とは違うが、デビュー作『郵便配達は二度ヘルを鳴らす』、長編第二作『揺れる大地』とこの 作品、リアルにそして不要なものを削ぎ取っていくことで、明らかにイタリア庶民を描ききっているのである。

    アンナ・マニャーニの演技を観るだけでも、この作品を観る価値は有る、そしてイタリアの香りを感じる事が出来る作品である。

    bellissima

     

    映画『ベリッシマ』のデータ

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    BELLISSIMA 116分 1951年 イタリア

    監督■ルキノ・ヴィスコンティ
    製作■サルヴォ・ダンジェロ
    原案■チェーザレ・ザヴァッティーニ
    脚本■スーゾ・チェッキ・ダミーコ/フランチェスコ・ロージ/ルキノ・ヴィスコンティ
    撮影■ピエロ・ポルタルーピ/ポール・ロナルド
    音楽■フランコ・マンニーノ(ガエターノ・ドニゼッティの『愛の妙薬』による)
    指揮■フランコ・フェルラーラ
    演奏■オペラ座交響曲管弦楽団/RAI・TV合唱隊・管弦楽団
    美術■ジャンニ・ポリドーリ
    衣装■ピエロ・トージ
    編集■マリオ・セランドレイ
    助監督■フランチェスコ・ロージ/フランコ・ゼッフィレッリ
    製作会社■ベリッシマ・フィルム
    備考■白黒
    日本公開■1981年
    出演■アンナ・マニャーニ/ヴァルテル・キアーリ/ティーナ・アピチェッラ/ガストーネ・レンツェッリ/テクラ・スカラーノ/ローラ・ブラッチーニ/アルトゥーロ・ブラガリア/リンダ・シーニ/アレッサンドロ・ブラゼッティ/マリオ・キアーリ

    【解説】
     娘をベリッシマ(美少女)コンテストに入賞させ、映画スターに育てようと躍起になるマニャーニのステージママぶりが凄まじくも涙ぐましい、初期のヴィスコンティの人情喜劇。ネオレアリスモの精神に則って、力強く戦後まだないローマの庶民生活を描いて、実にみずみずしい作品でもあった。フランコ・ゼフィレッリとフランチェスコ・ロージ(共同脚本も)が助監督についている。(映画データベース – allcinema より)

  • 映画『百円の恋』 人生の転機!頑張る!!日本版女ロッキー

    映画『百円の恋』 人生の転機!頑張る!!日本版女ロッキー

    映画『百円の恋』

    百円の恋

    呆れる程に、痛かった。

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    人生、どこでやる気を起こすか!

    『百円の恋』を観てきました!(気合w)
    2014年の年末、ギリギリ映画館に滑り込んで見てビックリしました!
    こんなに勇気をもらえる映画に出会えるなんて。

    周南映画祭で創設された脚本賞“松田優作賞”の第1回グランプリに輝いた足立紳さんのオリジナル脚本を映画化した作品で、東映ビデオが出資をしているみたいで、単独だからインデペンデント映画なんだと思う、これが重要。

    実家にひきこもって自堕落な生活をする32歳の女性が、仕方なく一人暮らしをする始め、仕方なく100円ショップでアルバイトを始め、そんな中ボクシングジムで知り合った男性と付き合い始めて、自らもボクシングジムに通い始める・・・

    前半の安藤サクラさん演じる主人公・一子のグタグタ感が半端無く、作品もダラダラとした日常を描き続ける。
    女を捨てた三十路女、アルバイトをしてもまともな接客も出来ず、アルバイト先の同僚に処女をレイプで奪われてしまう。
    そんな日常を描いて作品はどこへ向かうのか?と不安になるが、それは後半のカタルシスのために必須だったことが判る。

    後半は、一転してボクシングにマジに取り組んでいく一子の姿を描く。
    それが、何か一念発起して!とかではなくて、なんとなくカッコ良さそう~とか、男にフラれたからと言う動機、でもその本気度は本物!

    ここからの安藤サクラさんの迫力が凄い!演技なのか?本気なのか?
    ブヨブヨの身体が引き締まって、顔も一回り小さくなっている。
    (あとで聞いたら、撮影を2度に分けたらしい)
    マジで日本版ロッキー!一気に胸を熱くさせられる。

    最後に「エイドリアン~」とは叫ばず、ボソッと「勝ちたかった」と言って泣くあたりは、日本映画ならではの良さでしょう。
    新井浩文さん演じる引退したボクサー・狩野に「かわいこぶってるんじゃねぇぞ、ブス!」と言われる一子が最高だった。

    安藤サクラさんの体当たりの演技が素晴らしい!今年最高の演技を見せられた気がする。
    そして、限られた予算のインデペンデント映画でも、これだけの脚本を書けて、企画立案すればこれだけの作品が出来るという希望を感じる事が出来た作品。
    年末に一発かましてくれたロッキー的感動作品だった!

    私的『百円の恋』

    テーマが有るか?共感できるか?

    人生負け組なんて、気持ちの持ちよう、本人のやる気で変われる!これぞ日本版ロッキー

    作り手の強い意思を感じるか?

    渾身の脚本を劇場公開、そして大ヒット!までに持って行ったそれぞれのスタッフの意欲を感じる作品。

    俳優の意思や演技力が伝わるか?

    安藤サクラさんの体型から、なりふり構わない演技は凄みが有った!
    新井浩文さんの存在感も際立っていた。

    映画らしい楽しさが備わっているか?

    低予算の映画でしたが、ラストに向かっていくカタルシスが良かった、テレビや他のメディアでは出来ない思いっきりさが良かった。

    エンターテイメント性

    前半のウダウダ感に意味があるものの、ちょっとそこが退屈に感じる部分。
    逆に、本当にダメダメぶりが面白かったんですけど。

    演出が素晴らしいか?

    日本のインディーズ系らしい演出、それはそれで良さと感じた、ある意味、古さでもあるけど。

    脚本が素晴らしいか?

    文句がないくらい素晴らしい脚本、断片的なリアリティ感と、絶対無さそうなジャパン・ドリーム的なところのギャップが良かった!

    何度も見たくなるか?

    自分を変えたい、もう一度勇気を持ちたい!そんな時に観たくなる作品。

    映画『百円の恋』のデータ

    百円の恋

    113分 日本 2014年

    監督■武正晴
    製作■間宮登良松
    エグゼクティブプロデューサー■加藤和夫
    プロデューサー■佐藤現/平体雄二/狩野善則
    脚本■足立紳
    撮影■西村博光
    美術■将多
    衣装■宮本まさ江
    編集■洲崎千恵子
    音楽■海田庄吾
    音楽プロデューサー■津島玄一
    主題歌■クリープハイプ 『百八円の恋』

    メイク■金森恵
    企画監修■黒澤満
    照明■常谷良男
    録音■古谷正志
    助監督■山田一洋
    出演■安藤サクラ/新井浩文/稲川実代子/早織/宇野祥平/根岸季衣

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    映画「百円の恋」 公式サイト

    【解説】
     今や日本を代表する実力派女優の一人となった「かぞくのくに」「0.5ミリ」の安藤サクラが、渾身の体当たり演技で各方面から絶賛された闘う女の人生再生ドラマ。
    故・松田優作の出身地・山口県で開催されている周南映画祭で創設された脚本賞“松田優作賞”の第1回グランプリに輝いた足立紳のオリジナル脚本を、「イン・ザ・ヒーロー」の武正晴監督が映画化。
    自堕落な生活を送るダメダメな三十路女が、中年ボクサーとの出会いをきっかけに、自らもボクシングに目覚め、次第に肉体とともに心もシェイプしていく姿を描く。
    共演は「アウトレイジ ビヨンド」「愛の渦」の新井浩文。

     実家にひきこもり、自堕落な毎日を送る32歳の一子。
    ある日、離婚して子連れで出戻ってきた妹と衝突して家を飛び出し、一人暮らしをするハメに。
    仕方なく、100円ショップで深夜のバイトを始めた一子は、そこで同じように社会からこぼれ落ちた不器用な人間たちと出会っていく。
    そんな中、近所のボクシングジムでストイックに練習を続ける引退間近の中年ボクサー・狩野と付き合い始めた一子は、やがて自分もボクシングのトレーニングを始めるようになるのだったが…。(映画データベース –allcinema より)